学位論文要旨



No 127771
著者(漢字) 三石,郁之
著者(英字)
著者(カナ) ミツイシ,イクユキ
標題(和) NGC 253 銀河の爆発的星生成に伴うアウトフローのX 線による観測的研究
標題(洋) An X-Ray Study of the Starburst-Driven Outflow in NGC 253
報告番号 127771
報告番号 甲27771
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5774号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 吉田,直紀
 東京大学 教授 久保野,茂
 東京大学 教授 山本,智
 東京大学 教授 坪野,公夫
 名古屋大学 准教授 金田,英宏
内容要旨 要旨を表示する

1 研究の背景: 爆発的星生成に伴う銀河スケールのアウトフロー

宇宙に存在する水素やヘリウム以外の金属(以下、重元素)は、宇宙開闢以降、主に銀河中の超新星爆発により生成されたと考えられている。しかしながら、銀河から銀河間空間への重元素を含む物質の流出過程は、未だ明らかではない。現在、その流出過程として最も有力な説として爆発的星生成(以下、スターバースト)により引き起こされる銀河スケール(>kpc)のアウトフローが挙げられる。これはスターバースト領域にて連続的に起こるII 型超新星爆発により加熱された高温プラズマが星間物質を押しのけ、広がっていくというものである(e.g., Veilleux et al., 2005)。最終的にガスのもつ運動エネルギーが母銀河の重力ポテンシャルを上回る場合、ガスは銀河を抜け出し銀河間空間へと流出していく。つまり、加熱されたアウトフローガスはスターバースト領域を飛び出し、ディスク、ハロー、そして銀河間空間へと抜け出していく。

観測的には近年、いくつかのスターバースト銀河からディスクの外側までのびたX 線ハローの検出が報告されている(Strickland et al., 2004, Tsuru et al., 2007, Yamasaki et al.,2009)。また、そのいくつかのスターバースト領域にて、Hα観測から100 pc スケールの銀河面垂直方向への数100 km/s のアウトフローが報告されており(Shopbell et al., 1998;Westmoquette et al., 2011)、X 線との相関が知られている(Strickland et al., 2004)。しかしながら、アウトフローとして流出している高温ガスはX 線でしか観測できず、その速度やエネルギーを知ることは困難である。

一方ガスの化学組成については、スターバーストに起因するII 型超新星爆発に特徴的なα元素(O, Ne, Mg, Si など)に富んだガス組成比が期待される。しかしながら重元素汚染の鍵を握るX 線ハローガスが希薄で暗いため、これまでの衛星では制限をつけることができなかった。これに対しバックグランドが低く、α元素を含む低エネルギーでの輝線感度が最も高いすざく衛星により、スターバースト銀河ハロー内のX 線ガスの重元素組成比が初めて観測的に求められた(Yamasaki et al., 2009; Konami et al., 2011)。しかしながら統計不足や角度分解能に起因する点源からの漏れ込み除去が難しく、ハロー領域のガスの起源に迫ることはできていない。

2 本研究の目的と構成

本論文の目的は、スターバースト領域からハロー領域までを含めた、kpc を超える銀河スケールのスターバーストアウトフロー現象の観測的検証を行うことである。そのためにスターバースト銀河のディスク領域の高温ガスが超新星起源と考えられるか、またX 線ハローとディスク領域の化学組成比の定量的比較、X 線ハローを形成する高温ガスの温度分布、密度分布を観測から明らかにすることでハローが真にアウトフローしうるかを検証する。そのためにはα元素を含めた化学組成比を数10%の精度で決定し、またX 線ハローの温度を決めることが必要である。そこで私は近傍で明るく、ディスクとハロー領域の空間的切り分けが容易なエッジオン、かつ視直径が最も大きなスターバースト銀河NGC 253 に着目し、3 つの天文衛星すざく、Chandra、XMM 衛星を用い、NGC 253 の中心核・内側ディスク・外側ディスク・ハローについて解析を行った(図1 左)。

まず私は電波や赤外の観測から活発な星生成が示唆されているNGC 253 の中心核の解析を行い、X 線ホットガスの温度・密度およびその起源を調べた。次に中心核領域の外側に存在し、Hα観測からアウトフローが確認されている領域(以下、スーパーウィンド領域)の解析を行い、X 線ホットガスの温度・密度および化学組成を調べた。同様にスーパーウィンド領域の外側のディスク領域、ディスクの外側のハロー領域のX 線ホットガスの物理状態および化学組成を調べた。これらの各領域の解析を合わせることで、X 線ハローガスの起源、およびスターバーストに伴う銀河スケールのアウトフロー現象の観測的検証を行った。

本論文で用いるすざく衛星の観測は私がContact Co Investigator として共同観測提案を行いすざく衛星の国際公募観測による観測時間を得た観測である。XMM, Chandra 衛星は公開データを用いた。

3 銀河NGC 253 の中心核領域の解析と結果

すざく、Chandra、XMM 衛星によりNGC 253 の中心核領域の解析を行った。特にすざく衛星の高エネルギー(>6 keV)における高いエネルギー決定精度(<6 eV at 6 keV)と大きな有効面積をいかし、中心2.3 kpc 領域から中性鉄(Fe I)、水素様高階電離鉄輝線(Fe XXVI)を>99.99 %, 99.89 %の有意度で初めて検出した(図1 右)。さらに0.5 秒角の高い角度分解能をいかしたChandra 衛星の解析により、すざく衛星で観測された鉄輝線構造を特徴とするハードX 線が128×48 pc2 の非常にコンパクトな領域に集中していること、両輝線はこの領域内で広がっていることを初めて突き止めた。またChandra のFe XXV 輝線の強度と星生成に伴う非常に密度の濃い(~1024 cm-2)分子雲の位置との相関を初めて示した。

4 NGC 253 のスーパーウィンド・ディスク・ハロー領域の解析

中心核領域から300 pc 程離れた100 pc スケールのアウトフローが観測されているスーパーウィンド領域、厚さ3.4 kpc 以内のディスク領域および中心からディスク垂直方向に3.4~10 kpc まで広がるハロー領域をChandra、XMM、すざく衛星を用いて解析した。各領域のホットガスの温度・密度や化学組成を調べ、単温度では観測された輝線放射を説明できないこと、2 温度のプラズマでは説明できることを示した。また、各領域のスペクトルからはO, Ne, Mg, Si, Fe 輝線を特徴とした各種重元素の輝線が観測され、これらの領域から初めて化学組成比を求めることに成功した。8 kpc にもわたる各領域の温度が狭い温度範囲(kT=0.2-0.31 keV, 0.56-0.61 keV)に集中している結果を得た。特にハロー領域については、すざく衛星によるこれまでで最も統計の良いデータをいかし、得られた低温度プラズマに感度がある0.8-1.0 keV/0.4-0.8 keV でのハードネス比を算出することで、より空間分解能をあげた温度マップを作成した。その結果、1 温度で温度を表した場合、ディスクからハローにかけてfactor 3 程度温度が低下し、2 kpc 以降のハロー領域では、温度は20 %の範囲で一様であった(図2 左)。

5 議論および結論

まず私は中心核領域で観測されたハードX 線放射の起源を議論した。観測された輝線強度を考慮すると、Fe I、Fe XXV の両輝線を全て点源だけで説明するには、極端に多くの個数を要することが分かった。そこで広がった天体起源として考えると、Fe XXV は10-1000以下の超新星残骸で説明できる。Fe I は、中心核領域からのX 線放射が分子雲によって反射され生じた蛍光X 線と考えて矛盾しない結果を得た。これにより、NGC 253 の中心核では密度の濃い分子雲が集中するようなスターバーストに伴い、多量の超新星爆発が起こっている、という描像が示唆される。

次にX 線ハローとディスクの高温ガスの起源について議論した。各領域で観測されたX線ガスの化学組成比を図2 に載せる。ガスに含まれる各重元素の比O/Fe, Ne/Fe, Mg/Fe,Si/Fe は90 %のエラーの範囲内でスーパーウィンド・ディスク・ハロー領域全てで一致していた。これは外側のX 線ハローガスの起源として、内側のガスと考えても矛盾しないことを意味する。またその化学組成比から、II 型超新星爆発が支配的であることが初めて観測的に示された。以上、中心核からの放射がスターバーストに伴う高温ガス起源と考えられること、X 線ハローガスがディスクおよびより内側のスーパーウィンド領域と同じ起源、かつII 型超新星爆発により生成されたと示唆されることから、ハロー高温ガスが中心核で生じ、ディスクを通じてハローに到達している描像が描かれる。最後に、私は得られた輝度分布とハードネス分布が各々密度の二乗および温度に比例すると仮定し、それらの関係を調べた結果、ディスク領域までは断熱膨張、ハロー領域では自由膨張でおおよそ表されという結果を得た。

以上のように、本論文ではスターバースト銀河NGC 253 のX 線観測により、中心核付近からハローまでの数kpc スケールの高温ガスが、すべてII 型超新星起源と考えられること、またディスク内でのガス膨張では断熱過程が、ハローではほぼ自由膨張が支配的であることを示した。

図1: (左)すざく衛星による0.4-1.0 keV バンドでのNGC 253 銀河。シアンは中心核、マゼンタはスーパーウィンド、オレンジはディスク、緑はハロー領域。(右)中心2.3 kpc から初めて検出されたFe I (6.4 keV), Fe XXVI (7.0 keV)を含めた鉄輝線構造。

図2: NGC 253 のハードネス比(左)と各領域のX 線ガスの化学組成比(右)。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章からなる。第1章はイントロダクションとして、銀河間物質の重元素汚染機構の一つとして星形成銀河からの銀河風が紹介され、化学組成や水素輝線の観測をもとに、多数の超新星爆発をエネルギー源とする説を論じている。そして近傍の典型的な爆発的星形成銀河として、本研究の観測対象であるNGC 253 を取り上げる。第2章では 円盤状銀河からのアウトフローについて総括し、次にNGC 253に対する他波長観測から判明した事柄を詳細に論じている。電波、赤外線および可視光による観測からは豊富なデータが得られており、銀河中心核とその周辺の高速ガス流を伴う星形成領域、銀河円盤部、さらにハロー領域のそれぞれについて星間ガスの状態や組成、運動学的情報が得られている。ここに、すざく衛星によるX線分光観測を加えて、NGC253銀河からの銀河風駆動機構を解明するという本研究の目的が提示される。

第3章では本研究の観測に用いたX線観測衛星を解説している。主要な観測に用いたすざく衛星、NGC253銀河のデータを以前に取得した欧州のXMM-Newton衛星、米国のChandra衛星のそれぞれの観測機器の特色をまとめている。特に重要なすざくのX線撮像分光装置XISについてはCCDの感度や背景ノイズに至るまでの詳細を提示し、本研究で対象とする薄く広がった高温ガスの観測に適していると確認している。

第4章では自らが提案したすざく衛星による観測と、XMM-Newton, Chandra衛星によるアーカイブデータの観測回数、露出時間を明示し、解析にもちいたソフトウェア、手法、背景信号の除去法がまとめられている。

以降3つの章ではNGC 253銀河の領域ごとにX線撮像分光観測による結果を示す。第5章では、銀河中心核領域の分光データを用い、6-7 keV付近の成分と5-8keVにわたる連続光成分を調べ、中性鉄Fe I および鉄の高階イオンFe XXVI による輝線を初めて検出した。さらに、角度分解能の高いChandra衛星の観測と組み合わせ、両輝線の源がコンパクトな天体ではなく、領域内に広がったものであることを突き止めた。

第6章では、中心部周辺でアウトフローが観測されているスーパーウィンド領域と銀河円盤面周辺の熱いガスのスペクトルを、低温成分(kT=0.2keV)と高温成分(kT=0.6keV)による二温度モデルで説明した。このモデルに基づき、4つのα元素(O, Ne, Mg, Si)の組成比を数十パーセントの精度で決定した。

第7章では、すざく衛星によって得られたハロー領域のスペクトルを解析し、ハロー領域での化学組成を決定した。また、プラズマのハードネス比を算出し、高分解能の温度マップを得ることに成功した。

第8章では以上の各領域についての結果を総合し、(1) 中心部からの鉄輝線は多数の超新星爆発で説明できること、(2) 重元素組成が全領域で整合し、その組成比から起源はII型超新星爆発が支配的であること、(3) 高温ガスはハロー領域で毎秒25 キロメートル以上の速度で自由膨張していると考察した。以上3つの結果を総合し、NGC253周辺のX線ハローガスが、中心部および銀河円盤部でおこった爆発的星形成により駆動されたと結論づけられる。

なお、本論文第5章と第8章の一部、鉄輝線のスペクトル解析に関する部分は山崎典子氏、竹井洋氏との共同研究をもとにしているが、高エネルギー領域でのすざく衛星のエネルギー分解能を活かした鉄輝線の観測という着想は論文提出者本人が得たものである。すざく衛星の観測データを共同提案者として取得、さらにChandra衛星、XMM-Newton衛星のアーカイブデータの取得、解析は論文提出者が行った。スペクトル成分分解や鉄輝線の起源に関する結果は全て論文提出者が計算し、考察を与えたもので論文提出者のオリジナルな成果である。また、第7章も山崎典子氏、竹井洋氏との共同研究をもとにしている。NGC253の銀河円盤部-高速流領域-ハロー領域を総合して解析しそのアウトフロー機構を解明するという方法は論文申請者自らが提案したもので、重元素量の測定やハロー領域での銀河風の速度に対する制限など主要な結果は論文提出者が計算し、考察を与えた。論文提出者のオリジナルな成果であると判断する。

銀河間物質の重元素の起源は宇宙物理学に残る大きな謎の一つである。本論文はその一つの機構として星形成銀河からの高速銀河風に着目し、X線観測により銀河風速度や重元素量を明らかにした。機器バックグランドが低いというすざく衛星の特色を活かした世界最先端の研究であり、現在稼働中、および将来のX線望遠鏡を用いた観測に大きな示唆を与える。銀河ハローの高温ガスおよび銀河間物質の重元素汚染の起源に迫る重要な研究成果である。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク