学位論文要旨



No 127725
著者(漢字) 長柄,雄介
著者(英字)
著者(カナ) ナガラ,ユウスケ
標題(和) 細胞接着分子CADM1のADAM10とγセクレターゼによる分解
標題(洋)
報告番号 127725
報告番号 甲27725
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1138号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 村田,昌之
 東京大学 教授 松田,良一
 東京大学 准教授 佐藤,健
 東京大学 准教授 坪井,貴司
内容要旨 要旨を表示する

【研究の背景と目的】

私の研究対象であるCADM1(Cell adhesion molecule 1)は、多様な機能を持つ接着分子であり、アポトーシスの誘導、がんの抑制をはじめとした多くの現象への関与が報告されている。

非小細胞肺癌の11番染色体長腕上のLOH(Loss of heterozygosity)の発見を受け、ヌードマウスへの腫瘍形成を抑制する配列を同染色体領域から絞り込んだ結果、CADM1遺伝子が同定された。以降、肺がんのほか、すい臓がん、前立腺がんなど多種のがんにおいて、CADM1がプロモーターのメチル化などによって発現抑制されていることが報告されている。逆に、成人T細胞白血病の白血病T細胞において特に発現が強まる遺伝子としても見出され、CADM1の過剰発現は白血球の血管内皮細胞への接着を強め、ヌードマウスで臓器への浸潤を促進するという報告もなされた。CADM1というひとつの分子が、がんの種類によって抑制と悪化という逆方向に寄与しうるという点は興味深い。

CADM1は肺、精巣、マスト細胞、脳などで強く発現しており、ノックアウトマウスがオスの精子形成不全により不妊となること、マスト細胞の生存に寄与し、マスト細胞と神経の結合を媒介すること、ニューロンのシナプス形成を誘導し、自閉症の家系においてCADM1遺伝子に変異が見られることなどが報告されており、不妊、アレルギーなどのマスト細胞機能や神経原性炎症、神経発生など、がん以外においても重要な分子と考えられている。

CADM1は免疫グロブリンスーパーファミリーに属する膜貫通型タンパク質であり、細胞レベルでの機能としては、細胞間接着能を持つこと、細胞増殖を遅くすること、カスパーゼによるアポトーシスを誘導することなどが示されている。細胞増殖や細胞死に関連する機能にはCADM1細胞内ドメインが必須とわかっており、細胞内ドメインへの結合タンパク質もいくつか見つかっている。がんに関しては、これら全体から、細胞外ドメイン同士の接着により上皮の接着状態を保持し、同時に細胞内ドメインからのシグナルにより増殖を抑制し細胞死を誘導することで、上皮性のがんの悪化を食い止めていると考えられている。

しかし、これらの研究はこれまで、常に全長のCADM1が接着因子として働くという観点でのみ研究されてきた。しかし、共同研究を行っている近畿大学医学部伊藤教授らの最近の研究により、CADM1がSheddingされることがわかり、新たな生理機能が示唆された。

Sheddingとは膜貫通型タンパク質がプロテアーゼによる切断を受けて細胞外ドメインを遊離する現象のことであり、活性型リガンドの分泌、細胞接着の抑制、Sheddingに続いて起きるもうひとつのプロテオリシスであるγセクレターゼによる切断を経た核へのシグナル伝達などを引き起こすことがわかっている。Sheddingは発生や疾病に広く関与する重要な現象であり、欠損させると胎生致死となるShedding酵素もいくつか知られている。

Sheddingを行う酵素としてよく知られているのはメタロプロテアーゼやセリンプロテアーゼであり、その中でもADAMファミリーメタロプロテアーゼに代表される膜貫通ドメインを持つメタロプロテアーゼは主要なShedding酵素として最もよく知られている。

CADM1に起きるSheddingは、CADM1の細胞接着能だけでなく、シグナル伝達を介してアポトーシス誘導などの機能も調節する可能性があるため、CADM1のSheddingメカニズムの解明はCADM1機能のより深い理解につながり、例えばプロテアーゼ阻害剤によるがん治療の研究にもつながる。Sheddingにより分泌されるCADM1細胞外ドメインの機能も未知であるが、CADM1による細胞接着を競合的に阻害したり、生理活性断片としての新たな機能を獲得したりしている可能性がある。

以上のような背景で私はSheddingをはじめとするCADM1のプロテオリシスに興味を持ち、プロテオリシスの機構とそれらを担う酵素の性質とを明らかにすることを目的として研究を行った。

【結果と考察】

本研究では、Sheddingとγセクレターゼによる切断という、CADM1の機能調節または機能発現に重要と考えられるプロテオリシス機構にはじめて着目し、その一端を解明した。また、γ切断産物であるCADM1-ICDを初めて見出し、その局在を調べ、細胞死誘導における機能を評価した。

CADM1に起こるプロテオリシスの確認

まず、CADM1にどのようなプロテオリシスが起きているかを調べるため、CADM1発現細胞のウエスタンブロッティングによりCADM1の断片を確認した。90 kDa前後に現れる全長CADM1のほかに、17 kDa付近と35 kDa付近にShedding産物のバンド(それぞれαCTF、βCTFと呼ぶ。CTF; C-terminal fragment)が得られた。また、多くの膜タンパク質のSheddingを促進する薬剤としてフォルボールエステルであるPMAが知られているが、βCTFの量はPMA処理に依存しないのに対し、αCTF量はPMA処理により増加した。また、培養上清中にはα切断によりαCTFと同時に生じるαNTFが分泌されることを確認した。

以上の結果から、CADM1はSheddingによりαCTFとβCTFへと分解され、αCTFと同時にα切断により産生されるαNTFは細胞外に分泌され、α切断はPMA依存的に促進されることが示唆された。

また、CADM1のβ切断とリソソーム分解経路の関連を検討するため、リソソーム酵素群の阻害剤を用いて細胞内のβCTF量への影響を評価した。しかし、βCTFだけでなくCADM1とαCTFも同様に細胞内に蓄積したため、β切断が特にリソソーム分解経路上で起こるとは考えにくい。

α切断は膜画分系でも起こり、メタロプロテアーゼ阻害剤により阻害される

膜画分インキュベーションによるCADM1 Shedding検出系を用いて、プロテアーゼ阻害剤感受性を検討した。CADM1のα切断はメタロプロテアーゼが担うことがわかった。α切断は多くの膜貫通型タンパク質について知られているメタロプロテアーゼによるShedding様式をとっていると考えられる。

CADM1の内在性のSheddingはADAM10に依存する

膜画分を用いた系の結果からメタロプロテアーゼによると考えられたα切断について、培養細胞系を用いてさらに検討した。siRNAを用いた実験の結果、恒常的なSheddingとPMA誘導性のSheddingは共にADAM10に依存することが明らかになった。

CADM1のαCTFはγセクレターゼによりICDへと切断される

次に、γセクレターゼ切断について、阻害剤とノックアウト細胞を用いて検討した。PMAによる前処理で細胞質側α切断断片産生を刺激したあと、細胞をγセクレターゼ阻害剤DAPTまたはL-685,458で処理したところαCTFの蓄積が観察された。この結果を受け、Tris-tricine SDS-PAGEとウエスタンブロットメンブレンのボイルを利用してさらに解析を続け、γ切断産物であるICD(intracellular domain)を検出した。ICDはγセクレターゼ阻害剤により消失した。γセクレターゼ活性のない細胞においてもαCTFの蓄積が観察されたことと合わせ、αCTFはγセクレターゼによりICDへと切断されると結論付けた。

ICDの一部は核に局在するが、細胞死を促進する機能は持たない。

γ切断産物はしばしば核に移行して転写調節を行うことが知られている。そこで、ICDが核にも局在するかどうかを細胞分画により調べた。その結果、ICDの一部は核に局在することがわかった。ここから、CADM1も核移行して転写調節などの機能を果たす可能性が考えられた。

さらにγ切断を介したCADM1の機能メカニズムを探るために、CADM1の既知の機能である細胞死の促進能をICDが持つかどうかを検討した。全長CADM1を発現した細胞には細胞死増強の傾向が見られたものの、ICD発現細胞ではそれは見られなかった。細胞種の変更や、評価するフェノタイプを切り替えて、ICDの機能をさらに探索することが求められる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文の研究対象であるCADM1(Cell adhesion molecule 1)は免疫グロブリンスーパーファミリーに属する接着分子であり、アポトーシスの誘導、がんの抑制をはじめとした多くの現象への関与が報告されている。CADM1は肺、精巣、マスト細胞、脳などで強く発現しており、ノックアウトマウスがオスの精子形成不全により不妊となること、マスト細胞の生存に寄与し、マスト細胞と神経の結合を媒介すること、ニューロンのシナプス形成を誘導し、自閉症の家系においてCADM1遺伝子に変異が見られることなどが報告されており、不妊、アレルギーなどのマスト細胞機能や神経原性炎症、神経発生など、がん以外においても重要な分子と考えられている。

このCADM1がSheddingされる可能性が最近明らかになり、新たな生理機能が示唆されている。CADM1に起きるSheddingは、CADM1の細胞接着能だけでなく、シグナル伝達を介してアポトーシス誘導などの機能も調節する可能性があるため、そのメカニズムの解明はCADM1機能のより深い理解につながる。Sheddingにより分泌されるCADM1細胞外ドメインの機能も未知であるが、CADM1による細胞接着を競合的に阻害したり、生理活性断片としての新たな機能を獲得したりしている可能性がある。

以上のような背景で、論文提出者はSheddingをはじめとするCADM1のプロテオリシス機構とそれらを担う酵素の性質とを明らかにすることを目的として研究を行った。

本研究では、Sheddingとγセクレターゼによる切断という、CADM1の機能調節または機能発現に重要と考えられるプロテオリシス機構にはじめて着目し、その一端を解明した。また、γ切断産物であるCADM1-ICDを初めて見出し、その局在を調べ、細胞死誘導における機能を評価した。

まず、CADM1にどのようなプロテオリシスが起きているかを調べるため、CADM1発現細胞のウエスタンブロッティングによりCADM1の断片を確認した。90 kDa前後に現れる全長CADM1のほかに、17 kDa付近と35 kDa付近にShedding産物のバンド(それぞれαCTF、βCTFと呼ぶ。CTF; C-terminal fragment)が得られた。また、多くの膜タンパク質のSheddingを促進する薬剤としてフォルボールエステルであるPMAが知られているが、βCTFの量はPMA処理に依存しないのに対し、αCTF量はPMA処理により増加した。また、培養上清中にはα切断によりαCTFと同時に生じるαNTFが分泌されることを確認した。以上の結果から、CADM1はSheddingによりαCTFとβCTFへと分解され、αCTFと同時にα切断により産生されるαNTFは細胞外に分泌され、α切断はPMA依存的に促進されることが示唆された。

また、CADM1のβ切断とリソソーム分解経路の関連を検討するため、リソソーム酵素群の阻害剤を用いて細胞内のβCTF量への影響を評価した。しかし、βCTFだけでなくCADM1とαCTFも同様に細胞内に蓄積したため、β切断が特にリソソーム分解経路上で起こるとは考えにくかった。

次に、論文提出者は膜画分インキュベーションによるCADM1 Shedding検出系を確立し、プロテアーゼ阻害剤感受性の検討から、CADM1のα切断はメタロプロテアーゼが担うことを明らかにした。

また、培養細胞系を用いたsiRNAによるノックダウン実験の結果、恒常的なSheddingとPMA誘導性のSheddingは共にADAM10に依存することを発見した。

次に、γセクレターゼ切断について、阻害剤とノックアウト細胞を用いて検討した。PMAによる前処理でαCTFの産生を刺激したあと、細胞をγセクレターゼ阻害剤DAPTまたはL-685,458で処理したところαCTFの蓄積が観察された。この結果を受け、Tris-tricine SDS-PAGEとウエスタンブロットメンブレンのボイルを利用してさらに解析を続け、γ切断産物であるICD(intracellular domain)を検出した。ICDはγセクレターゼ阻害剤により消失した。γセクレターゼ活性のない細胞においてもαCTFの蓄積が観察されたことと合わせ、αCTFはγセクレターゼによりICDへと切断されると結論付けた。

γ切断産物はしばしば核に移行して転写調節を行うことが知られている。そこで、ICDが核にも局在するかどうかを細胞分画により調べた。その結果、ICDの一部は核に局在することがわかった。ここから、CADM1も核移行して転写調節などの機能を果たす可能性が考えられた。

さらにγ切断を介したCADM1の機能メカニズムを探るために、CADM1の既知の機能である細胞死の促進能をICDが持つかどうかを検討した。全長CADM1を発現した細胞には細胞死増強の傾向が見られたものの、ICD発現細胞ではそれは見られなかった。細胞種の変更や、評価するフェノタイプを切り替えて、ICDの機能をさらに探索することが求められる。

以上の研究成果により、CADM1が恒常的にもPMA誘導性にもsheddingされ、細胞内と細胞外に断片を生じることと、CADM1のsheddingが膜画分でも再構成可能であることが明らかになった。また、ADAM10がCADM1の恒常的sheddingとPMA誘導性sheddingを行うことが本研究により初めて明らかになった。さらに、CADM1のαCTFがγセクレターゼによりICDへと分解され、ICDの一部が核に局在することも証明された。以上から、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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