学位論文要旨



No 127740
著者(漢字) 堀金,哲雄
著者(英字)
著者(カナ) ホリガネ,テツオ
標題(和) 反ドジッター時空における超粒子及び超弦の量子化
標題(洋) Quantization of superparticle and superstring in anti-de Sitter spacetime
報告番号 127740
報告番号 甲27740
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1153号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 松尾,泰
 東京大学 准教授 大川,祐司
 東京大学 特任教授 杉本,茂樹
 東京大学 准教授 菊川,芳夫
 東京大学 教授 加藤,光裕
内容要旨 要旨を表示する

超弦理論は、重力を含む自然界に存在するすべての相互作用を統一的に記述し得る枠組みとして、精力的に研究されてきた。弦理論では、1次元的に拡がった弦が基本構成要素であるため、通常の点粒子を基本とした場の理論とは、違った豊かな構造を持っている。その中でも、1997 年にMaldecena によって提唱された、AdS/CFT 対応と呼ばれる予想の検証、理解は重要な課題の1つである。AdS/CFT 対応とは、anti-de-Sitter空間と呼ばれる曲がった時空中の閉じた弦の理論と、共形不変性をもった量子場の理論とが、強/弱結合対応するという驚くべき予想である。すなわち、場の理論の強結合領域における現象を古典重力で記述でき、また弦理論を場の理論の摂動展開によって記述できる、という可能性を示唆している。このことは同時に、両側共に弱結合となる領域が一般的には存在しないため、AdS/CFT 対応の検証やその成立機構の解明が非常に困難であることを意味している。そこで、最も対称性が高い対応例の検証を通してAdS/CFT 対応の理解を深めることを目指して、4 次元のN = 4 SU(N) 超対称ゲージ理論と、5 次元の反ド・ジッター空間AdS5 と5次元球面S5 の直積時空中における超弦理論の解析が盛んに行われてる。

現在、ゲージ理論側においては、摂動展開に基づいた解析が進展する一方で、弦理論側の解析は、古典論、もしくは半古典近似の範囲内に留まっている。弦理論側における困難の主たる要因は、背景時空が曲がっていることと、RR 場と呼ばれるゲージ場との結合項が存在することにある。弦の運動方程式は非線形となり、すべての古典解を構成して正準量子化を実行することは事実上不可能であり、また共形対称性を活用した従来の解析手法も有効ではない。一方で、系にはpsu(2, 2|4) という最も高い超対称性が実現している。また、近年の可積分性と呼ばれる性質に着目したAdS/CFT 対応の研究から、スペクトルがY-system と呼ばれる関数方程式で記述されることが期待されている。この結果自体は、多くの仮定やゲージ理論側の計算を用いており第一原理的ではない。しかし、結果の簡明さを考慮すると、いま考察の対象としているAdS5 × S5 時空中の超弦理論に関しては、系の対称性や可積分性を活用することで、量子化を厳密に遂行でき、スペクトルなどの物理量を計算できる可能性が高まっている、と言える。

そこで、本論文では運動方程式の非線形性に起因する困難を回避し、かつ系の対称性を活用して量子論を構成するために、Hamilton 形式を用い、phase space 中で超弦の量子化を試みた。この定式化は、系の時間発展演算子が対称性代数に含まれている場合に有効であり、AdS5 × S5 時空中の超弦理論も含まれている。量子化は古典論における括弧積を交換関係に置き換えることで達成される一方、系の時間発展が非線形なハミルトニアンによって引き起こされることになる。量子化に際して、ハミルトニアン内に存在する演算子積の順序を指定する必要が生じるが、psu(2, 2|4) 代数という高い超対称性の実現を要請することで決定できるのではないか、と期待できる。また、一度正しい演算子の表式が得られたなら、超対称性を多く保った状態などを、個別具体的に解析する道が開けることになる。

以上の動機のもと本論文で具体的に行った解析について大別すると、以下の3つに分けることができる;

1. 古典的な超弦の運動のphase space における定式化。

2. 超粒子の量子化と厳密なスペクトルの導出、相関関数に対する予想。

3. 3通りの正則化方法を用いた超弦の量子化の試み。

まず、2章においてAdS/CFT 対応の簡潔な紹介を行った後、3章でAdS5 × S5 時空中の超弦の古典的な運動をphase space で定式化した。一般的な手順は周知のことであるが、今対象としている系に適用すると、極めて煩雑な計算が必要となり、実行不可能である。そこで本論文では、従来の計算方法と実質的に等価な別の計算方法を考案して、括弧積及びpsu(2, 2|4) Noether charge を求めた。結果自体は先行研究と重複する点もあるが、作用を出発点とした第一原理的な計算を可能にした点と、Noether charge すべての具体的な表式を得た点が重要な相違と言える。

3章における古典的な解析をもとに、4章においては超弦の一部の自由度である、超粒子の量子化を行った。有限自由度であるため、psu(2, 2|4) 代数の成立を要請することで演算子順序が決定できる。系のスペクトルを求めるには、エネルギー演算子を対角化する必要がある。代数の構造から、実は、superconformal primary state と呼ばれる特別な演算子で消える状態のみを求めればよいことが示せる。本論文では、この操作を実行し、すべてのエネルギー固有値、固有状態の波動関数を求めた。結果は、超重力理論を用いた場の理論的な計算結果と一致している。最後に、我々の第一量子化の定式化を用いて相関関数の構成を議論した。とくに、2つの演算子が空間的に離れている場合には物理的に妥当な結果を得ることに成功した。

4章におけるスペクトルの導出等の成功を基に、5章においては、超弦の量子化を試みた。粒子の場合と異なり、系が無限の自由度を持つため適切な正則化を行うことが必要となる。本論文では、phase space normal ordering, massless normal ordering, bit model という3通りの方法を試みている。しかし、残念ながらいずれの方法でも物理的な解を得ることができなかった。

6章では本論文のまとめと、今後の展望について述べた。超粒子に限れば、多点関数を第一量子化の手法で定式化することが重要な課題と思われる。超弦の量子化に関しては、他の正則化方法を探るとともに、系が可積分性を持っていることを定式化、活用することが有効と思われる。

審査要旨 要旨を表示する

この学位論文では、反ドジッター空間における超粒子と超弦の量子化が議論されている。反ドジッター空間とは最近急速に発展している重力と共形場理論の双対性で基本的な役割を果たす曲がった時空である。その空間における超粒子などの量子化は双対性の理解において基礎的な重要性を有すると考えられる。

堀金氏の学位論文は本文の6章といくつかの補遺よりなる。第1章は一般的な導入であり、本論文の超弦理論における意義付けや章立ての説明などがなされている。第2章はAdS/CFT対応と呼ばれる、重力理論と共形場理論の間の双対性のレビューであり、超重力理論におけるBPS状態のスペクトルや相関関数など、本論文で別の方法で導かれる先行研究の結果がまとめられている。第3章から第5章が本論文で導かれたオリジナルな結果であり、第6章では結論と今後の研究の課題などが述べられている。

まず、第3章ではこの論文の研究対象である反ドジッター空間における超弦の作用が考察されている。最初にこの空間の対称性であるpsu(2|2)代数の構造を具体的に述べたあと、反ドジッター空間をこの超代数の商空間として定義し、超弦の作用を書き下している。元々の力学変数は大変煩雑であるが、この作用にはカッパ対称性という局所的な対称性があり、それを用いることにより力学変数を制限し、簡単化することができる。この簡略化された力学変数に対して相空間の構造を定義し、古典的なポアソン括弧式が定義されている。この際、上で述べた力学変数の制限と矛盾を起こさないように括弧式を定義するのは非自明であり、この論文ではLagrange括弧式の手法を用いて問題が解決される。さらに対称性を生成するチャージが定義されている。

次に第4章で反ドジッター空間中の超粒子の量子化が導かれる。前の章で古典的な括弧式が導かれているので、それを矛盾のない形で量子化するのが非自明な部分である。特に対称性を生成するチャージの交換関係が正しい超代数を導くことが確認されている。この構成により超粒子のHilbert空間が具体的に導かれ、第2章でレビューされた超重力から導かれるスペクトルとの一致が導かれる。チャージの構成などについては先行研究もあるが、全てのチャージをあからさまな形で導いたところやHilbert空間の具体的な構成を行った点がこの研究の新しい点である。さらにこの章では超粒子の相関関数も計算され、先行研究との一致が部分的にではあるが確認されている。

最後に第5章では超弦の量子化について考察がなされている。保存チャージの形が非常に複雑であるため、この問題については大きな困難があり、この論文でも解決はされていない。ただ、解決に向けたいくつかのアイディアとその問題点についてまとめられている。

上でも述べたとおり反ドジッター空間は超弦理論の双対性を理解する上で基本的な役割を果たしている空間であり、その空間における超粒子や超弦の量子化を直接計算することは、超弦理論の基礎研究として意義がある。この研究は風間洋一教授との共同研究であるが、具体的な解析に関して本人が十分な寄与を与えていることが確認できた。

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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