No | 127757 | |
著者(漢字) | 佐々木,寿彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ササキ,トシヒコ | |
標題(和) | 同種粒子系における量子もつれ | |
標題(洋) | Entanglement in Identical Particle Systems | |
報告番号 | 127757 | |
報告番号 | 甲27757 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5760号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1935年のEinstein,Podolsky,Rosenによる議論により、量子力学はそれまでの物理理論とは根本的に相容れないということが示された。量子もつれは、そこでの古典と異なる量子特有の結果の要因として導入された。Be11の不等式とそれに対応するAspectらの実験によって量子力学の正しさが示されたと考えられているが、それは我々に実在性や局所性といった基本的概念の放棄を迫っているとも言える。これは物理の非常に基礎的な部分の問題であるが、近年では、この量子もつれを資源として積極的に用いる量子情報科学が急速に発展している。量子情報科学においては、新たな量子アルゴリズムの発見が求められているが、それには結局のところ量子もつれについてのより深い理解が必要と考えられる。このように、基礎物理の観点のみならず、量子情報科学の観点からも量子もつれについての理解が求められている。 本博士論文では同種粒子系における量子もつれを取り扱う。通常、複合系の量子状態が1つの項のみ(すなわち部分系の直積状態)でかけない場合、その状態は量子もつれしていると定義される。一方で、同種粒子系の状態は、その同種粒子性をあらわすために、ボゾンであれば状態を対称化、フェルミオンであれば状態を反対称化する。これらは、それぞれとしては良いが、単純に組み合わせると物理的におかしな帰結に至る。例えば、反対称化した状態は、基底を取り替えても1つの項に書き直せないことが示せる。これを素直に解釈すれば、例えば、宇宙の両端にある任意の電子2つを選んだとしても、それらはフェルミオンだという理由だけで量子もつれしていることになる。量子もつれした状態の特徴的な性質として、それらから古典的な相関では実現できない量子相関が得られるということが知られているので、もしそうならばこの2電子からも量子相関が得られることになる。常識的に考えれば、これらの2電子は互いに独立であり、量子相関はおろかどんな相関も持たないように思われるので、この結論はおかしい。これが、同種粒子系における量子もつれの問題である。 この同種粒子系の量子もつれの問題の解決を目指した研究はいくつかある。その中で基本となるのが、近年のSchliemannらによる仕事と、Ghirardiらによる仕事である。これらは両者とも、量子もつれの定義を変更することによって、上記の問題を解決しようする試みである。しかし、これらは多体系の量子もつれを一般的に扱える手法ではない。また、これらは根本的に定義を変更したがために、今までの量子もつれに関する議論が使えなくなってしまう。同種粒子の量子もつれとは直接の関係はないが、本研究と関連性の高いものとして、Zanardiによる仕事がある。量子力学では、複合系を表すためにテンソル積が用いられる。Zanardiの研究によって、どのような演算子を用意すればテンソル積構造が得られるのかが示された。どのような演算子を用意するのかというのは、物理的には、測定器をとう選ぶのかということに対応している。テンソル積構造が変われば、同じ状態であったとしても1つの項だけでかけるかどうかは変わってくるので、量子もつれはテンソル積構造、つまり測定器の選び方に依存するということがわかる。これは、非常に興味深い内容であり、本博士論文の内容とも共通する点があるが、これ自体は同種粒子系の量子もつれの研究ではない。 本博士論文では、同種粒子系における量子もつれの問題の解決のために、新たな量子もつれの定義を提案する。新たな定義を提案するにあたって、量子相関を量子もつれの最も重要な性質として考えることにする。相関とは、測定値同士の関係であるので、その定義にはどのような測定系を用いるのかということが重要になってくる。測定器というのは互いに区別できるものであり、この測定器の区別可能性から同種粒子に区別可能性が導入され、通常の量子もつれの議論に帰着するというのが基本的な構想である。 より具体的には以下の様になる。N体の同種粒子系を考えることにする。これらは同じ粒子であるので、各々の粒子を表すヒルベルト空間Hは共通のものである。これをN個用意してテンソル積で複合系にすれば、N体のヒルベルト空間ができるが、同種粒子性を反映するために、ボゾンであれば対称化し、フェルミオンであれば反対称化する。このN体のヒルベルト空間を(反)対称化したものをπκと表すことにする。ここで、Xは、ボゾンの場合は対称化演算子、フェルミオンの場合は反対称化演算子である。これが、同種粒子系の記述である。次に、測定器について考える。量子力学において、状態が互いに区別可能であるための条件は、それらが互いに直交していることである。測定器は、例えば互いに空間的に離れているなどして、互いに区別できるものである。測定器が互いに区別できるということは、それぞれの測定器が対応する測定量の作用する状態空間が互いに区別できるということに帰着するので、互いに直交する部分空間を選ぶことで測定器の分別性が保証できることになる。つまり、個々の粒子がどの測定器で測定されるかどうかというのは、その粒子が1粒子のヒルベルト空間Hのどの部分空間に含まれているかによってきまるということである。この分解は、測定器が8個あるときには、 と表され、各聾が各々の測定器に対応していると考える。この分解の例としては、究をある場所を境にして、空間的に左側と右側の部分空間に分けることが考えれる。これは、左側で検出する測定器と右側で検出する測定器を用意するということに対応している。実際には、各測定器では複数の粒子が検出されるため、その数を指定する必要もある。それには、Nの分割Γを使えばよい。N分割Γとは、1からNまでの数をどのように分けるのかを表すものであり、以下の様な性質を満たす。 扱っているのは同種粒子であるので、粒子の番号づけそのものには本質的な意味はなく、Γiの要素数四だけが重要である。この指定によって、Viに対応する測定器に|Γi|個の粒子がはいるということが表される。そのような空間は、同種粒子性を考慮するとViを|Γi|個用意して、(反)対称化することで表される。それを、Hx(Γi,Vi)と書くことにする。これが、一つの測定器の作用する空間である。これらを組み合わせることによって、測定器全体の作用する空間ができる。それは、〓iHx(Γi,Vi)となる。これは、測定器全体を表す空間とも言うことができるので、その点を強調するために、これをHmesと書くことにする。 これは全空間で(反)対称化されていないため、同種粒子系の状態を表す空間ではない。同種粒子系の空間としては、この全体空間を(反)対称化したものとなる。それを、Hx(Γ,V)と書くことにする。同種粒子系ではこの全体空間の対称化をおこなうために、状態が1項でかけなくなる。本来、量子相関は測定値の間の関係であるので、それが本質的で量子もつれも測定器の作用している空間において定義されるべきものである。しかし、同種粒子性を考慮するならば、全体を(反)対称化した空間を考える必要がある。重要な点は、この2つに一体一対応がなりたつこと、すなわち という性質を満たす線形写像伽の存在である。 これを用いて量子もつれを定義する際に注意すべき点は、Hx(Γ,V)は同種粒子の空間になっているが、全体空間Hxとは一致しないということである。例えば、Hxには、Viに対応する測定器に全粒子が検出されるというような状態が含まれている。今は、相関の実験を考えているので、このような状況は、例えば同時計数器によって実験的に無視される。よって、N粒子の空間はHxであるものの、実験装置を指定した時点で、状態をHx(Γ,V)に射影して考えても構わないということになる。 以上の考察により、以下のよう、に同種粒子系の量子もつれが定義されることになる。まず、どのような測定器を使うのかを決め、Γ,Vを決定する。そこから、同種粒子のヒルベルト空間をHx(Γ,V)に限定する。それを対応関係(3)にもとついてiHx(Γi,Vi)に移す。その空間において、通常の1項でかけるかどうかの量子もつれの定義を適用する。この対応関係を図1に示す。 この定義では最終的には通常の量子もつれの定義を用いているので、状態を移したあとの状態には従来の量子もつれに関する知識を適用することができる。実際の同種粒子の実験における量子もつれの直観的な取扱いでも、実質的に今回の定義と同じになっている場合が多い。その意味では、この研究は従来の直観的な取扱いに対して確固とした理論的正当化を与えたことにになっている。もう一つ、今回の一般的な考察によって得られたことは、その様な取扱いにおける測定器の重要性が明らかになったということである。量子もつれの測定器依存性自体は、Zanardiの研究によって知られていたが、本博士論文によって、同種粒子の対称性を考慮した記述との対応関係において測定器の存在がどの様な役割を果たすのかが明確になった。 本博士論文では、1章は導入になっており、2章で量子力学と量子もつれの基礎についてレビューを行った。さらに、3章で同種粒子の量子もつれにおける最近の研究のレビューを行った。4章では、同種粒子系において量子もつれの新しい定義を提案した。この章がこの博士論文の主要な部分である。5章にはまとめと今後の展望が書かれている。 この研究によって、同種粒子におけるエンタングルメントを考察するための基盤を整備することができた。それによる同種粒子系における量子もつれの更なる理解を期待している。 図1同種粒子系における測定器を考慮した量子もつれの定義。測定器を指定することで、同種粒子の空間から測定にかかる部分空間Hx(Γ,V)を抜き出すことができる。写像fxによって、それは最終的に測定器を表す空間Hmesと同一視される。この測定器を表す空間で通常の1項でかけるかどうかの量子もつれの定義を適用すればよい。 | |
審査要旨 | 本論文は、``Entanglement in Identical Particle Systems" (同種粒子系における量子もつれ) と題し、5章からなる。第1章は序論、第2章は議論の前提となる基礎知識、第3章は問題提起とそれに関連する先行研究、第4章は同種粒子系における量子もつれについての研究、第5章はまとめと結論をそれぞれ記している。 第1章の序論に続いて第2章では近年の量子情報理論の発展に伴って発展した量子論の基礎や測定を扱う手法についてまとめられている。ここでは一般的に用いられる量子もつれの定義について述べられている。その定義とは、純粋状態が1項でかけるならば量子もつれがないという定義である。また、同種粒子系を量子力学でどの様に扱うのかということについてもまとめてある。量子力学における同種粒子の扱いとは、本来は区別できない同種粒子を一旦区別して扱い、対称化あるいは反対称化を行うことによって区別をなくすというものである。第3章では、まず始めに同種粒子系における量子もつれの定義の問題点について書かれている。すなわち、一般的に用いられる量子もつれの定義を同種粒子系に適用すると、量子相関のない状態に対しても量子もつれしていると判定してしまう場合が存在するということである。この問題に対する解決策は先行研究でも提案されており、この章において近年の代表的な先行研究がまとめられている。それらは基本的に、同種粒子系において異なる量子もつれの定義を新たに導入することにより問題の解決をはかったものである。この章では第4章で重要な概念となるテンソル積構造についての先行研究も紹介している。テンソル積構造とは、量子力学の公理において、複合系を表すために用いられる概念である。一般的に用いられる量子もつれの定義には、その前提となる構造としてテンソル積構造があり、1項でかけるかどうかということも、どのテンソル積構造を用いているのかに依存している。そのため、一般的な量子もつれの定義はテンソル積構造に依存しているということがこの先行研究によって理解できることが述べられている。第4章は本論文のオリジナルな研究を記述している。ここでは、相関を測定する場合にどのような要素が重要になるのかについて明らかにし、それをもとにして、量子相関を指導原理とした同種粒子系における量子もつれの新たな定義を提案している。まず、第3章でとりあげられた、量子相関が無いにもかかわらず通常の定義では量子もつれしていると判定されてしまう状態について、なぜそのようなことになってしまったのかを議論している。そもそも相関というものが複数の測定値の間の関係であり、量子もつれをその観点で定義するならば、量子もつれを扱う際に用いられるテンソル積構造はそれぞれの測定器の測定値を表す空間の複合系としての意味を付与する必要があるということである。そして、同種粒子を一旦区別してから対称化や反対称化する方法において用いられているテンソル積構造は、仮に区別された粒子の複合系としてのテンソル積構造であり、必ずしも測定値とは対応していないことが述べられる。本論文で用いられている測定のモデルは、複数の区別できる測定器において任意の決まった数の同種粒子が検出されるということを想定している。この場合、一つの測定器系において測定にかかる部分は一旦区別してから対称化や反対称化でつくる全ヒルベルト空間の部分空間であり、さらに、その部分空間は、個々の測定器が得られる最大の情報を表す空間のテンソル積構造で構成される空間と同一視できることが示される。後者の空間で採用されているテンソル積構造は測定器系を表すテンソル積構造と考えられる。本論文で新たに提案される量子もつれの新たな定義とは、この新たなテンソル積構造に対して純粋状態が1項でかけるかどうかで判別するものになっている。1項でかけるかどうかで判別する点は従来と同じであるが、適用するテンソル積構造が異なっている。この定義は、量子もつれは状態だけで判別されるものではなく、どのような測定器系を用いるのかにも依存していることが明示的にわかる理論形式となっている。さらに、本論文で用いている測定モデルで考えるならば、どのような測定器でも量子相関が得られない状態がどのような状態であるかを完全に特徴づけている。第5章では、本研究で得られた結果を要約している。以上のように、本論文では同種粒子系の量子もつれの構造を明らかにし、量子相関と整合的な定義を与えており、この問題に対する明快な解答を与えた。 なお、本論文は市川翼氏、筒井泉氏、米澤信拓氏との共同研究に基づいているが、問題解決の主要なアイデアは論文提出者が主体となって研究を進めた結果であり、論文提出者の寄与が大部分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |