学位論文要旨



No 127752
著者(漢字) 伊與田,英輝
著者(英字)
著者(カナ) イヨダ,エイキ
標題(和) メゾスコピック系における単一粒子の量子生成とショットノイズ
標題(洋) Quantum Single-Particle Generator and Shot Noise in Mesoscopic Systems
報告番号 127752
報告番号 甲27752
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5755号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 羽田野,直道
 東京大学 教授 樽茶,清悟
 東京大学 教授 上田,和夫
 東京大学 教授 上田,正仁
 東京大学 准教授 秋山,英文
内容要旨 要旨を表示する

本論文は, メゾスコピック系の量子ドットから生成される単一光子群/電子群に対する固体環境の影響, 及び分数量子ホール系の準粒子のショットノイズに関して行った理論的解析について報告するものである.

メゾスコピック系は半導体の微細加工技術を用いて作られる人工量子系である. 主に半導体界面の二次元電子系が用いられ, ゲート電極の付け方を工夫することにより, サブマイクロメートルのスケールにおいて系の詳細をデザインすることが可能であり, 基礎物理・応用物理の両方において研究されてきた. 例えば, 二次元電子系に磁場をかけることによってホール伝導度が量子化される量子ホール効果が知られているが, その系の端に出来る伝導モードのコヒーレンス長は10μm のオーダーに及び, その高いコヒーレンス長を活かして電子のMach-Zehnder干渉計[1] を作る事により, 電子の波動的な性質が調べられている. また, 電子を小さな領域に閉じ込めた量子ドットを用いる事で, 例えば, 電子の粒子的な性質を調べることが出来る. 量子ドットの輸送特性を通して, 量子ドット内の離散的なエネルギー準位だけではなく, 近藤効果などの電子相関の効果も調べられている.

これらの高い制御性・コヒーレンスに着目し, メゾスコピック系における電子輸送と, 光学における光との間のアナロジーが長い間議論されてきた. 特に直接的なアナロジーとして量子ドットを人工原子と見なすものが挙げられる. 原子の作る二準位系と共振器中の光モードの量子力学的な相互作用は古くからよく調べられている. 特に相互作用が強結合領域にある系は真空Rabi 分裂の観測をはじめとして重要であるが, 量子ドットを人工原子と見なした系においても強結合領域の実験が行われる様になっている. 共振器内の二準位系はそれ自体が興味深い対象だが, 単一光子群の生成器としても用いられている. 純粋な単一光子群を効率良くオンデマンドに生成することは, 量子計算を実装する上で必要不可欠である. 一方, 近年, 量子光学とメゾスコピック系のアナロジーは単一光子の生成に留まらず, 量子ドットを用いて単一電子群が生成されるまでになった[2]. これらの単一光子や単一電子などの単一粒子群の生成において問題となるのは固体環境由来の位相緩和や, 電子間相互作用・Fermi 面の影響などである. これらの影響により, 生成される単一粒子の状態が乱されると, 量子計算における操作の忠実度が下がってしまう. そのため, 如何にして効率良く質の良い単一粒子群を生成するかが問題となる.

生成された粒子群の質を調べる上で有用なのは, 量子的な干渉効果である. 干渉効果として最も良く知られているのは, Young の干渉実験におけるような一次の干渉効果であるが[図1(a)],一次の干渉効果の明瞭度において, 古典光と量子光の間に違いは見られない. Young の干渉実験においては光の生成器も検出器もそれぞれ一つずつであったが, 光の生成器・検出器を二つ用いた二光子干渉または強度干渉実験において, 古典光と量子光の違いは顕著に現れる. 特にHong-Ou-Mandel の干渉計[3] を用いて測られる[図1(b)], 二つの検出器における理想的な光子の同時検出確率は0 になることが知られていて, これは光子のボゾン的な量子統計性を反映している. 一方, 二つの検出器における理想的な電子の同時検出確率は1 になり, これは電子のフェルミオン的なパウリの排他率を反映している. Hong-Ou-Mandel の干渉計ではビームスプリッターが用いられているが, 電流を用いた系でのアナロジーは量子ポイントコンタクトなどを用いた散乱を用いて実現される.

本研究では, 単一光子群/単一電子群が放出される際に純位相緩和環境が与える影響について調べた. 固体系の特徴として, コンパクトな構造で強結合領域が達成可能であることがあるが, 固体環境からの純位相緩和が無視出来ない. 純位相緩和の影響を定量的に評価することが,単一粒子群をデザインする上で重要である. 三章では単一光子群について扱った. 量子マスター方程式を用いた先攻研究があり, 純位相緩和がスペクトルに影響を与えることは議論されていたが, 放出光子の純粋度を直接計算した研究は無かった. 本論文では純位相緩和熱浴をボゾン場でモデル化することにより, 片側共振器中二準位系[図2] から光子が放出されるダイナミクスを厳密に扱い, 放出光子の密度行列を実空間表示で求めた. 純位相緩和熱浴は二準位系に対する測定と同様の効果を与えるため, 量子Zeno 効果/逆Zeno 効果により放出ダイナミクスに影響を与える. この密度行列は放出光子のパルス形状・スペクトルに加えて, 純粋度の情報を含んでいる. 高い純粋度を持つ為に結合強度が取るべき条件を示し[図3], 放出にかかる時間が短いほど純粋度の低下が押さえられる傾向を示した. この性質を利用し, 放出光子に時間でフィルターをかけることで純粋度の高い光子のみを取り出す提案をした. 四章では単一電子群について扱った. 放出電子はが外界から受ける影響は数多く考えられるが, 本論文では単一光子の場合と同様に純位相緩和の影響について調べた. 単一電子の生成は量子ドットから直接量子ホール系の端状態に放出することによってなされているが, このような場合には量子Zeno 効果は起こらない. 量子Zeno 効果が起こらないため, 電子の生存確率やパルス形状を議論するだけでは電子の純粋度を調べることは出来ないが, 純位相緩和の影響がスペクトルと純粋度に確かに影響を与えることを示す. 三章/四章で議論された純粋度P は, Hong-Ou-Mandel の干渉計における同時検出確率Pco と関係付けられる.

この同時検出確率は粒子の統計性を表していたため, 純粋度の低下が, 粒子の統計性を見辛くする効果であることが分かる.

五章では, 分数量子ホール系の準粒子を扱った. 強磁場中の二次元電子系のホール伝導度は量子化伝導度の分数倍の値を持ち, これを分数量子ホール効果と言う. 分数量子ホール系では端状態にギャップレスの準粒子が存在し, この準粒子は分数電荷や分数統計性, 分数冪によって特徴付けられる. 分数電荷の測定は端状態をトンネル効果で混ぜることにより生じるショットノイズを十分低温で測る事により得られると理論的に提案され[図4], 実際に測定されている. この測定方法は確立されており, 様々なフィリングファクターにおいて測定がされている. しかし,分数量子ホール状態が階層構造をしている時は, 準粒子の独立な自由度は分数電荷だけでは不十分である. ノイズを用いた統計因子の測定の提案はなされているが, まだ測定はされていない. 本論文では, 良く確立した電荷測定のセットアップに立ち返り, 分数統計などのさらなる情報を得ることを目的とした. メゾスコピック系の非平衡久保公式[4] を用いて有限温度におけるショットノイズを定義し, ボゾン化法・非平衡Green 関数を用いて解析計算を行った. 規格化されたショットノイズ(=ファノファクター) の電圧・温度依存性にクーロン相互作用由来のピーク構造を見いだし, この依存性をトンネル結合強度や準粒子の速度に依らないユニバーサルな関数

で表した. Laughlin 状態からの階層構造にある分数量子ホール系においては全てこのピーク構造が現れることを示し, このピーク構造を用いて, フィリングファクターがν = 1/5, 2/5 のように準粒子の電荷が等しい状態を有限温度領域で区別することが出来る[図5]. さらに, ファノファクターの関数形を用いて, 準粒子の冪と統計因子をショットノイズ測定から求める提案を行った.

[1] Y. Ji et al., Nature 422, 415 (2003).[2] G. Feve et al., Science 316, 1169 (2007).[3] C. K. Hong et al., Phys. Rev. Lett. 59, 2044 (1987).[4] T. Fujii, J. Phys. Soc. Jpn. 76, 044709 (2007).

図1 実験のセットアップの模式図(a) Young の干渉実験(b) Hong-Ou-Mandel の二光子干渉実験

図2 片側共振器内の二準位系

図3 共鳴条件における純粋度のもれ率κ 依存性. 二準位系と共振器モードの結合:g = 25 μeV, 純位相緩和率はγp = 2.5, 25, 250 μeV.

図4 分数量子ホール系の分数電荷を測定するためのセットアップ.

図5 フィリングファクターν = 1/5 (Laughlin state)及びν = 2/5 (hierarchical FQH state) の時のファノファクターの電圧温度依存性. どちらの準粒子も同じ分数電荷e/5 を持つが, 有限温度領域での振る舞いは異なる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文で伊與田英輝氏は、光子、電子や、エニオンと呼ばれる準粒子の非平衡量子ダイナミクスを理論的に研究しました。第一に、量子2準位と光子や電子の相互作用による単一粒子生成の時間発展を微視的に解きました。従来の計算と違って全ての自由度を微視的に扱うことにより、生成される光子や電子の純粋度などを初めて求めました。特に電子については、生成される電子のパルス形やそのスペクトルを、初めて電子間相互作用を考慮に入れて計算しました。第二に、エニオンの端電流が量子ポイントコンタクトを通過する際の非平衡ショット雑音を微視的に求めました。ショット雑音のバイアス依存性から、エニオンの統計角が求められることを初めて示しました。

本論文で扱っている系は実際に実験系として実現され、精力的に研究が進められています。それらの系において、測定可能な物理量について微視的理論から定量的に予言したことが本論文の注目すべき成果です。

本論文は6章から構成されています。第1章の問題提起の後、第2章では本論文で扱う系が実験的にどのように実現されているか、そしてどのような測定が成されているかを概観しています。

いよいよ第3章では、まず単一光子生成についての研究成果を述べています。系は半導体キャビティー中の2準位ドットと光子場の相互作用、光子場の外部への漏れ、およびdephasingの効果から成っています。これらの自由度を全て微視的に扱うのが本論文の大きな特徴です。従来の研究では外部の自由度を消去した扱いが一般的でした。この特徴を活かして、量子ドットが励起された状態から出発した系の時間発展を全て微視的に計算しました。

結果の解析においては、dephasingの効果に特に注目しています。まず、量子ドットが励起されている確率の時間変化では、dephasingによって確率の減少が遅くなるZeno効果や、逆に減少が早まる反Zeno効果を見出しました。次に、生成される光子のパルス形を求め、そのスペクトル幅がdephasingと共に広がる様子を見出しました。また、生成される光子の純粋度がdephasingの増加のある付近で急激に減少する様子を見出しました。この純粋度は、Hong-Ou-Mandel干渉計を用いて測定される光子の同時検出確率を与えるもので、本論文での理論的予言は実験的に観測可能であることに大きな意義があります。

第4章では、次に単一電子生成についての研究成果を述べています。系は整数量子ホール系の端状態と量子ドットのカップリング、ノイズによるdephasingの効果、量子ドット内のクーロン相互作用から成ります。この系においても、全ての自由度を微視的に扱うことによって、入射した端状態の電子の量子ドット通過後の状態を計算しました。ここでは特にクーロン相互作用によって、生成された電子のスペクトルや純粋度がどのように変化するかに注目しています。(その際にはdephasingの効果は無視しています。)フェルミ面付近での特異的な振る舞いを見出しています。

最後に第5章では、エニオンのショット雑音についての研究成果を述べています。系は分数量子ホール系の端状態2つの間のカップリング(量子ポイントコンタクト)です。この量子ポイントコンタクトを通過するエニオン電流のショット雑音を、藤井達也氏が提唱している非平衡久保公式に従って微視的に計算しています。この系では、バイアス電圧がある程度大きい状況で、電流とショット雑音の比からエニオンの有効電荷を求める実験が大きな注目を集めています。しかし、エニオンは本来、有効電荷よりもむしろ統計角で特徴付けられるものです。ところがこの系では、ショット雑音を用いて統計角を実験的に測定する手法はこれまでに提案されていませんでした。それに対して本論文では、ショット雑音のバイアス電圧依存性を調べることによってエニオンの統計角が検出できる可能性を初めて示唆しています。

本論文の以上の成果は物理学に対して新しくかつ有用な貢献をしています。本論文は藤井達也氏、加藤岳生氏、青木隆朗氏、枝松圭一氏、越野和樹氏との共同研究に基づいていますが、主要な部分は伊與田英輝氏が主体的に研究を進めて得られた成果です。以上により、論文提出者の伊與田英輝氏に博士(理学)の学位を授与できると認めます。

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