学位論文要旨



No 127790
著者(漢字) 森鼻,久美子
著者(英字)
著者(カナ) モリハナ,クミコ
標題(和) X線・近赤外線による銀河面リッジX線放射の研究
標題(洋) An X-ray and Near-infrared Study of the Galactic Ridge X-ray Emission
報告番号 127790
報告番号 甲27790
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5793号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 小林,尚人
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 教授 坪井,昌人
 東京大学 教授 尾中,敬
 奈良女子大学 教授 山内,茂雄
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究の背景 : 銀河面リッジX 線放射

天の川銀河の銀河面に沿って分布する銀河面リッジX 線放射 (以後、リッジ放射)は、見かけ上拡がった放射で、鉄K 輝線に特徴づけられる熱的放射スペクトルを持つ。リッジ放射は1980 年代前半に発見され、その起源は拡がったプラズマであるとする拡散説(Ebisawa et al. 2001,2005) と多数の暗いX 線点源の重ねあわせであるとする点源説(Revnivtsev et al. 2006, 2009; Sazonov et al. 2006)が提案されており、30 年近く決着がついていなかった。近年、高空間分解能を誇るChandra X 線衛星により、銀河面上で過去にない深さの観測(約900 ks)が行われ(Revnivtsev et al. 2009)、鉄K 輝線帯域でリッジ放射の約80%が点源に分解された。このようにして、リッジ放射の主成分は暗いX 線点源の重ね合わせであることが明らかになってきた。しかし、これら暗いX 線点源の種族は未だ分かっておらず、X 線による観測だけでは乏しい光子統計のため、個々の点源の正体を探ることは非常に難しい。リッジ放射に主に寄与している種族として、(a)降着円盤を持つ白色矮星を含む半接触連星系である激変星(Cataclysmic Variables:CVs)(Yuasa PhD Thesis 2011)、(b)晩期型星同士の連星系(Revnivtsev et al.,2006) などが提案されているが、それはまだ確認されていない。

2. 本研究の目的

鉄K 輝線はリッジ放射の放射機構を特徴づける最も重要なパラメーターであることから、本研究では鉄K 輝線に主に寄与するX 線点源の種族を明らかにすることを目的とする。本研究は、X 線観測と、X 線と同程度の透過力を持ち銀河面の吸収の影響を受けにくい近赤外線を用いて行う。中でも、8m 級の大望遠鏡による近赤外線分光は、暗いX 線点源の種族を分類する上で特に有用である。これまで、リッジ放射の研究は主に2 つの領域、"Revnivtsev field" (l=0.0°, b=-1.4°)、"Ebisawa field" (l=28.5°, b=0.0°)で行われてきた。我々は両領域を使用したが、特に過去に最高の深さで観測が行われていることから、Revnivtsev field のデータを主に使用した。

3. X線解析と結果

まず、Chandra X線衛星/ACIS-I検出器によるRevnivtsev fieldの公開データを使用し、17分角四方の視野内で検出限界10- 1 6 . 2ergscm- 2 s- 1 (0.5-8 keV)までで2002個のX線点源を検出した( 図1) 。明るいX 線点源(100counts以上)については、個々のスペクトルの性質を調べ、時間変動の有無を調べた。さらに、全X線点源をX線の色と明るさで4グループ(Aa: X線でハードかつ明るい、Ab: X線でハードかつ暗い、B1: X線でソフト、B2: X線でミディアム)に分類し、各グループの点源合成スペクトルを作成した(図2)。各グループの全点源に対する割合(0.5-8keVでの個数の割合、10- 1 3 ~ 10- 1 6ergscm- 2 s- 1でのフラックスの割合)はそれぞれAa (~ 3%, ~ 38%)、Ab (~29%, ~ 35%)、B1(~ 28%, ~ 5%)、B2 (~ 40%,~ 22%)であった。また、各グループの時間変動点源の割合は、Aa:10±3%、Ab:4±2%、B1:6±2%、B2:13±4%であった。各グループは次のような特徴を持つ: Aaの個々の明るい点源の多くは非常に弱い鉄輝線を持つ非熱的放射スペクトルで表される。AbとB2の合成スペクトルは強い鉄輝線を持つ一方、B1の合成スペクトルからはほとんど鉄輝線は見られなかった。B2は、時間変動が大きく、合成X線スペクトルがB1に比して高温だという特徴を持つ。また、鉄K輝線付近(6--8 keV)における全点源合成スペクトルのフラックスに対する各グループのフラックスの比は、それぞれAa : ~37% Ab : ~38%、B1 :~10%、B2 : ~15%となった。この結果は、各グループの鉄K輝線の等価幅を考慮すると、リッジ放射の鉄K輝線にはAbが最も寄与し、次いでB2 が寄与していることを示している。

4. 近赤外線撮像観測

検出したX 線点源に近赤外線対応をつける目的で、IRSF望遠鏡SIRIUS装置を用いて、Revnivtsevfieldの近赤外線撮像観測を実行した(図1)。J(1.25μ m)、H(1.63μ m)、Ks (2.14μ m)の3バンドで同時撮像を行った。K帯域16等級までの点源を抽出し、2002個のX線点源のうち約11%の222個に近赤外線対応をつけた。 Aaの点源がKsバンドで近赤外線対応を持たなかったことから、Aaの多くは大きな減光を受けた背景活動銀河核であると考えられる。実際、銀河面吸収による不定性を考慮すると、Aaと高銀緯の既知の活動銀河核の表面個数密度は一致する。また、色等級図上の分布から、Abの多くの点源は大きな減光を受けていることが分かった(図3)。このことから、Abの点源の多くは比較的遠方に存在する、X線光度の大きな種族であり、その候補として質量降着している白色矮星連星系が考えられる。一方、B1・B2の点源は大小様々な減光を持つことから、様々な距離に存在することが分かり、近傍に位置するX線で暗い晩期型星も、これらのグループに属すると考えられる。

5. 近赤外線分光観測

近赤外線同定天体(Revnivtsev field:33天体、Ebisawa field:55天体)の近赤外線分光観測をすばる望遠鏡MOIRCS装置で行った。我々は、KsバンドでAb・B1・B2の近赤外線スペクトルを取得した。その結果、近赤外線スペクトルには次の3種類があることが分かった: (1) HI(Brγ )とCOの吸収線を持つもの、(2) COの吸収線を持つもの、(3) HI(Brγ )とHeIIの輝線を持つもの。(1)と(2)はF-、G-、K-、M-型スペクトルの特徴であり、(3)は激変星の近赤外線スペクトルの特徴である。Abの点源の多くは(1)か(2)に分類され、2個だけが(3)に分類された。これから、Abに属する天体の多くは激変星ではなく、近赤外線で輝線を放射する降着円盤を持たないが、白色矮星を含む非接触連星系 (pre-CVs)と考えられる。一方、B1・B2グループの点源のスペクトルは全て(1)か(2)であったことから、これらは晩期型星であると考えられる。

6. 結論

以上のX線・近赤外線による研究により、各グループに属する天体の種族は以下のように考えられる。Aa: 主に背景の活動銀河核、Ab:主に白色矮星を含む非接触連星系(pre-CVs)であるが、一部激変星も含まれる、B1: 主に静穏時の晩期型星、B2:フレア時の晩期型星。

本研究により、我々はリッジ放射が暗いX線点源の重ね合わせで説明できることを確認した。これらの点源は背景活動銀河核、激変星、白色矮星を持つ非接触連星系(pre-CVs)、フレア時の晩期型星、静穏時の晩期型星から構成される。白色矮星を持つ非接触連星系(pre-CVs)がリッジ放射の鉄K輝線放射に最も寄与する種族であり、フレア時の晩期型星は2番目に寄与する種族である。これによって、今までリッジ放射の鉄K輝線付近に主に寄与すると考えられてきた激変星や静穏時の晩期型星の寄与は、実はそれほど大きくないことがわかった。降着円盤を持たず、白色矮星を持つ非接触連星系(pre-CVs)の性質は今までよく調べられていなかったが、本研究はリッジ放射を構成する主成分として、このようなX線で暗い未知のX線点源が銀河面に多数存在することを示している。次世代のより高精度のX線観測や赤外線観測によって、今後このようなX線源の性質が明らかになっていくことが期待される。

図1 : Revnivtsev field のChandra X 線線衛星によるイメージ(背景)。赤はSIRIUS 観測の視野を表す。

図 2: Aa、Ab、B1、B2 の点源合成スペクトル(0.5-8keV)とモデルフィットの結果。各スペクトルの下段はモデルとデータの残差を表す。AbとB2 が顕著に鉄を持つことが分かる。

図 3:近赤外線検出点源の色等級図。色つき丸はX 線-近赤外線対応天体を表し、色の違いはグループの違いを表す(Ab:青、B2:緑、B1:赤)。中抜き丸は近赤外線分光のない天体、中塗り丸は近赤外線分光のある天体を表す。背景の黒点はX 線対応のない近赤外線点源を表す。黒実線・黒破線はそれぞれdwarfs とgiants を表す。

審査要旨 要旨を表示する

天の川に沿って放射される銀河面リッジX線放射(GRXE)は、強い高階電離鉄輝線と硬い連続波から成る見かけ上拡がった放射であるが、その起源は長い間謎のまま残され、新しいX線衛星が打ち上げられる度に最重要課題の一つとして探求がすすめられてきた。GRXEの起源は、拡がったプラズマであるとする拡散説と、分解されていないX線点源の重なりであるとする点源説の2つがあったが、チャンドラX線衛星による高分解能観測の結果、鉄輝線帯でのGRXEの約80%以上が点源であることが明らかになった。本論文は、チャンドラ衛星のX線データに、地上望遠鏡による近赤外線撮像および分光データを組み合わせることにより、これら分解された点源の正体を包括的に研究し、新たな知見をもたらしたものである。

本論文は7章からなる。第1章はイントロダクションであり、本研究の背景とGRXEの研究意義が簡潔にまとめられている。第2章では、過去のGRXEの観測と、銀河系内の様々なX線点源のX線及び近赤外線の観測がレビューされ、本研究の対象がGRXEの中でも最もそれを特徴づけている「鉄輝線帯(6-8KeV)」におけるGRXEであることが述べられている。第3章では、今回の研究で用いられたチャンドラX線衛星、南アフリカIRSF望遠鏡、およびハワイのすばる望遠鏡とその観測装置が紹介されている。第4章には、アーカイブされたX線データ、および地上近赤外線観測とその取得データの詳細について、第5章にはデータ解析とその結果の詳細が記述されている。引き続き第6章においては、X線、近赤外線撮像、近赤外線分光の順に考察がすすめられ、それぞれの段階で鉄輝線帯GRXEを構成するX線点源についての考察と制約がまとめられ、最後にすべての観測結果から導き出されるX線点源の詳細な分類、および鉄輝線帯GRXEを構成するX線点源についての結論が述べられている。第7章では、本研究全体の結論がまとめられている。

本論文では、まずチャンドラ衛星によって取得されたアーカイブデータを再解析した結果、視野17分角四方中に多数の初検出も含め2002個の点源を検出した。この多数のサンプルをX線の色と明るさで大きく4つのグループに分け、そのうちとくにX線スペクトルが硬く暗いグループが鉄輝線帯GRXEの40%程度を、また中程度の硬さをもち時間変動の割合が高いグループがそれに次いで15%程度を説明することを明らかにした。これらの結果は、チャンドラのデータを最初に解析したRevnivtsev et al. (2006)の報告を再確認するとともに、さらに詳細な情報をデータから引き出したものである。

引き続き、近赤外線撮像の結果、全X線点源の約10%にあたる222天体を検出した。検出天体の近赤外線における色等を用いた解析より、鉄輝線帯GRXEを最も占めるグループは、他のグループと比較して星間減光が強いものしか存在しない、すなわち比較的遠方まで広く分布するX線光度の大きな天体であることを明らかにした。本論文では、そのような天体の候補として白色矮星連星系を示唆している。

最後に、近赤外線で検出された33天体(および別の視野の55天体)について、すばる望遠鏡MOIRCSによるKバンドの多天体分光観測をした結果、ほとんどの天体が晩期型星や通常の主系列星に特有の水素および一酸化炭素の吸収線を持つことがわかり、降着円盤を持つ天体に期待される水素やヘリウムの輝線は2天体についてしか検出されなかった。以上から、鉄輝線GRXEを占めると考えられる硬く暗い天体のグループは、過去にGRXEの起源として提案されていた降着円盤を持つ白色矮星連星系(CVs)や晩期型星ではなく、降着円盤は持たない非接触型の白色矮星連星系(pre-CVs)である可能性を提示した。

本論文は、チャンドラ衛星によるX線データを赤外線データと組み合わせ、多数のデータを統合してGRXEの起源に迫った点でユニークな研究である。その結果、pre-CVsというあまり注目を集めてこなかった天体がGRXEの主要成分である可能性を提示し、このような未知のX線点源が銀河面に多数存在する可能性を示唆した点に意義が認められる。

なお、本論文の第4章、第5章および第6章の主要部分は、海老沢研、辻本匡弘の両氏との共同研究であるが、チャンドラ衛星のデータ解析や近赤外線追観測の提案、観測、データ解析等、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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