学位論文要旨



No 127671
著者(漢字) 王,海濱
著者(英字)
著者(カナ) オウ,カイヒン
標題(和) ハイブリッドLB多層膜におけるナノ材料間の励起エネルギー移動
標題(洋) Excitation Energy Transfer between Nanomaterials in Hybrid Langmuir-Blodgett Multilayers
報告番号 127671
報告番号 甲27671
学位授与日 2012.03.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1127号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬川,浩司
 東京大学 教授 松尾,基之
 東京大学 准教授 増田,建
 東京大学 特任教授 久保,貴哉
 東京大学 特任准教授 内田,聡
内容要旨 要旨を表示する

近年、半導体量子ドット、フラーレン・カーボンナノチューブなどのナノ炭素材料、自己組織化した分子集合体など、無機材料から有機材料まで様々なナノ構造を持つ材料の構造制御や基礎物性に関する研究が活発に行われている。一方、太陽電池や発光素子などのデバイスでは、励起子の挙動に深く関係するナノ構造の制御が重要な課題となっている。しかしながらこれまで、光機能材料における励起子とナノ構造の相関に関する研究は限られていた。本論文は、ナノメートルスケールで複合薄膜を構築できるラングミュアーブロジェット法(LB法)を用いて、ナノ材料間の励起エネルギー移動を研究した結果をまとめたもので以下の五章から成る。

第一章では、本研究の背景と目的を述べた。まず、十数ナノメートルの距離で起こる共鳴励起エネルギー移動と、気-液界面に形成したナノ材料の超薄膜を交互累積できるLB法について説明した。また、励起エネルギー移動の研究対象として、ポルフィリンJ会合体と半導体量子ドットに着目し、その特徴を述べた。自己組織化した分子集合体は、多様なナノ構造をとることが報告されているが、そのなかでも興味深い光物性を示すJ会合体が注目されている。このJ会合体は、色素分子が遷移双極子モーメントをhead-to-tail方向に揃えて自己組織化した分子集合体である。一方、無機ナノ材料である半導体量子ドットは、粒子サイズに依存する発光や有機色素と比べ高い量子収率、光安定性などの特性から、バイオイメージング、電子デバイスなどに応用されている。近年、LB法により二次元量子ドット薄膜の構築や、異なる量子ドット間の励起エネルギー移動などの研究がなされている。本論文では、ナノ材料間における励起エネルギー移動を検討するため、ポルフィリンJ会合体の構造制御を行い、非水溶性ポルフィリンJ会合体間の励起エネルギー移動や、量子ドットとポルフィリンJ会合体のLB膜層間における無機-有機ナノ材料間の励起エネルギー移動について検討した。

第二章では、置換基の異なるポルフィリンが気-液界面において形成するJ会合体のLB膜について検討した。安定なポルフィリンJ会合体ができる条件は、ポルフィリン分子自身のメゾ位に芳香環置換基をもつことであることが分かった。また、芳香環の置換基がポルフィリンJ会合体の構造に影響し、立体障害が大きい場合はJ会合体を形成しないことが分かった。さらに、ポルフィリンJ会合体のナノ構造構築を制御するため、一つのポルフィリン分子に異なる置換基を導入した誘導体を用いて、ポルフィリンJ会合体の光物性及びLB膜の構造と置換基の関係について検討を行った。ポルフィリン分子は、気-液界面で会合体を形成する時、ポルフィリンの置換基と水の相互作用が、LB膜のポルフィリン分子の配向に影響を与えていることが分かった。

第三章では、異なる吸収と蛍光を示す二種のポルフィリン(TMeOPP、TBrPP)J会合体を用いて、ヘテロ構造を持つJ会合体累積膜をLB法により作成し、そこでの励起エネルギー移動に関する結果をまとめた。時間分解蛍光分光によりこれらのJ会合体層間の励起エネルギー移動について検討し、TBrPP J会合体からTMeOPP J会合体への励起エネルギー移動が、40ps以内で起こることを明らかにした。この励起エネルギー移動のJ会合体層間の距離依存性を調べるため、層数の異なるステアリン酸累積膜を二種類のJ会合体層間に挿入し、定常状態の蛍光測定を行った。ステアリン酸層の増加と共にTBrPP J会合体の蛍光の消光率が低下することで、TMeOPP J会合体への励起エネルギー移動効率が低下していることが分かった。以上のように二種のポルフィリンJ会合体間で高速な励起エネルギー移動が起こることを実験的に初めて明らかにした。

第四章では、無機-有機ハイブリッドナノ材料間の励起エネルギー移動を検討した。前章と同様のLB法を用いて、量子ドット膜とポルフィリンJ会合体膜の累積膜を作成した。ここで、強い蛍光を示す量子ドットをエネルギーのドナー、高い吸光度を示すテトラフェニルポルフィリン(TPP)J会合体をエネルギーのアクセプターとして用いた。良好な安定性を示す両親媒性高分子材料であるポリ(N-ドデシルアクリルアミド)(pDDA)をスペーサ層として、このヘテロ累積膜の層間距離をナノメートルスケールで制御することができた。原子間力顕微鏡を用いて累積膜の表面構造を調べた結果、量子ドットは均質な層を形成しており、その上にpDDAナノシートが比較的平滑に累積されていることが分かった。pDDAスペーサ層数が異なる量子ドットとTPPJ会合体の累積膜の蛍光スペクトルを測定したところ、pDDAスペーサ層数の増加と共に、TPPJ会合体による量子ドットの蛍光消光が減少したことから、両者間の励起エネルギー移動が距離に依存することが分かった。量子ドットの中心からTPPJ会合体層までの距離と、TPPJ会合体を累積する前後の量子ドットの蛍光強度比との関係を調べたところ、励起エネルギー移動が50%起こる臨界移動距離d0は、約14 nmであることが分かった。量子ドットとポルフィリンJ会合体間の励起エネルギー移動効率は、ほぼ距離の4乗に反比例しており、これはフェルスター機構によると考えられる。また、比較的長い臨界移動距離d0は、量子ドットの大きな遷移双極子モーメントとJ会合体の非局在化した励起子に関係すると考えられる。時間分解蛍光測定で蛍光寿命を測定した結果でも、励起エネルギー移動により量子ドットの蛍光寿命が大幅に短くなることが分かった。無機-有機(量子ドット-TPPJ会合体)ハイブリッドナノ材料間では、長距離でも効率良く励起エネルギー移動が起こることが分かった。

第五章では、本研究全体の成果をまとめた。ポルフィリンJ会合体LB膜は置換基によって異なる構造の膜を形成し、基板に対する配向も変わることが分かった。これらの結果はポルフィリンJ会合体光物性研究の可能性を大きく広げるものである。LB法を用いて構築した異なるナノ材料間で高効率、高速、長距離的に起こる励起エネルギー移動は、大きな遷移双極子モーメントや非局在化した励起子などナノ材料の特殊な励起子物性によるものと考えられる。有機色素分子に局在した遷移双極子モーメント間の相互作用に基づく共鳴励起エネルギー移動理論は、ナノ材料間の励起エネルギー移動を解釈するためにも利用できることがわかった。本研究の結果は、励起エネルギー移動を利用するナノデバイスの原理として重要であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

近年、無機材料から有機材料まで様々なナノ構造を持つ材料の構造制御や基礎物性に関する研究が活発に行われている。一方、太陽電池や発光素子などのデバイスでは、励起子の挙動に深く関係するナノ構造の制御が重要な課題となっている。しかしながらこれまで、これらのデバイスにおける光機能材料における励起子とナノ構造の相関に関する研究は限られていた。本論文は、ナノメートルスケールで薄膜を構築できるラングミュアーブロジェット法(LB法)を用いて、ナノ材料間の励起エネルギー移動に関して論じたもので、以下の五章から構成されている。

第一章では、序論として、ポルフィリン誘導体を用いたJ会合体や、半導体量子ドットなどで作るナノ構造体の研究の背景とともに、これまでの励起エネルギー移動の基本的な考え方が示されている。

第二章では、光機能材料に用いるナノ構造体の一つとして、置換基の異なるポルフィリンが形成するJ会合体のLB膜の構築方法が述べられている。ここでは安定なポルフィリンJ会合体ができるための分子構造が検討され、その光物性とLB膜構造が議論されている。その結果、ポルフィリンの置換基と水の相互作用が、分子の配向とともにLB膜構造の安定性に影響を与えていることが見出されている。

第三章では、異なる吸収と蛍光を示す二種のポルフィリンのJ会合体を用いて、そのヘテロ積層構造体をLB法により作製し、これらのポルフィリンJ会合体膜間でおこる励起エネルギー移動に関する検討を行っている。時間分解蛍光分光により、これらのJ会合体層間の高速励起エネルギー移動を実験的に初めて確認している。

第四章では、有機-無機ハイブリッドナノ材料の励起エネルギー移動が検討されている。強い蛍光を示す半導体量子ドットをエネルギードナーとし、高い吸光度を示すテトラフェニルポルフィリンJ会合体をエネルギーアクセプターとし、これらのヘテロ積層構造体の層間距離をポリ(N-ドデシルアクリルアミド層で制御している。その結果、半導体量子ドット層からポルフィリンJ会合体層への励起エネルギー移動の層間距離依存性から、励起エネルギー移動が共鳴励起エネルギー移動機構によりおこっており、臨界移動距離が約14 nmと見積もられることを述べている。この臨界移動距離は、これまで報告されたものの中で最も長く、半導体量子ドットの大きな遷移双極子モーメントとJ会合体の非局在化した励起子物性と関係していると結論されている。

第五章では、以上の研究を総括し、有機色素分子に局在した遷移双極子モーメント間の相互作用に基づく共鳴励起エネルギー移動理論は、本研究で対象としたナノ材料間の励起エネルギー移動を解釈するときにも利用できることを述べている。また、本研究は、励起エネルギー移動を利用するナノデバイスの原理として重要であると総括している。

本論文は、ナノメートルスケールで制御されたヘテロ積層構造を構築する新しい手法を示し、これらのヘテロ積層構造体でおこる励起エネルギー移動を詳細に検討し、高速励起エネルギー移動や長距離励起エネルギー移動を実験的に明らかにしており、基礎科学として高く評価できる。

よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として相応しいものであると審査委員会は認め、合格と判定する。

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