学位論文要旨



No 127731
著者(漢字) 齋藤,誠史
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,マサフミ
標題(和) ペルム紀中・後期絶滅境界における環境変化 : 南中国朝天における陸棚斜面炭酸塩岩の層序学的研究
標題(洋) Environmental changes across the Middle-Late Permian extinction boundary : Stratigraphical study on the shelf-slope carbonates at Chaotian in South China
報告番号 127731
報告番号 甲27731
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1144号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯崎,行雄
 東京大学 准教授 小河,正基
 東京大学 教授 伊藤,元己
 東京大学 教授 松尾,基之
 東京大学 准教授 小宮,剛
内容要旨 要旨を表示する

約2億5000万年前の古生代末において,顕生代最大規模の大量絶滅事件が起きた。この事件により浅海棲無脊椎動物種の約90 %が絶滅したとされる。近年この事件は,古生代ペルム紀中-後期(G-L)境界およびペルム紀-三畳紀(P-T)境界における2段階の絶滅事件からなることが明らかにされた。これまで,小惑星衝突・洪水玄武岩噴出にともなう大規模火成活動・浅海域の貧酸素化・全球的寒冷化・プルーム起源の爆発的火成活動などの数多くの地球規模の環境変動が,これら2つの絶滅事件の原因の候補として挙げられてきたが,絶滅の究極の原因はいずれの事件においても明らかにされていない。特に,最初の絶滅事件が起きたG-L境界は,長期的な酸素欠乏事件の開始時期と近接する可能性が指摘されており,古生代末の環境変動を考察する上で極めて重要と考えられる。

近年,このG-L境界直前のペルム紀中期Capitanian期において,汎世界規模の海退事件・海洋の炭素およびストロンチウム同位体比の異常・南中国西部の峨眉山洪水玄武岩の噴出・地磁気の逆転パタンの著しい変化などの複数の特異な地質事件が集中的に起きたことが明らかにされつつある。Capitanian期における地球規模の環境変動が大量絶滅事件を引き起こした可能性が示唆されるが,絶滅を引き起こした環境変動の詳細はいまだ明らかにされていない。

従来のG-L境界層の層序学的研究は,比較的浅い陸棚に堆積した炭酸塩岩や深海底に堆積した深海チャートについてのものが主であった。特に,多光帯直下の少光帯に注目した研究はこれまでほとんど行われていない。G-L境界直前のCapitanian期においてこの少光帯に堆積した地層の詳細な解析は,これまで全く知られてこなかった環境変動の証拠を提供し得ることが期待される。そこで本研究は,良好な層序学的連続性を保持する炭酸塩岩が厚く堆積する南中国地域の中でも,比較的深い堆積相の地層が露出する四川省北部の朝天(Chaotian)セクションに注目し,G-L境界前後の層厚約150 mの地層の詳細な層序の確立を試みた。野外調査および学術ボーリングにより採集した約300個の岩石試料について,研磨スラブおよび約600枚の岩石薄片を作成し,光学顕微鏡の鏡下観察および電子顕微鏡観察に基づく詳細な岩相・化石相の記載を行った。さらに,21層準の岩石試料について全岩主要元素組成の測定,56層準の岩石試料について全有機炭素量(TOC)の測定,185層準の岩石試料について炭酸塩の無機炭素同位体比の測定を行った。以上の岩相・化石相記載および地球化学的分析の結果に基づき,朝天セクションのG-L境界層における堆積相の層序学的変化および絶滅事件前後の環境変化の復元を試みた。この結果,以下の新知見を得た。

1.詳細な岩相・化石相の記載に基づき,朝天セクションのG-L境界直下の地層(層厚約11 m)がCapitanian期の少光帯で堆積した地層であることを明らかにした。この時期の少光帯堆積物の認定は本研究が世界初である。

2.生物擾乱の完全な消失・著しく高いTOC量・顆粒状黄鉄鉱の多産などの証拠に基づき,上述の少光帯の堆積層が貧酸素環境下で堆積したことを明らかにした。G-L境界直前の大陸縁の比較的深い少光帯において,貧酸素水塊が出現したことを明示した例は世界初である。

3.上述の少光帯の堆積層中に,顕生代において極めて特異な炭酸塩の無機的沈殿結晶が多産することを世界で初めて明らかにした。特に,これまで地球史を通じて報告例のなかったフランスパン型の形状をもつ炭酸塩結晶を新たに記載した。

4.詳細な組織の観察から,上述の特異な炭酸塩が初生的に方解石として沈殿したことを実証した。この事実は,この時代に霰(あられ)石を沈殿させやすい海洋が広く存在していたとする従来の定説と合致しない。炭酸塩結晶の沈殿における海水温の重要性を指摘し,このみかけの矛盾が解消可能であることを示した。

5.特異な炭酸塩結晶をふくむ3種類の炭酸塩を識別して,これらの無機炭素同位体比を測定した。この結果,水柱における浅海部と深海部の溶存無機炭素の同位体比の情報を,単一の堆積層中から同時に抽出することに成功した。特に,詳細な岩相・化石相の記載に基づく(1)堆積場の変遷と(2)炭酸塩の起源を明確に考慮することで,海水中における溶存無機炭素同位体比の鉛直分布を考察した。これまで,G-L境界をふくむ古生代およびそれよりも古い先カンブリア時代の化学層序学的研究全般において,単一の堆積層中から過去の海洋中の溶存無機炭素同位体比の鉛直分布を検出した例はなく,本研究が世界初である。

6.上述の特異な炭酸塩の形成メカニズムとして,Capitanian期の海洋において酸素極小層(OMZ)が広範囲にわたり拡大した可能性を指摘した。海洋中の貧酸素水塊の拡大にともない炭酸塩飽和度の鉛直勾配が減少したことが,特異な炭酸塩の沈殿の原因となった可能性が考えられる。

7.以上の証拠および推論をまとめ,Capitanian期およびそれに引き続く古生代-中生代遷移期における地球規模の環境変動を説明する拡大OMZモデルを提唱した。OMZの拡大が長期的に引き続いたことで,古生代末の2段階の大量絶滅事件・深海の貧酸素事件・特異な炭酸塩の沈殿などの複数の地質事件が引き起こされた可能性が考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

古生代/中生代境界では, 史上最大規模の生物多様性の減少が2段階の大量絶滅としておきたが, その原因はまだ特定されていない. 従来の研究は化石を多産する大陸棚の浅海層炭酸塩岩や超海洋中央部の深海チャート層のみを対象としており, その両者間の深度で陸棚外縁および斜面に堆積した少光帯層の情報が欠損していた. 本研究は, その情報欠落を埋めることによって最初の絶滅が起きたペルム紀中-後期(G-L)境界前後の環境変動の解明を試みるものである. 本論文は全6章から構成される.

第1章は先行研究のレビューを通して,研究背景, 手法, 目的,および本論文の構成を説明している.最も好条件の中国南部, 四川省北部に露出するG-L境界層(層厚約150 m)を対象とすること,とくに比較的深い堆積相の地層について詳細な層序の確立を試みることが宣言されている.

第2章では,検討したG-L境界層の詳細な岩相・化石相の記載がなされている.野外調査および掘削により採集した岩石試料を研磨スラブおよび600枚以上の岩石薄片に加工し, 光学・電子顕微鏡観察による詳細な記載をしている.下位から順に浅海生物化石(石灰藻, サンゴなど)を多産する暗灰色塊状石灰岩(茅口層),放散虫・コノドント・アンモナイトなどを多産する黒色-暗灰色泥岩・チャート・石灰岩互層(茅口層最上部),およびG-L境界をはさんで, 石灰藻などの浅海生物化石を多産する石灰岩(呉家坪層)が累重することを記述している. また茅口層や呉家坪層が当時の極めて浅い陸棚で堆積した石灰岩からなるのに対しG-L境界直下のみは特異な深い堆積相の泥岩からなることを記述している.

第3章では,茅口層最上部から多産する特異な方解石結晶について記載している.層厚数 cmの単層内に長さ約300 μmの棒状(フランスパン状)単結晶の集合が産すること, また別形状の2種(芝状および柱状)の方解石結晶の特徴を記載している.産状に基づきこれらの結晶が二次的な続成作用産物ではなく炭酸塩に過飽和な海水から直接晶出した初生的な方解石結晶であると認定している.

第4章ではG-L境界層の構成岩の全岩主要元素組成,全有機炭素量(TOC),炭酸塩の無機炭素同位体比の測定結果を記述している. 21試料について全岩主要元素組成を, 56試料についてTOCの測定,さらに185試料について炭酸塩の無機炭素同位体比の測定を行った結果, 茅口層最上部は主に平均でCaCO3を60.7%またSiO2を27.7%含む泥質炭酸塩岩からなること, また黒色泥岩が9.85%という極めて高いTOC値をもつことを記述している.

第5章ではG-L境界前後の環境変動について以下の考察を行っている.1) G-L境界前後に極めて激しい海水準変動が起きた.2) 茅口層泥岩部のみは貧酸素環境下で堆積した.3) 特異な方解石は少光帯において還元的条件下で晶出した. 4) G-L境界直前の海洋水柱の溶存無機炭酸塩に明瞭な炭素同位体比の鉛直勾配が存在した.5) G-L境界直前の海洋に酸素極小層の拡大がおきた.6) 溶存酸素の少ない海水塊の出現は浅海の生物に大きな影響を与えた可能性がある.

第6章では, 本研究が得た結果に基づき,その成果を箇条書きで簡潔にまとめている.

本研究は,従来見落とされていた陸棚外縁-斜面の少光帯で堆積したG-L境界層に焦点を当てるユニ-クな視点で, 大量絶滅直前におきた重要な海洋環境変化を捉えることに世界で初めて成功している. 特に絶滅に先んずる地層から特異な方解石自生結晶を含む還元環境を示す堆積物の同定方法と考察は, 今後の古環境解析に新見地を切り開いたと言える.

なお, 共同研究に関しては磯〓行雄教授 (東京大学 大学院総合文化研究科),酒井治孝教授(京都大学 大学院理学研究科), 吉田直弘教授・上野雄一郎准教授(東京工業大学 大学院理工学研究科), および姚 建新教授・紀 戦勝教授(中国 地質科学院)との共同研究の成果である.しかし,野外調査および室内分析そして考察は論文提出者が主に行なったもので,論文への貢献は本質的な部分で特に高く,寄与は十分であると審査委員全員が判断した.

以上の理由より,本審査委員会は本論文が博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する.

UTokyo Repositoryリンク