学位論文要旨



No 127750
著者(漢字) 石田,茂之
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,シゲユキ
標題(和) 鉄系高温超伝導体の電子輸送現象
標題(洋) Electronic Transport Properties of Iron-Based Superconductors
報告番号 127750
報告番号 甲27750
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5753号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 青木,秀夫
 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 教授 金道,浩一
 東京大学 准教授 岡本,徹
内容要旨 要旨を表示する

2008年に発見された鉄系超伝導体は、銅酸化物に次ぐ第二の高温超伝導体として注目され、精力的に研究が行われている。本研究の目的は、鉄系高温超伝導体の磁気/構造秩序相における異方的な輸送現象の起源の解明と、超伝導発現に必要な条件の探索である。できる限りクリーンな(乱れを除去した)BaFe2As2を出発点とし、Co置換(電子ドープ)、P置換(等原子価置換)、K置換(ホールドープ)と、3種の異なる手法によってドーピングを行い、電気抵抗率の面内異方性を主に輸送現象を測定した。さらに、物質の枠を拡げ、多結晶体ではあるが結晶構造の異なるLnFeAsO1-yの輸送現象測定を行った。その結果をまとめると以下のようになる。

母物質BaFe2As2の輸送現象

これまでの報告のほとんどがas grown試料(格子欠陥や不純物を含んでいる)を用いた測定の結果であった。本研究では、試料をBaAs粉末とともにアニールを行うと著しく残留抵抗が減少し、結晶の質が改善されることを見出し、これを用いて輸送現象測定を行った。as grownの試料との大きな違いは、キャリア移動度の増大によってマルチキャリアの特徴が顕著になった.すなわち、ホール抵抗が磁場に非線形な依存性を示し、符号の変化が観測されたこと、また磁気抵抗の値が20倍近く大きくなったことである。これらの磁場依存性を解析することで、磁気/構造秩序相では少なくとも3つのキャリアが電気伝導に同程度に寄与していることがわかった(詳細は第7章付録で記述)。解析から求められたキャリアの種類・濃度・移動度は、本研究と同様にアニールした試料を用いた量子振動実験から得られた複数のディラック的な電子を含むフェルミ面(ポケット)と良い一致をしている。したがって、磁気/構造秩序相ではディラック電子が電気伝導を支配しているとする報告があるが、アニールをした試料に関しては、磁気抵抗の磁場依存性にディラック電子由来とみられる振る舞いはあるものの、電気伝導を支配してはいない。

面内に一軸圧をかけて非双晶化した試料を用いた面内電気抵抗率の異方性の測定から、アニールした試料では低温では面内電気抵抗率はほぼ等方的になることがわかった。これは、ARPESや量子振動で観測されるフェルミ面の形状からは大きな異方性が期待されないことと矛盾しない。また、アニールした試料ではTs以上での電気抵抗率の異方性も小さくなる。アニールによって5Kほど殊が上昇しており、CaFe2A82やSrEe2As2で見られるような、Tsより高温での電気抵抗率の異方性が無視できるほど小さい状況に近づいているように見える。したがって、Tsより高温でみられる電気抵抗率の異方性は、印可した一軸圧が原因ではないかと考えている。実際、最近のX線及び中性子散乱実験から、一軸圧による部分的な相転移が示されている。

ドーピングが磁気/構造秩序相に与える効果

母物質の磁気/構造秩序はドーピングによって抑制される。秩序破壊の速さ(-dTs/dx)はCoドープが最大で、続いてPドープで、Kドープがもっとも弱い。この秩序破壊の速さは、ドーピングにともなう残留抵抗率の発生と大まかにスケールしている。つまり、ドーパント原子の不純物としてのキャリア散乱の強さによって決まることを明らかにした。

非双晶化した試料の面内電気抵抗率の異方性の大きさのCo濃度依存性を見ると、母物質でほぼゼロだったものが超伝導が誘起される前のx~0.04程度まではCo濃度に比例して大きくなる。このとき、α、b軸各方向の残留抵抗率もCo濃度に比例して大きくなっている。PドープおよびKドープとの比較をし、面内電気抵抗率の異方性は主として残留抵抗成分の異方性に起因していることを明らかにした。この系でみられる電気抵抗率の異方性(スピンが反強磁性的に配列し格子定数の長いα軸方向の電気抵抗率が、スピンが強磁性的に配列し格子定数の短いう軸の電気抵抗率よりも低い)は、Mn酸化物で二重交換相互作用によって生じる異方性(スピンが強磁性的に配列した方が電気抵抗率が低い)とは逆である。これは直観に反するようであったが、少なくとも電気抵抗率の異方性はドーパント原子が異方的な弾性散乱体となっていると考えれば理解できる。そして不純物散乱によりもたらされる異方性は、K→P→Coの順に大きくなる。これは、それぞれ置換されるサイトが異なることに起因し、Fe面に近いほど散乱体としての働きが強くなることに対応しているように見える。実際に、STM/sによって、Fe面のCo不純物が異方的にその周囲の電子濃度を変調していることが観測された。これは、理論的に、不純物周囲に軌道秩序が形成されるためだと説明されている。

また、Coドーピングが進み超伝導相が現れる(共存し始める)と、磁気/構造秩序は急激に抑制される。これと同時に、残留抵抗率が急激に小さくなり、電気抵抗率の異方性も小さくなる。超伝導組成領域では異方性が消滅しており、残留抵抗率も小さいことから、Feサイトに置換されるCoでさえ弱い等方的な散乱体となっていることが明らかになった。これらの結果は、磁気/構造秩序相と超伝導相の電子状態の本質的な違いを示唆している。

ドーピングが常磁性/常伝導相に与える効果

常磁性/常伝導相に注目すると、BaFe2A82の電気抵抗率は温度変化が小さく、大きな残留抵抗成分を持っているように見える。ここにCoやPをドープすると、電気抵抗率は最適ドープ付近までおおよそ平行移動するように下がっていく。FeAsブロックに不純物が入るにもかかわらず残留抵抗成分がドーピングによって減少しているので、常磁性/常伝導相でのCoは散乱体としてよりもキャリア数を増減させるドーパントとしての役割を担っていると考えられる。超伝導を主に担うFe面へのをCo置換で超伝導が発現するのは、超伝導相ではCoが弱い散乱体として働き、したがって対破壊効果が大きくないからだと考えられる。秩序パラメータが符号を変えるs±波やd波の超伝導ギャップ対称性であっても大きな対破壊を引き起こさないのはこのためであると推測できる。

また、Kドープ系では、CoやPドープ系とは異なり、残留抵抗は減少するが最もオーバードープのKFe2A82に至るまで室温の電気抵抗率がほとんど減少しない。KFe2As2の中性子散乱実験では、BaFe2As2で観測される格子整合な磁気ピークとは異なる、格子不整合な磁気ピークが観測されている。このスピン揺らぎによりキャリアが受ける強い非弾性散乱が高温域の電気抵抗率を支配しているのかもしれない。高温域の高い電気抵抗率は、BaGo2A82やBaFe2P2等の3d遷移金属ニクタイドに比べ、FeとAsの組み合わせがいかに特殊であるかを示している。

輸送現象と超伝導の相関関係

超伝導(境)の物質間の違いを探るため、主としてLnFeAsO1-yの常伝導相における電気抵抗率の温度依存性のべキnに着目した結果・π~2のときはTcが低く(LaFeAsO1-yでは28K)、n~1に近づくにつれTcが上昇する(NdFeAsO1-y卸では52K)という傾向を見出した。この傾向はBa1-KxFe2As2でも見られ、ドーパントサイトが恥Asブロックの外側にある場合の普遍的な関係であることを見出した。ベキnの変化は、AsのFe面からの高さによってフェルミ面の様子(ネスティングの良さ)が変わり、キャリアの受ける非弾性散乱の強さが変わることを反映しているのではないかと推測される。

一方、CoドープやPドープなどFeAsブロックに置換を行う場合は、普遍的な関係からのずれが見られる。これは多少とも結晶乱れの効果が鉄系高温超伝導体でも存在することを示している。しかしながら、ドープされたBaFe2A82の見かけ上ベキnが1~2の間にある状態を、T-linear成分とT2成分に分解してみたところ、ドーピングが進みT-linear成分が消えるところでTcが消失していることを示す結果を得た。鉄系高温超伝導体の発現において、T-linearな電気抵抗率を生む散乱機構が非常に重要な役割を果たしているといえる。その起源について、スピン揺らぎ、軌道揺らぎ等の候補が挙げられるが、現時点では特定できない。

鉄系高温超伝導体におけるドーピング

鉄系高温超伝導体における"ドーピング'とは何かをまとめる。磁気/構造秩序相においては秩序破壊を起こす不純物の導入といえるだろう。ここではドーパント原子は強い弾性散乱体として働く。常磁性/常伝導相におけるドーピングの働きは単純ではない。ここでは弾性散乱体としての働きは弱い。キャリア濃度の最適化はひとつの役割であろう。鉄系高温超伝導体の重要な性質として、結晶構造(格子定数やニクトゲンのFe面からの高さ)を変化させると電子状態も影響を受けるということがある。キャリアの受ける非弾性散乱の強度が調整されることもその一つである。このように、キャリアのダイナミクスをコントロールすることが常磁性/常伝導相におけるドーピングといえる。

図1:アニールしたBaFe2As2の輸送現象。

図2:アニールしたBa(Fe1-xCox)2As2の残留抵抗率と面内異方性の大きさの相関関係。

図3:ドーパント1%あたりに生じる残留抵抗率の大きさのドーピング依存性

図4:Tcとべキnの相関関係。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は鉄系高温超伝導体の単結晶の電子輸送現象を詳細に測定し、その物理的意義を論じたもので、全6章からなる。

第1章の序論では、鉄系超伝導体の物質、FeAs面を基本とする層状の結晶構造、反強磁性金属から超伝導へと至る電子相図、電子構造などについて、研究の現状がまとめられている。これを踏まえて、磁気的量子臨界性、自発的対称性の破れ、超伝導電子対の対称性同定が機構解明の鍵になると指摘した。本研究で取り上げる具体的な問題として、電気抵抗に現れる量子臨界性と超伝導の関係、反強磁性相で表れる抵抗の面内異方性の理解、超伝導相における不純物効果対破壊を設定した。

第2章の実験方法では、BaFe2As2および、Ba(Fe1・xCox)2As2Ba1・xKxFe2As2,BaFe2(As1・xPx)2単結晶の育成方法とLnFeAsO1・y多結晶体の合成、輸送現象の測定の詳細が述べられている。BaFe2As2単結晶では斜方晶転移で生じるFeAs面内の双晶を取り除くことに成功した。

第3章の実験結果では、電子輸送現象の測定結果がまとめられている。まずアニーリング処理によって改質した低残留抵抗BaFe2As2単結晶は、反強磁性/斜方晶相でもほとんど異方性を示さないことを明らかにした。一方Coをドーピング(正孔ドーピング)した試料では、Co濃度にスケールされる形で大きな面内の異方性が観測される。この異方性は主に残留抵抗に由来する。これらの事実を総合してCo不純物による散乱が異方的になっていると結論した。正孔も電子もドープされないP置換体でもほぼ同様の振る舞いを観測した。これに対してKドーピング系(電子ドーピング)では、反強磁性'斜方晶相でも常に残留抵抗が小さく、大きな異方性も観測されない。これらの結果も、不純物散乱が異方性を誘起しているとの結果と整合している。LnFeAsO1・y多結晶体について、電気抵抗の温度依存性を温度のべきの形で整理し、転移温度が高くなるとべきがフェルミ液体に期待される2から1へと漸近していく振る舞いを見出した。

第4章の考察では、第3章の結果がさらに詳細に議論されている。まず、反強磁性/斜方晶相での、異方的な不純物散乱の起源として、不純物周囲に局所的に誘起された軌道秩序を推論した。また、反強磁性1斜方晶秩序の抑制と、不純物散乱の強度(不純物あたりの残留抵抗の大きさ)から、対破壊的に秩序が抑えられている可能性を指摘する。最後に、超伝導相では、不純物散乱は等方的でかつ極めて弱いので、超伝導電子対の対称性が、S±など単純なSでない場合でも、それを区別するのは難しいと結論した。

第6章の結論では、以上の議論がまとめられている。

本論文は、鉄系高温超伝導体の超伝導発現機構と電子構造を理解する上で鍵となる、信頼性の高い電子輸送現象のデータを供し、不純物効果や散乱の温度依存性をプローブとして、系に内在する異方性、量子臨界性、電子対対称性に関する新たな知見を得た。これらは、物性物理、とくに超伝導物理、電子相関物理の発展に資するところ大である。

なお、本論文は内田慎一教授、永崎洋博士らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究したものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。したがって、審査員全員により、博士(理学)を授与できると認める。

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