学位論文要旨



No 127753
著者(漢字) 上野,昂
著者(英字)
著者(カナ) ウエノ,コウ
標題(和) T2Kニュートリノビームを用いた中性カレント反応による脱励起ガンマ線の研究
標題(洋) Study of neutral-current de-excitation gamma-rays with the T2K neutrino beam
報告番号 127753
報告番号 甲27753
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5756号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 瀧田,正人
 東京大学 教授 蓑輪,眞
 東京大学 准教授 佐川,宏行
 東京大学 特任教授 柳田,勉
 東京大学 教授 齊藤,直人
内容要旨 要旨を表示する

This thesis presents a study of low energy neutrino-induced events such as nuclear deexcitation gamma-rays from neutral-current (NC) interactions using the Tokai-to-Kamioka (T2K) neutrino beam. So far, long baseline neutrino experiments analyzed neutrino events only above 0(100) MeV. This thesis gives the first measurement of low energy events in a long baseline neutrino experiment.

We selected low energy NC candidate events at the Super-Kamiokande (SK) detector using T2K data collected from January 2010 to March 2011, which amounts to 1.43 x 10(20) protons on target. After thorough reduction which intensively rejects beam-unrelated backgrounds, there remained 20 observed events in the reconstructed energy range of 4-30 MeV while the expectation is 22.8 + 6.2 beam-related events and 0.6 beam-unrelated events.

The result of the measurement was applied to a sterile neutrino search, which measures the depletion of the total neutrino flux at the far detector via an NC channel. Also, as the beam neutrino energy is similar to those of atmospheric neutrinos, the result provides us precious information of atmospheric neutrino backgrounds for low energy astrophysics analyses at a water Cherenkov detector such as SK.

審査要旨 要旨を表示する

T2K(Tokai to Kamioka)実験からのニュートリノビーム(エネルギーは0.6GeV程度)を295km離れた5万トンの水チェレンコフ型検出器スーパーカミオカンデに照射した際に、中性カレント反応により励起された酸素原子核が脱励起して放出されるガンマ線を検出することに世界で初めて成功した。その実験結果を予想値と比較することにより、sterile neutrino振動のパラメーターに制限を与えた。また、本実験結果を踏まえ、今後のT2K実験から期待される統計量を想定すると、宇宙開闢から現在までの超新星爆発起源のニュートリノの重畳(supernova relic neutrino)を探索する感度が飛躍的に向上することを示した。

本論文は10章からなり、第1章は導入部としてニュートリノの性質やニュートリノ振動に関する記述及びニュートリノ観測実験のレビュー、第2章はT2K実験の概要及びニュートリノビーム生成やnear detector設備、第3章はスーパーカミオカンデ検出器によるニュートリノ信号検出原理とハードウェア構成詳細、第4章は低エネルギー事象再構成ソフトウェアに関する説明、第5章は検出器の時間・エネルギースケール等の校正方法、第6章はモンテカルロシミュレーションの詳細、第7章はデータ解析手法、特に中性カレント反応起源脱励起ガンマ線の雑音となる事象の除去ソフトウェア、第8章は世界初の実験結果として得られた中性カレント反応起源脱励起ガンマ線事例の様々な分布の吟味、第9章は実験結果の系統誤差の見積もりに関する詳細及びsterile neutrinoを仮定したニュートリノ振動解析結果や素粒子・宇宙線物理学への波及効果(supernova relic neutrino探索感度の向上)、第10章は結論について述べている。

T2K実験からのニュートリノがスーパーカミオカンデ検出器中の水に含まれる酸素原子核と中性カレント反応を起こして励起された酸素原子核は数本(全エネルギーは10MeV程度)のガンマ線を放出して脱励起する。そのガンマ線にコンプトン散乱された水中の軌道電子が発するチェレンコフ光を11129本の直径20インチ光電子増倍管で検出し、その電荷及び時間情報から事例のエネルギー及び方向を算出するリアルタイム計測実験である。観測期間は2010年1月から2011年3月、1.43 x 1020 protons on targetsである。雑音除去を行った結果、4MeV-30MeVのエネルギー範囲に20事例の中性カレント脱励起ガンマ線反応を世界で初めて検出(データ中に含まれる雑音は0.6事例)することに成功し、実験結果はモンテカルロシミュレーションの予想値22.8+-6.2事例と良く合うことが判明した。

その実験結果と予想値を比較することにより、通常の3 flavor neutrino modelに1種類のsterile neutrinoを加えたモデルに2つのケースを仮定したニュートリノ振動解析を行い、振動パラメーターに制限(θ34<58o@90%C.L.及びmuon neutrinoがsterile neutrinoに消える割合<0.58@90%C.L.)を与えた。

近い将来にガドリニウムをスーパーカミオカンデ検出器に溶解してsupernova relic neutrinoを検出する計画が進行中であるが、その際に究極の雑音となるのが大気ニュートリノによって引き起こされる中性カレント脱励起ガンマ線事例である。T2K実験のニュートリノビームエネルギーは約0.6GeVで、大気ニュートリノのエネルギーと酷似している。従って、本研究で検出されたT2Kニュートリノビームによる中性カレント脱励起ガンマ線事例を用いることにより、大気ニュートリノによる中性カレント脱励起ガンマ線による雑音頻度を直接的に見積もることが可能となる。T2K実験の最終統計量は本論文で用いられたデータ量の約50倍(0.75MWで5年間の実験期間)であり、それらを用いることにより、大気ニュートリノによる雑音頻度の誤差を10%程度に押さえ込めることを示した。その結果、ガドリニウムを溶解したスーパーカミオカンデ検出器を約10年間稼働させることにより、supernova relic neutrinoを3σレベル以上の有意性で検出できる道を切り拓いたことになる。

以上のように、本論文はT2K実験のニュートリノビームをスーパーカミオカンデ検出器に照射することにより、中性カレント起源脱励起ガンマ線事象を世界で初めて検出した結果に関する研究であり、宇宙線物理学および素粒子実験物理学に大きく貢献するものである。したがって、審査員一同は本論文が博士(理学)の学位論文として合格であると判定した。なお、本論文の実験はT2K+スーパーカミオカンデ実験という大きなグループ実験であるが、論文提出者が主体となって実験のキーポイントとなるシミュレーションコードや低エネルギーでの雑音を除去する解析ツールの開発を行うと共にスーパーカミオカンデ検出器の校正を行った。これらの貢献により、中性カレント起源脱励起ガンマ線事例を世界に先駆けて観測することが可能となり、その波及効果として世界がその検出を心待ちにしているsupernova relic neutrinoの観測を射程距離に捕らえることなった。従って、論文提出者の両実験及び論文に関する寄与が十分であると判断した。また、共同実験代表者から論文内容の結果を学位論文として提出することについて了承を得ているものであることを確認した。

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