学位論文要旨



No 127674
著者(漢字) 野地,俊平
著者(英字)
著者(カナ) ノヂ,シュンペイ
標題(和) 不安定核ビームに誘起される発熱型荷電交換反応を用いた新しいスピン・アイソスピン核分光的手法
標題(洋) A new spectroscopic tool by the radioactive-isotope-beam induced exothermic charge-exchange reaction
報告番号 127674
報告番号 甲27674
学位授与日 2012.03.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5740号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 櫻井,博儀
 東京大学 講師 井手口,栄治
 東京大学 教授 宮武,宇也
 東京大学 教授 大塚,孝治
 KEK 准教授 鄭,淳讃
内容要旨 要旨を表示する

1 序

原子核反応のうち, 直接過程は, その観測量が反応に関与する原子核の構造と密接に関係することから, 核反応の研究の中心課題の一つであり続けている. 直接過程には, 非弾性散乱, 荷電交換反応, 核子移行反応などが含まれる. これらの直接過程を用いた, 原子核の低励起ないし高励起状態の分光は, 加速器・検出器技術の発展とともに, 精力的に進められてきた.

これらのうちで, 荷電交換反応は, 主として, 原子核の基本的な励起モードの一つであるスピン・アイソスピンモードの研究のために用いられてきた. この荷電交換反応の種類としては, (p, n), (n,p) 反応という核子荷電交換反応, (d, 2He) 反応などの軽イオン荷電交換反応, (12C,12B) 反応などの重イオン荷電交換反応, 等がある.

本研究では, 不安定核に誘起される荷電交換反応である(12N, 12C) 反応を, 90Zr標的に対して適用し, 90Nb 核の分光を行った. 従来の荷電交換反応は, 標的核の基底状態近傍では無反跳条件(運動量移行q ~ 0) を近似的に実現し得るものの, 高励起状態に対しては必然的に運動量反跳が大きくなり, 標的核を効率的に励起することができなかったのに対し, 不安定核に誘起されるこの(12N, 12C) 反応は, 入射核の持つ大きな内部エネルギーを標的核に注入することが可能で, このために高励起状態に対してもq ~ 0 の条件を満たすことができ, 高励起状態の強力なプローブになり得る. さらに, この反応では, 出射核12C の状態を選ぶことによって,Gamow-Teller 型巨大共鳴(GTGR) などのΔS = 1, ΔT = 1 というモードの他, アイソバリックアナログ状態(IAS) などのΔS = 0, ΔT = 1 というモードをも選択的に励起することができるという優れた特徴がある. これに加えて, この反応では,プローブが標的核に強く吸収されることから, 特に, アイソベクトル型スピン単極子共鳴(IVSMR) に対して強い感度があることが期待される. この研究の目的は,90Zr 核から90Nb への遷移に対してGTGR, IAS, IVSMR を観測し, これを通してこの(12N, 12C) 反応の有用性を実証することにある.

この目的のために, 我々は, 理化学研究所RI ビームファクトリー(RIBF) 施設において, 高分解能磁気分析器SHARAQを新たに建設し, これを用いて, 核子当り入射エネルギー175MeV における90Zr(12N, 12C)90Nb 反応の2 階微分断面積の測定を行った. この実験は, RIBF で供給される大強度の中間エネルギー重イオンビームと, 高エネルギー・角度分解能の原子核分光が可能なSHARAQ スペクトロメーターの2 つが揃って初めて可能となった新しい実験であると言える.

2 発熱型荷電交換反応

発熱型荷電交換反応(12N, 12C) には以下のような優れた利点がある:

・ 入射角12N と出射核12C の16:83MeV という大きな質量差を利用し, 運動量移行を小さく抑えながら, 大きなエネルギーを移行することができ, ΔL = 0の状態を選択的に励起することが出来る.

・ γ線の測定によって出射核12C の状態(Jπ = 0+; T = 0 の基底状態, Jπ = 1+;T = 1 の15.1MeV の励起状態) を選ぶことにより(図1), スピン・アイソスピン移行が(ΔS,ΔT) = (1, 1), (0, 1) という励起モードを選択できる.

・ 重イオン反応ゆえ, 原子核表面付近で強い吸収性を示し, 特にIVSMR を強く励起することができる.

この一方で, この反応では, 12Nビームが飛行中にβ崩壊(半減期11.000 msec) をして12C となり, 荷電交換反応によって生成された12C と区別できないバックグラウンド事象となり得る. このために, 本研究では反応標的の直上流・直下流において粒子を識別することで, 標的で12Nが12Cに変化する事象を選び出すことにした.

3 実験

実験は理化学研究所RIBF 施設において行った. 超伝導リングサイクロトロンによって250MeV/u に加速された1 次ビーム14N をBe 板に照射し, 入射核破砕反応によって生成された2 次ビーム12Nを核破砕片分離装置BigRIPS によって選び出した. 強度≦400pnA の1 次ビームから, エネルギー約175MeV/u, 強度≦1.8 Mcps,純度92% の2 次ビームを得た. このビームを, 分散整合法を用いて反応標的まで輸送した. 反応標的としては, 厚さ154 mg/cm2, 同位体純度99.4%の90Zr 板を用いた. 反応を引き起こして生成された12C の運動量をSHARAQスペクトロメーターで分析することにより, 90Nb の励起エネルギースペクトルを取得した. 標的へ入射するビーム粒子の飛跡を低圧動作型多線式ドリフト検出器(LP-MWDC) で, 焦点面での反応粒子の飛跡をカソード読出し型ドリフト検出器(CRDC) で測定した.NaI(Tl) 検出器アレイDALI2 により脱励起γ線を測定して, 出射核12C の状態を識別した. 標的の上下流8 mm, 真空中に設置した1mm厚の2 枚1 組のプラスチックシンチレーターによって入射粒子と出射粒子の識別をし,12N ビームのβ 崩壊によるバックグラウンド事象を取り除いた. 図2 に標的周辺のセットアップを示した.

4 結果と考察

90Zr(12N, 12C)12Nb 反応の2 階微分断面積を散乱角0-3 度, 励起エネルギー0-70MeV の領域にわたって取得した(図3).

ΔS = 1, ΔT = 1 モードのスペクトルには, GTGR のピークが励起エネルギー10MeV に見られた. さらに, 30MeV 近傍に前方ピーク成分が見られた. これがIVSMR と考えられる. ΔS = 0, ΔT = 1 モードのスペクトルには, IAS のピークが励起エネルギー5MeV に見られた. これらの断面積の角度分布は, 各々の集団励起状態に対する歪曲波Born 近似(DWBA) 計算とよい一致を示した. また, IVSMR成分のスペクトル形状は, 過去に行われた795MeV における(p, n) 反応のスペクトル, Tamm-Dancoff 近似による強度分布の理論計算に近いものであった. GTGR,IAS の断面積から, Gamow-Teller, Fermi 遷移の単位断面積, 即ち, 遷移強度当りの断面積の比を求めてみると〓 18 となり, (p, n) 反応のそれよりも大きな値を示した. これは, この反応においてGamow-Teller 遷移がFermi 遷移に対して強調されている, ということを意味している.

5 まとめ

本研究では, 不安定核ビームに誘起される発熱型荷電交換反応(12N, 12C) を90Zr標的に対して適用し, 90Nb核のスピン・アイソスピン核分光を行い, GTGR, IVSMR,IAS を観測した. Gamow-Teller, Fermi 遷移の, 遷移強度当りの断面積の比は, (p, n)反応よりも大きな値を示した.

これまでの原子核分光において, 不安定核は専らそのものが研究の対象であった.本研究は, 不安定核を道具として原子核の未解明の状態を研究するという新たな展開を提示するものである. この意味において, 本研究が新しい原子核分光の端緒となることが期待される.

図1: 入射粒子12N の始状態と出射粒子12C の終状態.

図2: 標的周辺のセットアップ.

図3: 本実験で得られた2 階微分断面積スペクトル.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、6章からなる。第1章は、序文であり、原子核の高励起巨大共鳴状態に関するこれまでの研究がまとめられ、本研究の背景、位置付け、目標および論文提出者の寄与について述べられている。第2章では本研究の要となる不安定核ビームを利用した発熱型荷電交換反応についての利点や方法が述べられている。第3章では本研究で利用した加速器施設、不安定核ビーム生成装置、磁気スペクトロメータ、検出器などがまとめられており、第4章では、データ解析に関する詳細について記述されている。第5章では、本研究で得られた実験結果と従来の実験データ・理論計算との比較ならびに本成果の将来への波及効果などが議論・考察され、第6章では結論が述べられている。この他、付録として、イオン光学、2体反応学が収録されている。

本論文は、原子核物理学での主要課題のひとつ、巨大共鳴状態に関する実験研究である。これまで様々な反応を利用して原子核の高励起状態を生成し、その観測を通して、原子核の共鳴モードが議論されてきた。共鳴状態のなかでもスピン・アイソスピンモードは基本的なモードで、これまで荷電交換反応すなわち原子核中の陽子(中性子)を中性子(陽子)に変える反応を生成反応として利用してきた。荷電交換反応には陽子、中性子といった核子ビームや重陽子などの軽イオンビーム、炭素-12などの重イオンビームが利用されてきたが、これらを利用した反応では高励起状態に対しては運動量移行がゼロの無反跳条件を得ることができず、高励起状態を効率的に励起することができずにいた。

本研究では高励起状態に対する無反跳躍条件を達成する反応として、新たに不安定核ビームを利用した発熱型荷電交換反応を世界で初めて開発した。不安定核は内部エネルギーが大きいため、研究対象となる核に励起エネルギーを無反跳で移行できる点がポイントである。不安定核12Nをビームとし、出射核として12Cを選び、また12Cの脱励起ガンマ線を検出することで、スピン移行量ΔSが0または1の選別も同時に行えるように工夫されている。これに加え、ビームが標的核に強く吸収されることから、特にアイソベクトル型スピン単極子共鳴(IVSMR)に対して強い感度があることが期待される。

本研究では理化学研究所・重イオン加速器施設「RIビームファクトリー」で得られる大強度12Nビームを利用し、また出射核12Cは東京大学・原子核科学研究センターが建設したSHARAQスペクトロメータを用いて運動量分析と出射角度測定を行った。標的核としては過去のデータがある90Zrを選択し、ガモフテラー巨大共鳴(GTGR)、アイソバリックアナログ状態(IAS)、IVSMRを観測して、(12N,12C)反応の有用性を実証することを目指した。

本研究のデータ解析では、ビームがベータ崩壊して12Cとなるバックグランド事象の除去やSHARAQを利用した12Cの運動量導出、散乱角度の決定などを行い、最終的に90Nbの励起エネルギー分布とその角度依存性を導出した。この結果、ΔS=1では励起エネルギー10MeV付近のGTGRと30MeV付近のIVSMRのピークを、ΔS=0ではIASのピークを見出した。これらの角度分布は角運動量移行ΔL=0の場合の歪曲波ボルン近似で得られる結果と一致しており、またIVSMRの形状は、過去の(p,n)データをTamm-Dancoff近似による強度分布の理論計算に近いものであった。また(12N,12C)反応は、ガモフテラー遷移(ΔS=1、ΔL=0)がフェルミ遷移(ΔS=0、ΔL=0)に比べ強調されることもわかった。

以上の成果は不安定核ビームを利用した発熱型荷電交換反応の有用性を世界で初めて示す成果であり、90NbのIVSMRに対しても理論との比較ができる新たなデータを得ることができ、Physical Review C誌に掲載を予定している。

なお、本論文は共同研究であるが、論文提出者が主体となって、本実験の実験代表者として、実験申請書の作成、不安定核ビームの高純度化を実現するパラメータ決定、低圧MWDC検出器の開発、SHARAQスペクトロメータの開発など、を行っている。これらは本研究にとって不可欠な要素であり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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