学位論文要旨



No 127707
著者(漢字) 吉田,沙蘭
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,サラン
標題(和) がん患者の終末期における予後告知に際する家族支援に関する研究 : エビデンスにもとづいた支援ツールの開発
標題(洋)
報告番号 127707
報告番号 甲27707
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第194号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 下山,晴彦
 東京大学 教授 中釜,洋子
 東京大学 准教授 高橋,美保
 東京大学 准教授 遠藤,利彦
 東京大学 客員教授 中嶋,義文
内容要旨 要旨を表示する

第1部 問題と目的

日本におけるがんの罹患数は増加の一途にあり、がん医療は心理学においても重要な領域の1つとなりつつある。また近年、がん患者の家族支援の必要性が注目されるようになってきた。がん患者家族が特に大きな苦痛をともなう課題として、予後告知があげられるが、家族に対する予後告知をあつかった研究はほとんどなく、告知の指針だけでなく、家族に対する予後告知の実態さえも明らかとなっていない。

そこで本論文では、予後告知に関する家族の体験を明らかにし、エビデンスに基づいた支援ツールを開発することを目的とする。まず第2部では、患者家族に対する予後告知の実態、および告知にともなう家族の体験について明らかにする。このことにより、予後告知に関連する家族支援の要点を明確化するとともに、ツール開発の基盤となる知見を得る。次いで第3部では、第2部で得られた知見をもとに、予後告知に関する家族支援ツールを開発する。最後に第4部において、成人がん患者家族を対象として得られた支援指針を、小児がん領域に発展的に応用する方向性を明らかにするための研究をおこなう。全体をとおし、成人がん領域における予後告知に際する包括的な家族支援に関し、実際的な臨床還元まで含めた提案をおこなうとともに、得られた知見を小児がん領域における家族支援に応用する方法についてあわせて提言することを、本論文の最終的な目的とする。

第2部 家族に対する予後告知の実態および課題の明確化

第2部では、日本における予後告知の実態を明らかにするための研究をおこなった。上述のように、家族への予後告知に関する研究はほとんどなされておらず、家族に対する予後告知の実態および、予後告知が家族にもたらす影響については明らかとなっていない。そこで、支援指針の検討にあたり、第一歩として、予後告知の現状について明らかにすることが必要であると考えられた。

まず研究1において、遺族を対象として面接調査をおこない、患者家族に対する予後告知の実態および、予後告知に対する遺族の評価について探索した。その結果、家族に対してのみ予後が伝えられることが多いこと、患者に対する予後の伝え方は家族が決定することが少なくないこと、予後告知の有無に関わらず肯定的評価と否定的評価の双方が得られることが明らかとなった。したがって予後告知に関連する家族支援としては、(1)家族に対する告知方法の改善、(2)患者への伝え方を検討する際の意思決定支援、(3)告知後の適切なフォロー、という3点に焦点化することが有効であると考えられ、研究2以降においては、以上3点を軸とすることとした。

研究2では、どのような医師の態度や告知の方法が、遺族の評価と関連するか、ということを明らかにし、遺族の視点から見た望ましい予後告知の方法について、具体的に提言することを目的とし、遺族を対象とした質問紙調査をおこなった。その結果、(1)充分な情報量で、(2)希望を失ったとは感じられず、(3)将来への備えに役立ったと感じられ、(4)「何もできない」と言われることがなく、(5)患者の意思が尊重されると伝えられることが、遺族の高い評価と関連することが明らかとなった。

また研究3では、家族自身および患者に対して予後告知がおこなわれる、あるいはおこなわれないことによって、家族にもたらされる体験を探索することを目的とし、遺族に対する面接調査を実施した。その結果、家族に対する予後告知は、(1)家族に心理的な苦痛をもたらし、(2)家族の希望を失わせるものであると同時に、来るべき死別に向けて、(3)心理的・物理的な準備をしたり、(4)死別までの時間をできる限り有意義にできるよう取り組んだりすることを可能にする役割をもつものであることが明らかとなった。また患者に対する予後告知は、(1)患者に心理的苦痛を与えたという否定的な心情をもたらす一方で、(2)患者と一緒に死別に備えたり、(3)意思決定をおこなったりすることを可能にするものでもあることが示された。

第3部 望ましい予後告知のための包括的家族支援ツールの開発と評価

医療現場におけるマンパワーの不足から、医師および看護師が家族支援に費やすことのできる時間は限られている。また、家族支援研究において重要な役割を果たし得る心理士は、いまだ十分な数が導入されていない。そこで第3部では、第2部で得られた基礎的資料をもとに、限られた資源の中で効率的に家族支援を提供する手段として、家族支援ツールを開発した。

まず研究4では、研究1および研究3の結果をもとに、患者に対する予後の伝え方を検討する家族を対象とした、意思決定支援リーフレットを開発した。患者に対して予後を伝えること、あるいは伝えないことがもたらすメリット、デメリットの双方について情報提供することで、意思決定に際する十分な検討を支援することを、リーフレットの目的とした。医療者および遺族を対象に実施した面接調査の結果、作成したリーフレットは、治療早期の段階で、医師が家族に、説明をしながら手渡しすることが有用であることが明らかとなった。

さらに研究5では、研究1、研究2および研究3の結果をもとに、家族に対して予後告知をおこなう医療者のためのマニュアルを作成した。家族の視点からみた望ましい予後告知の方法について紹介するとともに、意思決定支援、また告知後に状況に応じた適切な支援を提供できるよう情報提供することを、マニュアルの目的とした。医療者を対象に実施した面接調査の結果、作成したマニュアルは、リーフレットとともに、医師および看護師に、要点を簡潔にまとめて配布することが有用であるものと考えられた。

第4部 小児領域への発展的応用に向けて

第4部では、研究1から研究5で得られた知見を、小児がん領域に発展的に応用する方向性について検討した。小児がんの家族支援は成人領域以上に重要とされているが、いまだ十分な検討はなされていない。また、患児の予後告知についてもほとんど研究がおこなわれておらず、その実態も明らかではない。

そこで、小児がん領域への応用方法を探るための第一段階として、研究6、研究7において、難治性小児がん患児の家族が経験する困難および、医療者に期待する支援の全体像を明らかにするための調査おこなった。その結果、患児家族は医療者に対し、十分な病状の説明や理解の促進、それを介した意思決定支援を求めていること、一方で患児に対する予後告知について困難を抱える家族は少ないことが明らかとなった。以上の結果から今後、研究2で得られた告知方法の改善、研究3から得られた告知後の適切な家族支援方法、また研究5で作成した医療者用マニュアルを基礎とし、小児がんの特徴にあわせてこれらの知見を修正、発展させることが有意義であると考えられた。

第5部 総合考察

以上のように本論文では、予後告知に際する包括的な家族支援について提言することを最終的な目的として、研究をおこなった。

第2部における研究1から研究3では、経験者としての遺族を対象とした実証的研究をおこなうことで、これまで探索されてこなかった、日本のがん患者家族に対する予後告知の実態や、予後告知が家族に与える影響について、知見を得た。第2部で得られた知見は、支援体制確立の基盤となるものであると言える。この際、研究1において予後告知に関連するさまざまな側面の中でも、優先的な支援提供が望まれる部分を明確化することで、以降の研究をより現実的かつ効率的に進めることができた。さらに、告知の方法、告知の有無によるメリットおよびデメリット、という複数の視点から探索をおこなうことにより、隣接領域の先行研究に多くみられるように、告知の方法を改善するという内容にはとどまらず、より包括的な支援につながる知見が得られた。

第3部における研究4および研究5では、第2部の研究から得られた知見に基づいた家族支援ツールを開発した。家族支援の提供にあたり、医療者による直接的な介入プログラムは汎用性に欠け、研究成果を論文化するのみでは、臨床現場への還元は難しい。そこで本論文では、ツールを作成することで、家族支援の一助とした。実証的研究から得られた知見を臨床で活用できるかたちでまとめたことには、一定の意義があるものと考えられる。また、作成した各ツールについて、家族、医療者双方の視点から意見を収集した。これらの意見を反映させることで、支援の受け手のニーズに沿いながら、提供側にとっても現実的な支援につながるものと考えられた。今後、作成したツールを実際に医療現場で使用し、医療者および家族を対象としてその有用性を調査することで、改善を加えることが期待される。

以上で成人がん患者の家族への、予後告知に関する支援については、臨床還元につながる段階まで達した。その成果をさらに発展させるために、第4部では、小児がん領域への応用の方向性を検討した。小児がんは症例数が少なく、大規模な調査の実施は難しい。そこで、成人の領域で得られたエビデンスを応用することは有効な手法である。予後告知については、患児本人への告知が問題にならないという相違点はあるものの、予後告知に関連する支援が医療者に期待されることが明らかとなり、今後の発展の方向性が示唆された。

以上のように本論文において、成人がん患者の家族への予後告知に関する、エビデンスに基づいた支援ツールが開発されたとともに、今後の可能性についても知見が得られた。本研究を足がかりに、今後成人領域における支援ツールの改良、および小児領域における支援体制の確立への発展が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

日本のがんの罹患数は増加し続け、現在死亡原因の1/3ががんとなり、患者の家族支援の重要性が増大している。患者家族にとって予後告知は、終末期における多様な意思決定に影響を及ぼす点で特に重要な課題となっており、現状に即した家族支援が必要となっている。しかし、家族に対する予後告知の研究はほとんどなく、その実態さえも明らかになっていない。そこで本論文では、告知に伴う家族体験を実証的に研究し、家族支援に役立つツールを開発することを目的とした。論文は、問題と目的を示す第1部、予後告知の実態を検討し、支援の要点を明確化する第2部、家族支援ツールを開発する第3部、小児がん領域への発展的応用を検討する第4部、総合的考察を行う第5部から構成される。

第1部では、第1章で先行研究を概観し、臨床心理学における家族支援として、予後告知のためのツール開発の必要性を示し、第2章で研究の具体的目的と、その方法を示した。

第2部では、第3章でがん患者遺族60名に告知の実態に関する面接調査を実施し、(1)家族への告知方法の改善(2)患者への告知に関する意思決定支援(3)告知後の家族患者双方への支援が焦点となることを明らかにした。第4章では、遺族661名に告知に関する評価調査を実施し、充分な情報の提供、希望の維持および将来への備えを促すこと、看取りまでにできることや患者の意思尊重を伝えることが重要となることを示した。第5章では、遺族60名に家族体験に関する面接調査を通して告知にともなうメリットとデメリットを明らかにし、予後告知は心理的苦痛を伴うと同時に死別に備えさせる役割をもつことを示した。

第3部では、第2部の知見に基づき、第6章で家族用意思決定支援リーフレットを開発し、その使用法に関して遺族5名と医療者14名に面接調査を実施した。その結果、治療早期に医師が家族に説明して手渡すことの有用性が明らかとなった。第7章では、医療者用マニュアルを開発し、その使用方法に関して医療者14名に面接調査をした結果、リーフレットとともに医師及び看護師に、要点を整理して配布することの有用性が明らかとなった。

第4部では、第3部までの知見を小児がん領域に応用するために、まず第8章で遺族6名と医療者13名に面接調査をし、小児がん患者の家族が経験する困難及び医療者に期待する支援の全体像を明らかにした。第7章では第6章の結果をもとに遺族60名に質問紙調査を実施し、患児への予後告知はほとんどおこなわれないこと、医療者に対して充分な病状の説明や理解の促進、それを介した意思決定支援が期待されていることを明らかにした。 第5部では、第10章で本研究の知見と意義をまとめ、第11章で今後の課題を示した。

本論文は、これまで日本で調査されることのなかった、予後告知の実態や告知が家族に与える影響を実証研究によって明らかにし、今後の家族支援体制確立のためのエビデンスを提示するとともに、得られた知見に基づき家族支援のためのツールを開発し、その効果を実証的に検討し、さらに小児がん領域への応用の道筋を示した点で特に意義が認められる。よって、本論文は、博士(教育学)の学位を授与するに相応しいものと判断された。

UTokyo Repositoryリンク