学位論文要旨



No 127680
著者(漢字) 橋本,由紀
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,ユキ
標題(和) 日本の外国人労働者の雇用に関する実証研究
標題(洋)
報告番号 127680
報告番号 甲27680
学位授与日 2012.03.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第304号
研究科 大学院経済学研究科
専攻 現代経済専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玄田,有史
 東京大学 教授 市村,英彦
 東京大学 教授 岡崎,哲二
 東京大学 教授 中村,圭介
 日本大学 教授 中村,二朗
内容要旨 要旨を表示する

日本では,1980年代まで,外国人の数的なインパクトの小ささや日本社会への同化の暗黙の前提を背景に,彼らの就労実態を明らかにすべきという社会的要請は弱かった。そのため,外国人労働者を日本人労働者と区分し,特徴を捉えようとする調査・研究も,ほとんど行われなかった。しかし,1980年代後半の好況と,1990年の出入国管理及び難民認定法の改正は,就労目的の外国人入国者の急増を惹起した。本研究の分析対象である日系人や研修生(技能実習生)も,1990年の法改正による入国要件の緩和後に,労働市場に浸透した。そして外国人労働者の存在が広く認識されるに至り,彼らの雇用実態と影響の解明が求められるようになった。

外国人労働者が労働市場に及ぼす効果は,外国人が存在した時点ではなく,自国民と外国人との間の差異が実際に「観察された」時点ではじめて捕捉される。ところが,日本では,効果の識別に必要な差異性に関する前提が成立しなかった。すなわち,公刊統計の大半に,国籍等外国人労働者を識別する設問がないために,実際には存在するかもしれない差異を,データから捉えることができない。この利用可能なデータの制約ゆえに,2000年代半ばまでの日本の外国人労働者に関する実証研究は,集計データを用いた単発的な分析が中心で,提起と反証の反復を経てコンセンサスを形成するような流れにはならなかった。そのため,外国人労働者の雇用や生活実態の解明は,社会学者らによる事例調査やアンケート調査手法を用いた研究成果に負う部分が大きかった。

本研究では,こうした過去の定性的研究から着想を得て,行政の広報・出版物,新聞やインターネットサイトから外国人労働者雇用に関する情報を収集し,公刊統計とのマッチングによって作成したデータを用いて定量分析を行う。そして,外国人労働者の差異性を捉えたこれらのデータに拠って,外国人労働者と彼らを雇用する企業の関係性を,賃金や生産性等の数量的な表現によって捉えようとした。すなわち,インタビューや事例調査等の先行研究が明らにした「事実」を,マイクロデータを用いた実証分析によって検証することが,本研究の目的である。

第3章以降の実証分析に先立ち,第2章には,欧米の先行研究レビューに特化した章を置く。上述のように,日本では,外国人労働者個人の属性に関するデータの利用制限や不存在のため,諸外国の先行研究と手法を共有できないことも多く,直接的な比較検討は難しい。しかし,2009年の統計法改正によって,一部の基幹統計の二次利用が認められるようになるなど,状況は変わりつつある。そこで,日本でも近い将来,他国の移民研究と問題設定や分析手法を共有し,発展させる研究が可能となることへの期待,その際の参考としての有用性の観点から,「移民が自国民の賃金・雇用に及ぼすインパクト」「移民労働者の『同化』の測定」「移民のセレクション」等の論点に分けて,主要な研究成果を紹介した。

第3章では,日本で就労するブラジル人を対象としたポルトガル語新聞の求人広告からデータを作成し,ブラジル人労働者の雇用と賃金の実態を検証した。そして,ブラジル人労働者の求人・賃金動向と経済指標との間で回帰分析を行い,ブラジル人労働者への求人は,日本人労働者よりも景気に先行して調整される可能性が高いこと,ブラジル人労働者の求人賃金は日本人労働者の同賃金と比較して景気循環の影響をより強く受けることを確認した。その上で,こうしたブラジル人労働者の雇用の不安定さは,手取給与最大化と高離職率というブラジル人労働者の労働供給行動と,彼らを生産変動対応の労働力として間接雇用する企業の需要行動が相まった結果であるという見方を提起した。

第4章は,連合総研が全国の製造企業を対象に行ったアンケート調査の個票を用いて,どのような特徴をもつ企業が外国人労働者の雇用を志向するかを検討した。具体的には,データの特長を生かして,サンプル企業を,すでに外国人を雇用している「雇用企業」,近い将来に外国人の雇用を考えている「意識企業」,将来も雇用予定のない「雇用なし企業」に分類し,各タイプの特徴を抽出・比較した。そして,分析の結果,企業を外国人雇用に振り向ける様々な要因が特定された。経営環境が厳しさを増す中で,思うように日本人の若年労働者の定着が進まない企業,熟練技能者確保の見通しが立たない企業で,外国人雇用を予定する確率が有意に高かった。一方,すでに雇用している日本人従業員の賃金水準に,差は認められなかった。熟練技能を担う中核的労働者には,少なくとも相場並みの賃金を保証しなければならないという制約が,総人件費の抑制手段として,企業を外国人労働者の雇用に向かわせる一因として推察された。

第5章では,外国人研修生・技能実習生を受入れる企業に着目し,受入企業の特徴を,地域・産業の平均賃金や平均労働生産性との比較によって明らかにした。外国人研修生・技能実習生を外部労働市場労働者とみなすとき,内部労働市場労働者としての日本人正規従業員の賃金水準の高低は,理論上,明らかでない。そこで,受入企業が,2つのタイプ―(1)高い求人賃金を提示する高生産性受入企業,(2)低い求人賃金を提示する低生産性受入企業―に大別されると考え,両タイプ企業の識別を試みた。分析に用いるデータは,彼らの活動を広報する出版物等から外国人研修生・技能実習生受入企業約550社を特定し,ハローワークの求人データベースと工業統計調査とのマッチングによって作成した。分析の結果,賃金競争力や労働生産性の低い企業を中心に彼らを活用する傾向がある一方,地域・産業平均以上の賃金を提示したり,産業平均以上の労働生産性を達成する受入企業がサンプル中最大で3-4割程度存在することもわかった。これらの企業では,これらの企業では,労働者が各自の特徴に応じた業務を担うことで効率的な分業を達成したり,実習生等の人材育成を積極的に行ったりすることで,高生産性を達成している可能性が示唆された。

第6章では,従業員50人未満の認定事業所に通常の2倍(年間6人)まで外国人研修生の受入枠の拡大を認める「外国人研修生受入れ特区」に着目し,特区が認定事業所に及ぼした影響を評価した。実証分析では,工業統計調査の各年の個票データを名寄せして,特区計画に記載された認定事業所とマッチングしてパネルデータを作成し,認定事業所の特徴を,地域内非認定事業所や他地域・同業種の事業所と比較,検討した。その結果,日本人非正規労働者比率の趨勢的な増加とは対照的に,認定事業所では,特区措置の認定後に,同比率が約4-6%減少していた。この減少は,日本人非正規労働者と外国人研修生・技能実習生の代替関係を含意する。加えて,認定事業所の一人当たり生産額や賃金水準は,特に繊維・衣服産業で,地域や産業相場よりも高く,外国人研修生・技能実習生を積極的に受入れる認定事業所の相対的な高生産性傾向も確かめられた。

各章の分析結果より,外国人労働者を雇用するのは,人材の多様性や組織の活性化を求めたり,日本人労働者で労働需要を充足できない企業であることがわかった。全国事業所の1.8%にすぎないこうした企業は,積極・消極両方の意味で現況を首肯せず,外国人労働者の雇用に活路を見出すある種の「先進」企業と思われる。この意味で,外国人労働者を雇用する企業は,日本の全企業の平均像というよりむしろ,その時々の雇用問題や日本の労働市場の変化をいち早く映すマージナルな存在といえるかもしれない。例えば,外国人労働者を需要する企業では,労働市場全体の変化に先立つ1997-1998年頃に,雇用の流動性の高まりが顕在化していた。

さらに注目すべきは,外国人労働者雇用企業の中に,長期的な技能育成を視野に入れて彼らを雇用する企業(第4章の「雇用企業」),労働者派遣業者を介在せず,受入れから育成までを一貫して管理する企業(第5章の企業単独型企業),新たな施策を積極的に活用する企業(第6章の研修生特区認定企業)が存在し,実際に高生産性を達成している事実である。これらの企業は,生産性が低い中小企業での外国人生産労働者雇用という,広く共有されてきたイメージには当てはまらない。制度を利用する企業の多様性を,個々の事例ではなく広くデータ分析によって,日本人労働者の雇用指標と関連付けて捉えたこと,そして相対的な「優良企業」が全般に存在することを確認した点は,本研究の一つの貢献と考える。

ただし,本研究に残された課題も少なくない。各章では,様々なデータのマッチングによって,外国人労働者雇用企業の特徴を捉えるデータセットを作成,定量分析し,事例調査などの先行研究と整合した。そして,外国人労働者や彼らを雇用する企業の労働市場内での位置づけを帰納的に推測した。しかし,データ元の出版物等は,集計や二次分析を前提としないものも多いため,必要な分類がない,コントロール変数が利用できない等の制約の前に,外国人労働者雇用企業の特徴を十分に識別できない部分もあった。また,「推測」過程の恣意性が,完全に排除されないことも認めざるを得ない。本研究の結論を仮置いた上で,より精度高いデータに基づく分析を重ね,推測の空隙を埋める修正作業を今後も続ける必要を認識している。

審査要旨 要旨を表示する

1.審査論文の目的と位置づけ

本論文は、1990年代以降に増加した外国人労働者の企業による活用状況を定量分析することを通じ、変化する日本企業の行動特性の解明を目指したものである。そのための方法として、独自に収集したデータ、既存データの二次利用、さらには政府統計の特別集計など、企業による外国人労働者の活用実態を調べるために利用可能なデータを、筆者が現在アクセス可能な範囲で最大限追求し、実証分析を試みた点に特徴がある。そこでは標準的な経済学の実証分析手法に基づく緻密な検証が行われている。また分析は、外国人労働者を取り巻く法制度についての豊富な知識と正確な理解によって裏打ちされている。

日本の外国人労働者に関する既存研究は一部を除き、多くが定性的研究からもたらされてきた知見である。本論文では、定性的研究から示唆されてきた仮説を、定量分析によって再検証するという姿勢で一貫している。外国人労働者に関する詳細なデータが未だ十分でない現状において、実証分析に利用可能な企業データを収集し、計量分析した本内容は、日本の外国人労働研究に一つの地平を切り開くものである。

本論文で発見された主な結果として、外国人労働者を雇用する企業の多様性が指摘される。日本人労働者に低賃金しか提示し得ないがために、代替的に外国人労働者を採用している企業は多い。だが一方で、外国人を活用することで高生産性を実現し、結果的に日本人労働者に相対的な高賃金を提示する企業も少なくない。それらの発見は、外国人労働研究のみならず、変化する日本企業に関する研究に対しても、重要な示唆を与えるものとなっている。

本論文について、2011年10月31日に提出された後、審査委員会(審査委員:市村英彦、岡崎哲二、中村圭介、中村二朗、玄田有史(主査))が設置され、検討を行った。その上で2012年2月10日に口頭試問を行い、詳細な審議を行った結果、審査委員一同、橋本由紀氏に博士(経済学)の学位を授与するのが妥当であるとの結論に達した。

本論文の構成は次の通りである。

第1章 序論

第2 章 移民労働者研究のレビュー

第3章 日本におけるブラジル人労働者の賃金と雇用の安定に関する考察

第4章 外国人労働者の雇用と企業経営

第5章 外国人研修生・技能実習生受入企業の賃金と生産性に関する一考察

第6章 非正規労働者と外国人労働者の代替関係

第7章 結論

2.各章の内容と含意

第1章ではまず、本論文で対象とされるのが、移民ではなく、外国人労働者であることが述べられている。IOM(国際移住機関)によれば、移民とは「定住目的で他国に移住する外国人」と定義される。それに対し、本論文の第3章以降で分析対象とされる日系ブラジル人や外国人研修・技能実習生等は、近年定着傾向が強まっているという指摘こそあるものの、一般的には帰国を前提とした、いわゆる出稼ぎ労働者とみなされることが多い。そのために、ここでは「外国人労働者」という呼称を用いることが示される。

日本の外国人労働者研究は、1990年の入管法改正以後に蓄積されたものがほとんどであり、その歴史は浅い。また外国人労働者はその存在こそ広く知られるところとなったが、統計的には2010年末時点でも外国人登録者総数は213.4万人と、総人口の1.7%を占めるに過ぎず、その数的インパクトの小ささが包括的な定量研究を停滞させた面も否めない。そのため外国人労働者研究は、もっぱら事例調査や限定的なアンケート調査などの定性的研究が先行するところとなった。

そこで本研究の目的として、外国人労働者の雇用実態を定量分析によって明らかにし、1990年代以降の外国人労働にまつわる構造変化を捉えることが示される。尚、筆者は先行研究を踏まえ、「構造」という用語を「問題とする経済変数の相互関係の数量的表現」として定義する。その意味で、ここで注目する構造としては、外国人労働者と雇用企業との相互関係における賃金、雇用、生産性などに関する数量的表現が主たる分析対象となる。その上で本研究の特徴として、先行した定性的研究からヒントを得つつ、外国人労働者に関するデータセットを作成・分析し、制度や歴史に依拠した解釈を重視すると述べている。さらに外国人労働者の雇用量や賃金水準の決定について、外国人を雇用する企業、すなわち労働需要サイドの視点から分析するという研究の方向性が示されている。

第2章は、海外の移民研究についてのレビューである。先行の移民研究では、理論研究に加えて、ファクト・ファインディングを目指した実証研究に、豊富な蓄積がある。なかでも、移民の労働供給増加が受入国の雇用や賃金に及ぼす影響、すなわち移民と受入国労働者の代替・補完の程度の測定に、研究の重きが置かれてきた。ただし移民が賃金や雇用に及ぼすトータルな効果については、未だコンセンサスが形成されているとは言い難いのが現状である。唯一、受入国民の技能水準や資本調整のあり方によってその影響は左右されるということが、一定の共通認識として形成されている程度だという。その他、移民と受入国民の賃金水準の収斂状況からみた「同化」問題、さらには誰が移民となるのかといったセレクションの問題も注目を集めてきたことが示される。

翻って日本では、移民にせよ、外国人労働者にせよ、労働供給サイドからの詳細調査についての蓄積と活用が不十分なため、先行研究との比較可能な研究を行うことの困難な現状がある。そこで以下では、労働需要サイド、すなわち外国人労働者を採用する企業行動に関わるデータを駆使し、外国人労働者の日本企業における位置づけを明らかにする。

第3章は日系ブラジル人労働者を、日本人雇用者と比較し、その賃金および雇用の景気感応性を計量分析したものである。そのために、日系ブラジル人を対象に発行されるポルトガル語新聞の求人広告からデータを独自に作成し、ブラジル人労働者の求人・賃金動向と、先行・一致・遅行指標など複数の景気指標との間での回帰分析を行った。このようなポルトガル語で書かれた大規模な民間求人データの作成は日本で初めての試みである。日系ブラジル人の求職経路として、求人広告雑誌が広く活用されている実態を考えたとき、日系移民労働者の労働市場の実情に鋭く肉迫したユニークなデータによる検証である。

理論仮説として、日系ブラジル人労働者は、手取り給与の最大化を目的に、日本人労働者よりも離職率が高く、未熟練層も多いことが念頭に置かれる。企業も日系ブラジル人労働者を非正規の不安定雇用層として活用し、景気ショックに対してバッファー層としての役割を期待していると考えられる。実証分析の結果は、それらの仮説とすぐれて整合的なものであった。具体的には、ブラジル人労働者の雇用(求人)と賃金は日本人労働者よりも景気に対して鋭敏に反応するという雇用の不安定性が、複数の景気指標間での比較から明らかとなった。

本章での分析は1991年から2004年にかけての求人データを用いたものである。2000年代に日本人労働者にも非正規化の波が押し寄せることになるが、本章の結果は、企業による景気緩衝装置としての非正規雇用の活用が、日系人労働者を通じて先駆けて1990年代から既に始まっていたことを示唆するものである。

第4章は、1990年代後半に行われた中小企業アンケート調査を二次分析し、外国人労働者の活用を意図する企業の特性を明らかにしたものである。用いるデータの特徴は、外国人を実際に雇用している「雇用企業」、そうでない「雇用なし企業」に加え、雇用こそないものの採用を意識する「雇用意識企業」に区分されていることである。なかでも「雇用意識企業」に着目することで、外国人を雇用した結果がもたらすフィードバックの影響などから独立に、外国人労働者の雇用を志向する企業の特性を明らかにする分析が行われる。

外国人雇用に関する3類型への区分を被説明変数とした多項プロビットの結果、雇用意識企業は、雇用企業とも雇用なし企業とも、有意に異なる企業群から構成されていることが明らかにされる。具体的には、海外との競争激化に直面し、一方で人件費の高さと若年の定着率の低さに悩まされている企業ほど、将来の外国人雇用を意識する傾向がみられた。筆者はその背景を、日本企業がコアとなる正規従業員の保蔵と賃金確保のため、外国人労働者を活用した柔軟性の高い人材戦略を志向する傾向が強まりつつあると解釈している。

第5章は「外国人研修・技能実習制度」を利用する企業に着目することで、外国人労働者と企業の生産性や日本人への提示賃金との関係を明らかにしたものである。外国人研修・技能実習制度とは、途上国の労働者に技能習得の機会を提供することで、技能移転を図り、経済発展を担う人材を育成することを目的に導入されたものである。製造業、農業・漁業、建設業の現場でOJTによる実習が行われ、2007年時点で約20万人の研修・技能実習生が携わっている。同時に実際は、団体管理型の受入などで、現場労働者の不足を理由に安価な労働力として、日本人に相場賃金を支払えず、かつ生産性の低い小企業を中心に利用されているという指摘も少なくない。

一方、研修・技能実習生を低賃金労働者として活用することが生産性の向上をもたらし、ひいては日本人労働者の賃金を高める可能性があることも、経済理論的には排除されない。すなわち技能研修・実習生を利用する企業として、低生産性・低賃金企業と高生産性・高賃金企業が併存する可能性があり、その相対的度合いの把握はすぐれて実証的課題となる。

そこで筆者は、JITCO(実習生受入事業支援組織)発行の出版物から実習生受入企業を特定し、ハローワークの求人情報ならびに工業統計調査個票とマッチングすることで、日本人労働者に対する求人賃金と労働生産性に関する企業情報を収集した。その結果、製造業全般でみると、実習生受入企業の求人賃金は、地域・産業の平均賃金より有意に低いことが明らかであり、労働生産性にも同様の傾向が観察された。その結果は、研修・技能実習制度が、総じて競争力のない企業で利用されているのが実情であることを意味する。

ただし一方で、サンプリング脱落によるセレクションバイアスの可能性こそ残されるものの、建設業ならびに企業単独型での受入企業を中心に、日本人に対する高賃金の提示と、高労働生産性を達成している企業も、最大で3割から4割程度存在することも指摘された。それは今後、外国人労働者の利用の広がりがみられた場合、労働条件の悪い職場の温存をもたらすおそれと、同時に労働生産性の向上を一部でもたらすという、二極化現象が生み出される可能性を示唆している。

第6章は、構造改革特区の1つである「外国人研修生受入特区制度」に着目し、特区への認定が外国人雇用事業所における非正規労働者の雇用に与える影響を実証分析したものである。外国人研修生受入特区制度とは、規制を特例措置として緩和することで地域・国の活性化を目指す「構造改革特区制度」の一事業として2003年2月発足した制度である。特区認定された自治体に属する常勤50人未満事業所では、特区枠を利用することで通常3(6)人までの制限がある外国人研修生(技能実習生)を2倍の6(12)人まで採用することが可能となった。本章では同制度に着目し、外国人労働者の利用を拡大した事業所が、そうでない事業所と比較して、非正規労働者にいかなる雇用調整を加えたかを実証分析した。分析は特区申請計画書から認定事業所と認定年を特定した上で、「工業統計調査」個票データ(1999年から2007年)を名寄せし、特区認定内の事業所とさらに特区枠を利用した事業所を、それ以外の事業所と比較した。

その結果、特区認定事業所では、特区認定後に非正規従業員比率が有意に減少していることが明らかとなった。その結果は、製造業出荷額、現金給与比率、女性従業員比率の違いを制御した他、認定時点などの影響を調整しても、頑健であることが確認された。それは、規正緩和による外国人労働の採用拡大によって、日本人非正規従業員が外国人研修生に代替されたことを意味する。各国の先行研究で実証された移民労働者と自国低技能労働者と同様の代替関係が、日本の外国人労働者と非正規雇用労働者との間でも成立することが、そこからは示唆される。

第7章は、以上の分析を総括し、論文全体としての発見と課題の整理に当てられている。雇用労働者の非正規化を1990年代以降の日本の労働市場の構造変化の一つと考えるならば、外国人労働者はその変化の「先駆け」として企業はその活用を進めてきた。外国人労働者は、就業者に占める割合こそまだ少ないものの、労働市場の変化を先んじて反映し、変化の影響が凝縮して現れた「マージナルな存在」であった。その意味で1990年代以降の日本の外国人労働問題とは、日本人か否かという国籍もしくは固有のアイデンティティの問題ではなく、あくまで間接雇用に代表される不安定な雇用形態を一身に体現した存在として理解するのが妥当であるという。

その上で、本稿の最も重要な発見として筆者が主張するのは、外国人雇用企業の多様性である。同じ外国人雇用に関心を持つ企業でも、実際に雇用する企業とそうでない企業には、その企業属性に少なからず違いがあった。また研修・技能実習制度や特区認定を利用する企業には、低賃金・低生産性の企業が多数あった一方で、相場よりも高い賃金を日本人労働者に提示し、高い労働生産性も実現した企業も存在する。外国人を雇用する企業が一般にもたれがちな、単純労働に従事する外国人を延命策として利用し、かつ日本人にも低賃金しか提供出来ない低生産性企業という単純な見解は、一律に支持されるものではない。むしろ、外国人を利用する企業の多様性を認識することこそ、外国人労働問題の正確な理解につながるのである。

また外国人労働が日本の労働市場に与える影響として、企業レベルでみたときの非正規雇用との代替関係を指摘する。従来の研究では、必ずしも外国人と非正規雇用の代替関係の存在を支持するものばかりではなかった。その理由として筆者は、これまでは主に地域レベルでの分析であったことが、本稿で扱った企業を分析単位とした結果との相違を生んでいるのではないかと述べる。

最後に、残された課題として、本稿が1990年代から2000年代前半を分析対象としていたのに対し、「リーマン・ショック」の影響を外国人雇用の観点から評価することの重要性や、海外の先行する移民・外国人労働者研究と厳密な比較をする上で、信頼性の高いデータが不可欠であることなどを述べ、論文を結んでいる。

3.総合評価

本論文は全体を通じ、次の三点に高い学術的意義を有している。

第一に、外国人労働者問題に新たな知見を得るために、かつて用いられてこなかった独創的なデータセットを作成・分析している点が挙げられる。外国人労働者問題は、その検討の重要性こそ広く認識されてきたものの、実態を把握するのに十分な計量データが整備されてこなかったことから、定量的分析は一部を除き、発展がみられてこなかった。それに対し本論文では、日系ブラジル人向けの求人雑誌やJITCO(実習生受入事業支援組織)が発行する出版物、さらには外国人研修生受入特区制度の特区申請計画書などから、自らの手で丹念にデータを広い集め、計量分析を行っている。加えて政府統計の特別集計や既存データの二次利用の機会も活用し、厳密な実証分析に繋げている。その外国人労働問題の解明に向けた努力と執念には圧倒的なものがある。

第二に、外国人労働者にかかわる法律や制度についての深い理解に基づいた実証分析である点も特筆される。実証分析に不可欠な仮説を、技能実習制度や特区制度などの特徴と課題についての正確な知識から導出している点は独創的である。ややもするとデータ分析にありがちな、個票標本から闇雲に結果を算出するといった態度をよしとせず、つねに推定結果と法・制度の実情とのフィードバックを意識しながら丁寧な解釈を心がけている。法・制度に関する知識が十分だからこそ、活用したデータに関する不備にも目が行き届いており、残された課題についての正確な理解が、分析そのものの信頼性を高めている。

第三に、変化する日本企業の方向性を理解する上での、新たな視座を提出していることである。本論文は外国人労働者問題を取り扱ったものであるが、ある意味では変貌する日本企業の行動を外国人労働者活用の視点から展望したものでもある。日本企業は、激化する国際競争や人口減少による労働力不足に対処するため、生産性の向上や不確実性に対する柔軟性確保の切り札の一つとして外国人労働者を活用している。外国人労働者に目を向けることは、日本企業の変化の兆候を先駆的に理解することにつながるものである。その点を実証分析から多角的に示したことも、本論文の重要な意義である。

このように広く意義を有する論文ではあるが、残された課題も少なくない。第3章の賃金の景気感応性についての分析では、日本人労働者の場合、月給よりもボーナスによる調整が一般的なことは考慮されていない。第4章では外国人雇用を意識する企業が、実際に雇用を行う上で直面する課題の解明にまでは及んでいない。そのためには外国人雇用の前後の状況を含む企業パネルデータが必要である。第5章でもJITCOの出版物に掲載された企業は優良企業に偏っている可能性が大きく、制度を利用する企業全般を網羅したデータの作成と活用が正確な実態理解には不可欠である。第5章および第6章で、外国人を利用する高生産性企業の存在が示されているが、いかなる企業がそれに該当するかは明らかではない。その把握には、企業の有する技術とそのビンテージ、さらには技術とマッチした労働者の技能の質に関する情報等の収集が求められる。それらはいずれも橋本氏に今後の解明を期待したい重要な課題である。

これらの課題こそ残されてはいるものの、本論は従来の外国人労働者研究になかった重要な知見と貢献をもたらしており、高く評価されるべきと考える。また審査委員会では、労働経済学の博士号授与の基準として、原則として学術雑誌に投稿し採択された査読論文が3本以上含まれていることが望ましい(うち少なくとも1本は単著であることが更に望ましい)との意見が出された。本論文には、2本の査読論文に基づく章が含まれており(第3章および第5章)、うち1本は労働関係論文優秀賞を2009年度に受賞している(第3章)。また博士論文には含まれていないものの、橋本氏はさらにもう1本投稿採択論文(共著)があり、授与の基準を満たしていると判断される。

以上より、慎重な審議の結果、審査委員一同、橋本由紀氏に博士号(経済学)の学位を授与するのが妥当であるという冒頭の結論に至った。

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