学位論文要旨



No 127687
著者(漢字) 阿部,桜子
著者(英字)
著者(カナ) アベ,サクラコ
標題(和) 地域と職場における社会文化的な食環境と主観的健康度、生活満足度食に特化した主観的QOLとの関連性
標題(洋)
報告番号 127687
報告番号 甲27687
学位授与日 2012.03.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3788号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,敏
 東京大学 准教授 李,廷秀
 東京大学 講師 永田,智子
 東京大学 教授 神馬,征峰
 東京大学 教授 小林,廉毅
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の背景及び目的

2005(平成17)年に制定された食育基本法では、食育の推進には市区町村による気候や風土、食文化などの地域特性を生かした取り組みが不可欠であるとされており、食をめぐる地域環境づくりへの注目が高まっている。

本研究では、食をめぐる地域環境を物理的環境と社会関係的環境の2側面から捉え、社会文化的な食環境として概念化を試みる。物理的な食環境とは、食料品店の数、購入可能な食品の種類や質、価格を表し、社会関係的な食環境とはSocial capitalやSocial cohesionを参考とした地域住民における食に関する規範や価値観の共有、食を介したネットワークやコミュニケーションの活発さを表す。地域の食環境に関する先行研究は物理的環境を捉えた研究がほとんどであり、社会関係的な食環境を概念化し量的に測定した研究は見当たらない。

また、地域の食環境に関する先行研究のほとんどが、食品摂取状況や食事関連疾患の罹患率をそのアウトカムとしており、食に特化したQOLといった視点での検討は十分行われていない。そこで、本研究では2つの概念から成る社会文化的な食環境を把握し、それらが人々の食に特化したQOLさらには、生活満足、主観的健康度に与える影響を明らかにする。すなわち、本研究の目的を以下3点とする。

1)「食を介した地域(職場)内での人と人との結びつき」と「食資源の利用しやすさ」の2側面から成る社会文化的な食環境を概念化し量的に把握する。

2)地域および職場の社会文化的な食環境と、食に特化した主観的QOLとの関連性を明らかにする。

3)地域および職場の社会文化的な食環境と、生活満足度、主観的健康度との関連性とその関連性を食に特化した主観的QOL が媒介する可能性について明らかにする。

2.方法

1)対象と方法

日本国内に居住する満20歳以上の男女5000名を、性、年齢、居住都市による層化二段階無作為抽出法によりサンプリングした。第一次抽出単位となる調査地点として、平成17年の国勢調査時に設定された調査区を使用し、210地点を抽出した。第二次調査単位となる対象者の抽出は、各地点で、性、年齢別に住民基本台帳より等間隔抽出した。調査員による構造面接調査にて回答が得られた2935名を分析対象(有効回収率58.7%)とした。

なお本研究は、2009年11月~12月に実施された「平成21年度 食育の現状と意識に関する調査」によるデータを用いている。

2)変数

(1)対象者の属性・特性:居住地域、性、年齢、食事制限を伴う慢性疾患の有無、婚姻状態、世帯形態、就業形態、暮らし向き(ゆとりあり・どちらともいえない・ゆとりなし)(2)地域および職場の社会文化的な食環境:地域の社会文化的食環境は「食を介した地域内での人と人との結びつき」(5項目)と「地域の食資源の利用しやすさ」(2項目)からなる。職場の社会文化的な食環境は「食を介した職場内での人と人との結びつき」(3項目)と「職場の食資源の利用しやすさ」(2項目)からなる。下位概念ごとに合計点を算出した。(3)食に特化した主観的QOL:「食事がおいしく食べられる」、「食事時間が楽しい」など6項目5件法で尋ね、合計点を算出した。(4)主観的健康度:「あなたは自分の健康状態についてどのようにお感じですか」との問いに対し、1.とても良い~5.良くない、の5件法で尋ね、1~2を「良好」、3~5を「不良」とした2値変数として扱った。(5)生活満足度:「私の日常生活は喜びと満足を与えてくれる」に対し、1.よく当てはまる~7.全く当てはまらない、の7ポイントのSD法で尋ね、1~3を「満足度が高い」、4~7を「満足度が低い」とし、2値変数として扱った。

3)分析方法

地域および職場の社会文化的な食環境指標の因子構造と内的妥当性の確認は、探索的因子分析と確証的因子分析を行った。

地域の社会文化的な食環境の影響の検討は、大都市(東京都区・政令指定都市)、その他の市(政令指定都市以外の市)、町村の3群別に分析を実施し、職場の社会文化的な食環境の影響の検討は、就業者のみを分析対象とした。

居住地域、居住地の都市規模間の比較には、一般線形モデルによる共分散分析、2変量間の関係は一元配置分散分析と多重比較を行った。地域および職場の社会文化的な食環境指標と食に特化した主観的QOLとの関連性の検討は、重回帰分析、主観的健康度、生活満足度との関連性の検討は、ロジスティック回帰分析を用いた。

3.結果および考察

1)地域および職場の社会文化的な食環境指標の因子構造と内的妥当性の確認

「食を介した地域内での人と人との結びつき」5項目のI-T相関(0.4以上)およびα係数(0.75)、「地域の食資源の利用しやすさ」2項目のピアソンの相関係数(0.61)から、内的一貫性が確認された。また、確証的因子分析の結果、2因子モデルにて良好な適合度を得た。(RMSEA=0.053、CFI=0.925)

また、職場の社会文化的な食環境指標は、地域の指標と同様の2因子モデルに従って、確証的因子分析を行い良好な適合度を得た。(RMSEA=0.031、CFI=0.998)

以上から、地域および職場の社会文化的な食環境指標の内的一貫性が確認された。

2)地域および職場の社会文化的な食環境と食に特化した主観的QOL、生活満足度、主観的健康度との関連性

(1)地域の社会文化的な食環境を用いた検討結果

食に特化した主観的QOLと「食を介した地域内での人と人との結びつき」および「地域の食資源の利用しやすさ」は、全ての都市規模群において正の関連を有し、その関連の強さは、都市規模群ごとに異なることが明らかになった。食に特化した主観的QOLと「食を介した地域内での人と人との結びつき」との関連においては、大都市およびその他の市に比べ町村ではやや強かった。(大都市:β=0.11,p=0.007、その他の市:β=0.06,p=0.015、町村:β=0.26,p<0.001)一方で、食に特化した主観的QOLと「地域の食資源の利用しやすさ」との関連においては、大都市およびその他の市に比べ町村ではやや弱かった。(大都市:β=0.25,p<0.001、その他の市:β=0.23,p<0.001、町村:β=0.13,p=0.040)

その他の市のみで、「地域の食資源の利用しやすさ」が豊かであるほど、主観的健康度が有意に良好であり、その関連は食に特化した主観的QOLを一部媒介していた。一方で、「食を介した地域内での人と人との結びつき」と主観的健康度は、全ての都市規模群で関連を有さないことが明らかになった。

「食を介した地域内での人と人との結びつき」が豊かであることは、大都市およびその他の市においてのみ、高い生活満足度との関連が確認された。各都市規模群のオッズ比(95%信頼区間(下限-上限)は、大都市で0.92(0.87-0.97)、その他の市で0.96(0.93-0.99)、町村で1.00(0.92-1.08)であった。他方で、その他の市のみで、「地域の食資源の利用しやすさ」が豊かであるほど、生活満足度が高いことが示された。

(2)職場の社会文化的な食環境指標を用いた検討結果

就業者においては、「食を介した職場内での人と人との結びつき」(β=0.12,p<0.001)と「食を介した地域内での人と人との結びつき」(β=0.10,p<0.001)の両変数が食に特化した主観的QOLと有意な正の関連を有しており、地域に加え、職場の食環境の重要性が確認された。

また、「職場の食資源の利用しやすさ」が豊かであるほど主観的健康度が高く、その関連は、食に特化した主観的QOLを媒介していた。就労者の包括的な食生活の向上において、職場の物理的食環境の重要性が確認された。

4.研究の限界

1)作成した社会文化的な食環境指標に関する限界

「食資源の利用しやすさについて」の項目においては、地域の食料品店や生産者の有無に関しては、「食の安全面」を問うており、食料品店内で購入できる食品に関しては、「食の栄養面」を問うている点、質問項目中に「主食・主菜・副菜」といった用語を用いていることから、対象者が正確に理解できなかった可能性が考えられる点、得点の分布から天井効果の可能性があった点の三点が挙げられる。

「食を介した地域内での人と人との結びつき」の項目においては、一つの項目中に「食の文化や伝統、季節性」や「食の栄養面や安全面」など複数の論点を含む項目があった点、「この地域では、食をテーマにした取組やイベントが活発だ」という構造的な側面を認知的に評価している点の二点が挙げられる。

また、社会文化的な食環境の外的妥当性が確認できなかったことも限界である。

2)研究デザインに関する限界

本研究は一時点のみの横断的デザインであり、今回示された関連性についての因果関係が明確にはなっていない点、市区町村単位の調査地点別の検討ができなかった点、居住年数や地域参加の頻度、学歴や世帯収入、食事内容、高齢者世帯など交絡要因となりうる要因を十分に考慮できなかった点、本研究の対象者の年齢階級において偏りがあった点、大都市、その他の市、町村におけるサンプル数が異なるため、正確な比較ができなかった点、重回帰モデルの説明力が低かった点の六点が限界として挙げられる。

5.結論

1)2つの下位概念からなる「地域および職場の社会文化的な食環境指標」は、一定の内的一貫性が確認された。

2)すべての都市規模群で、「食を介した地域内での人と人との結びつき」および「地域の食資源の利用しやすさ」の豊かさは、食に特化した主観的QOLの良好さと関連性を有していた。就業者においては、「食を介した職場内での人と人との結びつき」の豊かさのみが関連性を有した。

3)その他の市では、「地域の食資源の利用しやすさ」が豊かであるほど主観的健康度が良好であり、その関連性の一部は食に特化した主観的QOLを媒介していた。

4)就業者においては、「職場の食資源の利用しやすさ」が豊かであるほど、主観的健康度が良好であり、その関連性の一部は食に特化した主観的QOLを媒介していた。

5)大都市、その他の市では、「食を介した地域内での人と人との結びつき」が豊かであるほど、生活満足度が高いという関連性が示された。就業者においては、関連性はみられなかった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、食をめぐる地域環境を物理的環境と社会関係的環境の2側面から捉え、「食資源の利用しやすさ」と「食を介した地域(職場)内での人と人との結びつき」の2つの下位概念からなる社会文化的な食環境指標の概念化を試み、評価尺度を作成した。また、それらが人々の食に特化したQOLさらには、生活満足、主観的健康度に与える影響を明らかにすることを目的とし、大都市、その他の市、町村の3群ごとに検討を行った。また、就業者を対象として、職場の社会文化的な食環境に関する検討も行った。このような検討から、以下の結果を得ている。

1.地域および職場の社会文化的な食環境指標を作成し、内的一貫性を確認した。

2.大都市、その他の市、町村の全てにおいて、食に特化した主観的QOLと「食を介した地域内での人と人との結びつき」および「地域の食資源の利用しやすさ」は、正の関連性を有することが明らかになった。

3.その他の市のみで、「地域の食資源の利用しやすさ」が豊かであるほど、主観的健康度が良好であるという関連性がみられ、その関連性は食に特化した主観的QOLを一部媒介していた。一方で、「食を介した地域内での人と人との結びつき」は、大都市、その他の市、町村のいずれにおいても、関連性を有さなかったことから、健康的な食習慣の実施など、今回測定しなかった他の要因に媒介されている可能性が考えられた。

4.「食を介した地域内での人と人との結びつき」が豊かであることは、大都市およびその他の市において、高い生活満足度と関連性があった。各都市規模群のそれぞれのオッズ比(95%信頼区間(下限-上限)、以下同様)は、大都市で0.92(0.87-0.97)、その他の市で0.96(0.93-0.99)、町村で1.00(0.92-1.08)であった。他方で、その他の市のみで、「地域の食資源の利用しやすさ」が豊かであるほど、生活満足度が高いことが示された。

5.就業者においては、「食を介した職場コミュニティの結びつき」(β=0.12,p<0.001)と「食を介した地域内での人と人との結びつき」(β=0.10,p<0.001)の両変数が食に特化した主観的QOLと有意な正の関連性を有し、地域に加えて、職場における社会文化的な食環境の重要性が確認された。

6.就業者においては、「職場の食資源の利用しやすさ」が豊かであるほど、主観的健康度が高いことが明らかになった(オッズ比0.94(0.88-1.00)。就業者の健康増進における職場の物理的食環境の重要性が確認された。

以上、本論文では、物理的な食環境ならびに社会関係的な食環境の二側面からなる社会文化的食環境と、地域住民の食に特化した主観的QOL、主観的健康度、生活満足度との関連を明らかにした。物理的な食環境に加え、今までほとんど着目されてこなかった社会関係的な食環境を概念化し、食環境を包括的に捉えたことの意義は高い。また、社会文化的な食環境と、食に特化した主観的QOLおよび食に限らない主観的健康度、生活満足度といった指標が関連を有することを明らかにし、こうした概念の有用性を確認した。以上から、本研究結果は、地域の食環境づくりにおける実践的な示唆ならびに食環境研究における理論的な示唆をもたらしており、学位の授与に値するものと考えられる。

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