学位論文要旨



No 127642
著者(漢字) 園田,真也
著者(英字)
著者(カナ) ソノダ,シンヤ
標題(和) BEPC e+e- 衝突型加速器を用いたJ/ψ→∧∧の構造因子の測定とCP の破れの探索
標題(洋) Measurement of Form Factors and Search for CP violation in the process J/ψ→∧∧at the e+e- Collider BEPC
報告番号 127642
報告番号 甲27642
学位授与日 2012.01.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5737号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齊藤,直人
 東京大学 准教授 濱口,幸一
 東京大学 教授 坂本,宏
 東京大学 准教授 田中,純一
 東京大学 教授 徳宿,克夫
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、J/Ψ→∧∧ イベントを使って、J/Ψ→∧∧ の構造因子の測定とTensor observable T(33) を用いたCP の破れの検証を行った。

構造因子の測定とCP の破れの検証には、バックグラウンドの少ないイベントが要求される。本研究では、J/Ψ→∧∧ 事象を用いる。± は寿命が長い粒子(2.631× 10(-10)s) なので、崩壊幅が狭く粒子を特定しやすい。バックグラウンドとなるイベントが少なく、粒子同士の相関を調べるためにはJ/Ψ→∧∧ イベントが適している。シグナルイベントの終状態はpπ-pπ+ なので4 本の荷電粒子の飛跡が測定される。このような事象を4 prong イベントと定義する。J/Ψ→∧∧ 事象で生じるπ± の運動量の最小値は± 0:025 GeV と小さい。最小値に近い運動量を持っているπ± の検出効率は低い。本来測定されるイベントは4 本のトラックを持っているが、π± のトラックを測定できないためにトラックが3 本になるイベントがある。このようなイベントを3 prong イベントと定義する。統計量を稼ぐために、3 prong イベントもシグナルイベントとみなす。4 prong イベントを6738± 84、4 prong イベント中のバックグラウンドを252± 12、3 prong イベントで± + を測定できなかったイベントの数は2871 ± 59、バックグラウンドは330 ± 14、π-を測定できなかったイベントの数は2335 ± 52、バックグラウンドは279 ± 12、と見積もった。シグナルイベントに対してバックグラウンドの量は十分に少ないため信頼性の高い解析ができる。

J/Ψ の崩壊を特徴づけるパラメータはF1 とF2 があり構造因子と呼ばれる。CP の破れの検証では∧(∧)の崩壊によって生成される粒子の運動量間の相関が解析の対象になる。崩壊粒子の運動量の方向は∧(∧)のスピンの方向によって決定される。∧(∧) のスピンの方向は構造因子に依存している。崩壊粒子の運動をシミュレーションによって再現するためには構造因子の値が必要になる。これらの値は理論的には決定できないので実験的に求める必要がある。F1 とF2 を用いてJ/Ψ→∧∧ の行列要素を記述すると、

となる。行列要素を二乗して電子・陽電子のスピンと∧∧ のスピンについて平均をとると、

と記述される。ここで、m、M はそれぞれ∧ 、J/Ψ の静止質量、θ は∧ のpolar angle を表す。この式は1 +α cos2θの形になっている。構造因子の比は実験で得られた∧ のpolar angle 分布を上式でフィットして求める。図1 は∧ のpolar angle 分布を1 +α cos2θでフィットした図である。さらに、J/Ψ→∧∧ の部分

崩壊幅を使うと、F1 とF2 を独立に決定することができる。J/Ψ→∧∧ 部分崩壊幅は以下の式で表される。

ここで、Γ (J/Ψ→∧∧) はJ/Ψ→∧∧ の部分崩壊幅を表す。E はJ/Ψ のエネルギー、p はJ/Ψ の4 元運動量、p1 (p2) は∧(∧) の4 元運動量を表す。E1 (E2) は∧(∧) のエネルギーを表す。∧の角度分布をフィットして求めた構造因子の比と、eq. (3) から、構造因子は

と求められた。使用する式が二次式のため構造因子は2 種類求められる。それぞれ、L とR というインデックスをつけて区別した。

宇宙は常物質のバリオンが圧倒的に多く存在しており、反物質はわずかしか存在しない。このバリオン数の非対称性を説明するために、サハロフの三条件が必要である。すなわち、

・バリオン数が保存しないこと

・宇宙が非平衡状態にあること

・CP 対称性の破れが存在すること

である。本研究では、J/Ψ→∧∧ 事象を用いてこの反応がCP を破ることを検証する。C 変換とは粒子を反粒子に反転する操作で、P 変換はパリティ変換で物理系の鏡像を作る操作を意味する。CP 対称性とはC変換とP 変換を行ったときに物理系が対称になる、つまり同じ頻度でその事象が発生するということである。強い相互作用と電磁相互作用はCP 変換に対して不変であると考えられているが、弱い相互作用による崩壊では対称性が破れている。Z ボソンが± レプトンに崩壊する反応はCP-odd な反応であり、J/Ψ が∧∧ 対に崩壊する反応と類似している。この反応からの類推でJ/Ψ→∧∧ 事象におけるCP の破れを検証する。

J/Ψ→∧∧ 事象の一般的な行列要素を記述すると、

と表される。a、b、c、d は複素数で表されるパラメータである。ここで、d がCP の破れの原因となるパラメータである。CP の破れは∧ の電気双極子モーメントによって起こる。CP の破れを引き起こす相互作用のラグランジアンは次の式で記述される。

ここで、pi (i = 1; 2) は、π± の運動量、e は電気素量、M はJ/Ψ の質量、c (c) はcharm quark の波動関数、∧(∧) は∧(∧) の波動関数、d∧ は∧ の電気双極子モーメントを表す。∧ の電気双極子モーメントは行列要素のパラメータd と次の関係式で表される。

ここで、gv はvector coupling constant を表す。これらの関係式からd が値を持つことを示すことで± の電気双極子モーメントが値を持つことを示せるので、CP を破る相互作用が存在することが証明できる。CPの破れに対して敏感な値として次のテンソル量が考えられる。

ここで、q± は崩壊粒子の運動量の空間成分を表している。特に(3, 3) 成分が最もCP の破れに対して敏感である。T(ij) にC 変換とP 変換を行うと、

となって、T(ij) は符号が変わる。T(33) 分布を解析した結果、パラメータd の値に95% CL で制限をつけることができた。

さらに、d の値から∧ の電気双極子モーメント(d∧ ) に制限をつけることができた。

本実験の精度では電気双極子モーメントは見つからなかった。従って、CP 対称性が破れている効果は見えなかった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなる。第1章は、イントロダクションである。まず、主題のひとつであるΛの構造因子の物理的意味と、その研究手法が述べられている。記述の重心は、むしろもう一つの主題のCP対称性の破れの探索に置かれていて、CP非保存過程の発見の経緯から、小林・益川理論の検証とそれを超える物理の必然性、そしてその一つの現れとして本研究において探索したCP対称性を破る寄与について言及している。

第2章は本論文のデータが収集された加速器と実験装置の記述である。北京の電子-陽電子衝突型加速器Beijing Electron Positron Collider (BEPC)で、BES-II検出器を用いて行なわれた実験である。この加速器の簡単な紹介の後、検出器システム全体の記述に相当数のページを割いて説明している。

第3章では、本論文で着目した J/Ψ→∧∧という崩壊モードのデータ解析について述べられている。1999年から2001年にかけて収集された約6千万のJ/Ψ生成事象を用いて、とくに∧→pπ-および∧→pπ+という崩壊モードの解析を行なっている。実データとシミュレーション結果を比較しながら、粒子識別能力、不変質量の再構成能力、検出効率などについて議論を深めている。

第4章では、本論文のテーマの一つであるJ/Ψ→∧∧における構造因子の抽出が行なわれている。Λの崩壊における角度分布パラメータαを始め、構造因子 、 などΛというクォーク多体系のもつ構造を反映するパラメータを抽出し、過去の実験と比較している。αはとくに、過去の実験に比べて、わずかながら精度をあげることに成功している。

第5章は、もう一つのテーマであるJ/Ψ→∧∧におけるCP対称性の破れの探索の記述にあてられている。本論文の枠組みでは、J/Ψ→∧∧にひき続き∧→pπ-および∧→pπ+という崩壊モードに着目し、CP対称性の破れに敏感な観測量を構築している。この解析の枠組み自体の妥当性については議論があり、詳細なシミュレーション結果を加えて議論を深めている。CP対称性を破る効果は発見されず、その精度はdというCPを破る効果のパラメータにして、約0.01以下である。これを、CP非保存を全てΛの電気双極子モーメントd∧に起因すると仮定する事で、d∧に関する制限も得ている。これは、約2×10(-14)e.cm以下という値で、素粒子標準模型の予言が10(-30)e.cm程度であり、過去に直接d∧の制限を得た実験に比べると、1桁程度ゆるい制限ではあるが、手法として新しく、従来の方法が持つ系統的誤差を克服しうる手法として有益であると考えられる。

第6章では、この論文の結論が簡潔にまとめられている。

本論文は、BES-IIという検出器を用いた測定実験であり、発表内容については、論文提出者が、解析の枠組みの構築、その妥当性の検証、そして実際のデータに適用して結果を抽出、その結果の解釈を主体的に行なったものである。従って、論文提出者の寄与が充分であると判断する。

以上から、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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