学位論文要旨



No 127703
著者(漢字) 坂本,篤史
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,アツシ
標題(和) 協同的な省察場面を通した教師の学習過程 : 小学校における授業研究事後協議会の検討
標題(洋)
報告番号 127703
報告番号 甲27703
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第190号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋田,喜代美
 東京大学 教授 佐藤,学
 東京大学 教授 三宅,なほみ
 東京大学 教授 藤村,宣之
 東京大学 准教授 勝野,正章
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、小学校校内研修としての授業研究事後協議会(以下、協議会)における教師たちの学習について、学校内教師文化の影響や、長期的な授業に対する認識の変化、授業での実践化過程に着目して検討することで、協同的な省察場面を通した教師の学習過程とそれに関わる要因を明らかにすることを目的とした、全4部9章からなる。

第I部第1章では、教師の学習に関する先行研究について、近年の東アジアを含めた国際的な展開や、隆盛する授業研究を対象とした研究を含めるため、2000年以降の教師の学習研究を対象に、授業経験の省察による学習、省察を支える学校内の文脈、長期的な成長過程の3視点からレビューを行った。結果、授業理念や授業を見る視点が教師の学習に与える影響の解明と、授業研究を通した同僚性の形成を実証的に明らかにする必要性と、日本における教師の学習研究の必要性が課題として示された。その課題を受け、本研究では、日本の小学校における協同的な省察場面として、協議会談話を検討することで、現職教師たちが授業を見る視点や授業理念を媒介にして授業を協同的に省察し授業実践を変化させる過程を明らかにすることを目的とした。さらに、協議会における協同的な省察場面を検討するために、本研究の理論的枠組を先行研究より構築した。協議会の中で、教師たちが同僚の実践の表象を再文脈化し、学校内教師文化としての授業理念や授業を見る視点を学習し、授業実践や授業を見る視点を変化させ、協議会を通して学習すると共に、同僚性を形成する過程に関するモデルが示された。このモデルに基づき、具体的・実証的に明らかにすべき点を検討し研究対象とした。

第2章では、本研究の方法論および、データ収集方法を検討した。質問紙調査法と観察や面接による事例研究のマルチメソッドを採用した。質問紙によって、全国の小学校教師の授業研究に対する認識を検討し、その結果により事例校を位置づけて検討するためである。本研究の条件に適する学校を検討した結果、5年以上継続して授業研究を行っている公立小学校1校の協力を得た。協力校では、協議会を重視し、子どもの事実から学ぼうとしている点で、協同的な省察が協議会でなされていると考えられた。事例研究にあたり、複数種類のデータを用いたトライアンギュレーションを行った。

第II部第3章では、協議会の実施と教師間の学び合う関係としての同僚性構築との関係を明らかにするため、小学校研究主任を対象とした授業研究の実施状況と授業研究に対する認識を尋ねる質問紙調査を行った。241校分のデータについてAmos5.0を用いた構造方程式モデルによる分析の結果、授業研究の効果認識として、「子どもを見る目が広がった」が「同僚と良い学校をつくる意欲が向上した」の得点に正の予測をすることが明らかになった。一方、協議会で子どもの様子について話すことは、「同僚と良い学校をつくる意欲が向上した」を直接には予測しないことが明らかになった。この結果より、協議会で子どもの様子を話すことに加え、子どもを見る視点の広がりの認識が生じることによってはじめて、同僚と協働する意識が向上することが示唆された。

第4章では、教師が授業研究を通して学習していると考えられる小学校について、協議会における学校内教師文化が教師の学習に与える影響を明らかにするため、協議会談話および直後再生課題結果と、参加教師の教職経験年数および学校在籍年数との相関を検討した。結果、教職経験年数の長さと、授業の出来事の解釈や代案提示とに正の強い相関があるが、他教師による再生とは相関がないこと、一方、学校在籍年数の長さと、授業の問題や可能性の提示との正の強い相関があり、また、他教師による再生、特に授業の問題や可能性の提示、代案提示の再生と正の強い相関があることが明らかになった。この結果より、教職経験年数の長い教師は、豊富な実践的知識に基づいて協議会で発言していること、また、学校在籍年数の長い教師による協議会での発言を通して、協力校の学校内教師文化としての授業を見る視点や授業理念を教師たちが共有・再共有していることが考察された。

第5章では、協議会で教師が他者の実践の表象をどのように再文脈化するかを検討した。協議会の談話と協議会の特定場面における教師の振り返りインタビューから、授業者と非授業者の研究授業に対する問題表象過程を比較検討した結果、授業者は自身の課題意識に基づいて他者の発言を解釈し、非授業者は観察事実に基づいて解釈していることが明らかになった。また、同じく特定の協議会における非授業者間の問題表象過程を比較検討した結果、協議会で教師が観察事実や協力校の授業理念に即した問題枠組に基づいて他者の実践の表象を解釈していることが明らかになった。この結果について、授業理念に即した問題枠組は、教師の執筆した研究紀要から授業理念により形成した教師の課題意識であることが考察され、協議会で教師が他者の実践の表象に対し、観察事実や課題意識、実践的知識を用いて解釈することが示唆された。

第III部第6章では、協同的な省察場面を通して、教師たちが自身の授業を見る視点を変化させる過程を明らかにするため、同一校で2年以上授業研究に携わった経験について、毎年度発行の研究紀要を手がかりに教師たちが語ったインタビュー記録に対しM-GTAを用いて分析した。結果、計7名の教師の語りから12概念が抽出され、<授業研究への参入カテゴリー>、<授業実践の表象化カテゴリー>、<授業での実践化カテゴリー>、<授業研究に対する理解カテゴリー>の計4カテゴリーにまとめられた。各カテゴリー間、概念間の関係を、具体的な語りを元に関連づけた結果、協力校において、授業研究を通じ他者の言葉や授業を媒介に省察と実践化を繰り返すことで、授業理念に理解を深めると共に、授業を見る視点が変化する過程や、授業研究を理解していく過程で心理的負担が軽減される過程が具体的に明らかになった。

第7章では、協議会における協同的な省察場面を通して、教師が授業を変化させる過程を明らかにするために、音楽科教師の授業研究会を含む1単元の授業について、授業記録や協議会記録、インタビュー記録を検討した。個人省察と協議会による授業の変化過程を比較検討した。さらに、協議会で授業実践の変化を促した他者の発言と促さなかった発言を比較した。その結果、他者の発言によって授業者の認識するジレンマが、代案提示可能な問題表象に変化することで、授業者が次時の授業を変化させる過程が具体的に明らかになった。この結果について、授業者の研究紀要の記述から、授業者の課題意識によって生じたジレンマであること、また、ジレンマを解消する契機となった他者の実践の表象も、授業者の課題意識に即していたことが考察された。

第8章では、授業研究を通して形成された教師の実践的知識について検討するため、国語科の授業研究に取り組む小学校教師の説明文読解と物語文読解に関して6本の授業のビデオ記録を振り返った語りをオープンコーディングにより分析し、説明文読解と物語文読解の実践的知識を比較検討した。その結果、共通点として話し合いが授業過程で重要な要素となっていること、差異として教師の想定する話し合いによる学習過程が異なる点が明らかになった。この結果について、授業過程で話し合いを重視することは、協力校の授業理念や授業を見る視点の影響を受けたためであり、この教師の課題意識に基づいて実践的知識が形成されていることが考察された。

第IV部第9章では、第II部、第III部の研究を受け、第1章で示された、協議会を通した教師の協同的な省察場面を通した学習過程モデルを発展させた。第1章のモデルに対して、学校内教師文化としての授業理念や授業を見る視点が、学校在籍年数の長い教師の発言を通して共有されること、教師が研究授業の観察事実や実践的知識、課題意識に基づいて他者の発言を解釈すること、課題意識が授業理念に即して形成されること、授業研究への理解を深めることでの心理的負担の軽減や、課題意識によって生じたジレンマの解消による授業での実践化、その結果による知識形成といった要素とその関連が加えられた。これらの結果から、転任制度のある日本において、協同的な省察場面を通して教師が学校内教師文化としての授業理念や授業を見る視点を個人的に理解し、教師自身の課題意識と結びつけて複数年にわたる授業研究に対し自律的に取り組むことで、学校内教師文化が維持・発展することが考察された。また、授業研究を通した同僚性の形成について、教師間で目指す授業理念や授業を見る視点を共有することによって、日常的な教師同士の授業に関する話し合いで互いの授業を直接観察しなくても、授業の出来事や問題について共通理解を構築しやすくなることが考察された。

本研究による教師の学習過程研究への理論的意義として、協同的な省察場面において教師の課題意識という内的要因が他者の発言の解釈に関わること、特定の学校の文脈を前提とした教師の発達の検討の必要性が挙げられた。また、授業研究を対象とした研究に対する意義として、各教師が授業研究を通して授業を見る視点が変化することで、同僚との協働意識が高まる過程がモデル化された点がある。最後に、授業研究への実践的示唆として、教師個人の授業理念に対する理解に基づいた課題意識の重要性や、心理的負担の軽減のために、授業理念への理解を支援することが指摘できる。

今後の課題として、学校間比較や同一校の継続調査による教師の授業理念や授業を見る視点の内容や変化過程、一年間の中での時期的な変動の検討、さらに、協議会で呼ぶ学校外の講師による影響について実証的に検討する必要が挙げられた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、小学校校内研修としての授業研究事後協議会を教師の協同的省察による学習過程の場と捉え、1小学校での授業協議会の継続的観察や面接等による事例研究によって、教師の学習過程と関与要因を分析検討した論文である。論文は4部9章から構成される。

第I部第1章では、教師の学習に関する先行研究を整理概括し、授業経験の省察に関わる心理的要因の同定と教師間相互作用を通した学習過程の分析検討の必要性を指摘し、学習過程に関して検討すべき課題を整理し提示している。続く第2章では、学習過程をとらえる本論文の方法論について、直後再生課題、ビデオ再生刺激面接、研究紀要面接、談話記録分析、ビデオ記録分析、ライフヒストリ―面接が、検討目的との関連で論じられる。

第II部では、授業協議会の短期的学習過程が検討される。第3章では、241人の小学校研究主任を対象に授業研究実施と同僚性の関連を共分散構造分析により検討し、従来経験的に言われてきた「生徒の学習の事実を話し合う」だけでは同僚性形成の有効性は示されず事実確認や情報共有に留まる可能性を実証的に示し、事実を話し合う過程から省察を深め実践化に至る過程の具体的検討が必要である点を明らかにしている。第4章では、直後再生課題を用いて学校在籍年数の長い教師が協議会で語る授業の問題表象、可能性の想定、代案提示を他教師がより注目して記憶することで、学校内教師文化としての授業理念や授業視点が共有されていることを示している。また第5章では、授業者と非授業者の問題表象過程の比較から、協同的省察により、他教師が語る実践の表象を自身の課題意識を媒介して再文脈化していく過程が生じることを示している。

第III部では、長期的な変容としての学習過程が検討される。第6章では、教師7名の研究紀要における語りの経年変化を質的に分析し、授業理念の受容過程の後に授業を見る視点の変化過程が生じることを明らかにしている。続く第7章では、1教師1単元連続授業の省察と実践化過程を検討し、授業者の課題意識に関わるジレンマ場面で、他者の発言を媒介にし、新たな代案が形成され実践化が生じることを明らかにしている。第8章では、1教師の国語科の授業研究を通して形成された実践的知識を検討し、物語文と説明文教材という種類により実践的知識が分化する様相を記述している。

第IV部では、上記実証研究を踏まえ総括し、授業研究協議会が学習過程に影響を及ぼす下位過程のモデルを提示し、今後さらに検討すべき課題を整理して論じている。

本論文は、授業研究協議会での協同省察を教職専門性の学習過程として、多様な方法を駆使して体系的に取り上げた学術研究論文である。この点で独自性が高く、これからの教師の学習過程研究に新たな視座を提示した論文であると高く評価された。よって、本論文は、博士(教育学)の学位を授与するに十分にふさわしい水準にあるものと判断された。

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