学位論文要旨



No 127689
著者(漢字) 村上,裕一
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,ユウイチ
標題(和) 官民が「協働」する「規制空間」の構造 : 国際調和化・技術情報の分散化・官民関係の多元化の中での、規制行政機関の「裁量」行使戦略
標題(洋)
報告番号 127689
報告番号 甲27689
学位授与日 2012.03.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第263号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森田,朗
 東京大学 教授 城山,英明
 東京大学 教授 谷口,将紀
 東京大学 教授 水町,勇一郎
 東京大学 教授 飯田,敬輔
内容要旨 要旨を表示する

現代の行政が直面する、国際調和化、技術情報の分散化、官民関係の多元化の中で、官民が相互に作用・依存し合う規制空間の構造は、どのように変容しているのか。また、そのような規制空間において、規制行政機関はどのような裁量確保戦略を採っているのか。これを明らかにすることは、官民が協働する現代の規制空間の構造を議論する上で、極めて重要である。本研究は、我が国の産業を代表する3品目(自動車〔軽自動車〕・木造建築〔木造3階建て共同住宅〕・電気用品〔情報技術装置〕)の安全等に関する規制の、技術基準の設定・実施プロセスの事例研究を通して、これを明らかにすることを目的とする。

本研究では、まず第1章で、(1)政府・規制機関を取り巻く行政資源の制約と行政需要・責任追及の高まりというジレンマ状況の中で、官民協働が以前にも増して多く見られ、実務・学界において、その類型化や評価等への注目度が高まっていること、(2)官民協働もその構成要素であるNPM(新しい公共管理)論の登場以来30年近くを経た今、より実態に即した新たなレジームの出現が唱えられていること、を述べ、本研究において官民が協働する規制空間の構造とその変容を分析することに一定の行政学的意義があることを論じた。

次に、第2章で、本研究における事例分析の枠組みを設定し、具体的な論点の整理を行った。すなわち、まず、本研究では、規制空間における規制行政機関固有の存在意義を認める先行研究に依拠しつつ、ガバメント構造とガバナンス構造との接点(「シャドー・オブ・ヒエラルキー」)で観察される両者の相互作用を考察対象にすることとした。そして、規制における官民関係を論じた囚虜理論を見直しながら、本研究では、(1)従来の業界団体論では必ずしも捉えきれていない、技術情報発見の場としての被規制者コミュニティ内部の状況、(2)従来の官民関係論では看過されがちな、規制者コミュニティ内部の調整と官民関係との関連性、(3)従来の行政裁量論や行政指導論が必ずしも捉えきれていない、規制者から被規制者に対する様々な裁量行使の方法とその変化、(4)従来のプリンシパル・エイジェント(P-A)論が必ずしも論じてこなかった、国内外の複数の規制者とそのエイジェントである被規制者との多元的関係、及び、その中での規制行政機関の裁量行使戦略、といった論点を抽出し、それらについて、実態に即して検討することとした。

なお、本研究は、異なる技術基準の設定・実施の仕組みを持つ3つの規制領域における制度運用の実態、及び、その経年的な変化を観察し、相互比較により上記論点に関して各規制空間に共通する傾向を捉えるというものであり、定性的研究の手法を、その方法論上の強みを活かして用いている(第3章)。

個別の事例研究を通して得られた知見は、次の通りである。

自動車の場合、国際調和化を求める国内外の圧力が強まっていること、及び、設定すべき技術基準の範囲が広がり、それが細部にまで及ぶようになったことにより、参照すべき技術情報が高度に専門化し、また、技術基準設定に係るステークホルダー間の利害調整の必要性が高まった。このことにより、自動車交通局は、民間から技術情報の提供を受けるなど、リソース面での依存関係を築くと同時に、基準設定に係る行政部局間・官民・民間の利害対立とその調整メカニズム、及び、協調関係を意識的なプロセス管理により組み込みつつ、基準の国際調和化に向かうアクターのインセンティブを戦略的に利用して、安全という政策目標を実現していこうとしていた。このとき、余力あるメーカーは、安全基準を充実させるという世界的な趨勢を奇貨として弱小メーカーとの差を広げようとし、国内での規制強化を求めた。こうして規制に積極的なメーカーと規制者の利害が一致したとき、それに消極的なメーカーにも結果として技術が強制された。自交局は、たとえ一部メーカーがもっともな理由を挙げて応じようとしない状況でも、国際調和化の潮流や積極的なメーカーの支持を用いて、衝突安全規制導入を進めることができた(第4章)。

木造建築規制は、災害対策、軽量鉄骨の普及、建築学会の「木造禁止の決議」等を受けて徐々に強化されていく時代から、諸要因を受けて緩和される時代へという流れを辿った。その規制緩和、及び、木三共の登場は、確かに日米林産物協議を端緒とする。しかし、住宅需要を受けた供給者側での新工法木造建築への流れ、土地の有効利用や木への愛着、国内の林業・大手製材業の慢性的不況からの脱却と地域振興に向けた動き、木造技術の進展により、木造建築は以前から復権しつつあった。住宅局は、法令体系への新工法の組み込み、民間からの申請に基づく大臣認定、民間との協力による実証実験での安全性等確認により、自らの裁量を維持し一定の責任を果たしてきた。木材市場開放等を求める外圧と、木造建築を見直す動きや国内における建築規制の運用実態とが作用し合う中で、住宅局の裁量は、建築確認による規制の実質化、建築確認を義務付ける類型の設定や検査機関の指導・監督、住宅金融・性能評価・保険を合理的に組み合わせる制度の設計と運用、基準設定の体制作り等で、むしろ維持・強化されているとさえ言える(第5章)。

電気用品に関しては、EMI(電磁妨害波)の自主規制団体VCCIの成立プロセスと国際CISPR(国際無線障害特別委員会)規格の国内化プロセス、及び、電気用品安全法の構造改革の動向を採り上げた。1980年代の規制改革期、VCCIは、郵政・通産両省が共管していたコンピュータの管轄問題の中で生まれた。業界の自主規制という形を採ってEMI規制が電波法の枠から外れたことの結果として郵政省の実質的規制権限が弱められたことは、工業会や通産省にとって、迅速な国際基準への対応や自由度ある政策展開に好都合であった。規格の国内化プロセスおいて、VCCIの母体である工業会は、国内における規制の実効性担保や他国との協定締結においてその後ろ盾となる経産省と、CISPRに対する窓口である総務省との狭間にあって、事あるごとに両省と連携することが求められた。こうした中での電安法の構造改革は、商務情報政策局製品安全課の自律的リードによって作業が進められており、業界側は、経産・総務両省から情報を収集しながら、法令体系の中に自主規制を位置付けてもらうことや民間規格の是認スキームに自ら関与していくことの可能性を、模索していた(第6章)。

以上の事例研究を通して、次のような、規制空間の構造変容が明らかになった(以下、第7~8章)。

自動車の場合、技術基準設定プロセスが「審議会型」から「フォーラム型」へと変化している。すなわち、かつては自動車メーカーのエンジニア各々(業界団体)が技術情報をデータと共に基準設定の場に持ち寄り、規制者はそれをかなり尊重して基準の最終決定を下していた。しかし最近では、民間メーカーと規制者とが双方向的に情報をやり取りしながら基準設定をするようになっている。これは、国際調和化の進展に伴う情報調達と利益調整の必要性の高まり、自動車安全政策への機能的対応、官民関係の変化、審議会改革への対応による。

木造住宅の場合、かつては、現場大工の専門性や運用を尊重するという色彩が強かった。今でもその特徴がないわけではないが、より高度な技術情報を用いた大規模木造建築物の出現に伴って、官民協働プロジェクト型の技術開発・実証実験によって安全性等の確認が行われ、また、民間の申請に対する大臣認定で、技術基準は新工法等に対して柔軟に実施されるようにもなっている。さらに、建築確認と各種誘導制度との併用により、建築規制の実質化も図られている。

電気用品の場合、規制緩和の潮流の中で、自己責任型規制への移行が進んだ。しかし近年ではむしろ、規制対象品目の多様化と法規制のみでの捕捉難化により、自己・第三者認証を含む法規制と業界の自主規制との分担管理や協調が模索されている。電安法では、規制の実効性向上のため、事後的・間接的な規制行政機関の関与が重要性を持つようになってきているのに対し、自主規制団体には、規制行政機関が整備する法令体系の中で、具体的な仕様や性能規定解釈のガイドラインの策定等を通して、その存在意義を示すことが期待されている。

以上により本研究で明らかになったのは、3事例にかなり共通して、国際調和化、規制対象技術の多様化・詳細化、高度専門化、それに伴う基準をめぐる利害対立の顕在化、規制能力の分散等、規制空間の構造が変容していること、そしてそれにより、規制行政機関の裁量行使戦略が変化してきていることである。

すなわち、規制行政機関は、自らの責務を果たしていくに当たって、政策や規制に直接働き掛けるよりもむしろ規制プロセス全体を見渡し、官民・民間にある協調・対抗関係を利用しつつ、規制システムを管理・制御する役割を果たしており、そうして規制空間へのコミットメントを担保している。こうして、規制行政機関の役割や裁量は形を変えて、むしろ大きくなってさえいる。このとき、規制行政機関自ら、専門技術者等との連携により技術情報の確保にも努めている。

そうして規制行政機関が自律的に行使し得るのは、例えば、(1)いかに政策プロセスのアジェンダやフレーム(重視すべき価値)、スケジュールを設定するかや、どのステークホルダーに政策プロセスへの参加を認め、規制を円滑に進めるために自分が誰と組むのかという「調整の場やプロセスの管理」に関する裁量、(2)どの国際基準や民間の仕様書・規格をどういった手続・交渉によって法令システムの中に取り込むのか(そうして法令の外延を拡張するのか)や、どのような法規制と民間規格等との分担管理のシステムを作るのかという「法令システム・インフラの整備」に関する裁量、(3)自己・第三者認証、自主規制団体の活動に自らがいかなる方法で関与をすることによって、自らが果たすべきミッションである規制の実効性を高めていくかという「規制実施手段の制度・仕組みの選択」に関する裁量、等である。これは、基本的に一元的なP-A関係に注目してきたNPM論を含め、これまでにあまり明示的・実証的に言われてこなかったことである。

規制行政機関は、そうして被規制者等とのエイジェンシー・スラックを小さくしようとしており、それが「社会管理」の技術として確立しつつある。それが実効性を持ち得るのは、規制行政機関がすべてを保証する従来型の規制ではなく、安全・安心に関する責任を官民で分担して負うべきだといった思考が共有され定着しつつあり、それに呼応して、民間の規制手続の整備・運用の能力が相当の正当性と実効性を備えるようになっているためでもある。

審査要旨 要旨を表示する

現代行政においては、国際調和化、技術情報の分散化、官民関係の多元化といった現象にみられるように、規制行政機関の裁量行使に関する制約条件が拡大している。他方、行政需要の拡大や責任追及の高まりといった要請の下にもおかれている。本論文は、このようなジレンマ状況の下で、規制行政機関がいかなるメカニズムを用いて、どのように能動的に裁量行使を行っているのかを、自動車衝突安全規制、「木造3階建て共同住宅」(木三共)安全規制、電気用品安全規制に関する事例研究に基づき明らかにした。その際、規制行政機関と民間組織との官民関係の次元に加えて、規制コミュニティ内相互関係の次元(国際的な規制機関間関係や省庁間関係)、民間組織間関係、規制課題選択(規制課題のフレーミングやリフレーミング)の次元に特に着目する。

以下、内容の要旨を紹介する。

第1章では、政府・規制機関を取り巻く行政資源の制約と行政需要・責任追及の高まりというジレンマ状況の中で、官民協働が以前にも増して多く見られ、実務・学界においてその類型化や評価等への注目度が高まっていること、実態としては官民協働について新たなレジームが出現していることを説明し、本研究において官民が協働する規制空間の構造とその変容を分析することの行政学的意義が論じられる。

第2章では、本研究における事例分析の枠組みを設定し、具体的な論点の整理を行っている。規制空間における規制行政機関固有の存在意義を認める先行研究に依拠しつつ、ガバメント構造とガバナンス構造との接点(「シャドー・オブ・ヒエラルキー」)で観察される両者の相互作用を考察対象にするとする。そして、規制における官民関係を論じた囚虜理論を見直した上で、本研究では、(1)従来の業界団体論では必ずしも捉えきれていない、技術情報発見の場としての被規制者コミュニティ内部の状況、(2)従来の官民関係論では看過されがちな、規制者コミュニティ内部の調整と官民関係との関連性、(3)従来の行政裁量論や行政指導論が必ずしも捉えきれていない、規制者から被規制者に対する様々な裁量行使の方法とその変化、(4)従来のプリンシパル・エイジェント論が必ずしも論じてこなかった、国内外の複数の規制者とそのエイジェントである被規制者との多元的関係、及び、その中での規制行政機関の裁量行使戦略、といった論点を抽出し、それらについて、実態に即して検討することとする。

第3章では、本研究における方法を説明している。本研究では、定性的研究手法を用いつつ、異なる技術基準の設定・実施の仕組みを持つ3つの規制領域における制度運用の実態、及び、その経年的な変化を観察し、主として、相互比較により上記論点に関して各規制空間に共通する傾向を明らかにするとする。

第4章では、自動車衝突安全規制について分析している。自動車衝突安全基準については、国際調和化を求める国内外の圧力が強まってきた。また、設定すべき技術基準の範囲が広がり、それが細部にまで及ぶようになったことにより、参照すべき技術情報が高度に専門化し、また、技術基準設定に係るステークホルダー間の利害調整の必要性が高まった。このような状況に対して、自動車交通局は、民間から技術情報の提供を受けるなど、リソース面での依存関係を築くと同時に、基準設定に係る行政部局間・官民・民間同士の利害対立の調整メカニズムを意識的なプロセス管理により組み込みつつ、安全という政策目標を実現していこうとした。その際、余力あるメーカーは、安全基準を充実させるという世界的な趨勢を活用して、弱小メーカーとの差を広げようとし、国内での規制強化を求めた。そして、自動車交通局は、国際調和化の潮流や国際調和化に積極的なメーカーの支持を用いて、衝突安全規制導入を進めたとする。

第5章では、木三共安全規制について分析している。木造建築規制は、災害対策、軽量鉄骨の普及、建築学会の「木造禁止の決議」等を受けて徐々に強化されてきたが、その後、規制が緩和される時代へという流れを辿った。そのような状況の中で、木三共の登場は、日米林産物協議を端緒としていた。同時に、住宅需要を受けた供給者側での新工法木造建築への流れ、土地の有効利用や木への愛着、国内の林業・大手製材業の慢性的不況からの脱却と地域振興に向けた動き、木造技術の進展により、木造建築に関する課題は再定義され、木造建築は復権していった。木材市場開放等を求める外圧と木造建築を見直す動き等が相互に作用し合う中で、住宅局は、木造建築に関する課題の再定義も踏まえて、建築確認による規制の実質化、建築確認を義務付ける類型の設定や検査機関の指導・監督、住宅金融・性能評価・保険を合理的に組み合わせる制度の設計・運用、基準設定の体制構築等を通して、裁量を維持・強化したとする。

第6章では、電気用品安全規制について分析している。コンピュターをめぐって郵政省・通産省が競合する中で、電磁妨害波の自主規制団体である財団法人・情報処理装置等電波障害自主規制協議会が設立された。業界の自主規制という形をとり、電磁妨害波規制が電波法の枠外で行われたため、郵政省の実質的規制権限が弱められ、通商産業省による迅速な国際基準への対応や自由度ある政策展開が可能になった。その後の電気用品安全法改革においても、経済産業省は、経済産業省と総務省の狭間で、業界による自主規制の構築を推進したとする。

第7章では、3つの事例における規制空間の構造変容が分析されている。自動車安全規制の場合、技術基準設定プロセスが「審議会型」から「フォーラム型」へと変化した。かつては自動車メーカーのエンジニア等が技術情報を基準設定の場に持ち寄り、規制者はそれを尊重して基準策定を行っていたが、最近は民間メーカーと規制者とが双方向的に情報をやり取りしながら基準設定をするようになった。木造住宅規制の場合、かつては現場大工の専門性や運用を尊重するという色彩が強かったが、最近はより高度な技術情報を用いた大規模木造建築物の出現に伴って、官民協働プロジェクト型の技術開発・実証実験によって安全性等の確認が行われるようになった。さらに、建築確認と各種誘導制度との併用により、建築規制の実質化も進んだ。電気用品安全規制の場合、規制緩和の潮流の中で、自己責任型規制への移行が進んでいた。しかし近年では、むしろ、法規制と業界の自主規制との分担や協調が模索されるようになった。電気用品安全法では、事後的・間接的な規制行政機関の関与が重要性を持つようになり、自主規制団体には、規制行政機関が整備する法令体系の中で、具体的な仕様や性能規定解釈のガイドラインの策定等を通してその存在意義を示すことが期求められるようになってきたとする。

第8章では、まとめとして、3つの事例において共通して、国際調和化、規制対象技術の多様化・詳細化、高度専門化、それに伴う基準をめぐる利害対立の顕在化、規制能力の分散といった規制空間の構造変容が起こっていること、それにより規制行政機関の裁量行使戦略が変化してきていることが確認され、その中で、規制行政機関の役割や裁量はむしろ大きくなっていると結論付けられる。その上で、今後課題として、より幅広い事例の検討と、分野間の規制の構造や裁量行使戦略のより踏み込んだ比較検討があるとする。

本論文の長所としては、以下の点をあげることができる。

第1に、メタガバナンス論、シャドウ・オブ・ヒエラルキー論、囚虜理論、プリンシパル・エイジェント論、業界団体論、行政裁量論といった、規制行政や官民協働に関する既存文献の包括的再検討を基礎として、現代的状況の下における規制行政機関の裁量行使に関する分析視座の再整理を行っている。

第2に、現代的状況の下における規制行政機関の裁量行使戦略のメカニズムを明確化した。具体的には、民間組織を巻き込んだ規制行政機関による専門的情報・データの能動的収集、外圧の活用、民間組織間の競争関係の戦略的活用、省庁間調整を回避するための民間組織の活用、課題の能動的再定義(リフレーミング)による関わるべきステークホルダーの範囲の変更といったメカニズムについて、臨場感のある具体的事例によって説明されている。

第3に、自動車衝突安全規制、木三共安全規制、電気用品安全規制に関する事例研究は、いずれも、業界新聞・雑誌記事の包括的かつ丁寧な検討や幅広いインタビューに基づいた詳細なものである。また、各安全規制に関して、国際的標準化の議論の段階から国内における具体的実施の段階まで、各段階を幅広く検討している。さらに、各分野の安全規制の構造が、各分野の産業構造といった社会的条件とどのように繋がっているのかといった点に関する配慮も、一定程度見られる。

しかし、本論文にも、欠点がないわけではない。

第1に、既存文献の検討や事例分析を詳細に行っていることの裏返しでもあるのであるが、論旨が必ずしも十分整理されておらず、ところどころ読みにくいところがある。

第2に、自動車衝突安全規制、木三共安全規制、電気用品安全規制の3つの事例が、安全規制の制度設計として一定の多様性を有するものであることは説明されているものの、事例として、何故、この3つの事例を選択しているのかの説明が必ずしも明確ではない面がある。ただし、3つの事例の各々については制度的歴史的文脈を含めて極めて精緻な分析がなされており、また、一定の幅のある事例分析を通して、現代における規制行政機関の裁量行使戦略の共通のメカニズムが浮かび上がるような論文の構造になっている。

このような短所があるものの、これらは本論文の価値を損なうものではなく、今後のさらなる研究の展開可能性を示しているものであると思われる。

以上から、本論文は、その筆者が自立した研究者としての高度な研究能力を有することを示すものであることはもとより、学界の発展に大きく貢献する特に優秀な論文であり、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定する。

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