学位論文要旨



No 127715
著者(漢字) 山嵜,輝
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,アキラ
標題(和) 現代の金融市場におけるモデリング,価格評価,ヘッジ手法に関する研究
標題(洋) Essays on Modeling, Valuation, and Hedging in Modern Financial Markets
報告番号 127715
報告番号 甲27715
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第311号
研究科 大学院経済学研究科
専攻 金融システム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,明彦
 東京大学 教授 新井,富雄
 東京大学 教授 大日方,隆
 東京大学 教授 柳川,範之
 早稲田大学 教授 中里,大輔
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,「第一部:確率分布のキュムラントを利用した評価方法」,「第二部:株式とクレジットの金融派生商品の統合評価モデル」,「第三部:オプションを用いた新しいヘッジ手法」の各研究テーマに大別した三部構成となっている.

第一部では,確率過程を共変量に持つ比例ハザード・モデル(Cox [1972])で期限前償還を表現した住宅ローン担保証券(residential mortgage-back securities:以下,RMBS)の価格評価公式を導出すると共に,同手法がクレジット商品やエキゾティック・デリバティブの評価にも適用できる汎用的な手法であることを示した.

比例ハザード・モデルは機械の故障率や生物の死滅率の分析など,生存時間解析の分野で考案されたモデルであるが,RMBS の分野では,Schwartz and Trous [1989] の研究以降,同モデルが住宅ローン債務者の期限前償還行動を表現するスタンダード・モデルとなり,数多くの学術研究や実務での応用例が報告されている.ところが,現在に至るまでRMBS 価格の解析的な評価方法は知られておらず,一昔前であれば,大掛かりな計算機環境で多大な計算コストを掛けたモンテカルロ法などで価格を算出していた.期限前償還を比例ハザード・モデルで表現したRMBS の解析的価格公式の導出は本研究が初めてであり,Schwartz and Trous [1989] の研究以来,20 年以上も未解決であった問題に一つの解決策を提示したことになる.この近似価格公式を利用して本邦住宅金融支援機構債券の実証分析を実施した.その結果,RMBS は満期35 年の超長期債であるにもかかわらず,2 次オーダーの近似公式で十分な近似精度が得られることがわかった.さらに,実効デュレーションなどのリスク感応度も近似公式によって安定的かつ高精度で計算できることを実証した.

比例ハザード・モデルはRMBS のみならず,定期預金の中途解約や個別企業の破綻を表現するモデルとして,ファイナンスの幅広い分野で利用されている.そこで,比例ハザード・モデルの共変量を連続過程である正規過程,アファイン過程, 2 次正規過程に加え,非連続過程であるレヴィ過程,時間変更レヴィ過程といった非常に広いクラスの確率過程に拡張し,価格評価の一般論を展開した上でその近似評価公式を導出した.これにより,同手法がRMBS 以外の多くの価格評価問題にも適用可能であることを明らかにした.

この近似解析手法が得られた要因は以下になる.価格評価では確率分布の漸近展開を利用しているが,漸近展開に必要な任意の次数のキュムラントが「共変量となる確率過程の異時点間同時分布に関する積率母関数」に帰着できることを示したことで分析対象が明確になった.ただし,この積率母関数は正規過程を除いて,その陽的表現は自明ではないため,採用する確率過程のクラスに応じて個別の解析を行った.例えば,共変量がアフィン過程の場合には,「後向きに定義される再帰的なリカッチ型連立常微分方程式」によって求めたい積率母関数が与えられることを示した.

第一部の最後に,この手法の発展として,資産価格が時間変更レヴィ過程によって変動する平均オプションの価格評価公式を導出した.

第二部では,レヴィ過程を導入した株式とクレジットの統合評価モデルを二つ提案すると共に,株式ボラティリティとデフォルト確率の一般的な関係を導いた.

CDS と株式オプションの急速な発展に伴い,クレジット市場と株式市場の相互関係に着目する研究が盛んになってきており,同一企業の株式とクレジットに関する条件付き請求権を一つのモデルで統合的に評価しようとする研究が近年現れてきた.しかし,こうした研究は途に就いたばかりであり,特に伝統的な株式モデルで重要なクラスであった「レヴィ過程」による統合評価モデルの開発が未着手となっていた.また,統合評価モデルに関する一般論の理論構築も整備されていなかった.

そこで先ずは,CreditGrades(以下,CG)モデル(Stamicar and Finger [2006])と呼ばれる構造型アプローチの統合評価モデルにレヴィ過程を導入することを提案した上で,株式とクレジットの標準的なデリバティブである株式オプションとCDS の評価公式を導出した.レヴィ過程はジャンプを表現する確率過程のクラスであり,この確率過程を導入することで元のCG モデルの次の三つの欠点を克服した.一つ目は,既存モデルの企業価値変動がブラウン運動で記述されているため,短期のクレジット・スプレッドが現実よりも小さくなるという欠点である.二つ目は,CG モデルはボラティリティ・スキューを表現できる一方で,この形状は財務レバレッジ比率のみに依存しており,その他の要因が反映されない点である.三つ目は,CG モデルはブラウン運動のボラティリティだけが唯一のパラメータであるため表現力が低い点である.レヴィ過程の導入により,企業価値の突発的変動の表現が可能となり,様々なレヴィ過程を企業価値の変動因子として選択できるため,これらの欠点が解消された.デリバティブ評価の解析では,ウィナー・ホップ分解という技法を用いて,企業価値過程とその最小値過程の同時分布に関する積率母関数を求め,ラプラス・フーリエ変換によって株式オプションとCDS の価格を導出した.ウィナー・ホップ分解では,ウィナー・ホップ因子と呼ばれる量を求める必要があるが,一般にこれを計算することは難しい.そこで負の方向のジャンプだけを認めたスペクトラリー・ネガティブ・レヴィ過程を企業価値の変動因子に採用し,この過程の性質を利用して,ある代数方程式の根を求めることで効率的に計算する方法を提案した.

次に,誘導型アプローチの統合評価モデルの総称であるジャンプ・トゥ・デフォルト(jump-to-default:以下,JtD)モデルをレヴィ過程の枠組みで構築し,株式オプションとCDS の評価公式を導出した.先行研究では,代表的な株価変動モデルにデフォルト強度過程を導入することで幾つかのJtD モデルが提案されてきたが,レヴィ過程のJtD モデルを扱ったのは本研究が初めてである.このモデルでは,レヴィ過程の線形結合で株価とデフォルト強度が変動し,共通因子となるレヴィ過程の重み係数により企業間や株式とクレジットの依存関係を表現できる.また,変動因子は特性指数が既知である任意のレヴィ過程を採用できるため,柔軟なモデリングが可能となる.デフォルト強度はレヴィ過程を共変量とする比例ハザード・モデルを採用し,第一部での解析手法を応用した.デリバティブ評価の解析では,「価格生成関数」として独自に定義した関数の性質を利用した.この関数がレヴィ過程の特性指数に関する無限級数展開として表現できることを証明し,さらに,株式オプション価格は価格生成関数の逆フーリエ変換により与えられ,CDS 価格は価格生成関数の微積分演算で得られることを示した.

第二部の最後では,株式とクレジットの統合評価モデルの一般的な枠組みの下で理論的な考察を行い,リスク中立確率の下のデフォルト確率は株価インプライド・ボラティリティの傾きに関するある極限値として特徴付けられることを明らかにした.

第三部では,オプションをヘッジ・ツールとして利用し,最近の資産価格変動モデルに対応した新しいヘッジ手法を開発した.

近年,デリバティブ市場の発展によりプレーン・バニラ・オプションがコモディティ化したこともあり,最近の実務では原資産のみならずオプションもヘッジ・ツールとして利用することが一般的となっている.また,学術研究でもオプションを用いた静的ヘッジ手法が幾つか提案されているが,これらの静的ヘッジ手法はブラック・ショールズ・モデルを前提にしたものが多く,確率ボラティリティ・モデル等への拡張を試みる研究は存在するものの,必ずしも洗練された手法が提案されているとは言えない状況にあった.

そこで先ずは,資産価格過程にジャンプ若しくは確率的なボラティリティの変動がある状況下で,経路依存のないデリバティブを短い満期のプレーン・バニラ・オプションの静的ポートフォリオで複製する手法を提案した.特に,ボラティリティが確率的に変動する状況下では,元の確率ボラティリティ・モデルの確率微分方程式に対して,これと弱い解が一致する局所ボラティリティ・モデルの確率微分方程式を考え,デリバティブ価格関数を原資産価格に関するマルコフ過程に射影した後にヘッジ・ポートフォリオを構築する方法を考案した.数理ファイナンスの分野では,この技法をマルコフ射影と呼ぶが,従来はプライシングの技法として知られており,ヘッジ手法への応用は本研究が初めてとなる.

次に,デフォルト・リスクが存在する金融市場で,デフォルト可能な条件付請求権を株式オプションで静的にヘッジする方法を与えた.これは既存の静的ヘッジ手法の「株式とクレジットの統合評価モデル」(第二部参照)への拡張であり,株式とクレジットの市場を横断する新しいヘッジ手法である.ヘッジ構築の要点は,株式プット・オプションの行使価格に関する極限を考えることで擬似的なクレジット・デリバティブを複製することにある.数値例では,二つの統合評価モデルを設定して,それぞれ割引社債をヘッジ対象の条件付請求権としたヘッジ・ポートフォリオを組成し,複製精度が高いことを確認した.

最後に,ボラティリティ変動過程が未知の下でヘッジ対象デリバティブのボラティリティ変動リスクを「ポリノミアル・バリアンス・スワップ」と呼ばれる新しいボラティリティ・デリバティブでヘッジする手法を提案した.

審査要旨 要旨を表示する

山嵜輝君は,近年の金融市場において取引が活発化した株式,為替,金利などのオプションやクレジット・デフォルト・スワップ(credit default swap:以下,CDS)に対する,既存のモデリング・計算方法の実務への適用に限界が多く見られるようになった点に着目し,現実の市場で観測される多種多様な資産価格の変動や複雑な市場間の関連性を適切に表現できるモデル,価格評価法,ヘッジ手法を開発した.特に,20 年以上も未解決であった住宅ローン担保証券(residential mortgage-back securities:以下,RMBS)の解析的な価値評価に対し独自の価格公式を導出することで一つの解決策を与えた.この過程で彼が開発した新たな計算方法は汎用性が高く,他の金融資産の価値評価・リスク管理への幅広い応用が期待される.また,ある一つの(参照)企業に対する株式オプション,CDS等信用リスク関連派生商品を統一的・整合的に扱える新しいモデルとその評価方法を提唱した.さらには,オプションの原資産価格の変動におけるジャンプ,ボラティリティの不確実性,倒産リスク等をヘッジするため,流動性の高いオプションを用いた静的ヘッジ(Static Hedge)の新手法を開発した.これら何れの研究も既存の方法に比して,着想の独創性並びに実務への有用性が大きいことが高く評価できる.以上より,本論文が博士学位授与に値するものであると審査委員は全員一致で判断した.

なお、博士論文を構成する3 部9 章のうち,第1 部の査読付き国際英文専門誌・プロシーディングへの掲載済み2(1,2 章),査読付き和文専門誌への掲載済み1(1 章), 第2 部の査読付き国際英文専門誌への掲載済み2(3,5 章), 第3 部の査読付き国際英文専門誌への掲載済み4(6,7,8,9 章)の総数9 の専門誌への掲載となっている.また,学会・研究会発表も審査付き国際学会2 回,審査付き国内学会1 回の報告を含め2011年末迄に8回実施している.

本論文は研究テーマ毎に大別した次の三部構成となっている.「第一部:確率分布のキュムラントを利用した評価方法」,「第二部:株式とクレジットの金融派生商品の統合評価モデル」,「第三部:オプションを用いた新しいヘッジ手法」

まず第一部では,確率過程を共変量に持つ比例ハザード・モデル(Cox [1972])で期限前償還を表現した住宅ローン担保証券(residential mortgage-back securities:以下,RMBS)の価格評価公式を導出すると共に,同手法が信用リスクを内包する商品や複雑な派生商品(exotic derivatives)の価値評価・リスク管理にも適用できる汎用的な手法であることを示した.比例ハザード・モデルは元来,機械の故障率や生物の死滅率の分析など,生存時間解析の分野で考案されたモデルであるが,RMBS の分野では,Schwartzand Trous [1989] の研究以降,同モデルが住宅ローン債務者の期限前償還行動を表現する標準的なモデルとなり,数多くの学術研究や実務での応用例が報告されている.その一方,RMBS 価格の解析的な評価方法は未だ知られておらず,これまでは,大規模な計算機環境等を用い多大な計算コストをかけたモンテカルロシミュレーション法などによりその価値を評価していた.本研究は,期限前償還を比例ハザード・モデルで表現したRMBS の解析的価格公式を初めて導出し,Schwartz and Trous [1989] の研究以来,20年以上も未解決であった問題に一つの解決策を提示した.また,彼は,この近似価格公式を用いて本邦住宅金融支援機構債券の実証分析を実施した.その結果,RMBS は満期35 年の超長期債であるにもかかわらず,2 次オーダーの近似公式で十分な近似精度が得られることを明らかにした.さらに,実効デュレーションなどのリスク感応度も当該近似公式により安定的かつ高精度で計算できることを実証した.これらのことから,彼の研究は関連分野に大きな進歩をもたらしたと言える.

また,比例ハザード・モデルはRMBS のみならず,定期預金の中途解約や個別企業の破綻を表現するモデルとして,ファイナンスの幅広い分野で利用されている.そこで,彼は,比例ハザード・モデルの共変量を連続過程である正規過程,アファイン過程, 2 次正規過程に加え,非連続過程であるレヴィ過程,時間変更レヴィ過程といった非常に広いクラスの確率過程に拡張し,価格評価の一般論を展開した上でその近似評価公式を導出した.このことを通じて,彼は,同手法がRMBS 以外の多くの価値評価問題にも適用可能であることを明らかにし,その一例として,資産価格が時間変更レヴィ過程によって変動する平均オプションの解析的な価格評価公式を初めて導出することに成功した.

第二部では,レヴィ過程によりその価値の変動が記述される株式と信用リスクに関する統一的な評価モデルを二つ提案すると共に,株式ボラティリティと倒産確率の一般的な関係を発見した.背景としては,CDS と株式オプションの急速な発展に伴い,信用リスク市場と株式市場の相互関係に着目する研究が活発になり,同一企業の株式と信用リスクに関する条件付き請求権を一つのモデルで統一的に評価しようとする試みがなされてきたことが挙げられる.しかし,これまでは,特に伝統的な株式モデルで重要なクラスである「レヴィ過程」による統一的な評価モデルの開発が未着手となっていた.また,統一的な評価モデルに関する一般論の理論構築も整備されていなかった.そこで彼は,まず,CreditGrades(以下,CG)モデル(Stamicar and Finger [2006])と呼ばれる構造型アプローチの評価モデルにレヴィ過程を導入することを提案し,株式と信用リスクの代表的なデリバティブである株式オプションとCDS の評価公式を導出した.レヴィ過程はジャンプを表現する確率過程のクラスであり,この確率過程を導入することで元のCG モデルの次の三つの欠点を克服した.一つ目は,既存モデルの企業価値変動がブラウン運動で記述されているため,短期のクレジット・スプレッドが現実よりも小さくなるという欠点である.二つ目は,CGモデルはボラティリティ・スキューを表現できる一方で,この形状は財務レバレッジ比率のみに依存しており,その他の要因が反映されない点である.三つ目は,CG モデルはブラウン運動のボラティリティだけが唯一のパラメータであるため表現力が低い点である.レヴィ過程の導入により,企業価値の突発的変動の表現が可能となり,様々なレヴィ過程を企業価値の変動因子として選択できるため,これらの欠点が解消された.デリバティブの価値評価に対しては,ウィナー・ホップ分解という技法を用いて,企業価値過程とその最小値過程の同時分布に関する積率母関数を求め,ラプラス・フーリエ変換によって株式オプションとCDS の価格を導出した.ウィナー・ホップ分解では,ウィナー・ホップ因子と呼ばれる量を求める必要があるが,一般にこれを計算することは難しい.そこで負の方向のジャンプだけを認めたスペクトラリー・ネガティブ・レヴィ過程を企業価値の変動因子に採用し,この過程の性質を利用して,ある代数方程式の根を求めることで効率的に計算する方法を提案した.

次に,誘導型アプローチの統一的な評価モデルの総称であるジャンプ・トゥ・デフォルト(jump-to-default:以下,JtD)モデルをレヴィ過程の枠組みで構築し,株式オプションとCDS の評価公式を導出した.先行研究では,代表的な株価変動モデルにデフォルト強度過程を導入することで幾つかのJtD モデルが提案されてきたが,レヴィ過程のJtD モデルを扱ったのは本研究が初めてである.このモデルでは,レヴィ過程の線形結合で株価とデフォルト強度が変動し,共通因子となるレヴィ過程の重み係数により企業間や株式とクレジットの依存関係を表現できる.また,変動因子は特性指数が既知である任意のレヴィ過程を採用できるため,既存のモデルに比べ柔軟なモデリングが可能となる.デフォルト強度はレヴィ過程を共変量とする比例ハザード・モデルを採用し,第一部での解析手法を応用した.また,デリバティブの価値評価に対しては,「価格生成関数」として独自に定義した関数の性質を活用した.特に,この関数がレヴィ過程の特性指数に関する無限級数展開として表現できることを証明し,さらに,株式オプション価格は価格生成関数の逆フーリエ変換により与えられ,CDS 価格は価格生成関数の微積分演算で得られることを示した.

さらに第二部の最後では,株式と信用リスクの統一的な評価モデルの一般的な枠組みの下で理論的な考察を行い,リスク中立確率測度における倒産確率は,株価インプライド・ボラティリティの傾きに関するある極限値として特徴付けられることを示した.

第三部では,流動性の高いオプションをヘッジ手段として利用し,近年の代表的な資産価格変動モデルに適用可能な新しいヘッジ手法を開発した.特に,最近,デリバティブ市場の発展によりプレーン・バニラ・オプション取引の流動性が増大し,実務においては原資産のみならずオプションもヘッジ手段として利用することが一般的となっている.また学術研究においても,オプションを用いた静的ヘッジ(statichedge)手法が幾つか提案されているが,これらの静的ヘッジ手法はブラック・ショールズ・モデルを前提にしたものが多く,確率ボラティリティ・モデル等への拡張を試みる研究も存在はするものの,必ずしも実用的に有効な手法とは言えない状況にあった.そこで,彼は,先ず,資産価格過程にジャンプ若しくは確率的なボラティリティの変動がある状況下で,経路依存のないデリバティブを短い満期のプレーン・バニラ・オプションの静的ポートフォリオで複製する手法を提案した.特に,ボラティリティが確率的に変動する状況下では,元の確率ボラティリティ・モデルの確率微分方程式に対して,これと弱い解が一致する局所ボラティリティ・モデルの確率微分方程式を考え,デリバティブ価格関数を原資産価格に関するマルコフ過程に射影(projection)した後にヘッジ・ポートフォリオを構築する方法を考案した.数理ファイナンスの分野では,この技法をマルコフ射影(Markovian projection)と呼ばれているが,従来はプライシングの技法として知られており,ヘッジ手法への応用は彼の研究が初めてとなる.次に,彼は,倒産リスクが存在する金融市場で,倒産を考慮した条件付請求権を株式オプションを用いて静的にヘッジする方法を考案した.これは既存の静的ヘッジ手法の「株式と信用リスクの統一的な評価モデル」(第二部)への拡張であり,株式と信用リスクの市場を横断する新しいヘッジ手法と見ることができる.ヘッジ構築の要点は,株式プット・オプションの行使価格に関する極限を考えることで擬似的なクレジット・デリバティブを複製することにある.数値例では,二つの統合評価モデルを設定して,それぞれ割引社債をヘッジ対象の条件付請求権としたヘッジ・ポートフォリオを組成し,複製精度が高いことを確認した.

最後に,彼は,ボラティリティ変動過程が未知の下で,ヘッジ対象のデリバティブのボラティリティ変動リスクをヘッジする新手法を提案した.特に,まず,「ポリノミアル・バリアンス・スワップ」と呼ばれる新しいボラティリティ・デリバティブを考案し,これを用いて効果的なヘッジ法を開発した.

以上より,山嵜輝君の論文は、博士学位を授与するに十分な水準に達していると審査委員全員一致で判断した.

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