学位論文要旨



No 127717
著者(漢字) 渡邉,麻衣
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,マイ
標題(和) 光化学系複合体の超分子構造
標題(洋) Supramolecular organization of photosystem complexes.
報告番号 127717
報告番号 甲27717
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1130号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池内,昌彦
 岡山大学 教授 高橋,裕一郎
 東京大学 教授 佐藤,直樹
 東京大学 教授 和田,元
 東京大学 准教授 増田,建
内容要旨 要旨を表示する

光合成は、地球上のほとんどすべての生物の生存の根幹を支える重要な反応である。酸素発生型光合成生物は、太陽の光エネルギーを用いて二酸化炭素を固定し、糖やデンプンを合成する。その過程で酸素が発生する。光合成において最も重要な反応が、光エネルギーを化学エネルギーに変換する光化学反応である。この反応を担うのが、光化学系I(系I)と光化学系II(系II)複合体である。それぞれの複合体は、単離、精製され構造や機能が詳しく調べられてきた。系II複合体はシアノバクテリアから高等植物まで単量体と二量体として単離されており、二量体で機能していると考えられている。系I複合体はシアノバクテリアでは三量体、高等植物や緑藻ではアンテナを結合した単量体として機能しているといわれている。しかし、系IIが単量体でも充分な活性を持つことも報告されている。一方、シトクロムb6f複合体は二量体を形成することで、キノン結合部位ができ活性を持つことがわかっている。光化学系ではこのような超複合体構造と機能の関係は明確に解明されていない。また、光化学系複合体は効率的に光を集めるため、多様に進化したアンテナを結合している。アンテナは効率のよい光捕集に非常に重要であるが、光化学系との超複合体は植物や緑藻の研究が主で、シアノバクテリアや他の藻類でのアンテナと光化学系の関係には未知の点が多い。

私は、光化学系複合体の超分子構造と機能の関係を明らかにすることを目指した。これまでの研究では、光化学系複合体が個別の生物からに単離し解析されてきたため、手法や生物のちがいにより、多様性や統一性について充分な理解が得られていなかった。そこで本研究では、光化学系複合体の超分子構造の解析手法を確立し、多様な生物間で比較し、その機能に迫った。

一章では系II複合体の構造を、結晶構造が決定されている好熱性シアノバクテリアThermosynechococcus elongatusを用いて、blue-native 電気泳動 (BN-PAGE) により再検討した。BN-PAGEはタンパク質複合体を単離・精製することなく、複合体構造を調べることができる方法である。少量のサンプルで分析でき、多数のサンプルの比較にも適している。また泳動に界面活性剤を必要としないため、より穏やかな条件で分離できると期待される。界面活性剤ドデシルマルトシドによるチラコイド膜の可溶化条件をBN-PAGEで調べたところ、系IIは二量体と単量体の二つの構造で存在しており、その量比はチラコイド膜の可溶化濃度により変動した。つまり、低濃度の界面活性剤で可溶化すると、単量体が多く二量体は少ないのに対し、高濃度の界面活性剤で可溶化すると、単量体が減少し、二量体が増加した。これは高い濃度の界面活性剤で複合体が解離されやすくなるという通説に反している。すでに決定されている結晶構造によれば、単量体同士の接着面には脂質分子も存在しているので、この脂質のドデシルマルトシドへの置換が二量体の安定化につながったと解釈できる。また、二量体の境界面に存在するPsbTc、PsbMサブユニットの破壊株では、二量体が減少した。これらの結果は、チラコイド膜ではPsbTcやPsbMなどのサブユニットとともに脂質が単量体間の接着に関わっていることを示している。系IIの二量体構造はその活性に必須ではないが、安定化に必要なものとして進化的に保存されていると考えられる。

二章では、系I複合体の超分子構造を生物間で検討した。これまで「系IIは、シアノバクテリアから植物の全てで二量体、系Iはシアノバクテリアでは三量体、植物、緑藻では単量体」と信じられてきた。しかし、複合体構造は一部の種でしか調べられておらず、系I複合体構造の機能の違いや進化はよくわかっていない。常温性シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC6803、糸状性シアノバクテリアAnabaena sp. PCC 7120、シアノバクテリアに近い真核藻類である原始紅藻、灰色藻の複合体構造を系I三量体の結晶構造が明らかになっている好熱性シアノバクテリアT. elongatusと比較した。BN-PAGEの結果、系I複合体のサイズは種によって多様であった。三量体化を阻害すると考えられるサブユニットを持たない原始紅藻の系Iは三量体ではなく、系I型光捕集クロロフィル複合体(LHCI)を結合した単量体を形成した。LHCIを持たない灰色藻の系Iは三量体でも単量体でもなく、四量体であった。また、三量体だと思われたAnabaena 7120の系I複合体も四量体であった。これまで、シアノバクテリアの系Iは三量体で機能していると考えられており、これは新規の構造である。系Iサブユニットのうち四量体構造に対応するものとして、PsaLおよびPsaIだけがAnabaenaの仲間だけ特異な系統を示すことを見いだした。また、灰色藻の系I複合体がAnabaena 7120と同じく四量体であったことは、四量体を持つシアノバクテリアが葉緑体の祖先であることを示唆しているかもしれない。アンテナである、LHCIが出現することにより系I複合体は三量体から単量体になり、その後単量体を安定に保つために新たなサブユニットが出現したのではないかと考えられる。

BN-PAGEにより、系I複合体の構造が種によって異なることがわかった。特に、Anabaena 7120や灰色藻で見られた四量体構造はこれまでに報告のない新たな超分子多量体構造であった。四量体の単粒子解析を行うため、単離方法の検討を行った。ショ糖密度勾配遠心法の条件を改良することにより、系I四量体を単離することに成功した。現在、単粒子解析を行っているところである。

三章では、ショ糖密度勾配遠心法により新たに得られた、系I・フィコビリソーム超複合体の解析を行った。ショ糖密度勾配遠心法は分離媒体による希釈効果が大きいため、界面活性剤の添加が必須であるが、電気泳動と違って溶液の組成に制限が少ないことが利点である。私はこの分離法を検討することによって、二章で述べた四量体よりもさらに大きな超複合体の単離に成功した。この超複合体は、系I複合体のサブユニットに加え、アンテナであるフィコビリソーム(PBS)の色素結合タンパク質CpcA、CpcBとリンカータンパク質CpcG3を含んでいた。通常のPBSは主にフィコシアニンを結合するロッドと、アロフィコシアニンを結合するコアからなる。しかし、系I超複合体にはPBSのコアを構成するサブユニットは含まれていなかった。CpcG3はPBSのリンカータンパク質の一つであるロッドコアリンカーであるといわれているが、通常のPBSには含まれておらず、これまでCpcG3の実体は疑問視されていた。超複合体の吸収スペクトルを測定したところ、PBSのロッドの色素であるフィコシアニンの吸収が確認できたがアロフィコシアニンの吸収はなかった。低温蛍光スペクトルにより、フィコシアニンから系I複合体へのエネルギー伝達が確認できた。これらの結果から、CpcG3とフィコシアニンを含むロッドが系Iのアンテナとして機能していることが示唆された。特異的抗体により、CpcG3の局在を調べたところ、CpcG3は系Iの超複合体でのみ検出された。このことは、CpcG3が系Iの特異的アンテナであることを示している。CpcG3はC末端に疎水性の領域をもっており、それによりPBSロッドを系Iに直接結合していると考えられる。本研究により、CpcG3がロッドとコアを結合するリンカーではなく、ロッドを膜に存在するタンパク質に結合するロッド-膜リンカーであることが示された。そのため、CpcG3をCpcLと命名した。先行研究において、シアノバクテリアにおける系I複合体の特異的アンテナとして、Synechocystis 6803でもAnabaena 7120と同様のアンテナの存在が示唆されている。しかし、系I複合体との超分子複合体は得られておらず、実体は不明であった。本研究は、光化学系とPBSの超複合体を単離した初めての例である。

Anabaena7120は窒素欠乏時に、窒素固定に特化した細胞であるヘテロシストを分化させる。窒素固定を行うニトロゲナーゼは酸素に弱いため、ヘテロシストには系IIがなく嫌気的で、系IによりつくられるATPによって窒素固定が進行する。そのため、ヘテロシストにおいては他の細胞よりも系Iの活性が重要であると考えられた。ヘテロシストを単離しCpcLを検出したところ、CpcLの割合が増加していることが確認された。このことは、系Iとアンテナの超複合体が窒素固定に重要な機能を持つことを示唆している。cpcL破壊株、大量発現株の作製を行うことで、ヘテロシストにおける窒素固定反応へのフィコビリソームの貢献の検証を現在進めている。

審査要旨 要旨を表示する

光合成の明反応を行う光化学系複合体は光エネルギーの吸収と伝達、電荷分離と電子伝達という高度に組織化された色素と膜タンパク質からなる複雑なシステムである。その構造は近年の結晶構造解析により明らかになってきたが、その一方で、チラコイド膜内でこれらが超構造をとっていることも示唆されてきた。しかし、膜タンパク質の超構造の詳細な研究は少なく、普遍性や進化、機能との関連などわかっていないことが多い。本研究では、このような問題意識をもって、超構造の解析法の改良を含めて網羅的に研究した。論文の第1章では、好熱性シアノバクテリアの光化学系複合体をブルーネイティブ・ポリアクリルアミドゲル電気泳動法で解析し、光化学系II複合体の超構造を明らかにし、第2章では、この手法を多くの種類に適用し、光化学系I複合体の四量体構造を発見し、第3層では窒素固定型シアノバクテリアの光化学系Iとフィコビリソームの超複合体を単離同定した。研究の詳細は以下の通りである。

第1章では、光化学系I、系II複合体の結晶構造がすでに決定されている好熱性シアノバクテリアThermosynechococcus elongates BP-1を用いて、ブルーネイティブ・ポリアクリルアミドゲル電気泳動法の手法と光化学系複合体の超構造を検討した。界面活性剤ドデシルマルトシドの濃度にかかわらず、系Iはすべて3量体であったが、系IIは低濃度で単量体が多く、高濃度で二量体が増加するという予想外の傾向を見出した。また、結晶構造の二量体境界面に存在するPsbTcやPsbMサブユニットの遺伝子破壊株を解析し、単量体の増加を確認した。これは、二量体が本来の構造であることを示唆している。結晶構造によれば、脂質とともに界面活性剤もタンパク質の表面の凹所にはまり込んでいる。そのため、高濃度では分子サイズが小さい界面活性剤が脂質を置換して二量体を安定化することが考えられる。つまり、可溶化する際に単量体もしくは二量体として単離されたが、本来の光化学系II複合体はゆるい二量体構造をとっているというまったく新しい超構造を提案した。このような系IIの超構造は、ダイナミックな光損傷と修復サイクルと関係があるかもしれない。

第2章では、前章で確立したブルーネイティブ・ポリアクリルアミドゲル電気泳動法を用いて、他のシアノバクテリアや真核藻類の光化学系複合体の超構造を解析した。窒素固定型シアノバクテリアAnabaena sp. PCC 7120と灰色藻Cyanophora paradoxa NIES-39は光化学系Iが四量体と二量体に分離され、多くのシアノバクテリアで知られている三量体構造をとらないことが示された。この四量体は、共同研究で単粒子解析によって、二量体が2個つながった環状の超構造であることが示された。また、原始紅藻Cyanidioschyzon merolae 10Dの系Iは光補集クロロフィル複合体と結合した2種類の単量体を形成しており、二量体も少量確認された。これは光捕集クロロフィル複合体との結合が系I四量体を不安定化したことを示唆しており、藻類の光化学系I超構造としては、Anabaenaと似た四量体を基盤として進化してきたと推測される。一方、光化学系II複合体は、Anabaena、Synechocystis、Cyanophora、Cyanidioschyzonのどの場合も、界面活性剤の濃度が高いとき、二量体構造が安定化されることを明らかにした。これは、光化学系複合体のゆるい二量体構造が普遍的なものであることを強く示唆している。

第3章では、前章で分離したAnabaenaの系I四量体を溶液で単離するため、ショ糖密度勾配遠心法を検討した。膜タンパク質分離で通常用いられる濃度よりはるかに低い濃度(ドデシルマルトシド0.01%)にて、四量体のバンドの下にさらに大きな超複合体が得られた。そのタンパク質を分析し、系Iのほぼすべてのサブユニットとともに、フィコビリソーム形成するCpcB、CpcA、CpcG3(CpcLと改名)、CpcCが検出された。このうちCpcB、CpcA、CpcCはフィコビリソームのロッド部分を構成する成分として知られていたが、CpcLはこれまで報告されたロッドとコアからなる典型的なフィコビリソームの画分には存在せず、今回初めて発見された。CpcLのC末は疎水性領域が存在するので、この領域で系Iの電子受容側に特異的に結合していると推定される。この超複合体含まれるフィコビリン色素を励起して系Iのクロロフィルへのエネルギー移動を確認した。また、Anabaenaは窒素固定条件でおもに系Iをもったヘテロシストを分化するので、ヘテロシストと栄養細胞を分離した。その結果、ヘテロシストにはCpcLが濃縮されていることがウェスタン解析で示された。窒素固定に必要なATPは系Iのまわりの環状電子伝達によって供給されると考えられるので、系IにCpcLを結合したフィコビリソームのロッド部分が特異的なアンテナとしてはたらいていることが期待される。

以上、本研究は光化学系II複合体が特殊なゆるい二量体構造を普遍的に形成していること、Anabaenaや灰色藻の光化学系I複合体が四量体構造をとること、さらにAnabaenaではこの光化学系I複合体四量体とCpcLを結合したフィコビリソームが超複合体を形成し、とくにヘテロシストに濃縮されていることを明確に示した。これらの結果は、これまで見逃されてきた光合成の光化学系複合体の超構造の実体と生理的意義を示唆するものとして、光合成の基礎研究と応用研究の両面で大きな貢献をするものと認められる。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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