学位論文要旨



No 127788
著者(漢字) 成瀬,雅人
著者(英字)
著者(カナ) ナルセ,マサト
標題(和) アンテナ結合超伝導共振器を用いたミリ波カメラ
標題(洋) Millimeter-wave camera using antenna coupled superconducting resonators
報告番号 127788
報告番号 甲27788
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5791号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,孝太郎
 東京大学 教授 小林,秀行
 東京大学 教授 満田,和久
 東京大学 教授 村上,浩
 国立天文台 教授 稲谷,順司
内容要旨 要旨を表示する

ミリ波・サブミリ波は、宇宙晴れ上がりの瞬間(宇宙誕生から38 万年後)を捉えることができる宇宙背景放射 (W. Hu and S. Dodelson, 2002), 銀河が最初に形成されたころ(10 億年後)の情報を持つ赤方偏位した遠方銀河団 (S. Chapman et al., 2005)、さらには近傍銀河での星形成(F. Motter etal., 2007)といった様々な時代の天体現象を観測することができる。このように幅広い時代に渡る宇宙の進化を解明するためには、ミリ波サブミリ波での広視野サーベイ観測が極めて有力な手段である。また、2011 年にALMA (Atacama Milimeter/submillimeter Array) の初期観測が開始された。ALMA は極めて高い角度分解能0.01"を持ち、30-950 GHz 帯を10 の周波数帯域で観測する極めて強力な観測装置である。ALMA と相補的な役割をする、広視野高感度観測装置の開発が世界中で行われている。

このような背景のもと超伝導検出器を用いた天文学用のミリ波サブミリ波カメラの研究開発を行った。本研究の開発目標は地上観測限界(NEP~1×10-16 W/Hz1/2)以下の検出器を実現すること、及び1000 素子規模のミリ波サブミリ波連続波カメラ開発のために光学系を含めた検出器システムを試作し、動作を実証することであった。さらに、将来の衛星計画を見据えた検出器のさらなる高感度も目指した。

カメラに用いる検出器としてMKID (Microwave Kinetic Inductance Detector)と呼ばれる超伝導共振器の性質を利用した検出器を採用した。この超伝導検出器にDSA (Double slot antenna)を組み合わせ、集光系としてレンズアレイを採用した。MKID は超伝導伝送線路(coplanar waveguide,CPW)を用いたLC 共振回路によって構成されており、共振周波数は3-8 GHz のマイクロ波帯に設計されることが多い。これはマイクロ波帯が共振器を製作するうえで都合のよい大きさであることと、マイクロ波帯では雑音温度5 K 程度の低雑音アンプが利用可能なことが理由である。超伝導共振器によるミリ波光子の検出原理は、以下のとおりである。超伝導ギャップエネルギー以上の周波数の光子がMKID に入射することで超伝導膜内のクーパー対が壊され、超伝導膜の表面インダクタンスが変化する。このインダクタンス変化が共振の強度及び位相のずれを引き起こす。このずれを透過損失の強度と位相として読み出すことでミリ波サブミリ波が検出される。

また、カメラ開発にとってMKID が持つ好ましい特徴として以下の3 つがあげられる。

1, 原理的な検出器感度限界 (NEP, Noise Equivalent Power) は10-20 W/Hz1/2 以下であり、これは宇宙での背景雑音限界以下である。ただし、超伝導共振器の感度限界は、超伝導体内の準粒子寿命によって制限され、デバイス基板や超伝導表面の酸化物などが超過雑音を引き起こすとされる。

2, 各素子の共振周波数を少しずつずらしておくことで、周波数多重読み出しを行うことができる。これによって、数100 素子のカメラをわずか2 本の同軸ケーブルで動作させることができる。

3, 超伝導共振器はCPW で構成可能であり、1 層の超伝導膜と1 回のエッチングプロセスを行うだけで検出器を構成することが可能である。この単純な構造によって、不良素子数の減少及び素子間の性能ばらつきを抑えることが期待される。

MKID の性能は準粒子寿命が長く、共振のQ 値が高いほど良い。そこで、本研究では高感度化を目標として、超伝導薄膜の品質と準粒子寿命の関係性の解明並びに検出器感度を制限していた超伝導共振回路のQ 値頭打ちの原因追究を行った。そのために、高品質Al 膜を作製するために分子線エピタキシー(MBE, Molecular Beam Epitaxy) 装置を国立天文台内のクリーンルームで立ち上げた。また、検出器評価のために、0.1 K 希釈冷凍機を立ち上げた。測定系はデルフト工科大学のシステムを参考に組み上げ、検出器の電気的NEP, カメラの光学的NEP の測定を行った。

第3 章では超伝導ギャップエネルギーを複素数化することによって、超伝導接合(SIS) の電流電圧 (IV) 特性ならびに、超伝導薄膜の表面抵抗の超過損失の双方をうまく説明できることを示した。超伝導薄膜の表面抵抗を計算するために、複素伝導度の計算理論であるMattis-Bardeen (MB) 理論に複素ギャップエネルギーを適用した。その結果、具体的には、NbN/MgO/NbN 接合のIV 特性と、同じデバイスから求められたテラヘルツ帯での表面抵抗を共通の超伝導ギャップエネルギーの値で再現できることを示した。さらに、複素ギャップを適用したMB 理論によって、超伝導共振器のQ値の温度依存性もうまく説明できる可能性を示した。

BCS(Bardeen, Cooper, Schrieffer) 理論から導かれる準粒子寿命は温度が低くなるにつれて指数関数的に増加するが(Kaplan, et al, 1976), 超伝導Al 膜の場合には、超伝導転移温度の1/6-1/8 の温度で頭打ちになることが報告されている(Baselmans, et al. 2008)。この準粒子寿命の頭打ちの原因として、磁性不純物・外部磁場・超伝導薄膜内のGrain Boundary や結晶欠陥などがあげられる。Al 膜に、同量の磁性不純物Mn とAl を打ち込んで準粒子寿命を比較した実験では、不純物の種類に関係なく寿命が1/10 の程度になることが報告されている(Barends, et al. 2009)。この結果から示唆されるのは、準粒子寿命を長くするためには超伝導膜の欠陥を少なくすることが必要だということである。そこで、低温でのマイクロ波における誘電損失が小さい(tanδ<10-4), Si 基板上に結晶成長するAl を使って超伝導の膜質が準粒子寿命に与える影響を調べた。

第4 章では国立天文台のクリーンルームで分子線エピタキシー装置を立ち上げ、Si(111)基板上にAl(111)が、Si(100)上にはAl(110)が結晶成長することを高速電子回折 (図1) 及びX 線回折を使って確認した。Al 膜を結晶化することによって、150 nm 厚のAl 膜の残留抵抗比(RRR)を20 に向上させることができた。また、成膜時の基板温度を上げることによってRRR は改善する一方、膜の表面粗さが悪くなることが分かり、MKID に最適な成膜条件は基板温度が100 ℃であることをつきとめた。また、膜厚150 nm 程度の結晶成長したAl 膜は中心線3 μm, ギャップ2 μm で構成されるCPW へと混酸を用いたウェットエッチングによってパターニングした (図1)。

第5 章では、超伝導検出器の測定環境構築について詳述した。4 重に磁気遮蔽された0.1 K 希釈冷凍機内に超伝導共振器を置き、超伝導共振器の透過損失スペクトラム(S21)及びLED パルスに対する反応の緩和時間を、試料温度を変えながら測定できるシステムを構築した (図1)。

第6 章ではAl 膜の膜質の違いが超伝導共振器の性能に与える影響を調べた。第4 章の方法で製作したエピタキシャルAl 膜と電子線蒸着 (EB) で成膜したアモルファスAl 膜を比較した。Al 膜の高品質化によって、RRR を10 から18 へと向上させることはできたが、0.1 K での準粒子寿命はともに450 μs であり、電気的NEP も1×10-17 W/Hz1/2 で同程度であった。本研究の範囲内では、高品質Al 膜によって超伝導共振器の検出器性能向上は見られなかった(図1)。また、RRR が向上しても準粒子寿命が変わらないという事実は、常伝導体における電子の散乱機構と超伝導準粒子の散乱機構が違うことを示唆している。また、迷光対策などの測定環境改善を行い、超伝導共振器の形状・共振のQ 値を変化させながら検出器としての最適解を探った結果、6×10-18 W/Hz1/2 の検出器感度を実現した(図2)。当初の目標である地上での観測雑音限界を大きく上回る検出器の開発に成功した。

第7 章ではカメラの光学系の設計並びに製作を行った (図1)。光学系として長半球シリコンレンズアレイを採用した。このレンズアレイは高純度多結晶シリコンの板から国立天文台のマシンショップにて、高速スピンドルを用いて製作された。レンズの表面粗さは2 μm 以下であり、ミリ波・サブミリ波帯用レンズとして十分な精度であった。レンズの直径を大きくするとビーム幅が狭くなる代わりに検出器面積が大きくなり、望遠鏡の焦点面の大きさが限られていることからカメラの素子数が制限されてしまう。レンズの直径を観測波長(λ)の0.5-10 倍まで変化させてビームパターンを計算し、レンズ直径を3λとした。また、天体からの信号を超伝導膜へと結合するために使うDSA が、220 GHz 帯で20 %の周波数帯域を、440 GHz で10 %の周波数帯域を持つように3 次元電磁解析ソフトを用いて設計した。

第8 章では9 素子のミリ波カメラの光学評価を行った。220 GHz で測定されたビームパターンは20 dB の範囲で設計値とよく一致した。この測定は0.3 K 冷凍機を用いて行われた。また。0.1 K 希釈冷凍機内部に2 K-16 K まで温度を変えることができる黒体輻射源を置き、黒体の温度を変えながらミリ波カメラを評価し、光学的NEP 並びにレンズ・DSA を含めた光学効率を推定した。その結果、8 K の輻射を受けている状態での光学的NEP は1×10-14 W/Hz1/2 であり、光学効率は6-7 %程度と見積もられた。光学効率を低くしている原因としてシリコンレンズ表面の反射損失があげられるが、それ以上に超伝導共振器内で作製された準粒子が、共振器外に逃げてしまっていることの影響が大きいと推定される。

今後の超伝導共振器を用いたミリ波カメラ開発の大きな課題として、素子毎の性能ばらつきの評価と光学効率向上があげられる。光学向上には、直径数ミリのシリコンレンズアレイ表面の反射を抑えつつ0.1 K までの冷却サイクルに耐えうる構造を実現することと、ミリ波によって作られた準粒子を超伝導共振器内に閉じ込められるようにすることが必要である。

図1:0.1 K 冷凍機内部及び配線(左), 100 素子カメラのCAD 図面(左挿入),、Al 膜超伝導共振器アレイ(右上),、分子線エピタキシー(MBE)による結晶Al 膜の高速電子回折画像(右中)、 MBE 及び電子線蒸着Al 膜を用いた超伝導共振器の検出器雑音比較(右下)。

図2:さまざまな膜質の共振器のQ と検出器雑音の関係(左)、同一チップ上にある9 素子の検出器雑音のスペクトラム。

審査要旨 要旨を表示する

ミリ波・サブミリ波帯で高感度・広視野サーベイ観測を行うことへの科学的要請の高まりから、地上での大気雑音限界に達する感度を持つ、数万画素規模のカメラ開発が求められている。また、将来的なスペースからの観測に向け、地上での大気雑音限界より100倍以上深い感度の実現も、大きな課題となっている。本論文は、これらの要請に応えるべく、超伝導共振器を用いた地上観測用100画素ミリ波カメラの基礎開発を行い、高性能化に向けた要素技術、特に、超伝導Al膜の品質が検出器性能に与える影響を考察したものである。

本論文は9章からなる。第1章は、序論であり、ミリ波サブミリ波帯の直接検出器やカメラの現状が述べられている。

第2章では、本論文で着目する超伝導共振器を用いた検出器Microwave Kinetic Inductance Detector (MKID) について、その物理的背景および基本的性質を特徴付ける物理量がまとめられている。

第3章では、MKIDの性能を高めていく上で鍵となる、超伝導膜の表面抵抗や、超伝導共振器のQ値の振る舞いを、理論的に考察している。超伝導膜の表面抵抗を計算するため、複素伝導度の計算理論であるMattis-Bardeen (MB) 理論に、複素化した超伝導ギャップエネルギーの概念を適用した。その結果、NbN/MgO/NbN 接合の電流電圧特性と表面抵抗が、共通の超伝導ギャップエネルギー値で再現できることを示した。さらに、超伝導共振器のQ値の温度依存性も整合的に説明できる可能性を示した。

第4章では、MKIDの性能向上にあたり、超伝導Al膜の品質を高めることの重要性が指摘され、その実現のために立ち上げた分子線エピタキシー装置について述べられている。MKIDの性能は、準粒子寿命が長く、共振のQ 値が高いほど良い。準粒子寿命は、BCS理論では温度が低くなるにつれ指数関数的に増加するが、超伝導Al 膜においては、ある温度で頭打ちになることが知られており、その原因の一つとして、結晶欠陥の可能性が指摘されていた。そこで、Si 基板上に結晶成長するAl 膜を使って、超伝導膜質が準粒子寿命に与える影響を調べるため、分子線エピタキシー装置を立ち上げ、成膜を行った。この結果、狙い通りAl結晶が成長することを高速電子回折及びX 線回折で確認した。さらに、分子線エピタキシー法により製作した結晶化Al膜では、電子ビーム蒸着法による非晶質Al膜と比較し、膜質指標の一つである残留抵抗比が約2倍改善することを示すと共に、MKIDに適した成膜条件を突きとめた。

第5章では、0.1 K希釈冷凍機を用いた超伝導共振器の高感度測定システムの開発について述べられている。

第6章では、超伝導Al膜の品質が超伝導共振器の性能に与える影響について論じている。分子線エピタキシー法による高品質Al膜と、電子ビーム蒸着法による非晶質Al膜とで製作した超伝導共振器の性能を比較した結果、0.1Kでの準粒子寿命はともに450 μsであり、検出器の感度を示す雑音等価電力(NEP)も、1×10-17 W/Hz1/2という極めて低いレベルで差がないこと、すなわち、Al膜の品質差が性能に表れないことが、初めて明らかになった。残留抵抗比が2倍近く違うAl膜を比較しても、超伝導膜内の準粒子寿命が変わらないという事実は、超伝導膜内での散乱機構という基礎的物性解明の端緒となる結果である。また、丹念な迷光対策や超伝導共振器の形状最適化等によって、6×10-18 W/Hz1/2という検出器NEPを実現した。これは、大気雑音限界の約1/20に相当する、優れた性能である。

第7章では、焦点面に配置する検出システムのための光学系の設計並びに光学系の評価が行われている。

第8章では、レンズ光学系を含めた検出器感度並びに光学効率が、実測に基づいて議論され、今後の改善方法が示されている。

第9章はまとめである。

以上のように、本論文は、超伝導Al膜の品質に着目し、その違いと超伝導共振器を使った検出器MKIDの性能の関係を調べた初めての研究として高く評価できる。その上で、大気雑音限界を大幅に下回る高感度な検出器を開発・実現し、問題点と改善の方策を提示している。これは、ミリ波サブミリ波カメラの更なる大画素数化・高感度化に向けた、非常に大きな貢献であると位置付けることができる。

なお本論文は、関本裕太郎、野口卓、宮地晃平、鵜澤佳徳、新田冬夢、唐津謙一、関根正和 各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発及び論証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって博士(理学)の学位を授与できると認める。

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