学位論文要旨



No 127763
著者(漢字) 土屋,陽一
著者(英字)
著者(カナ) ツチヤ,ヨウイチ
標題(和) F 理論のコンパクト化における右巻きニュートリノについて
標題(洋) Right-handed Neutrinos in F-theory Compactifications
報告番号 127763
報告番号 甲27763
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5766号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任教授 堀,健太朗
 東京大学 教授 相原,博昭
 東京大学 教授 加藤,光裕
 東京大学 特任教授 杉本,茂樹
 東京大学 教授 諸井,健夫
内容要旨 要旨を表示する

F 理論とは弦理論の記述の仕方のひとつで、もともとはIIB 型超弦理論で7-ブレーンが存在する状況を幾何学的に記述する理論として提唱された。F 理論は、自然に例外型のゲージ群を実現することができる。これは、通常の(摂動論的な)IIB 型超弦理論にはない特徴である。この性質により、F 理論はSU(5) 大統一理論のアップタイプ湯川相互作用を出せることが知られている。そればかりでなく、実はF 理論でSU(5) 大統一理論を考えると、現象論的に必要な湯川相互作用が自然に出るのである。そのため、現象論への応用をするには、F 理論は有用な枠組みとなっている。

現象論への応用に関してはたとえばフレーバー構造の研究が挙げられる。すなわち、F 理論が実験で知られているようなフレーバー構造(湯川相互作用のヒエラルキーなど)を再現することが可能なのか、可能だとしたらどのようなメカニズムが根底にあるのか、自然がなぜ観測されているようなフレーバー構造を持つのかという問いに対してF 理論から何らかの知見が得られないか、などである。このような問題を考えたいならば、F 理論で湯川相互作用をどう扱うのか知る必要がある。そして、そもそも湯川相互作用を議論するには、クォークやレプトンといった物質場がF 理論でどう記述されるかを知らなければならない。

自由度の同定や湯川相互作用の計算法は、ゲージ群の非自明な表現に属する物質場に関しては研究されており、すでにわかっている。ゲージ群の非自明な表現に属する物質場とは、たとえばSU(5) の大統一理論ならば、10 表現の(Q; U ; E ) および5 表現の(D;L) のことである。

次の問題は、SU(5) に対してニュートラルな物質をどう扱うかである。右巻きニュートリノはそのような粒子のひとつである。右巻きニュートリノは、ニュートリノ湯川相互作用を通して左巻きのニュートリノと結合している。したがって、レプトンセクターの湯川相互作用を理解するためには、この問題を考えることが重要である。我々は、この問題に対する解決を与えた。

まず、右巻きニュートリノはF 理論においてどう記述されるのかであるが、そもそも右巻きニュートリノとは何なのだろうか。右巻きニュートリノについて確実に言える事は、ゲージ群に対してニュートラルであることと、ニュートリノ湯川相互作用をもつことである。SU(5) 大統一理論の言葉でいえば、右巻きニュートリノとは、SU(5) ニュートラル(すなわち、1 表現) であり、5・1・5 という相互作用をもつ粒子である。大きな質量を持っているかどうかは確実に言えることではないが、もし持っているならば、シーソー機構を通じてニュートリノの小さい質量を説明することができる。大気ニュートリノのニュートリノ振動の結果をシーソー機構で説明しようとするならば、最も軽い右巻きニュートリノの質量は10(15) GeV くらいより少し下になることが要求される。

F 理論はある場合には、ヘテロ型超弦理論と双対であることが知られている。この双対性から、F 理論のH(3,1)(X;C) で表されるモジュライ(複素構造モジュライ)とH(1,2)(X;C) で表されるモジュライは5・ 1・5 という相互作用をもつ。ここで、X はF 理論をコンパクト化するのに用いているカラビ・ヤウ多様体である。

我々は特に複素構造モジュライに着目して、ヘテロ型超弦理論と双対でない一般の場合にも複素構造モジュライが右巻きニュートリノの性質を持つかどうかを調べた。複素構造モジュライはフラックスコンパクト化によって質量を得ることが知られている。その質量が先ほど述べた、最も軽い右巻きニュートリノの質量の上限を破らなければ、右巻きニュートリノの候補としてはかなりよいものになる。

複素構造モジュライがフラックスコンパクト化によって得る質量mcs を大雑把に見積もった結果、Mcs~7:2 × 10(14) GeV となることがわかった。これは、最も軽い右巻きニュートリノの質量が10(15) GeV より少し下にあるということと見事に合っている。この見積もりには、インプットとして統一ゲージ結合定数、GUT スケール、プランクスケールの3 つを用いた。F 理論側のパラメータは本質的に3 つしか効いておらず、3 つのインプットによって定めることができる。そして、そこからアウトプットとして出てきた複素構造モジュライの質量が、右巻きニュートリノの質量と合っているのである。複素構造モジュライを右巻きニュートリノだと同定したとき、この複素構造モジュライの質量は、右巻きニュートリノの質量に対するF 理論の予言となる。この予言が実験結果を説明していることは、注目すべきことである。

我々はさらに、一般のF 理論のコンパクト化においても、複素構造モジュライが5・1・5 という相互作用を持つことを示した。これにより、複素構造モジュライが右巻きニュートリノのよい候補になっていると結論付けた。

複素構造モジュライのときと同様の手法で、H(1,2)(X;C) モジュライも5・1・5 の相互作用を持つことがわかった。このモジュライは複素構造モジュライとは異なり、フラックスコンパクト化によって質量を獲得しない。このため、このモジュライはNMSSM に存在するsinglet の場S の候補になる。このsinglet の場はS3の相互作用を持っていて、この相互作用が大きいか小さいかは現象論的に興味深い。F 理論はH(1,2)(X;C) モジュライをS と同定したとき、S3 の相互作用が小さいと予言することがわかった。この予言は、NMSSM が真実である場合、実験によって検証可能である。この予言をするにあたって、F 理論では特別なコンパクト化を仮定したりはしていない。それにもかかわらず、このような予言をすることはとても興味深いことである。

本文では次元4 の陽子崩壊問題についても議論している。F 理論でSU(5) 大統一理論を考えると、一般には次元4 の陽子崩壊が起きる。これは陽子崩壊の実験から知られている陽子のとても長い寿命に反するので、現象論に応用する観点からも考えなければならない問題である。F 理論で陽子崩壊を禁止する、ということは特別な複素構造(真空) を選ぶということである。複素構造モジュライはその特別に選んだ真空からの揺らぎなので、上述の議論にどのような影響を及ぼすのかが気になる。我々は、F 理論における次元4 陽子崩壊の解法として、R パリティシナリオを提唱した。R パリティシナリオとは、Z2 対称性が存在するようなコンパクト化を仮定して、そのZ2 対称性で陽子崩壊の原因となる相互作用を禁止するシナリオである。このシナリオでは、複素構造モジュライを右巻きニュートリノと同定できるという上述の議論に全く影響を及ぼさないことがわかった。これで、現象論への応用を論ずるための枠組みをひとつ得たことになる。

次元4 陽子崩壊問題の解法としては他にも知られている方法がある。そのひとつに、SU(5) ではなくSO(10) やSU(6) から出発し、それをSU(5)_U(1) に破って、このU(1) 対称性で陽子崩壊を禁止するシナリオがある。このシナリオでは確かに次元4 の陽子崩壊は禁止されるが、複素構造モジュライを右巻きニュートリノだと同定できなくなることがわかった。これは、5・1・5 の相互作用をもつニュートラルな場がU(1) の電荷を持つことに起因する。すなわち、ニュートリノ湯川相互作用はU(1) のしかるべき電荷をもった場でなければ持てないのである。複素構造モジュライはU(1) に対する電荷を持たないので、ニュートリノ湯川相互作用を持つことができない。それに加えて、このシナリオではU(1) 対称性が強すぎて右巻きニュートリノのマヨラナ質量項までもが禁止される。したがって、ニュートリノの小さな質量を説明するためにシーソー機構を使うことができない。

ともあれ、F 理論では右巻きニュートリノが複素構造モジュライと同定でき、それを尊重する次元4 陽子崩壊問題の解法も得られた。これで、現象論への応用の準備が整ったわけである。以上の議論をもって学位論文とした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文の主題は超弦理論(特にF 理論) のコンパクト化に基づく素粒子の現象論であり、その枠組みにおいて右巻きニュートリノを同定する問題に焦点があてられている。本論文では右巻きニュートリノは複素構造のモデュライと同定できると提唱し、それが必要な湯川結合、及び許される範囲の質量を持ちうることを確かめた。また、この案が陽子崩壊問題の有力な解決法と矛盾しないことも確かめた。

本論文は6章からなる。第1章はイントロ。第2章でF 理論について、第3章で理論の重要な部分を8次元の場の理論として記述する方法についての復習が行われている。第4章において本題である右巻きニュートリノを同定する問題について論じられている。これまでのF 理論に基づく素粒子論の研究において、SU(5) 大統一理論に現れる自由度の全ての候補が同定されていた。しかし、左巻きニュートリノが極めて小さな質量を持つことを柳田等のシーソー機構を通して説明するためには、SU(5) 一重項である右巻きニュートリノも同定する必要がある。この章ではそれが内部空間(4次元カラビ-ヤウ多様体) の複素構造のモデュライであると提唱し、それが妥当であるかどうかを調べている。先ず、左右のニュートリノとヒッグス場の湯川結合が確かに出ることを第3章で述べた場の理論的記述法を用いて示している。また、複素構造のモデュライはF 理論の「磁束」に起因する質量を持つが、それを大雑把に評価すると、右巻きニュートリノが持つべきマヨラナ質量と大きく外れた値にはならないことを確認している。第5章では陽子崩壊問題の有力な解決法と右巻きニュートリノについての主提案が矛盾しないことを確かめている。第6章で結論と展望が述べられている。また、付録A で特異点についての数学、付録B で超弦理論の双対性、が記述されている。

なお、本論文の主要部分(第4章) は、Radu Tatar、渡利泰山との共同研究に基づいているが、論文提出者が主体となって計算及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

また、論文提出者はF 理論に基づく素粒子の現象論を一貫して研究して来ており、本論文において焦点を当てられたこと以外にも重要な結果を得ている。

したがって、博士(理学) の学位を授与できると認める。

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