学位論文要旨



No 127694
著者(漢字) 下山,修
著者(英字)
著者(カナ) シモヤマ,オサム
標題(和) 自動車の運転技量差に注目したドライバ特性
標題(洋)
報告番号 127694
報告番号 甲27694
学位授与日 2012.03.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7624号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 准教授 中野,公彦
内容要旨 要旨を表示する

この数年で、自動車を取り巻く状況は大きな変化を起している。20世紀の間、世界の自動車産業を牽引してきた米国のビッグスリーは崩壊し、中国の自動車新車販売台数は、2009年に1364万台となり、世界一になった。また、インドなどから非常に廉価な自動車が販売される等、BRICS諸国どの台頭が目覚しいものがある。欧米や日本など、既に自動車が普及している諸国では、今後、需要の大幅増加は望めないが、新興国のモータリゼーションの開始により、大きな市場が出現するであろう。それは、とりもなおさず、爆発的な初心者ドライバがグローバルに出現することを意味する。

平成17年国勢調査の抽出速報集計結果によると、日本の総人口1億2776万人を年齢3区分別にみると、15歳未満が1740万人(総人口の13。6%)、15~64歳が8337万人(同65。3%)、65歳以上の高齢者が2682万人(同21。0%)だった。更に、65歳以上の高齢者の内、9%の1160万人が75歳以上の後期高齢者である。5人に1人が高齢者という高齢社会である。これが2030年になると、国立社会保障・人口問題研究所の推計によると総人口の32%が65歳以上の高齢者、すなわち3人に1人が高齢者という超高齢社会になる。また、この高齢社会は、公共交通の発達した都市部より地方により早く生じることから、地方における自動車ドライバの高齢化は、もっと切実な問題である。一人暮らしの高齢者や、老夫婦の病院への通院や買い物には、地方では自動車が欠かせない交通手段になっているため、認知問題などからの免許返上も進まない状況である。従って高齢ドライバは、これからも増え続けることが示唆される。

しかしながら、これからの高齢ドライバは、ちょうど戦後に生まれた団塊の世代に当たるので、これらの人々の免許保有率は高く、運転経験の豊富な高齢ドライバ群というのが出現することになる。従って、現在の高齢ドライバとは異なり運転中の事故が今後増加すると思われる。また、現在調査の進んだ高齢ドライバの特性とは異なるドライバ特性を持つ可能性も高い。このように、運転するドライバは初心者から、高齢者まで、グローバルに多様化していく。多様化したドライバに適合した自動車または、運転支援システムの提供が必要になってくる。そこで、将来、運転支援システムに組み込めるような個人属性や走行シーンに対応したドライバモデルの実現の為に、本研究では、運転操舵の初心者から熟練者までの技量の差異に注目して、新たな仮説モデルを立て、それに基づき実験から、ドライバの運転特性を分類することを目的とする。

まず、第2章「可変操舵角比に対するドライバ応答」では、ステアリングオーバーオールギア比と操舵反力を任意に変更可能とした実験車を用いて、初心者と熟練者の操舵方法の差異について観察した。その結果、ドライバによって、繰り返された走行の操舵角の波形のばらつきや滑らかさ、操舵角のピークの大きさ、ピークの鋭さに違いがあることを見出した。

そこで、操舵角波形を関数近似すると、初心者は、高次成分が多く、経験が増すにつれて高次成分が少ない滑らかな操舵をすることを発見した。また、ステアリングの把持位置を調べることによって、腕を交差させて持ち替え動作を行う群と、送りハンドルで、腕を交差させずに操舵する群があることが判った。また、操舵6分力計により、ステアリングを押しながら操舵する熟練者の操舵は、滑らかで、ステアリングを引きながら操舵する女性ドライバの操舵波形には、高次成分が観られることが判った。

次に第3章「ドライバ運転特性の評価」では、実車走行実験とドライビングシミュレータ実験によって得られた運転操作データから、ドライバの操舵行動特性において着目すべき特徴点を検討した。その結果、 操舵の特徴をあらわす値として操舵角標準偏差、運転荒さ、総操舵量を計算し比較した。クランク走行、スラローム走行、ハンドリング路走行などから操舵角標準偏差と総操舵量に運転技能や経験の差があらわれる傾向が見られた。

特に、操舵の再現性を表す操舵角標準偏差での運転経験の差が表れた。

第4章「マルチモーダルドライバモデル」では、実車実験の結果から、ドライバの技量差の操舵方法への影響要因を推測した。過去の経験から、初心者は視覚情報のみで運転するのに対して、運転が熟達すると、体で感じる横加速度や、ステアリングの反力を、重要な情報源として運転をするようになると思い、ドライバの操舵に用いるセンシング機能が技量差の大きな要因であるという仮説を立てた。

そこから、そのセンシング機能を視覚系パス、体性感覚パス、反力系パスに分解したマルチモーダルモデルを示した。このモデルを用いて、シミュレーションを行った。

初心者ドライバは、センシング周期が荒く、遅れが大きな視覚系パスを主に操舵すると仮定して、条件を設定してシミュレーションを実施したところ、かつて実車走行実験で現れた初心者は操舵が振動的で荒い様を再現できた。また、経験が増すにつれて、滑らかな操舵をするという傾向も再現できた。

第5章「ドライビングシミュレータによる運転特性分類」では、計算シミュレーションに続いて、東京大学生産技術研究所所有のターンテーブル付ユニバーサルドライビングシミュレータによる実験を行った。 このドライビングシミュレータは、モーションを付加したり停止したり、反力を付けたり外したりできるので、モーダルを変更して実験が可能である。 ドライビングシミュレータ実験において、先ずレーンチェンジ路を走行する時の操舵の再現性から、 ドライバを視覚情報を主に使う「視覚型」、体性感覚を主に使う「体感型」、反力情報を主に使う「反力型」に分類できることが解った。更に、どのモーダルであっても滑らかな運転が可能な「多様型」のドライバの存在も明らかになった。

次に、モーダルを追加することにより、操舵の類似性が向上するか相関係数で比較した。

その結果、運転経験により視覚から体性感覚、そして反力情報を有効に活用できるようになるドライバが多いことが解った。技量差や経験差に応じ個々人に最適な運転支援システムを提供するには、運転経験によって、視覚系のアシスト、体性感覚系のアシスト、はたまた反力系のアシストを行なうと有効である可能性が示唆できた。

次に第6章「運転レベルに応じた運転支援」では、ドライバのモーダル特性の合わせた運転支援方法を示した。車線逸脱警報を例に、「視覚型」、「体感型」、「反力型」に対応した、それぞれの型に対する最適HMIを提案した。

最後に、本研究は、多様化するドライバに対して最適な運転支援システムを将来実現するために、ドライバ個々の特性を明らかにする事を行なった。その結果、以下の事が明らかになった。

1.運転技量差は、操舵のばらつき(標準偏差、相関係数)で比較可能である。

2.レーンチェンジ実験における操舵角のバラつきから、運転に関わる認知判断操作の主たるモーダル型があることが判明した。そのモーダル型は、「視覚型」、「体感型」、「反力型」の三種と、全てのモーダルにおいて、バラつきが少ない「多様型」である。

ただし、その逆のバラつきがいかなる条件でも大きく分析不能なペーパードライバの群もいる。

3.免許取得年数、生涯走行距離、近年の年間走行距離を乗じた「運転経験指標」を定義し、首都高実験とレーンチェンジ実験から、運転経験が増す「運転経験指標」が大きい実験参加者ほど、反力型、多様型が増えることが解った。従って運転経験が増すと、モーダルを追加、複合できる様になり、技量が向上することが判明した。

本研究では、多様化するドライバの特に運転技量の要因を、ドライバの運転情報処理過程に注目して分析をした。今後更に、定量的にその差を明確にする方向で研究を継続する予定である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「自動車の運転技量差に注目したドライバ特性の研究」と題し,全7章より構成されている.

自動車の研究開発は,従来,成年男子ドライバを主な対象にしてきた. しかしながら,高齢者ドライバや女性のドライバの増加,また,新興国のモータリゼーションによって増加する初心者ドライバなど,ドライバが多様化してきている.そのような,多様なドライバに適応するため,本論文では,操舵特性に注目して,初心者から熟練者までの,運転特性の差異を,その要因から明らかにしたものである.

第1章「序論」では,ドライバの多様化と自動車社会の現状の背景を示し,それに応じてドライバ特性を解明する目的について述べている.

第2章「可変操舵角比に対するドライバ応答」では,ステアリングオーバーオールギア比と操舵反力を任意に変更可能とした実験車を試作して走行実験を行い,初心者と熟練者の操舵方法の差異を明らかにしている.模擬市街路,スラローム,ハンドリング路の三つのコースを用いた走行実験により,ドライバの経験によって,走行毎の操舵角の波形のばらつきや滑らかさ,操舵角のピークの大きさ,ピークの鋭さに違いを見出した.また,ステアリングの把持位置を調べることによって,操舵行動に異なる動作をする群があることを明らかにしている.更に,操舵6分力計により,ステアリングを押しながら操舵する熟練者の操舵は,滑らかであり,ステアリングを引きながら操舵する場合の操舵波形には,高次成分が観られることを述べている.

第3章は「ドライバ運転特性の評価」と題し,実車走行実験とドライビングシミュレータ実験によって得られた運転操作データから,操舵の特徴を操舵角標準偏差,運転荒さ,総操舵量にて比較している.特に,ドライバの技量の差は,操舵の再現性を表す操舵角標準偏差により顕著に現れることを示し,技量差判断の解析指標としての有効性を導いている.

第4章「マルチモーダルドライバモデル」では,ドライバの運転特性を視覚系,体性感覚系,反力系の各モーダルに分けたマルチモーダルドライバモデルを新たに提案している.各モーダルを伝達関数で表現し,初心者ドライバは,センシング周期が長く,遅れが大きな視覚系モーダルを基に主に操舵し,熟練者は,視覚系,体性感覚系,反力系の全てのモーダルを使うという仮説を立てている.ゲインと時定数を適切に設定したシミュレーションを実施した結果,実車走行実験で現れた初心者は操舵が振動的で荒い様を,また,経験が増すにつれて,滑らかな操舵をするという傾向を再現している.これらの結果より, ドライバの運転特性を視覚系,体性感覚系,反力系の各モーダルに分ける考え方の有効性を述べている.

第5章は「ドライビングシミュレータによる運転特性分類」であり,ターンテーブル付ユニバーサルドライビングシミュレータを用いて,初心者からレース経験のあるドライバまで,多様なドライバを同一条件の実験を行なっている.このドライビングシミュレータは,体感を得るためのモーション動作,ハンドル反力の特性を制御できるので,視覚系,体性感覚系,反力系の各モーダル条件を設定して実験を実施している.その結果,レーンチェンジ路を走行する時の操舵の再現性を各走行の相関から,ドライバが主に使用するモーダル別に,視覚情報を主に使う「視覚型」,体性感覚を主に使う「体感型」,反力情報を主に使う「反力型」,いかなるモーダル条件下でも,操舵の再現性の高い「多様型」という4種の主たるモーダルの分類方法を見出している.さらに,モーダルを追加することにより,操舵特性がどのように変化するかを調べ,相関係数で比較している.その結果,運転経験により視覚から体性感覚,そして反力情報を有効に活用できるようになるドライバが多いかったことが示されている.

第6章「運転レベルに応じた運転支援」では,第5章までの結果を踏まえて,ドライバの主なるモーダル別に考えられる運転支援システム案を提案している.

第7章「結論」で,以上の結果を要約し,結論を述べている.

以上,本論文では,多様な自動車ドライバを対象に,その運転特性の差異を,ドライバの内部情報処理の観点に踏み込んで,主たるモーダル別に分類するできることを示し,そのモーダルと運転経験との間の関係も明らかにしている.自動車を多様なドライバに適応させ,安全性,操縦安定性を向上させる新たな運転支援の可能性を示したものであり,これらの研究成果は,機械工学へ寄与するところが大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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