学位論文要旨



No 127684
著者(漢字) 山田,治彦
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ハルヒコ
標題(和) 高親和性コリントランスポーターCHT1はユビキチンリガーゼNedd4-2によって制御される
標題(洋)
報告番号 127684
報告番号 甲27684
学位授与日 2012.03.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3875号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 饗場,篤
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 准教授 伊藤,晃成
 東京大学 講師 紙谷,尚子
内容要旨 要旨を表示する

アセチルコリンを神経伝達物質とするコリン作動性神経は、交感・副交感神経節前神経、副交感神経節後神経、運動神経など、主要な末梢神経を構成する。中枢神経系にも広く存在し、学習・記憶、睡眠・覚醒などに関わっている。アルツハイマー病ではコリン作動性神経の脱落が顕著であることが知られている。

高親和性コリントランスポーター(CHT1)はコリン作動性神経に特異的に発現し、アセチルコリンの前駆体であるコリンをNa+依存的に細胞外から細胞内へ取り込む。神経細胞はコリンを合成できないので、この輸送はアセチルコリン合成に必要不可欠な過程で、その律速段階でもある。CHT1のノックアウトマウスはアセチルコリン合成能を欠き、致死である。CHT1のクローニングによって、その細胞内局在や輸送などの機能制御に関する研究が可能となった。CHT1は細胞表面で機能するにも拘わらず、培養細胞に発現させると大部分が細胞内小器官に存在し、神経細胞では主にシナプス小胞に存在する。CHT1の細胞表面への移行あるいは細胞表面からの細胞内への移行がアセチルコリンの合成速度を制御すると考えられる。CHT1分子の活性化や細胞表面への移行促進が可能になれば、アルツハイマー病などのコリン作動性神経変性疾患への効果的な治療につながる可能性がある。

トランスポーター、受容体、イオンチャネルなどの膜タンパク質の細胞内と細胞表面間の輸送は特定の輸送シグナル、あるいはリン酸化、糖鎖付加、ユビキチン化などの翻訳後修飾などによって制御される。ユビキチン化は、ユビキチンを標的タンパク質に連結させる反応を触媒する3種類の酵素の連続的な反応により起こる。ユビキチン活性化酵素(E1)、ユビキチン連結酵素(E2)、ユビキチンリガーゼ(E3)である。基質特異性を主に決定するのはE3である。ヒトゲノムには617個のE3をコードする遺伝子が存在すると予測されており、E3は基質タンパク質へのユビキチンの連結方式の違いにより、主にRING型とHECT型の2つに分類される。ヒトのE3遺伝子の約94%がRING型に属し、約5%がHECT型に属すると予測されている。HECT型のE3であるNedd4ファミリーには、この祖先であるNedd4と遺伝子重複で進化的に遅れて現れたと考えられるNedd4-2などがある。Nedd4-2はドーパミントランスポーター、興奮性アミノ酸トランスポーター1などの神経伝達物質トランスポーターの細胞表面の発現や輸送、活性などを制御すると報告されている。本研究ではCHT1のユビキチン化あるいは細胞表面への発現が、Nedd4-2によって制御されているかどうかを明らかにすることを目的とした。

CHT1とNedd4-2が相互作用するかどうかを確かめるため、FLAGタグを付加したCHT1とMycタグを付加したNedd4-2をHEK293細胞に一過性に共発現させ、細胞を可溶化し共免疫沈降を行った。その結果、両者は相互作用していることが明らかになった。

次にNedd4-2がCHT1の活性にどのような影響を及ぼすかを調べた。Nedd4-2とCHT1をHEK293細胞に一過性に共発現させ、3Hで標識したヘミコリニウム-3([3H]HC-3)結合活性を調べた。HC-3は細胞膜不透過性のCHT1特異的阻害剤で、[3H]HC-3との結合実験により細胞表面のCHT1発現量を定量できる。[3H]HC-3の最大結合量(Bmax)は、CHT1にNedd4-2を共発現させないときに比べ(Bmax = 120 ± 32 fmol/mg protein: Control)、Nedd4-2を共発現させると約50%減少した(Bmax = 61 ± 20 fmol/mg protein: +Nedd4-2)(図1A)。[3H]HC-3への平衡解離定数(Kd)は、Nedd4-2の共発現の有無によらず殆ど変化がなかった(Kd = 8.7 ± 2.3 nM: Control, Kd = 9.4 ± 4.4 nM: +Nedd4-2)(図1A)。Nedd4-2を共発現させたときの[3H]コリン取り込みの最大速度(Vmax)は、Nedd4-2を共発現させないときに比べ(Vmax = 210 ± 10 pmol/min/mg protein: Control)、約50%減少した(Vmax = 95 ± 4 pmol/min/mg protein: +Nedd4-2)(図1B)。[3H]コリンへの親和性(Km)は、Nedd4-2を共発現させたとき(Km = 1.8 ± 0.2 μM: +Nedd4-2)と、Nedd4-2を共発現させないとき(Km = 2.5 ± 0.5 μM: Control)との間には有意な変化はなかった(図1B)。これらの結果は、CHT1に対するHC-3とコリンの親和性はNedd4-2の共発現で影響されず、Nedd4-2の共発現は細胞表面の機能的なCHT1発現量を減少させることを示している。

細胞表面のCHT1発現量は内在性Nedd4-2による影響を受けているかどうか調べるため、Nedd4-2に対する低分子干渉RNA(siRNA)を発現するベクターを作製し、CHT1を安定的に発現するHEK293細胞に一過性にトランスフェクトした。48時間後に細胞を溶解して回収し、ウエスタンブロッティングを行った。その結果、Nedd4-2 siRNAをトランスフェクトした細胞のNedd4-2タンパク質の発現量はコントロールsiRNAをトランスフェクトした細胞に比べ、減少していることが確認された。Nedd4-2 siRNAをトランスフェクトした細胞ではコントロールに比べ、[3H]HC-3結合活性も [3H]コリン取り込み活性も約20%増加した。これらの結果は、内在性Nedd4-2が細胞表面の機能的なCHT1発現量を負に制御していることを示している。

Nedd4-2によるCHT1のユビキチン化が細胞表面で起きているかどうか調べるため、CHT1とFLAG-Nedd4-2をHEK293細胞に一過性に共発現させた。細胞膜不透過性のアミン反応性ビオチン化試薬を用いて細胞を処理しビオチン化を行った。ビオチン化された細胞表面タンパク質をアビジンビーズにより分離・回収した。抗CHT1抗体を使ってウエスタンブロッティングを行った結果、CHT1のみを発現させたときは、主に単一の分子種(約60 kDa)が検出された(図2A、レーン2)。一方、Nedd4-2を共発現させると、この分子種の量は減少し、高分子量側(> 250 kDa)の分子種の量が増加した(図2A、レーン3)。リガーゼ活性を欠いたNedd4-2変異体C962Sを共発現させた場合にこの変化は観察されなかった(図2A、レーン4)。60 kDaの分子種はユビキチン鎖が付加していないが、> 250 kDaの分子種はユビキチン鎖が付加したものと考えられる。事実、> 250 kDaのバンドは抗ユビキチン抗体で検出された(図2B)。これらの結果は、細胞表面のCHT1がユビキチン化されることを示している。

膜タンパク質の細胞内リジン残基はユビキチン化のターゲットとして知られている。どの細胞内リジン残基がCHT1の活性の制御に関わっているかを明らかにすることを試みた。ヒトCHT1には細胞内に13か所のリジン残基が存在すると予想される。予備的実験として、単一のリジン残基をアルギニンに置換した13個の変異体のcDNAを作製し、HEK293細胞に一過性に発現させ、[3H]HC-3結合活性、及び[3H]コリン取り込み活性を調べた。この結果を元に、CHT1の複数か所の細胞内リジン残基をアルギニンに置換した変異体系列3KR, 5KR, 10KR, 11KR, 13KRを作製した(3KRは細胞内の3か所のリジン残基をアルギニンに置換したことを示す)。これらの変異体をHEK293細胞に一過性に発現させ、[3H]HC-3結合活性、及び[3H]コリン取り込み活性を測定した。その結果、リジン残基の置換数が増大するにつれ(3KR, 5KR, 10KR)、[3H]HC-3結合活性も[3H]コリン取り込み活性も増加することが分かった。この結果は、少なくともCHT1の細胞内の10個のリジン残基は、CHT1の活性を減少させることなく、アルギニン残基に置換されうること、これらの活性上昇の原因が置換されたリジン残基のユビキチン化を阻害したことである可能性を示している。一方、さらに追加したK104R及びK124Rの置換(11KRから13KR)では、[3H]HC-3結合活性も[3H]コリン取り込み活性とも大きく減少した。この結果は、K104及びK124はCHT1の活性、あるいは細胞表面への発現に関与している可能性を示している。

以上の結果は、(1) CHT1とユビキチンリガーゼNedd4-2が相互作用していること、(2)Nedd4-2を共発現させると細胞表面の機能的なCHT1発現量が減少すること、(3)内在性Nedd4-2の発現を抑制すると細胞表面の機能的なCHT1発現量が増加すること、(4)細胞表面のCHT1はユビキチン化されること、(5)CHT1のユビキチン化を受け得る細胞内リジン残基をアルギニンに置換すると細胞表面の機能的なCHT1発現量が増加すること、を示している。これらの結果は、細胞表面の機能的なCHT1の発現はNedd4-2によって制御されることを示している。生体内でCHT1とNedd4-2の相互作用を阻害することができれば、細胞表面の機能的なCHT1発現量が増加し、脳内のアセチルコリン量が増加することが期待できる。コリン作動性神経変性疾患の治療薬の開発につながる可能性が考えられる。

図1 HEK293細胞に一過性にCHT1のみを発現させたとき(Control)、あるいはNedd4-2を共発現させたとき(+Nedd4-2)の、[3H]HC-3結合活性の濃度依存性(A)、及び [3H]コリン取り込み活性の濃度依存性(B)。

独立した3回の実験のうち代表的な一例を示した

図2 Nedd4-2は細胞表面のCHT1のユビキチン化を亢進させる。

A, CHT1とFLAG-Nedd4-2をHEK293細胞に一過性に共発現させた。細胞を膜不透過性のアミン反応性ビオチン化試薬であるSulfo-NHS-SS-Biotin (1.0 mg/ml)で4℃、1時間処理した。細胞を溶解し、ビオチン化されたタンパク質をアビジンビーズで分離・回収した。SDS-PAGEを行い、抗CHT1抗体でウエスタンブロッティングを行った。ビオチン化された細胞表面のCHT1は、CHT1のみを発現させたときは主に約60 kDaに検出されたが(レーン2)、Nedd4-2野生体(WT)を共発現させたときは主に高分子量側に現れた(レーン3)。リガーゼ活性を欠いた変異体C962Sを共発現させた場合にこの変化は観察されなかった(レーン4)。抗FLAG抗体を用いてFLAG-Nedd4-2 WTおよびC962Sの発現を確認した(レーン3, 4)。B, FLAG-CHT1をHEK293細胞に一過性に発現させた。細胞を溶解し、抗FLAG抗体で免疫沈降を行い、抗ユビキチン抗体でウエスタンブロッティングを行った。IBはウエスタンブロッティングに用いた一次抗体を示す。IPは免疫沈降に用いた抗体を示す。NSは非特異的なバンドを示す。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はコリン作動性神経において重要な役割を担っている高親和性コリントランスポーター(CHT1)の活性制御機構を明らかにするため、ユビキチンリガーゼNedd4-2に着目してCHT1の活性と細胞表面への発現の影響を解析したものであり、下記の結果を得ている。

1. FLAGタグを付加したCHT1とMycタグを付加したNedd4-2をHEK293細胞に一過性に共発現させ、細胞を可溶化し共免疫沈降を行ったところ、両者が相互作用していることが示された。

2. Nedd4-2とCHT1をHEK293細胞に一過性に共発現させ、3Hで標識したヘミコリニウム-3([3H]HC-3)の結合活性を調べた。HC-3は細胞膜不透過性のCHT1特異的阻害剤で、[3H]HC-3の結合実験により細胞表面のCHT1発現量を定量できる。CHT1にNedd4-2を共発現させると、共発現させないときに比べ[3H]HC-3の最大結合量(Bmax)は約50%減少したが、Kdは殆ど変化がなかった。さらに、Nedd4-2を共発現させると、共発現させないときに比べ[3H]コリン取り込みの最大速度(Vmax)は約50%減少したが、Kmは殆ど変化がなかった。これらの結果から、CHT1に対するHC-3とコリンの親和性はNedd4-2の共発現で影響されず、Nedd4-2の共発現は細胞表面の機能的なCHT1発現量を減少させることが示された。

3. CHT1を安定的に発現するHEK293細胞に、Nedd4-2 siRNA発現ベクターをトランスフェクトしたところ、Nedd4-2タンパク質の発現は減少し、[3H]HC-3結合活性、[3H]コリン取り込み活性とも約20%増加することが示された。内在性のNedd4-2は細胞表面の機能的なCHT1発現量を負に制御していることが示された。

4. Nedd4-2によるCHT1のユビキチン化が細胞表面で起きているかどうか検討するため、細胞膜不透過性のアミン反応性ビオチン化試薬を用いて細胞表面のタンパク質をビオチン化して分離・回収し、抗CHT1抗体でウエスタンブロッティングを行った。CHT1のみを発現させたときには主に単一の分子種(約60 kDa)が検出されたが、Nedd4-2の共発現によりこの分子種の量は減少し、高分子量側(> 250 kDa)の分子種の量が増加した。CHT1を免疫沈降すると、> 250 kDaのバンドは抗ユビキチン抗体で検出されたことから、細胞表面のCHT1はユビキチン化されることが示された。

5. 膜タンパク質の細胞内リジン残基はユビキチン化のターゲットとして知られている。CHT1の活性制御に関わる細胞内リジン残基を明らかにするため、複数の細胞内リジンをアルギニンに置換した変異体系列を作製しHEK293細胞に一過性に発現させたところ、リジン残基の置換数が増大するにつれ[3H]HC-3結合活性も[3H]コリン取り込み活性も増加した。これらの活性上昇の原因が置換されたリジン残基のユビキチン化を阻害したことである可能性が示された。

以上、本論文はCHT1の活性制御において、ユビキチンリガーゼNedd4-2が細胞表面の機能的なCHT1発現量を制御することを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、ユビキチン化によるCHT1の活性制御の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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