学位論文要旨



No 127784
著者(漢字) 鈴木,昭宏
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,アキヒロ
標題(和) 大質量星の重力崩壊に付随する高エネルギー放射の理論的研究
標題(洋) Theoretical studies of high-energy emissions associated with the gravitational collapse of massive stars
報告番号 127784
報告番号 甲27784
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5787号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 梶野,敏貴
 東京大学 教授 常田,佐久
 高エネルギー加速器研究機構 准教授 井岡,邦仁
 東京大学 准教授 蜂巣,泉
 東京大学 准教授 梅田,秀之
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、大質量星が重力崩壊を起こした際に放射される高エネルギー放射を理論的に扱った研究である。大質量星が重力崩壊を起こすと、重力崩壊型超新星となって様々なエネルギーの光子を放出して輝く。超新星爆発の研究は、主に爆発から数日-数百日後に渡る可視光放射からの情報によって発展してきた。近年では、観測技術の向上やX線γ線天文学の発展とともに爆発の瞬間に付随する放射を捉えることが可能になってきた。このような時期には、可視光より高エネルギーなUV,X線,γ線が放射される。これらの高エネルギー放射は、鉄コアの崩壊によって発生した衝撃波の星大気での伝播や衝撃波によって加熱された媒質の情報を含んでいると思われるが、放射機構に関しては未解明な部分も多い。本研究では、高エネルギー放射の光度曲線やスペクトルといった特徴から、その放射領域で起こっている過程を支配している物理量にどのような制限が付けられるか、という視点から研究を行った。

第1章では、星の進化とその最終段階の簡単なレビューを行い、大質量星が最終的に鉄でできた核の光分解によって崩壊することを解説する。また、重力崩壊から超新星爆発が起こるまでの過程の現在の理解を概観する。重力崩壊型超新星は親星の状態(爆発時に水素,ヘリウムからなる外層が残されているかどうか)によってII型,Ib型,Ic型に分類される。特に、Ic型超新星の一部には、ガンマ線バーストが付随することが知られており、その観測的証拠を紹介する。第2章では、超新星shock breakoutからの非熱放射と光度曲線のモデリングを扱う。第3章では、ガンマ線バーストの起源となる、大質量星のコアに注入された相対論的なジェットの伝播の数値シミュレーションを行った結果を示し、その結果から放射機構への示唆を議論する。第4章において、行った研究の総括を行い、将来の超新星shock breakout及びガンマ線バースト研究への見通しを述べる。また、Appendixにおいては、本研究で用いた手法について解説した。相対論的流体力学の基礎方程式を導き、高エネルギー放射を考える上で重要となる物理過程や有用な公式をまとめた。本研究で用いた数値手法の詳細についてもまとめられている。

超新星shock breakoutとは、超新星爆発が起こる際に、星の内部で発生した衝撃波が星の表面から星間空間へ突き抜ける現象である。このとき、衝撃波面の周りで電子散乱を繰り返していた大量の光子が放出されるため、UV又はX線で強く光る。2008年に観測されたX線バーストXRF080109は、超新星SN2008Dのshock breakoutを捉えたものだと考えられているが、そのスペクトルは理論的に予測されていた熱放射とは異なり、power-law成分を含んでいた。その上、UV放射は観測されなかったため、その放射をシンクロトロン放射だと解釈するのは難しい。そのような非熱放射の説明として、光子が衝撃波の上流と下流をまたいで電子散乱を繰り返すbulk Comptonizationという過程によって、非熱成分が作られるというモデルがある。そこで私は、衝撃波面でのbulk Comptonizationによって非熱的光子がつくられるという仮定の下で、放射の非熱成分から星の大気を伝搬する衝撃波の情報が得られないかと考え、モンテカルロ法に基づいた輻射輸送計算を行った。 大気を伝搬する衝撃波の振る舞いを流体方程式の自己相似解によって記述し、熱的なスペクトルを持った光子の集団を衝撃波面に注入した。その結果、電子散乱によって冪的なX線スペクトルを持った放射が形成されることを示し、その冪指数が観測されたX線スペクトルをよく再現することを見いだした(図1)。さらに、異なる衝撃波速度を仮定した計算を行うことで、bulk Comptonizationによる非熱光子生成が効率的に起こるためには、衝撃波速度が光速の30%程度より大きくならなければならないことを示した。 また、その光度曲線がどのように決定されるかを理解するために、超新星爆発時に星の内部で発生した衝撃波がどのように表面に到達するかを流体計算によって調べた。 その結果、光度曲線が重力崩壊によって解放されるエネルギーの非球対称性の度合いを強く反映する可能性があることが分かった。これは、観測されたshock breakoutの光度曲線から、超新星爆発における鉄コアでのエネルギー注入に制限がつくことを示唆する。

一部の重力崩壊型超新星ではガンマ線バーストが付随することが知られている。これは、何らかのメカニズムによって、重力崩壊によるエネルギーが極端に非等方的に解放されることで、超相対論的な速度で伝搬するジェットが形成され、そのジェットがガンマ線を放射する現象だと考えられている。私は、ジェットからのガンマ線放射過程を理解するため、大質量星を貫くジェットの数値シミュレーションを行った。シミュレーションは自ら開発した2次元球座標相対論的流体コードによって行い、鉄コア付近に注入されたジェットが星表面から飛び出して、星間物質中を伝搬する様子を再現した(図3)。ジェットと星との相互作用により、光学的に厚いシェルが形成されることを確認し、シェルの密度や圧力の変化が時刻の冪乗で表されることを見いだした。シェルは星間(星周)物質中を伝搬する間、homologousに膨張していく。従って、その密度は時刻の-3乗に従って減少していく。また、シェル内の物質はradiation-dominatedであり、断熱的に冷えるため、その温度は時刻の-1乗で減少する。そこで、断熱的に冷えていくシェルの光球からの黒体放射を時間的に畳み込むことで、シェルからの放射がジェット軸上の観測者からどのように見えるかを計算した。結果として得られた光球放射のスペクトルは、ガンマ線バーストの典型的な放射スペクトルの一部の成分を再現する。また、シェルが黒体放射をしていられる時間は、シェルの密度に強く依存する。シェルの光学的厚みがすぐに1を下回るような場合には、Planck分布に近いスペクトルとなる。

また、より長いタイムスケールでのジェットの伝播を調べるために、さらにシミュレーションを続けた。ジェットは次第に減速し、ジェット中をその根元に向かって伝搬する逆行衝撃波が形成される。Ic型超新星の親星は、水素層及びヘリウム層がはぎ取られた状態で爆発するため、親星が爆発前にその質量の一部を星風として放出していると考えられる。このような環境でのジェットの伝播を考えるため、星周物質として、m a s s - l o s s r a t eMdot=10-2[M〓/yr],速度1000km/sの定常な星風を仮定したシミュレーションも行い、結果を薄い星周物質(Mdot=10-7[M〓/yr])を仮定した場合と比較した。どちらの場合も、星周物質の外側は一様な星間物質(個数密度100[/cc])に接続している。星周物質の密度の違いは、順行衝撃波によって加熱された媒質の圧力の時間依存性に反映される。ジェット軸上の観測者から見た、圧力の時間変化を計算し、その時間依存性の違いがガンマ線バーストの残光放射の光度曲線に反映される可能性を指摘した。

図1: 超新星shock breakoutからの放射スペクトルの計算結果

図2:超新星shock breakoutが起こる仕組み。星の内部を伝搬する衝撃波が十分深い位置にあるとき(左)は放射は星の外へ出られない。一方、衝撃波が表面付近まで到達すると、放射が抜け出せるようになる。

図2: 星の中での衝撃波の伝播の流体シミュレーション。星の子午面の1/4を計算領域として、z軸方向に速度の大きな衝撃波を注入する。その結果、z軸方向に進む衝撃波は早くに星表面に到達するのに対し、x軸方向に進む衝撃波はそれに遅れて表面に到達する。

図3: GRB jetのシミュレーション結果の一例。各パネルはローレンツ因子(左)と密度(右)の空間分布のスナップショットを表している。

図4: シェルからの光球放射のスペクトルの例。断熱的に冷えていくシェルからの黒体放射の重ね合わせで冪的分布を持ったスペクトルが形成される。

図5: 逆行衝撃波が形成される様子。左右の図はそれぞれ濃い星周物質を仮定した場合(左)と薄い星周物質を仮定した場合(右)。各パネルは上から、ジェット軸に沿ったローレンツ因子(上),密度(中),圧力(下)の分布を示している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、大質量星が重力崩壊を起こした際に放射される高エネルギーX線およびγ線放射の理論モデルを構築し、最近観測されたX線バーストやガンマ線バーストの非熱的放射が示す光度曲線とエネルギースペクトルの特徴から、重力崩壊型超新星によって物質が星間空間に放出されるダイナミクスを解明した研究をまとめたものである。本論文は4章と付録からなる。

第1章は導入部である。この章では、まず恒星のうち太陽質量の約8倍以上の質量を持つ大質量星の構造進化と、進化の最終段階で迎える重力崩壊について概観している。特にIc型超新星の一部には、ガンマ線バーストが付随している観測的な証拠を紹介している。近年の観測技術の向上およびX・γ線天文学の発展によって、これまで観測が不可能であった爆発の初期段階のスペクトル中に非熱的成分が検出できるようになったことを指摘している。非熱的成分が衝撃波の伝搬に起源を持つと考えられることに着目し、本論文で、衝撃波が星内部を突き抜けて大気に達した瞬間に起こるX線放射(超新星ショックブレイクアウト)、および超相対論的ジェットからのガンマ線放射(ロングガンマ線バースト)の解析的および数値的な流体モデルを独自に構築し、高エネルギー光子の非熱的放射機構の数値シミュレーションを実行することによって、重力崩壊型超新星から物質が星間空間に放出されるダイナミクスを解明するという目的が述べられている。

第2章では、超新星ショックブレイクアウトからの非熱的放射についての研究がまとめられている。この章の前半では、まず、モンテカルロ法に基づいた輻射輸送計算コードを独自に開発し、星の大気中を伝搬する衝撃波の流体モデルを自己相似解から構成したことが詳細に説明されている。熱的光子が衝撃波面の上流と下流をまたいで電子散乱を繰り返すbulk Comptonizationと呼ばれる過程を数値シミュレーションによって分析した結果、電子散乱によってべき的なX線スペクトルが作りだされることを見出し、これが超新星2008Dのショックブレイクアウトを捉えたものと考えられるX線バーストXRF080109のX線スペクトルの観測から明らかにされた非熱的成分のべき指数に一致することを見出した。さらに、衝撃波速度をパラメータとして変化させた数値計算を行い、X線の放射スペクトルに非熱的成分が卓越する条件として、衝撃波速度が光速度の30%程度以上になる必要があることを明らかにした。後半では、超新星の球対称爆発からのずれがショックブレイクアウトの光度曲線に及ぼす影響を議論している。星の中を伝搬する衝撃波が星表面に到達するまでを流体シミュレーションによって数値的に再現し、星コアにおけるエネルギー解放の非球対称性の度合いによって衝撃波の到達時刻がどのように変わるかを計算した。到達時刻の角度分布をもとに、幾何学的な放射モデルを用いて様々な視線方向から観測した場合の光度曲線を計算し、光度曲線が爆発の非球対称性を強く反映することを見いだした。

第3章では、ガンマ線バーストからの高エネルギー光子の放射についての研究がまとめられている。論文提出者は2次元球座標相対論的流体コードを独自に開発し、これを用いて、大質量星コアに注入されたローレンツ因子が100を超える相対論的なジェットが、108秒以上の長時間にわたって徐々に減速しながら星間物質中を伝搬し、約1019cmの距離に至って消失するまでの過程を数値シミュレーションによって追跡した。相対論的ジェットが自己相似的に膨張し伝搬していく過程での光球放射のスペクトル計算から、ガンマ線バーストGRB990123およびGRB080916Cの観測で発見されたプロンプト放射に見られる低エネルギー成分を説明出来ることを見いだした。また、相対論的ジェットの減速過程は星周物質の有無に強く影響され、その過程が残光に対応していることを定量的な数値シミュレーションで明らかにした。このように初期段階から長時間にわたって一貫して理論計算を行ってガンマ線バースト放射機構を解明したのはこれが世界で初めてである。

第4章では、本研究で得られた結果が要約され、今後の研究の展望が述べられている。

付録A~Dでは、それぞれ流体力学の方程式系の導出、電子散乱が優勢な媒質中での放射輸送方程式の導出、高エネルギー放射に関する基礎的な事項と相対論的な速度で運動している物体からの光子放射を計算する際に用いる諸公式、論文提出者が独自に開発し本研究で用いた数値シミュレーション計算コードの詳細がまとめられている。

以上、本論文は重力崩壊型超新星の爆発の初期段階における高エネルギー光子の非熱的成分の生成・放射機構を理論的に研究し、大質量星の大気を伝播する衝撃波およびジェット状爆発によって物質が放出されるダイナミクスを、X・γ線天文学の観点から解明できることを明らかにした先駆的な研究である。上記の独創的な研究成果は高く評価でき、今後の当該研究分野の発展に大きく寄与することが期待される。

なお、本論文の2章の内容の一部は茂山俊和との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行っており論文提出者の寄与は十分であると判断できる。3章の内容は論文提出者の単著論文として現在投稿中である。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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