学位論文要旨



No 127787
著者(漢字) 中村,友彦
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,トモヒコ
標題(和) 30ミクロン撮像観測による高輝度青色変光星星周ダストの分析
標題(洋) 30-micron imaging and analysis of circumstellar dust around Luminous Blue Variables
報告番号 127787
報告番号 甲27787
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5790号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,卓也
 東京大学 教授 村上,浩
 東京大学 准教授 田中,培生
 東京大学 准教授 奥村,幸子
 宇宙科学研究所 准教授 山村,一誠
内容要旨 要旨を表示する

我々は高輝度青色変光星(Luminous Blue Variables;LBVs)の高解像度30ミクロン撮像観測を行った。この観測は新規開発された中間赤外線観測装置MAX38(Mid-infrared AstronomicaleXplorer)を東京人学アタカマ天文台miniTAO 1m望遠鏡に取り付けて行われた。miniTAO/MAX38は地上望遠鏡からの30ミクロン撮像観測に世界で初めて成功した装置となった。

初期宇宙に存在する大量のダストの起源は現代の天文学の重要な問題の1つである。LBVはこのダストの供給源として有力視されている天体の一種である。近年の観測によって、近傍のLBVの多くは0.01~0.1太陽質量程度のシェル状やトーラス状の星周ダストに覆われていることが分かってきた。このダストの量は大質量星の進化過程における他の分類の星よりも非常に大きいものである。このような大量のダストがLBVの周囲でいつどのように形成されているかはよく分かっていない。これらのダストの多くは典型的に100K程度の温度で存在しているので、LBVの星周ダストを調べるためには30ミクロン撮像観測をすることが重要である。にもかかわらず、高空間分解能での30ミクロン撮像観測はこれまで行われていなかった。

我々は30ミクロンで回折限界像を取得できる中間赤外線観測装置MAX38を開発した。MAX38はチリ・アタカマ砂漠のチャナントール山頂(5,640m)にあるminiTAOlm望遠鏡に取り付けられる。この地域は可降水量(PWV)が非常に低いため、これまで地上望遠鏡からは行われて来なかった30ミクロン帯の撮像観測が可能である。また、我々はMAX38に内蔵される冷却チョッパーの開発を行った。冷却チョッパーは極低温で動作するビーム切り替えのための振動鏡システムであり、中間赤外線観測で大気放射に起因するノイズを除去するために必要とされるチョッピング観測を行うための新しいアプローチである。性能評価試験によって冷却チョッパーは中間赤外線観測に十分なチョッピング周波数(最大6.3Hz)とポインティング精度(0.05秒角)を持っていることを確認した。

miniTAO望遠鏡で30ミクロン観測が行えることを確認するため、大気放射の分光観測を行った。そのために大気分光用の低分散グリズムの開発も行い、大気放射のスペクトルを取得して大気透過率を評価した。その結果、PWVが1.3mm以下の時に約10%のピーク透過率を持つ大気の窓が現れることを確認できた。この結果から、miniTAO/MAX38は年間の半分以上の時間で31.7ミクロンの観測ができ、また37.3ミクロンの観測は年間の4分の1以上の時間で行えると見積もることができた。

30ミクロン帯では大気放射の変動が大きく、データ解析の際にいくつかの困難が生じた。30ミクロン観測において取得される画質を改善し測光精度を向上するために、2つの新しい画像解析手法を開発した。1つ目は加重平均法(weighted averaging method)である。これは画像中の大気放射成分を経験的な推定によって取り除く手法である。この手法をいくつかの観測データに適用し、画像に残ってしまっていた大気放射に起因するムラを取り除くことができることを確認できた。加重平均法は中間赤外線観測の、特に空間的に広がった天体の観測において非常に有効で、効率的な観測を実現できる。

2つ目の手法はセルフスカイ較正法(self sky calibration method)である。30ミクロン帯での大気透過率は短いタイムスケールで強く変動するため、大気透過率を正確に補正することが測光観測において必須と言える。セルフスカイ較正法とは大気放射の明るさを対象天体と同時に測定し、大気透過率を見積もって補正をする手法である。この手法によって30ミクロン帯の測光観測において測光精度を有意に向上させることができた。

我々はEtaCarinaeの高空間分解能観測を30ミクロン帯で行った。EtaCarinaeはLBVでのダスト形成を理解する上で最も良いサンプルの一つである。EtaCarinaeは双極状のシェル(polarlobes)と連星の公転面上のトーラス(equatorial torus)からなる人形星雲(Homunculus Nebula)で有名なLBVの1つである。miniTAO/MAX38はHomunculus Nebulaを30ミクロンで初めて空間的に分解することに成功した。トーラスには0.09太陽質量のダストが含まれており、これはHomunculusNebulaに存在する全ダスト質量(0.12太陽質量)の約80%に相当する。また、polarlobesの内部に0.012太陽質量のダストが存在することも分かった。ダスト形成がgianteruptionの起きた1843年から一定の割合で起きていたと仮定すると、ダスト形成率は7×10〈(-5)太陽質量/年と推定される。これは典型的なWolf-Rayet連星系でのダスト形成率と比べても非常に大きな値である。これは、大質量星の連星系が初期宇宙でのダスト形成において大きな役割を担っていた可能性があることを示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、世界で初めて地上からの波長30ミクロン帯の中間赤外線での天体観測を行い、そのための新しい観測・解析手法を提唱・実証したものである。さらに、その手法を用いて、同波長帯ではこれまでにない高い空間分解能の観測で進化の進んだ大質量星である ηCar の構造を分解し、その固体微粒子の空間分布を明らかにした。

本論文は8章からなる。第1章はイントロダクションであり、宇宙空間で様々な天体現象に重要な役割を果たす星間固体微粒子が、特に大質量星の質量放出によってどのように形成されてきたかについて十分に理解されていないことを述べている。大質量星の一生のうち、その最後である超新星爆発によって固体微粒子が形成されていることは知られているが、最近、超新星爆発前に形成された固体微粒子の方が遙かに多いことが明らかになりつつある。なかでも、高光度青色変光星(LBV: Luminous Blue Variable)時代の物質流出が大きいことから、その時代の固体微粒子形成が重要な役割を果たしていることが予想される。

第2章は観測に用いたMini TAO望遠鏡とその設置場所であるチャナントールサイトの優れた観測条件、及び中間赤外線観測装置MAX38についての紹介である。

第3章では、中間赤外線観測には欠かせない"大気放射バックグラウンドを差し引く"冷却装置内チョッピング機構の開発について述べている。通常、チョッピングは望遠鏡の副鏡を振動させて行うが、観測装置内部の鏡を振動させることによりチョッピングを実現する機構を開発した。MAX38内部は10K以下に冷却されているため、この温度で動作する必要がある。そこで、低温でも安定して動作するように改良したピエゾ素子を用いてチョッピング機構を実用化した。

第4章はチャナントールサイトの30ミクロン帯観測に関しての評価である。大気放射スペクトルを取得して透過率に換算し、大気透過率のシミュレーションとの比較を行って整合的であることを示した。この結果から、可降水量(PWV: Precipitable Water Vapor)が1.3mm(実現確率60%)、0.56mm(実現確率25%)以下の場合にはそれぞれ30ミクロン、37ミクロンでの観測が可能であると結論している。

第5章では、加重平均法による大気放射の変動ノイズの除去について述べている。通常のチョッピング観測では、大気放射の変動よりも短い時間内に天体画像とすぐ近くの比較画像を取得し、両者を差し引くことで変動ノイズを除去している。しかし、早いチョッピングを行うとデータ取得効率が下がり、また、拡がった天体の場合には比較画像が取れないなどの困難がある。そこで、論文提出者は、大気放射のパターンは多数の画像のなかには似たものも存在するかもしれないというアイデアにもとづき、"差し引き後の残差を最小にする多数の比較画像の加重平均"を比較画像として採用する手法を考案した。そして、実際の30ミクロン帯の観測データを用いて、大気変動パターンの除去に成功し、かつ、通常のチョッピングの場合に比べて10%程度のS/N比の損失で済み、実用的であることを示した。この手法は10,20ミクロン帯にも応用できることが期待され、特に拡がった天体に対しては唯一の観測法であり、実際の観測においての実用的価値の高い手法である。

第6章では、大気透過率の変動の激しい30ミクロン帯で測光を可能にするセルフスカイ較正法について述べている。通常の天体測光観測では、大気透過率の変動が小さいと思われる時間内に測光標準星の観測を行って、そのカウント値の比から天体の明るさを求める。しかし、30ミクロン帯は大気透過率の変動が非常に激しく、この手法では誤差が非常に大きくなる。そこで、論文提出者は、大気の温度を一定と見なし大気放射量から透過率を推定して天体測光の較正に用いる方法を提案している。そして、実際の観測データで大気透過率の補正が十分に行えることを実証した。この手法は電波観測では標準的に行われているが、赤外線観測では世界初である。

第7章は、LBVであるηCar を取り囲む人形星雲の波長18.7から37ミクロンの中間赤外線観測にもとづいて、固体微粒子の分布について論じている。この波長帯では最も高空間分解能の観測により、100K程度の低温の固体微粒子の分布(柱密度)と温度分布を初めて導出した。すなわち、主に伴星の最接近時に誘発された質量放出による赤道方向のトーラスに0.09太陽質量の固体微粒子、過去の爆発的増光により双極方向に放出されたシェル構造及びその内部にそれぞれ0.015, 0.012太陽質量の固体微粒子が分布することを明らかにした。

第8章はまとめと結論である。

人工衛星などに搭載された望遠鏡によって行われてきた30ミクロン帯の中間赤外線観測は、世界最高地点の観測所に設置されたMini TAO望遠鏡の大きな目的の一つであった。論文提出者は、これまでの手法では乗り越えられない問題を、冷却装置内チョッピング機構の実用化、加重平均法による大気放射変動ノイズの除去・セルフスカイ較正法の2つの新手法の提案・実証により克服し、地上からの30ミクロン帯中間赤外線観測法を確立した。さらに、大質量星の進化の進んだ段階にあるLBVについての高空間解像度観測から、大質量星の固体微粒子の形成について貴重な示唆を与えている。このように、本論文は新しい波長帯の観測手法の確立とそれを用いた天文学的成果を得た非常にオリジナリティの高い研究である。

本研究は、宮田隆志、酒向重行、浅野健太郎、内山瑞穂、上塚貴史、本原顕太郎、小西真広、諸隈智貴、越田進太郎、舘内謙、吉井譲、土居守、河野孝太郎、川良公明、田辺俊彦、峰崎岳夫、高橋英則、青木勉、征矢野隆夫、樽沢賢一、半田利弘との共同研究であるが、論文提出者が主体となってデータ解析、分析、検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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