学位論文要旨



No 127759
著者(漢字) 佐野,崇
著者(英字)
著者(カナ) サノ,タカシ
標題(和) 有限密度ランダム行列模型と複素ランジュバンシミュレーション
標題(洋) Random matrix model for dense QCD and complex Langevin dynamics
報告番号 127759
報告番号 甲27759
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5762号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 森松,治
 東京大学 教授 早野,龍五
 東京大学 教授 大塚,孝治
 東京大学 教授 初田,哲男
 東京大学 准教授 村尾,美緒
内容要旨 要旨を表示する

We study chiral random matrix (ChRM) models for dense QCD.

We first study the phase diagram of a chiral random matrix model with three quark flavors at finite temperature and chemical potential, taking the chiral and diquark condensates as independent order parameters. Fixing the ratio of the coupling strengths in the quark-antiquark and quark-quark channels applying the Fierz transformation, we find that the color-flavor locked (CFL) phase is realized at large chemical potential, while the ordinary chirally-broken phase appears in the region with small chemical potential. We investigate responses of the phases by changing small quark masses in the cases with three equal-mass flavors and with 2+1 flavors. In the case with three equal-mass flavors, we find that the finite masses make the CFL phase transition line move to the higher density region. In the case with 2+1 flavors, we find the two-flavor color superconducting phase at the medium density region as a result of the finite asymmetry between the flavors, as well as the CFL phase at higher density region.

Next, we examine the complex Langevin simulation method using a ChRM model, by comparing the exact and numerical solutions. We can obtain the static solution without instability. However, typically around the phase transition, the obtained solution is wrong compared to the exact solution. As a challenge to understand the failure, we observe the determinant of the Dirac operator and find that the distribution on the complex plane in the process might be a clue for the correctness of the complex Langevin simulation.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなる。

第1章は、全体のイントロダクションであり、研究の背景と目的が述べられている。最近、QCDのカイラル対称性に関する性質を理解するために、カイラルランダム行列模型を用いた多くの研究がなされている。いわゆるε領域では、ユニヴァーサリティによって、カイラルランダム行列模型の結果はQCDの結果と厳密に一致することが知られている。また、カイラルランダム行列模型は、QCDの有効模型としてQCDの相図を調べるためにも用いられている。本論文の目的は、カイラルランダム行列模型を用いて、有限密度においてColor-Flavor-Locked(CFL)凝縮相の存在を調べること、及び、複素ランジュヴァンシミュレーションをテストすることである。

第2章では、有限密度におけるカイラルランダム行列模型の研究を3フレーヴァーに拡張し、CFL凝縮を持つカラー超伝導相が高密度で実現されるかどうかを調べている。第1節は、イントロダクションであり、研究の背景、特に、2フレーヴァーの場合に高密度において2SC凝縮を持つカラー超伝導相の存在が知られていることが述べられている。第2節では、カイラル凝縮とダイクォーク凝縮を考慮した場合のカイラルランダム行列模型が導入され、第3節では、有効ポテンシャルが導出されている。第4節では、3つのフレーヴァーのクォーク質量が等しい場合、第5節では、1つのフレーヴァーが他の2つより大きいクォーク質量を持つ場合の結果が示されている。ケミカルポテンシャルが大きい領域でCFL相、小さい領域でカイラル対称性が破れた相が実現されていること、温度またはケミカルポテンシャルが大きくなるにつれてCFL凝縮は連続的にゼロになることが示されている。ケミカルポテンシャルが大きいときの非物理的な相転移は、フェルミ面の効果が取り入れていないことが原因かもしれないとの考察がなされている。アップ、ダウンクォーク質量がゼロでストレンジクォーク質量が有限の場合、CFL相と2SC相が現れること、さらに、ストレンジクォークのダイクォーク凝縮のみがゼロでない値を持つ相も存在することが示されている。第6節では、第2章の結果がまとめられている。

第3章では、符号問題が存在する有限密度の場合にカイラルランダム行列理論を用いて、複素ランジュヴァンシミュレーションが有効かどうかを調べている。第1節は、第3章のイントロダクションである。有限密度QCDにおける符号問題と複素ランジュヴァンシミュレーションによる解決の可能性が紹介されている。第2節では、符号問題が存在しない、実数の作用で記述される量子場の理論について、実ランジュヴァンシミュレーションのアルゴリズムが説明された後、ランジュヴァンシミュレーションの等価性の証明が示されている。次に、第3節では、符号問題が存在する、複素数の作用の場合へ、ランジュヴァンシミュレーションが拡張され、その等価性の形式的な証明が論じられた後に、シミュレーションの現状について、特に不安定性と誤収束の問題について説明されている。第4節では、ランダム行列模型のシミュレーション結果が述べられている。シミュレーションの結果、不安定性は現れなかった。有限密度において、複素ランジュヴァンシミュレーションによって、カイラル凝縮を計算した結果、化学ポテンシャルが小さい領域と大きい領域では厳密な結果と一致しているが、相転移近傍では厳密な結果とずれていることを示した。相転移近傍では符号問題が深刻であるため、この結果は、符号問題が深刻な場合には複素ランジュヴァンシミュレーションにも困難が生じることを示唆している。また、ディラック行列式を計算し、相転移近傍では、ディラック行列式の値が複素平面の4つの象限すべてに広く分布していていることを示した。第5節はまとめと議論にあてられており、複素ランジュヴァンシミュレーションの結果が厳密な結果とずれていることとディラック行列式の分布の関係についての考察がなされている。

第4章は、論文の結びである。まず、全体のまとめが述べられた後に、将来の展望として、本論文における研究が有限密度QCDの相構造の解明に役立つであろうことが述べられている。

本論文によって、有限密度におけるカイラルランダム行列模型について、特に高密度におけるCFL相の存在、及び、符号問題がある場合の複素ランジュヴァンシミュレーションの問題について新たな知見が得られたと考えられる。

なお、本論文第2章は、山崎加奈子、第3章は、藤井宏次・菊川芳夫との共同研究に基づいているが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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