No | 127686 | |
著者(漢字) | 佐藤,栄子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サトウ,エイコ | |
標題(和) | 糖尿病患者の療養関連QOLに関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127686 | |
報告番号 | 甲27686 | |
学位授与日 | 2012.03.07 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 博医第3787号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 健康科学・看護学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 糖尿病患者数は世界的に増加の一途をたどっており、日本においても2007年の国民健康栄養調査では糖尿病が強く疑われる人が約890万人に上る。2型糖尿病に対する主たる治療方法は、食事療法、運動療法、薬物療法であり、いずれも基本的に患者自身のセルフマネジメントを必要とする点に特徴がある。しかし糖尿病治療において、患者が生活習慣を見直し、新たな療養行動を習得、維持するのは容易ではなく、治療は患者の日常生活へ様々な影響や物理的、心理的負担を与える。そのため糖尿病治療の評価や支援は、合併症の進行予防だけでなく、QOLの観点からも求められるようになってきた。 糖尿病患者のQOL評価では、包括的QOL尺度や糖尿病特異的QOL尺度での評価だけでなく、糖尿病治療に特化したQOL評価の必要性を受け、各治療を受ける患者の療養に関連したQOL(以下、療養関連QOL)尺度が開発され、測定が試みられている。療養関連QOL尺度は、食事療法や運動療法、インスリン療法などの治療を、患者自身がQOLの観点から評価するPatient-Reported Outcome指標として、有用であると考えられる。特に食事療法や運動療法は、すべての糖尿病患者の基本的治療であるため、ニーズが高いことが推測されるが、今日までに開発された食事に関連したQOL(以下、食事関連QOL)尺度、運動に関連したQOL(以下、運動関連QOL)尺度は、項目数が多い、適用範囲が限定されている、計量心理学的検討が不十分などの問題があり、より使いやすい尺度の開発が望まれる。 さらに患者のQOLの維持、向上を目指した支援を行うためには、計量心理学的検討が十分なされた尺度を用いてQOLを定量的に評価し、関連要因の同定を行う必要があり、その上で、医療者がQOLの関連要因を考慮して、支援内容を検討することが望まれる。 そこで本研究では、以下の3つの研究を行った。まず、研究Iでは、これまでに著者らが開発した糖尿病食事関連QOL尺度(Diabetes Diet-related Quality of Life Scale、以下DDRQOL)を改良して汎用性の高い改訂版、利便性に富んだ短縮版を作成し、計量心理学的検討を行った。次に、研究IIでは、糖尿病運動関連QOL(Diabetes Exercise-related Quality of Life Scale、以下DERQOL)を開発した。最後に研究IIIとして、研究I、IIで開発した尺度で療養関連QOLを測定し、関連要因の探索を行った。 研究I 糖尿病食事関連QOL尺度改訂版(DDRQOL-R)とその短縮版の開発 【目的】 糖尿病腎症患者にも適用可能なDDRQOL-Rとその短縮版を作成し、それらの計量心理学的検討を行うこと。 【方法】 DDRQOL の一部の項目に修正を加えてDDRQOL-Rを作成し、その内容的妥当性と表面的妥当性について、日本糖尿病学会専門医、糖尿病看護認定看護師、糖尿病療養指導士の資格を持つ栄養士の協力を得て検討した。さらに糖尿病腎症で外来通院中の患者を対象に表面的妥当性を検討した。2008年3月から6月に、都内2クリニック通院中の2型糖尿病患者202名を対象に自記式質問紙調査を行った。DDRQOL-Rの因子妥当性は、探索的因子分析により検討した。基準関連妥当性は包括的な健康関連QOL尺度であるSF-36の各下位尺度、食事療法アドヒアランスとの関連について仮説を設定し、Pearsonの積率相関係数により検討した。内的整合性は下位尺度毎のクロンバック のα係数を算出した。再現性は本調査から2週間後に郵送法による再調査を実施し、級内相関係数と重み付けκ係数を算出した。DDRQOL-R短縮版は、DDRQOL-Rの因子分析結果と、別途実施したデルファイ法による尺度項目の重要度に対する医療専門職の意見の集約結果から作成し、DDRQOL-Rと同様の分析を行った。 【結果】 調査の有効回答率は91.1%、再調査が87.8%であった。対象者の年齢は平均57.3±9.0歳、男性が約8割を占め、平均HbA1cは7.0±1.2%、糖尿病腎症第3期A以上が11.4%であった。因子分析では想定した因子構造が得られ、DDRQOL-RとSF-36の各下位尺度、食事療法アドヒアランスとの相関は、ほぼ仮説どおりであった。内的整合性は各下位尺度のクロンバックのα係数が0.7以上、再現性は級内相関係数が0.53から0.78であった。デルファイ法による調査結果で重要度が高かった9項目は、因子分析で因子負荷量が高い項目と一致し、さらに重み付けκ係数も概ね0.4以上であったことから、それら9項目で短縮版とした。 【考察】 DDRQOL-Rは一定の妥当性・信頼性を持つことが示された。汎用性の高い改訂版、利便性の高い短縮版が開発できたことにより、今後、臨床や研究におけるQOL評価への活用が期待される。 研究II 糖尿病運動関連QOL(DERQOL)尺度の開発 【目的】 糖尿病患者の運動関連QOLを測定するDERQOLを開発し、計量心理学的検討を行うこと。 【方法】 まず先行研究検討と文献レビューからDERQOL案を作成した。次に内容的妥当性、表面的妥当性の検討を、日本糖尿病学会専門医、看護師、運動療法士、H県内の病院に外来通院中の2型糖尿病患者を対象に行った。さらに都内の糖尿病専門クリニック通院中の2型糖尿病患者を対象に表面的妥当性検討を加え、26項目のDERQOLを作成した。調査方法と調査時期は、研究Iと同様である。DERQOLの因子妥当性は、探索的因子分析により検討した。基準関連妥当性は、包括的な健康関連QOL尺度であるSF-36の各下位尺度、身体活動量、主観的運動量との関連について仮説を設定してPearsonの積率相関係数により検討した。内的整合性は下位尺度毎のクロンバック のα係数を算出した。再現性は本調査から2週間後に郵送法による再調査を実施し,級内相関係数と重み付けκ係数を算出した。 【結果】 DERQOL26項目に対して、探索的因子分析で想定した4因子構造であることを確認した後、因子負荷量の低い項目や複数の因子に高い負荷量を持つ項目を削除し、最終的に10項目とした。DERQOLとSF-36の各下位尺度、身体活動量、主観的運動量との相関はほぼ仮説どおりであった。内的整合性は各下位尺度のクロンバックのα係数が0.8以上、再現性は級内相関係数が0.68から0.79であった。 【考察】 計量心理学的検討結果から、DERQOLはある程度の妥当性・信頼性を持つことが示された。今後DDRQOL-RやDDRQOL-R短縮版と同様に、QOL評価指標として活用され、糖尿病患者の療養関連QOL向上に寄与することが望まれる。 研究III 糖尿病療養関連QOLの関連要因の探索 【目的】 2型糖尿病患者の食事関連QOLおよび運動関連QOLの関連要因を探索し、療養関連QOL向上に寄与する今後の支援の方向性を検討すること。 【方法】 G県A市にあるB病院に通院中の2型糖尿病患者276名を対象に、食事関連QOL、運動関連QOL、その他関連要因として想定した項目を尋ねる自記式質問紙調査を行った。治療方法やHbA1cなどの糖尿病関係要因に関する情報は診療録から得た。食事関連QOLおよび運動関連QOLを目的変数、想定した要因を説明変数とした重回帰分析(変数減少法)を行い、関連要因を検討した。 【結果】 食事関連QOLの関連要因として、職業の有無、BMI、HbA1c、食事療法セルフマネジメント、ソーシャルサポート、ヘルスビリーフ、医療者とのコミュニケーション、知識が示された。運動関連QOLでは、年齢、学歴、罹病期間、HbA1c、運動療法セルフマネジメント、ソーシャルサポート、ヘルスビリーフ、医療者とのコミュニケーション、知識が関連要因であることが明らかになった。 【考察】 食事関連QOL、運動関連QOLの関連要因のうち、食事療法セルフマネジメント、運動療法セルフマネジメント、ソーシャルサポート、ヘルスビリーフ、医療者とのコミュニケーション、知識については、コメディカルからのQOL向上の支援が可能であると考えられ、心理行動理論などに沿ったセルフマネジメント教育やヘルスビリーフに焦点を当てた介入の必要性、患者が十分なサポートを受け、医療者との良好な関係を構築できるような支援の必要性が示唆された。知識教育は運動関連QOLに対してはQOLを高めるために重要であることが示されたが、食事関連QOLに対してはそれを低下させる結果となっており、QOL低下につながる知識内容の特定や食事関連QOLにネガティブな影響を与えない教育方法の開発などが急務と考えられた。 以上のように、本研究では糖尿病患者のQOLを、治療が患者のQOLに与える影響に着目した療養関連QOLという観点でとらえ、それらを評価する、DDRQOL-R、DDRQOL-R短縮版、DERQOLという3つの尺度を開発し、妥当性と信頼性を確認した。 さらに食事関連QOLおよび運動関連QOLの関連要因を探索し、療養関連QOL低下に結びつく要因を明らかにすることにより、今後の支援に向けての示唆を得た。今後は、本研究結果をもとに、療養関連QOLの維持・向上に向けた介入プログラムを開発し、それを検証することが望まれる。さらに療養関連QOLを維持・向上させる治療が、患者の予後改善に結びつくのかを検討していくことが課題と考える。 | |
審査要旨 | 本研究は、糖尿病治療に特化したPatient-Reported Outcome尺度開発の必要性を受けて、糖尿病患者の療養関連QOLを定量化するため、糖尿病食事関連QOL尺度改訂版とその短縮版、糖尿病運動関連QOL尺度を開発し、計量心理学的検討を行うとともに、食事関連QOLと運動関連QOLの関連要因を探索したものであり、以下の結果を得ている。 1.糖尿病食事関連QOL尺度の一部を改訂して、糖尿病腎症患者にも適用可能な改訂版を作成し、都内クリニック通院中の2型糖尿病患者184名を対象に計量心理学的検討を行った。さらに糖尿病食事関連QOL尺度改訂版の計量心理学的な検討結果と、医療専門職対象のデルファイ法を用いた改訂版項目の重要性に関する調査結果から、短縮版を作成した。その結果、改訂版と短縮版は、ともに一定の妥当性、信頼性を有していることが示された。 2.糖尿病患者の運動に関連したQOLを測定する尺度として、糖尿病運動関連QOL尺度を開発し、計量心理学的検討を行った結果、一定の妥当性、信頼性を有することが確認された。 3.G県A市にあるB病院に通院中の2型糖尿病患者276名を対象に、自記式質問紙調査を行い、食事関連QOL、運動関連QOLの関連要因を探索した。結果、食事関連QOLは、職業の有無や、BMI、HbA1c、食事療法セルフマネジメント、ソーシャルサポート、ヘルスビリーフ、医療者とのコミュニケーション、知識と関連することが示された。運動関連QOLは、年齢や、学歴、罹病期間、HbA1c、運動療法セルフマネジメント、ソーシャルサポート、ヘルスビリーフ、医療者とのコミュニケーション、知識と関連することが明らかになった。 4.食事関連QOLと運動関連QOLの関連要因のうち、セルフマネジメント、ソーシャルサポート、ヘルスビリーフ、医療者とのコミュニケーション、知識については、主にコメディカルからのQOL向上の支援が可能であると考えられ、これらの結果から、療養関連QOL向上に寄与する支援の方向性が示唆された。 以上、本研究では糖尿病治療をQOLの観点から評価する必要性に着目し、臨床的な有用性をも兼ね備えた、汎用性、利便性に富んだ尺度を開発することにより、糖尿病患者の食事関連QOLおよび運動関連QOLの定量化を可能にした。さらに食事関連QOL、運動関連QOLの関連要因を明らかにしたことは、今後の糖尿病患者の療養関連QOL向上のための支援の方向性を検討し、効率的で質の高い支援プログラムを具体化する上での基礎資料になると評価する。 よって、本研究は、我が国の糖尿病患者のQOL研究、教育支援の分野に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。 | |
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