No | 127677 | |
著者(漢字) | 宮城,敦子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤギ,アツコ | |
標題(和) | エゾノギシギシにおけるシュウ酸蓄積のメタボローム解析 | |
標題(洋) | Metabolome analysis of oxalate accumulation in Rumex obtusifolius L. | |
報告番号 | 127677 | |
報告番号 | 甲27677 | |
学位授与日 | 2012.03.06 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5743号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序:タデ科ギシギシ属(Rumex; Polygonaceae)は世界各地に広く分布し、葉に可溶性シュウ酸を高蓄積する植物群である。植物において、シュウ酸は被食防御や酸性土壌中のアルミニウムイオンの解毒に役立ち、過酸化水素に代謝されることでストレス応答や病害の抵抗性に寄与するなど、有益な生理活性物質であることが報告されている。しかしながら、植物におけるシュウ酸蓄積機構に関しては未だ不明な点が多い。 本研究ではギシギシ属植物におけるシュウ酸蓄積機構の解明を目的として、まず、ギシギシ属植物のメタボローム解析を行い、ギシギシ属植物の代謝物的特徴を把握するとともにシュウ酸蓄積に関与する代謝物の探索を行った。次に、ギシギシ属の中でもシュウ酸を高蓄積するエゾノギシギシを材料とした新生葉実験系を確立し、明暗処理実験および阻害剤実験、13CO2 を用いたトレーサー実験を行い、代謝物解析を行うことでシュウ酸蓄積に寄与する代謝物および合成経路の特定を目指した。さらに、栄養塩や高CO2、根圏のアルミニウムイオン(Al3+)や低温ストレス等、環境要因がシュウ酸蓄積に及ぼす影響を解析した。 第 1 章 タデ科植物種間の代謝物比較 ギシギシ属植物のシュウ酸をはじめとする代謝物パターンの把握およびシュウ酸蓄積に関わる代謝物の探索のため、発芽後2 週間のギシギシ属植物8 種とソバカズラ属のイタドリの葉を用いたメタボローム解析を行った。その結果、いずれのギシギシ属植物もシュウ酸含有量が高く、中でもエゾノギシギシ(R. obtusifolius L.)が最も高蓄積することが明らかになった(図1)。さらに、得られた代謝物プロファイルに基づいて相関解析を行った結果、シュウ酸蓄積量とクエン酸、アスコルビン酸などの有機酸量、グルタミンなどのアミノ酸量の間に高い正の相関が見られた(図2)。すなわち、シュウ酸を高蓄積する植物ほどシュウ酸の前駆物質(クエン酸、アスコルビン酸)量とアミノ酸量が高いことが示された。 第2 章 エゾノギシギシにおけるシュウ酸合成経路の解析 植物のシュウ酸合成経路として、これまでに3 つの経路(グリコール酸経路、イソクエン酸経路、アスコルビン酸経路)が複数の植物において報告されている。しかしながら、いずれの経路が可溶性シュウ酸の高蓄積に寄与するかは明らかではない。そこで、ギシギシ属の中でも特にシュウ酸を高蓄積するエゾノギシギシを用いて以下の解析を行った。 (1)新生葉実験系の確立と明暗処理実験 生育中のギシギシ属植物の葉では常にシュウ酸を高蓄積しているため、単位時間当たりのシュウ酸合成量を求めることはバックグラウンドのレベルが高く困難である。そこで、発芽後2 ヶ月のエゾノギシギシの葉を全て切除し、その後新たに展開した「新生葉」を用いる実験系を確立した(図3)。さらに、暗所で育成することで、新生葉におけるグリコール酸やアスコルビン酸合成を抑制したときの代謝物動態を解析した。その結果、葉のシュウ酸は明暗に関わらず葉の成長とともに増加した(図4)。明所よりも暗所で育成した個体のほうがシュウ酸をより蓄積した。一方、茎に最も高蓄積する有機酸であるクエン酸は、処理後1 週間で明暗ともに大幅に減少した。以上より、新生葉でのシュウ酸蓄積には茎のクエン酸を前駆物質とする、イソクエン酸経路の寄与が示唆された。 (2)イタコン酸によるシュウ酸特異的合成阻害 葉でのイソクエン酸経路を介した合成がシュウ酸の高蓄積に寄与する可能性を検証するため、新生葉実験系を用いてイソクエン酸リアーゼ(イソクエン酸をグリオキシル酸とコハク酸に代謝する酵素)の拮抗阻害剤として知られるイタコン酸の処理実験を行った。予め10mM イタコン酸溶液を1 週間与えた発芽後2 ヶ月のエゾノギシギシの葉を除去後、暗所で3 週間10 mM イタコン酸溶液を与えて生育させたときの、イタコン酸が代謝物に及ぼす効果を解析した。その結果、イタコン酸処理により、新生葉のシュウ酸の蓄積量が1/10以下に低下した(図5)。また、相関解析の結果、イタコン酸処理個体におけるシュウ酸蓄積量とイタコン酸量との間に高い負の相関が観察された(図6)。一方、シュウ酸の前駆物質のクエン酸など、TCA 回路の代謝物が著しく増加した(図5)。さらに、イタコン酸処理個体の茎においてもクエン酸が高蓄積した。これは、イタコン酸によりイソクエン酸経路を介したシュウ酸合成の阻害に伴ってクエン酸などのTCA 回路の有機酸が蓄積したため、茎においてもクエン酸が蓄積したと考えられる。 (3)13CO2 を用いたシュウ酸のde novo 合成の証明 茎のクエン酸が葉に移動してシュウ酸合成に寄与することを証明するため、予め1 週間イタコン酸処理を行った発芽後2 ヶ月のエゾノギシギシに13CO2 を18 時間暴露し、葉の切除後2 週間暗所で育成した個体における13C で標識された代謝物の動態解析を行った。その結果、新生葉において、イタコン酸処理個体では無処理個体に比べて13C-シュウ酸量が著しく減少した(図7)。それに対し、13C-クエン酸がイタコン酸処理個体ではより多く蓄積しており、またコントロールと異なりイタコン酸処理個体では2 週間経過しても減少しなかった。茎において、葉を切除直後の13C-クエン酸量はイタコン酸処理の影響を受けないことが明らかになった。一方、13CO2 処理1-2 週間後ではイタコン酸処理個体における茎の13C-クエン酸の減少量が無処理個体よりも小さかった。以上の結果は、イタコン酸処理により新生葉におけるシュウ酸合成が阻害されてクエン酸が蓄積したため、茎のクエン酸の新生葉への移動量が減少したことを支持した。 第 3 章 栄養塩および高CO2 による代謝物動態の解析 エゾノギシギシは外来植物種であり、耕地に侵入し作物収量を低下させる強害雑草として知られている。栄養塩および高CO2 がエゾノギシギシのシュウ酸をはじめとする代謝物群に及ぼす影響を明らかにするため、Hoagland 溶液および1000 ppm CO2 を与えて4 週間育成したエゾノギシギシを用いてメタボローム解析を行った。その結果、外部から与えた栄養塩によって葉内のアミノ酸含有量が増加し、高CO2 によりクエン酸などの有機酸が増加した(図8)。一方、CO2 処理または栄養塩処理のいずれかではシュウ酸蓄積量には影響しないことが示された。しかしながら、栄養塩とCO2 の同時処理により地上部バイオマスおよびシュウ酸含有量の増加が増加した。シュウ酸濃度の増加の背景には炭素源, 窒素源の両者が必要であると考えられる。大気中のCO2 濃度が上昇した場合、富栄養な耕地などに侵入したエゾノギシギシがより増殖する可能性がある。 第 4 章 環境ストレスと代謝物動態解析 タデ科ギシギシ属植物は、わが国のほぼ全域に広く帰化している。中でもエゾノギシギシは、日本では北海道で20 世紀初頭に移入が確認された後、数十年で沖縄を除く全国に分布を拡大した。このようなエゾノギシギシの繁殖力は、異なる環境への適応性の高さを意味すると考えられる。環境適応性とシュウ酸をはじめとする代謝物群との関係性を調べる上で、酸性土壌で多いAl3+ストレス、および低温ストレスに着目した解析を行なった。まず、エゾノギシギシのAl3+耐性と代謝物動態との関係を明らかにするため、発芽後3 週間のエゾノギシギシに50 μMAlCl3(pH 4.5)を処理し、メタボローム解析を行った。その結果、処理後1 週間で葉においてシュウ酸などの有機酸が増加した。さらに、Al3+耐性の異なるギシギシ属3 種で解析を行った。いずれの種もAl3+処理によるシュウ酸の増加が認められた一方、Al3+耐性の高いエゾノギシギシでは他の2 種とは異なる代謝物動態が観察された(図9)。次に、低温(5 oC)処理したときの代謝物動態を解析した。その結果、代謝活性が低下する低温でもシュウ酸の高蓄積が維持された。以上のことは、葉のシュウ酸蓄積は環境要因によらず維持され、Al3+ストレスにより促進されることを示すものである。 <結論> メタボローム解析を用いた代謝物データの種間比較解析より、ギシギシ属の中でもエゾノギシギシがシュウ酸をより高蓄積すること、シュウ酸蓄積量とシュウ酸前駆物質量やアミノ酸量との関連性が示された。エゾノギシギシの新生葉実験系を用いた代謝物解析の結果から、葉のシュウ酸の高蓄積にイソクエン酸経路が寄与すること、茎の代謝物(クエン酸)が葉のシュウ酸蓄積に貢献することが明らかになった。加えて、葉のシュウ酸高蓄積は環境要因によらず維持されること、栄養塩とCO2 の同時処理またはAl3+ストレスにより促進されることが示された。本研究はメタボローム解析により、野生植物の可溶性シュウ酸蓄積における特定の代謝経路の優位性を初めて示した例である。さまざまな有用代謝物を蓄積する野生植物において、さまざまな環境下における有用代謝物の合成経路を推定するための基礎となることが期待される。 図1.タデ科植物の代謝物データを用いた階層的クラスター解析とヒートマップ 種間の代謝物パターンに基づく種の階層的クラスター解析を行った。ヒートマップにおいて高濃度は赤、低濃度は緑で示される。植物種ごとに代謝物パターンが異なること、エゾノギシギシ(赤枠)は第1クラスターの代謝物(シュウ酸、クエン酸、アスコルビン酸、アミノ酸など)を多く含むことを示す。 図2.シュウ酸蓄積量と他の代謝物量との相関解析 シュウ酸の蓄積量に対する他の代謝物量の相関を解析した。その結果、シュウ酸とクエン酸、アスコルビン酸、グルタミンとの間に高い正の相関が存在した。**:ρ<0.01 図3.新生葉実験系の確立 図4.明暗処理に伴うシュウ酸とその周辺代謝物の動態 新生葉実験系を用いて明所または暗所で4週間育成した新生葉のシュウ酸蓄積量とその周辺代謝物量および茎のクエン酸量の、葉の切除後の経時変化を示す。代謝マップにおける×印は暗所での新生葉において合成が抑制される代謝物を示す。新生葉では暗所でも成長に伴ってシュウ酸を高蓄積し、明所より蓄積した。グリコール酸、グリオキシル酸は検出されなかった。また、茎のクエン酸量は明暗による違いは見られなかったが、切除後から1週間で約40%低下した。*:ρ<0.05,**:ρ<0.01 図5.シュウ酸とその周辺代謝物に対するイタコン酸の効果 新生葉実験系を用いて、葉の切除前に1週間、切除後3週間10mMイタコン酸処理し暗所で育成した個体において、新生葉のシュウ酸蓄積量とその周辺代謝物量および茎のクエン酸量の、葉の切除後の経時変化を示す。イタコン酸により新生葉のシュウ酸が著しく低下する反面、イソクエン酸を除くTCA回路の代謝物が増加した。茎のクエン酸においてもイタコン酸処理により増加した。**:ρ<0.01 図6.新生葉におけるイタコン酸量とシュウ酸蓄積量との相関 イタコン酸処理を行い、暗所で育成したエゾノギシギシ新生葉において、取り込まれたイタコン酸量とシュウ酸蓄積量との間に高い負の相関が存在した。"**:ρ<0.01 図7.イタコン酸処理個体に(13)CO(2)を暴露した時の(13)C-代謝物動態 新生葉を用いたイタコン酸処理実験において、葉の切除前に(13)CO(2)を18時間暴露したエゾノギシギシを暗所で2週間育成したときの13Cで標識されたシュウ酸蓄積量およびクエン酸量の葉の切除後の経時変化を示す。イタコン酸処理個体の新生葉では(13)C-シュウ酸はほぼ合成されず、(13)C一クエン酸が蓄積した。イタコン酸処理個体の茎では無処理の茎よりも(13)C-クエン酸の減少量が低下した。*:ρ<0.05,**:ρ<0.01 図8.宋養塩および高CO(2)が及ぼす代謝物動態の解析 Hoagland溶液および1000ppmCO(2)を4週間処理したエゾノギシギシの代謝物データを元に階層的クラスター解析およびヒートマップの作成を行った。栄養塩によりアミノ酸が、高CO(2)により有機酸が増加する傾向が見られた。両者の同時処理により、シュウ酸が増加した. 図9.Al(3+)による葉の代謝物動態の種間比較 50μMAICI(3)を4週間処理したギシギシ属植物3種の葉の代謝物データを用いて階層的クラスター解析およびヒートマップの作成を行った。いずれの種においてもシュウ酸含有量がAl(3+)により増加する一方、エゾノギシギシのみアスコルビン酸が増加するなど、種間で異なる代謝物動態が観察された。 | |
審査要旨 | 本論文は4章からなる。第1章の前にイントロダクションが述べられている。シュウ酸を高蓄積するタデ科ギシギシ属の植物群についての知見と、植物におけるシュウ酸の生理的な役割についての知見が述べられている。また先行研究では不明であった植物におけるシュウ酸の蓄積機構についての仮説と解明すべき理由が解説されている。第1章では、ギシギシ属植物8種とソバカズラ属のイタドリの葉を用いたメタボローム解析による代謝物データの種間の比較解析を行った研究が記述されている。ギシギシ属の中でもエゾノギシギシがシュウ酸をより高蓄積すること、シュウ酸蓄積量とシュウ酸前駆物質量やアミノ酸量との関連性が明らかにされた。第2章では、植物のシュウ酸合成経路として、これまでに挙げられている3つの経路(グリコール酸経路、イソクエン酸経路、アスコルビン酸経路)のいずれの経路が可溶性シュウ酸の高蓄積に重要であるかを検証した研究が記述されている。ギシギシ属の中でも特にシュウ酸を高蓄積するエゾノギシギシを用いて研究を進めた。新生葉を用いることにより単位時間あたりの代謝物の変化を明確にし、グリコール酸経路とアスコルビン酸経路を阻害した暗条件下での代謝物変化を解析した。その結果、葉のシュウ酸の高蓄積にイソクエン酸経路が寄与する可能性と、茎に蓄積するクエン酸が葉のシュウ酸蓄積に貢献する可能性を指摘した。葉でのイソクエン酸経路を介した合成がシュウ酸の高蓄積に寄与する可能性を直接的に検証するため、イソクエン酸リアーゼの拮抗阻害剤として知られるイタコン酸の処理実験を行った。その結果、イタコン酸処理により葉のシュウ酸の蓄積量が大きく低下し、茎においてクエン酸が高蓄積した。また、イタコン酸処理個体におけるシュウ酸蓄積量とイタコン酸量との間に高い負の相関が観察された。さらに茎のクエン酸が葉に移動してシュウ酸合成に寄与することを直接的に証明するため、あらかじめ13CO2を暴露した個体における13Cで標識された代謝物の動態解析を行った。その結果、イタコン酸処理個体では無処理個体に比べて、葉の13C-シュウ酸量が著しく減少した。それに対し、13C-クエン酸がイタコン酸処理個体の葉ではより多く蓄積しており、また対照個体と異なりイタコン酸処理個体では13C-クエン酸が2週間経過しても減少しなかった。一方、茎では、13C-クエン酸の減少量がイタコン酸処理個体では対照個体よりも小さかった。これらの結果は、イタコン酸処理により葉におけるシュウ酸合成が阻害されてクエン酸が蓄積したこと、そのため茎から葉へのクエン酸の移動量が減少したことを示している。以上から、葉のシュウ酸の高蓄積には、イソクエン酸経路が重要であること、茎のクエン酸が葉のシュウ酸蓄積に貢献することが明らかになった。第3章では、栄養塩濃度や高CO2処理がエゾノギシギシの代謝物に及ぼす影響について解析した結果が記述されている。高栄養塩濃度と高CO2の同時処理を行うと、地上部バイオマスとシュウ酸含有量の顕著な増加が認められた。エゾノギシギシは外来植物種であり、管理されない耕地に侵入する強害雑草として知られている。今後、大気CO2濃度が増加すれば、その影響がより顕著になる可能性がある。第4章では、エゾノギシギシの高い環境適応性と代謝物群との関係性を調べるために、酸性土壌で多いAl3+ストレスに着目した解析について記述されている。Al3+耐性の異なるギシギシ属3種で解析を行った結果、いずれの種もAl3+処理によるシュウ酸の増加が認められた。Al3+耐性の高いエゾノギシギシでは他の2種とは異なる代謝物動態が観察された。さらに代謝活性が低下する低温処理によっても、エゾノギシギシの葉のシュウ酸の高蓄積が維持された。以上から、エゾノギシギシの葉のシュウ酸蓄積は環境要因によらず維持され、Al3+ストレスにより促進されることを示すことが明らかになった。 本研究は、シュウ酸を高蓄積するエゾノギシギシに注目し、野生植物でも解析が行いやすいメタボローム解析を進めることにより、植物のシュウ酸蓄積について特定の代謝経路の重要性を初めて明確に示した例である。本研究は、さまざまな代謝物を蓄積する野生植物の有用代謝物の合成経路を推定するための基礎となることが期待される。 本論文の第1章、第2章、第3章、第4章は、他の研究者との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究計画を行い、実施したものであり、そのほとんどが論文提出者の寄与である。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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