学位論文要旨



No 127696
著者(漢字) 崔,芝榮
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ジヨン
標題(和) 脂環式ポリイミドフィルムの構造 : 物性相関に関する研究
標題(洋) A study on structure : property relationship of alicyclic polyimide films
報告番号 127696
報告番号 甲27696
学位授与日 2012.03.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7626号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 教授 畑中,研一
 東京大学 教授 吉江,尚子
 東京大学 准教授 芹澤,武
 東京大学 教授 立間,徹
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

ポリイミド(PI)は,イミド環を含む剛直な主鎖構造に由来する高い強度・耐熱性・化学的安定性などの優れた特性を持つ高分子であり,これまでに航空宇宙産業分野やエレクトロニクス分野に適用されてきた。高分子材料の性質はその分子構造に起因するが,単に分子構造を見ただけで物性を予測することは困難であり,実験を通じて分子構造とその物性の関連性を知ることが必要となる。構造材料としてのPIは,主鎖が芳香環で構成された芳香族PIについては一定の情報の蓄積がある。これに対し,機能性基を導入したPIではそのような知見に乏しい。また,可溶性,無着色性などの特長をもつ脂環式PIに至っては,構造と物性の関連性についての基礎的な知見すらあまりない。これに関して工藤研究室ではこれまでに,非対称脂環式二酸無水物Rel-[1R,5S,6R]-3- oxabicyclo[3,2,1]octane-2,4-dione-5-spiro-3-(tetrahydrofuran-2',5'-dione)(ODST)を開発しており,この化合物が位置特異的な反応性があり,そのために構造秩序性をもつPIが簡便に合成できることを見出している。このような主鎖中の構造秩序性が物性に与える効果についても興味がもたれる (Figure 1)。以上の背景から,本研究では機能性基を導入した脂環式PIにおける構造と物性の関係,さらには,主鎖秩序性が脂環式PIの物性に与える影響について明らかにすることを目的とした。

2.結果と考察

2.1. PPG部位を側鎖にもつ脂環式PIから調製した多孔性フィルムの構造-物性相関

機能性材料のひとつに多孔性高分子膜があり,ろ過膜,触媒,低誘電率材料などへの応用が期待されている。多孔性高分子膜は一般に,熱的に安定な部位と不安定な部位をもつポリマーを成膜し,これ熱処理して不安定部位を分解することで作製される。しかしながら,その分子構造と多孔性の相関についての系統的な研究例はない。A部位に熱分解性のポリプロピレングリコール(PPG)鎖を,B部位に熱安定な芳香族PIをもつABA型トリブロックコポリマーが比較的多く報告されているが,芳香族PIは不溶性のため多孔性膜の調製には膜状態での加熱による脱水閉環反応が必要であり,その際に熱不安定なA部位の一部分解や鎖間の架橋反応が起こりうるため,系統的な解析には不適である。また,A部位にPPG鎖をもつABA型トリブロックコポリマーではA部の導入率が一定値以下に制限されるという問題もある。そこで,成膜後の化学反応が不要な脂環式PIを用い,PPGをグラフト鎖として用いて熱分解性部分の導入率の制限を回避することで,多孔性フィルムにおける構造と物性の相関を探ることとした。

熱分解性をもつPPG部位の分子量,導入率が異なる一連のPIを合成し,膜を作製後に熱処理することにより多孔性膜とした (Figure 2, Table 1)。PPG-PIの合成はまず所定量の3,5-ジアミノ安息香酸PPGエステルを低温でODSTと反応させ,次いで4,4'-オキシジアニリン(ODA)を室温で加え,得られたポリ(アミド酸)(PAA)を化学イミド化することによって得た。PI分子鎖中でのPPGユニットの分布はランダムと考えられる。それぞれのPIにおいて,使用したモノマーのPPG分率と1H NMRから求めた導入率がほぼ同じであることを確認した。PPG-PIを200 oC,710 mmHgで9時間熱処理した後の1H NMRスペクトルを測定したところ,PPG部位がほぼ完全に熱分解したことが分かった。この熱処理条件に従って作製した多孔性膜ではPPG部の含量が増えると共に,孔の大きさが大きくなる傾向が観察された(Figure 3b-d)。PPGの含有量が増えるとポリマー中でのPPGユニット間の平均距離がより近くなり,フィルムでPPGの集合体が形成されやすく,そのことがより大きなサイズの孔の形成をもたらしたものと考えられる。それぞれのフィルムの誘電率を測定したところPPG部位の含量が増えると共に誘電率が小さくなる傾向が見られた。

鎖長が異なる(Mw1200,2400)もののPPG部位の含量が等しい(26 wt%)の10LPPG-PIと5HPPG-PIについて,構造と物性の相関を調べた。多孔性フィルムでは,長いPPG鎖を導入した方がPPGの体積の増加によって大きい孔を形成することが分かった(Fig 3d,e)。一方,誘電率の値はほぼ同じであったことから,誘電率は孔の形態や分布よりもPPGの含量に関係があることが分かった。

これまでに述べたPIは,PPG鎖を持つジアミンとODSTを先に反応させた後ODAを加えることで調製したものであり,PPG鎖がポリマー中でランダムに分散された構造をもつ。対照実験として5HPPG-PIを合成した際に用いたジアミンモノマーの混合物を一度にODSTと反応させて5HPPG-PI-oneを作製し,これを用いて多孔性フィルムを作製した。5HPPG-PIの場合はより小さな孔が比較的均一に分布していたのに対し(Figure 3e),5HPPG-PI-oneの場合は孔の分布・サイズともに不均一なものとなった(Figure 3g)。このような違いはポリマー鎖の構造の違いに由来するものと考え,モデル反応を通じて5HPPG-PI-oneがPPG部位をPI鎖の末端付近に多くもつ構造であること明らかにした。Chungらは,A部にPPGを,B部にODSTを用いたABAトリブロック共重合PIを用いた多孔性フィルムでは直径1 μmを超える大きな孔が観察されると報告している。このことと合わせて,PPG基の偏在が多孔性フィルムの孔のサイズに大きな影響を与えることを明らかにした。

2.2. 脂環式PIの分子構造の秩序性がフィルムの物性に与える影響

先に述べたように,同じ合成法で調製したPPG側鎖を有する一連の脂環式PIについて,誘電率はPPG含量と相関があることが分かった。しかしながら,同じモノマーを異なる方法で重合させた5HPPG-PIと5HPPG-PI-one に関しては,PPG含量が同じであるにも関わらず,有意に異なる誘電率が観測された。その差は単純にPPGユニットの分布の違いだけではなく,主鎖の秩序性の有無にも依存しているものと考え,熱分解部位をもたないより簡単な構造のPIについて,その物性を調べた。すなわち,ポリマー鎖中でODSTユニットの向きが制御された頭-頭(尾-尾)型PIとODSTユニットの向きに規則性のないランダムPIについて物性を比較した。その結果,いずれの場合にもランダム体の方が頭-頭体よりも低い誘電率を示し,さらにガラス転移温度もランダム体の法が低いという結果が得られた (Table 2)。

頭-頭型PIとランダムPIの密度を測定したところ,前者の方が大きな値を示し,そのことから物性の違いはPIの構造の差に起因したパッキングの違いに由来していることが分かった。これは,アモルファスポリマーについて,同じモノマーユニットから構成されるconstitutional isomerで明瞭な物性の差が見られたはじめての例である。

3.結論

ODSTを用いた脂環式PIから多孔性フィルムを作製し,ポリマーの分子構造と物性の相関について検討した。熱分解性部位であるPPGの含有量・長さ・ポリマー中の位置,架橋構造の有無,PPGの分解条件によって,形成される孔の大きさと形状が変化することが分かった。孔が均一で多孔度・機械強度が高いフィルムを作製するにはPPG部位のポリマー分子鎖内での分散の仕方を調製することが重要な鍵であるという知見が得られた。また,ODSTの位置特異的反応性を生かして頭-頭型PIとランダムPIを作り分け,主鎖構造の違いによって膜状態でのパッキング密度に大きな差が生じ,それが物性の差を生み出していることが分かった。これらの知見は,目的に合った脂環式PIの分子設計の指針を与えるものと考えられる。

Figure 1. The synthesis processes of Head-to-Head and alternating polyimide.

Figure 2. The structure of PPG-PI.

Table 1. Characteristic of the alicyclic polyimides

a The weight-average molecular weight (Mw) and Poly Dispersity Index (PDI) were measured by gel permeation chromatography using DMF solution. The PPG contents of polymers were estimated from b their poly(amide acid). c The PPG content of polymers were calculated by thermal decomposition rate and thermal treatment was performed at 250 °C for 3 hrs in air condition. d N.M = not measurable, e the onset temperature of degradation and f 10 wt% degradation temperature for polymers measured by TGA under nitrogen(10 °C/min) and g the onset temperature of degradation for PI main chain after PPG moiety removed.

Figure 3. The SEM images for (a) Homo-PI and (b) 2LPPG-PI(7 wt% of PPG), (c) 4LPPG-PI(12 wt%), (d) 10LPPG-PI (26 wt%), (e) 5HPPG-PI(27 wt%), (f) 15HPPG-PI(53 wt%) and (g) 5HPPG-PI-one(27 wt%)porous film.

Table 2. The properties of ODST derived PIs

審査要旨 要旨を表示する

耐熱性,溶解性,透明性などの特性をもつ脂環式ポリイミドは,芳香族ポリイミドと比較して誘電率が低く,このためLSIの層間絶縁膜などマイクロエレクトロニクス向け低誘電率材料への応用が期待されている。一方で,空気の誘電率が1であることからポリマー膜へのナノ孔の導入も低誘電率化に有効な方法である。このことからナノ孔をもつ脂環式ポリイミドの挙動に興味がもたれるが,既往の研究は断片的なものが1例あるに過ぎない。本論文は脂環式ポリイミド膜について,ナノ孔の導入や分子構造の制御が誘電率に及ぼす影響の系統的評価を行ったものであり,全4章で構成されている。

第一章は序論であり,本論文の研究背景と目的および構成について述べている。熱分解性部位をもったポリイミド膜の熱処理によるナノ孔の調製について概観し,既往の例のほとんどをしめるA部位が熱分解性ブロックであるABAトリブロックコポリイミドでは,A部位の分子量やAとBの鎖長の比率に一定の制限があり,合成上の制約ともあいまって,系統だった知見が得られていないことを指摘している。さらに,容易に作り分け可能な構造異性体ポリマー間で物性の差異が生じることの意義を示し,位置特異的反応性をもつ非対称スピロ脂環式二酸無水物rel-[1R,5S,6R]-3-oxabicyclo[3,2,1]octane-2,4-dione-5-spiro-3-(tetra-hydrofuran-2',5'-dione) (ODST) を用いることでそのような検討が可能になると述べている。

第二章では,ナノ孔を有する脂環式ポリイミド膜における分子構造と物性の相関について述べている。既往の研究の難点を克服する分子設計として,熱分解性のポリプロピレングリコール(PPG)部位を側鎖にもつPPG-グラフト型脂環式ポリイミドを提案している。PPG部位を持つ芳香族ジアミンとオキシジアニリン(ODA),それにODSTを用いてPPG部の鎖長ならびに導入率の異なる一連のPPG-グラフト型ポリイミドを合成し,いずれのポリイミドもPPGユニットが選択的かつ定量的に熱分解することを熱重量分析により確認している。これを成膜して200 °C,710 mmHgで9時間熱処理することで,PPG含量が5-25 wt%の範囲のポリイミド膜で,分子構造に依存して孔径15ないし210 nmの孔が形成されることをSEM観察により見出している。加熱後の膜のAFM観察結果と既往の研究における知見とを合わせて,まずポリイミド膜中でPPG部が相分離してドメインを形成し,PPGの熱分解によってそのドメインサイズに相当する一次孔が生じ,さらに,減圧条件下PPG分解物が発泡剤のようにふるまうことで,近接した一次孔が互いに連結してさらに径の大きな二次孔が生じたものと考察している。また,それぞれのポリイミド膜間での二次孔の孔径とその数密度の違いを,PPGの鎖長や導入率に応じた一次孔のサイズならびにその生じ易さに基づいて説明している。誘電率に関しては,SEMで観察されたナノ孔のモルホロジーとは無関係にポリイミド鎖中のPPG部の含量のみで決定されることを見出し,PPG部の熱分解により生じた空孔が,そのサイズによらず熱による崩壊を伴わなかったことを裏付けている。一方で,同じ長さのPPG部位を同じ量導入したものであっても,ポリイミドの構造異性体間では誘電率に有意な差が生じることを見出している。

第三章は,前章の結果から派生して脂環式ポリイミドにおける分子構造の秩序性がフィルムの物性に与える影響について述べている。すなわち,前章において見られた構造異性体ポリイミド間での物性の差の発現理由を,主鎖中のODSTユニットの向きの秩序性の差異に起因すると仮定し,系を単純化して,空孔を持たないホモポリイミドの構造異性体を作りわけ,その物性を検討している。その結果,用いたジアミンの種類によらず,ODSTが頭-頭(尾-尾)型構造をもつポリイミドの膜は対応するランダム型ポリイミドよりも0.3程度高い誘電率を示すこと,さらに,ガラス転移温度についても頭-頭型の方が20 °C程度高いことを見出している。逐次重合体のアモルファスポリマーにおいて,同じモノマーユニットからなる構造異性体間で,このように明瞭な物性の差が見られることは極めて珍しい。この物性の差の発現について,ポリイミド異性体間での密度の違いと合わせて,分子鎖のパッキングの違いに起因するものと考察している。次いで,ODAと含フッ素ジアミンであるFDAをコモノマーとする共重合体についても,分子構造の差異による物性の違いについて検討し,その場合は一転して,主鎖中の構造秩序ないしはモノマー分布の差異による物性の明瞭な違いが生じないことを明らかにしている。

第四章は全体を総括し、研究成果の意義とその展望を述べている。

以上述べたように,本論文は熱分解性部位をもつ脂環式ポリイミド膜について分子構造とナノ孔の形成挙動ならびに誘電率の相関を明らかにするとともに,ポリマーの1次構造の微細な違いがマクロな物性の違いに反映されうることを示したものであり,これらの成果は、今後の高分子化学ならびに高分子材料の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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