学位論文要旨



No 127658
著者(漢字) 關,秀嗣
著者(英字)
著者(カナ) セキ,ヒデツグ
標題(和) 長距離電磁相互作用下の粒子分布の研究
標題(洋) Study of Particle Distributions in Long Range Electromagnetic Interaction
報告番号 127658
報告番号 甲27658
学位授与日 2012.02.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1124号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 氷上,忍
 東京大学 教授 小宮山,進
 東京大学 教授 尾中,篤
 東京大学 教授 前田,京剛
 東京大学 准教授 加藤,雄介
内容要旨 要旨を表示する

高分子ブラシは溶液中のコロイド粒子の凝集・沈殿を防ぐ効果がある。電荷を持った高分子電解質ブラシは、中性の場合と比べコロイドの凝集を防ぐのに、より有効な手段であり、純理論的な興味と共に応用への興味から大変注目されている。

本論文では、高分子電解質の自己無撞着場理論を、塩が加わっていない場合に、平面へ植え付けられた高分子電解質ブラシへ適用した。研究の目的は、ブラシの厚さのスケーリング則を調べ、この系に対して以前から知られているスケーリング理論からの予測と比較すること、対イオンおよびモノマーの電荷分布から対イオン層の厚さおよび高分子電解質ブラシの持つ有効電荷を調べること、および、植付け平面近傍でのモノマーおよび対イオンの分布を植付け平面の効果を境界条件に取り入れることで、正確に調べることである。自己無撞着場方程式系を数値的に解くことで以下の結果を得た。

ブラシの厚さのスケーリング則を調べ、電荷の割合が大きい場合、スケーリング理論が予測するosmotic regimeに対応する結果を得た。また、ブラシの厚さがモノマーの植付け密度に弱く依存することを確かめた。この結果は近年スケーリング理論で研究されているnonlinear osmotic regimeの結果と定性的に一致する。また、電荷の割合が大きい場合、ブラシの厚さhが電荷の割合fに対して、〓と依存することを確かめた。この結果はZhulinaらのスケーリング指数α= 2/5 $に近い。電荷の割合が大きい場合、高分子鎖の弾性エネルギーによる復元力をPincusの非線形な復元力によって評価しなければならない程度まで高分子鎖が大きく伸張するという結論を得た。

次に、高分子電解質ブラシの全電荷分布を調べることで、植付け平面近傍に電気二重層が出現することを見出した。また、電荷の割合を増加させることで、この電気二重層の電荷量が増大し、モノマーの密度が最大になる位置が植付け平面近傍に引き寄せられることを見出した。

最後に、対イオンの分布をGouy-Chapman解でフィットすることにより、植付け平面から十分遠方の電荷分布を帯電した仮想的な平面が持つ電荷分布で置き換えて、仮想平面の位置と電荷密度を評価した。これらの値から、対イオンによる遮蔽効果を考慮した上で、高分子電解質ブラシが実質的に持つことができる有効電荷量を見積もった。その結果、この有効電荷には上限値が存在し、電荷の割合が一定以上になると、電荷の割合によらずほとんど一定になることを見出した。単一の高分子電解質鎖が一定以上の電荷密度を持とうとすると、対イオン凝縮が起きてそれを妨げるのと同様に、高分子電解質ブラシの場合にも、電荷の割合が一定以上になると対イオンが高分子鎖周辺に凝縮し、高分子鎖の有効電荷の値がこの上限値以上になることを妨げると解釈した。高分子電解質ブラシの有効電荷は、二つのブラシの相互作用の強さを特徴付ける。有効電荷に上限値があることから、高分子電解質ブラシ間の静電反発力の強さには制限があり、高分子電解質ブラシが持つコロイド粒子を凝集から安定化させる効果は制限されるという結論を得た。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は電荷を持った高分子がブラシ状に平面に植え込まれた高分子電解質ブラシとよばれるものの電荷分布およびブラシの厚さと電荷の割合との関係を調べたものである。

高分子ブラシは溶液中のコロイド粒子の凝集沈殿を防ぐ上で塗料などで実用化されているもので、応用面からもその性質を知ることは有意義であるが、物理化学的学問上も興味ある対象物である。電荷がある高分子が溶液中にブラシ上に存在する場合、その対イオンの分布はある特徴的な形をとると思われる。本論文はこの電荷分布について詳細に理論的考察を行ったものである。

電荷分布を理論的に求めるには、自己無撞着場(平均場)理論が有効であるが、ポアソン・ボルツマン方程式を境界条件を考慮に入れて解く必要がある。溶液中にある正に帯電した対イオンが高分子ブラシ内に束縛されている場合(強結合)と束縛されていない(弱結合)場合に分かれ、それぞれ異なる振る舞いが見られる。

対イオン層の厚さをdとし、ブラシの高さをhとすると、前者はh>dであり、後者はh<dで表される。H=dの場合、浸透圧が高分子の弾性力とつりあうが、ブラシの高さhが電荷の割合fと代数的冪のスケーリング関係をもつことが考えられ、その冪の指数が1/2であるか2/5であるか、理論的にこれまで両方の説が展開されてきた。

本論文では高分子の統計力学的取り扱いにより、排除体積効果を入れて、また電荷のクーロン相互作用を考慮し、分配関数を計算した。平均場近似により、遍微分方程式である拡散方程式とポアソンボルツマン方程式とが結合した基本となる方程式系を得た。その解を数値解析して求め、高分子のモノマー密度を植え付けた平面からの距離の関数として得た。またhとfとの冪指数として2/5を得た。これにより、いままでの指数の値についての研究に確定的な結論を与えたと言える。さらに、弱結合のときのブラシの有効電荷が対イオンの遮蔽効果により、一定値以上にはfの値を大きくしてもならないという新しい興味深い知見を得た。

また、高分子の電荷と対イオンの電荷を足した全電荷分布が植え付け平面からの距離の関数と見た時、二重層を形成していることを見いだした。この結果は今後の実験による観測を方向づける結果ということが出来る。

以上の新しい知見を得た本論文に対し、論文審査委員会では本論文は電荷がある場合の高分子の集合であるブラシ状での電荷分布を分子場の方法にもとづく基本的な方程式系により、理論的に解析したもので興味深い新しい結果を得ていると審査委員は判定した。また、数値的に分子場による得られた連立方程式を詳細に解いて、実験と比較出来るように具体的な電荷分布を提示し、今後の実験研究の指針となる重要な結果であると判断した。

本論文はすでにその一部がJournal of the Physical Society of Japanの76巻、104601ページ(2007年)に発表済みであり、さらに本論文では詳細な結果とともに、高分子電解質ブラシ研究のこれまでの研究のレビューも分かりやすく記述し、一連の研究のながれが分かるように記載されている。博士論文として十分な体裁内容となっていると判断される。

結論として、本論文は、電荷のある高分子ブラシの問題に対し、理論的に新しい電荷分布の理論的定式化を行い、有意義な結果を見いだし、さらにこの方法および結果が実験を解析する時に強力な手法および指針となっていることを示していると審査委員会は判定した。

博士課程での理論物理の研究全般についても、本論文以外のテーマに関して既にPhys.Rev.Bに二次元電子系についての発表論文があり、物理学の十分な知識があるものと判定された。

従って、本審査委員会は著者に対し、博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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