No | 127718 | |
著者(漢字) | 相原,祐子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アイハラ,ユウコ | |
標題(和) | マウス胚性幹細胞から神経堤細胞への分化誘導法の確立と神経堤細胞の分化制御因子の解析 | |
標題(洋) | Establishment of the neural crest cell induction system from mouse embryonic stem cells and analysis of regulatory factors in neural crest differentiation | |
報告番号 | 127718 | |
報告番号 | 甲27718 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第1131号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 神経堤は脊椎動物に特異的な細胞集団で、発生中の胚で神経外胚葉と非神経外胚葉の境界に形成され、胚全体へ遊走する。神経堤細胞は、末梢神経や平滑筋、骨や軟骨など多くの細胞種へ分化する。こうした神経堤細胞の形成不全により、ヒルシュスプルング病等の重篤な神経堤症が発症することが明らかとなっている。神経堤症の発症メカニズムの理解と治療法の開発のためには、神経堤細胞の分化制御機構の解明が重要である。しかし、神経堤細胞の詳細な分化制御機構については十分に解明されていない。一方、マウス胚性幹(ES)細胞は、その多能性から分化研究に用いられており、ES細胞から神経堤細胞の分化誘導法の開発は神経堤細胞の分化制御機構の解明に有用と考えらえる。しかし、従来のES細胞の培養には、血清やフィーダー細胞、細胞塊の形成が必要であり、分化過程の解析が困難であった。これらを用いない分化誘導法の使用が可能となれば、神経堤細胞の詳細な分化制御機構の解明が期待される。そこで本研究では、神経堤細胞の分化制御因子を解析するため、血清やフィーダー細胞、細胞塊の形成を用いないマウスES細胞からの神経堤細胞の分化誘導法を確立することを目的とした。 はじめに、無血清単層培養系によるマウスES細胞から神経堤細胞の分化誘導法の検討を行った。ES細胞を無血清単層で培養を行うため、無血清培地中で培養細胞の足場となる細胞外マトリックスの選択を行った。その結果、ラミニン上で培養することで細胞が高効率に生存可能であることが示され、これを用いて培養を行うこととした。次に、分化制御因子の解析を可能とするため、発生段階と同様の過程を経て分化誘導する条件を検討することとした。神経堤細胞は、発生段階において内部細胞塊から原始外胚葉、神経外胚葉を経て分化する。そこで、マウスES細胞をこれら神経方向へ分化誘導するため、神経分化への関与が報告されているFGF2を添加して培養を行い、遺伝子発現量の変化を定量的RT-PCR法により解析を行った。その結果、添加2日後には原始外胚葉マーカーであるFGF5の発現量の増加が認められた。神経外胚葉で発現しているマーカー遺伝子Nestin, Musashi1の発現量変化を検討したところ、4日後で顕著に増加することが示された。以上の結果から、ES細胞を無血清単層培養系にてFGF2添加条件下で培養を行うことで、ES細胞から原始外胚葉を経て神経外胚葉へ分化誘導可能なことが示唆された。さらに、神経外胚葉から神経堤細胞へ分化誘導するため、FGF2を添加して4日間培養した細胞に、FGF2と共に各種成長因子を添加して神経堤細胞マーカーの遺伝子発現量を解析した。その結果、BMP4を添加して2日間培養することで、AP2α, P0などの神経堤細胞マーカーの発現量が増加することが明らかとなった。この誘導した細胞が神経堤由来の細胞種への分化能を持つか検討したところ、シュワン細胞、末梢神経、平滑筋、骨、軟骨、脂肪細胞へ分化可能であることが示唆された。このことから、誘導した細胞が神経堤細胞へ分化したことが示された。さらに、神経堤細胞のマーカー遺伝子であるP0が発現するとEGFPを発現して神経堤細胞を標識するP0-Cre/CAG-CAT(loxP/-)-EGFP トランスジェニックマウス由来のES細胞を樹立した。この細胞を無血清単層培養による神経堤細胞の分化誘導条件で培養したところ、P0の発現がEGFPにより認められた。このことから、FGF2とBMP4による神経堤細胞の分化誘導条件は、樹立した別種の細胞においてもES細胞から神経堤細胞へ誘導可能な条件であることが示された。以上より、無血清単層培養条件で発生段階と同様の過程を経る神経堤細胞の分化誘導法を確立した。 次に、確立した分化誘導法を用いて神経堤分化制御因子の解析を行った。上記で確立した神経堤細胞の分化誘導法を用い、神経堤細胞の分化制御に関与する因子の探索を行った。確立した方法ではES細胞は神経方向(神経外胚葉)へと分化した後、BMP4を添加することで、神経堤細胞へと誘導される。そこでBMP4添加後の遺伝子発現量の変化をマイクロアレイにより網羅的に解析したところ、53遺伝子は、添加1時間後から8時間後まで持続的に遺伝子発現の増加が認められ、この中から核内での機能が予測される27因子を選出した。この内、神経堤形成に関与することが報告されていない5個を候補因子として選出した。この候補因子の中からデータベース検索により、遺伝子発現パターンと遺伝子欠損による表現型が神経堤分化制御因子と類似するforkhead box F2 (Foxf2) を選出した。Foxf2は、変異マウスでヒトの神経堤症と同様の表現型が認められ、神経堤細胞の形成に機能している可能性が考えられた。Foxf2が神経堤細胞分化の早期で機能する可能性を検討するため、確立した分化誘導法でFoxf2と早期神経堤分化制御因子AP2αの遺伝子発現量の比較を行った。その結果、Foxf2の遺伝子発現がAP2αより先に増加し、Foxf2が早期で機能する可能性が考えられた。次に、Foxf2の神経堤細胞の分化における機能について解析するため、Foxf2の発現をRNA干渉法により阻害したマウスES細胞を作製し、確立した分化誘導法を用いて神経堤細胞の分化への影響を検討した。AP2αの遺伝子発現量の変化を解析した結果、Foxf2の阻害を行った細胞でAP2α の発現量の減少が認められた。そこで、下流の神経堤マーカー遺伝子の発現への影響を免疫染色法により検討を行った結果、Foxf2を阻害した細胞で神経堤マーカー遺伝子の発現の減少が認められた。このことから、Foxf2は早期の神経堤分化制御因子AP2αと下流の神経堤マーカー遺伝子の発現に必要であることが示された。さらに、遊走性神経堤細胞の形成に関与するSnail と Twistの遺伝子発現量の減少も認められたことから、遊走能についての検討を行った。実際に、阻害を行った細胞では遊走性の細胞数の減少が認められ、遊走性の神経堤細胞の分化にFoxf2が関与することが示唆された。さらに、神経堤由来の細胞種である末梢神経への分化誘導を行ったところ、Foxf2の阻害により神経へ分化しないことが示された。このことから、Foxf2は、神経堤由来の細胞種への分化能を持つ神経堤細胞の形成に必要であることが示唆された。最終的に、生体内におけるFoxf2の遺伝子発現を確認するため、脊椎動物のモデル動物であるカエル (Xenopus laevis) 胚を用いたRT-PCR法とwhole mount in situ hybridization(WISH)による遺伝子発現解析を行った。その結果、神経堤分化の早期の段階である原腸胚期から遺伝子の発現が認められ、予定神経堤形成領域に局在することが示された。この発現パターンはAP2αと類似しており、Foxf2が神経堤細胞の分化の早期に機能することが示唆された。まとめると、確立した誘導法を用いることにより、新規の早期神経堤分化制御因子Foxf2を見出した。すなわち、このことからも、確立した誘導法は神経堤分化制御機構を解明に有用であるということが示された。 以上より、本研究では神経堤分化制御機構のさらなる知見を得るためES細胞から神経堤細胞を無血清単層で分化誘導する手法を確立し、新規の神経堤分化制御因子Foxf2を見出した。また、Foxf2の神経堤症発症との関連が示されたことから、本誘導法は神経堤症に関連する因子を見出すことが可能な誘導法であり、こうした因子の制御機構や神経堤症発症メカニズムの解明に有用であると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究では、研究神経堤細胞の分化制御因子の解析を可能とするES細胞から神経堤細胞への分化誘導法を確立し、この方法を応用して新規の神経堤細胞分化制御因子の解析を行っている。 神経堤細胞は脊椎動物に特異的に存在する細胞で、個体を構成する多くの細胞種へ分化することが知られている。このため、神経堤の形成不全に起因する疾患が報告されている。こうした疾患の発症メカニズムの解明や治療法の開発のためには神経堤細胞の分化制御機構の解明が重要であるが、神経堤細胞は一過的に出現する細胞であることからその研究は難しく詳細な分化制御機構については十分に解明されていない。近年、分化制御機構を知るためのモデルとしてES細胞を用いた分化誘導法が報告されており、論文提出者は、本研究の1章で神経堤細胞の分化制御機構の解明を目指して神経堤細胞の分化誘導法の確立を行っている。さらに、2章では本研究で確立した方法を用いて、神経堤由来組織の疾患と関連する新規の早期神経堤分化制御因子を見出している。 第一章では神経堤細胞の分化制御機構の解析を可能とする神経堤細胞の分化誘導法の確立を目指して、ES細胞から神経堤細胞の分化誘導条件の検討を行っている。始めに、ES細胞を用いた分化制御機構の解析を阻害する要因として血清の添加や他の細胞との共培養、細胞塊の形成を想定し、これらを用いない条件でES細胞を神経堤細胞へ分化誘導する方法を検討している。化学的既知因子のみで構成される無血清培地中で、培養容器にES細胞を単層に接着させて培養する条件として、足場となる接着因子の検討を行った。その結果、ラミニンが無血清単層培養条件下で最も高効率に生存し神経方向への分化に適していることを見出した。次に、この条件下で神経堤細胞への分化誘導因子の検討を行った結果、ES細胞はFGF2により神経堤細胞の前段階である原始外胚葉、神経外胚葉への分化誘導され、この細胞にBMP4を添加することで神経堤細胞へ分化誘導されることを見出した。これらの結果は、ES細胞を用いた分化制御機構の解析を阻害する要因を排除し、生体の発生過程に基いた神経堤細胞の分化誘導を可能としており、神経堤細胞の分化制御機構を明確に解析する方法を確立したという点において意義がある。 第二章では、本研究で確立した分化誘導法を応用して、神経堤分化制御因子の解析を試みている。神経堤細胞は、発生中の胚において神経外胚葉と表皮外胚葉の境界領域に形成されるが、そこでどのような因子が神経堤細胞への分化の開始を制御しているのか十分にわかっていない。このような早期の神経堤分化制御因子を解析するため、本研究で確立した分化誘導法を用いて発現量が増加する遺伝子の網羅的解析を行っている。その結果、早期から発現する新規の神経堤分化制御因子を見出した。この神経堤分化制御因子のノックダウンES細胞を樹立し、神経堤細胞への分化への影響を解析しており、神経堤細胞への分化に必要であることを明らかにした。また、早期の神経堤領域の観察が容易なアフリカツメガエル胚を用いた時空間的な遺伝子発現解析を行った結果、神経堤形成の早期から神経堤領域で発現していること見出した。また、博士論文提出者は、文献調査により同定した遺伝子の変異マウスの表現型と神経堤症の症状との類似性を見出している。これらの結果は、1章で確立した in vitroの分化誘導法を用いた網羅的発現解析とin vivo の時空間的発現解析を組み合わせることにより、新規の早期神経堤分化制御因子を見出すことを可能としており、これまで解析の進んでいなかった早期の神経堤細胞分化制御機構の解析と神経堤症関連因子の研究への応用の可能性を示した点において意義がある。 本研究は、神経堤細胞の分化制御機構を明確に解析可能なES細胞から神経堤細胞への分化誘導法を確立し、神経堤細胞の早期分化制御と神経堤症に関わる新規因子を見出したことから、神経堤細胞の分化制御機構の解明と神経堤形成不全に起因する神経症の研究への応用を可能としたという点で評価できる。従って、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいと認定する。 | |
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