学位論文要旨



No 127794
著者(漢字) 八木,雅宏
著者(英字)
著者(カナ) ヤギ,マサヒロ
標題(和) ブッソル海峡における乱流混合の観測的研究
標題(洋) Observational studies on turbulent mixing in the Bussol' Strait
報告番号 127794
報告番号 甲27794
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5797号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 羽角,博康
 東京大学 教授 安田,一郎
 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 新野,宏
 東京大学 准教授 小松,幸生
内容要旨 要旨を表示する

千島列島海域は、オホーツク海と北太平洋の海水の交換路であり、強い日周潮汐流と複雑な海底地形の相互作用に起因した強い乱流鉛直混合が示唆される海域である[Nakamura and Awaji, 2004; Tanaka et al., 2010]。この強い乱流鉛直混合は、オホーツク海水・北太平洋中層水の形成、北太平洋やオホーツク海の約20 年周期変動に対して影響を与えることが示唆されている[Talley, 1991; Nakamura et al., 2006; Osafune and Yasuda, 2006; Yasuda et al., 2006]。また北太平洋子午面循環に対する本海域の乱流混合の鉛直構造の重要性が示唆されており[Kawasaki and Hasumi, 2010]、表層だけでなく中深層の鉛直構造を含めた本海域の乱流混合の実態解明が必要である。

ブッソル海峡は、千島列島海域中で最も深く、中深層(1000m 以深)の海水も交換可能な、最も海水交換量の多い海峡である。この海峡の中深層には、強い日周潮汐流が存在し[Katsumata et al., 2004]、強い乱流混合による変質を受けた可能性のある水塊の存在が報告されている[Yamamoto-Kawai et al., 2004; Ono et al., 2007]。しかし、これまでブッソル海峡での乱流直接観測は行われておらず、乱流強度や乱流発生過程の実態は不明であった。そこで本研究では、中深層の水塊変質・海水交換に重要なブッソル海峡での深層に及ぶ乱流鉛直混合の鉛直構造を含めた実態を観測から明らかにすることを目的とした。

2006・2007 年夏季にブッソル海峡西側観測点(図1)において、乱流計、CTD、LADCPによる1日間乱流直接観測を行った。その結果、中深層(600-1300m 付近)の強い乱流鉛直混合の存在が明らかになった(図2)。この乱流混合は、平均流と日周潮汐流の重ね合わせにより1日1回生じる中深層の大きなシアと対応していた。また日周潮汐流の鉛直構造は、地形性捕捉波で説明可能であった(図3)。

ブッソル海峡のみならず、千島列島海域では、乱流強度直接観測データは非常に少ないため、他のデータを用いた乱流強度の間接見積もりが必要となる。本研究では、比較的豊富にある海水密度データを用いて、観測された密度逆転を元に、乱流エネルギー散逸率の間接見積もりを行い[Thorpe, 1977; Galbraith and Kelley, 1996]、直接観測値と比較することで、その見積もり値を校正した。しかし、従来の手法による乱流強度の見積もりは、鉛直方向の欠損が多く、千島列島海域の乱流強度の鉛直構造解明には不向きであった。そこで、本研究では、従来の手法を改変し、密度データのノイズ除去、密度逆転の判別基準の変更、内挿・平滑化などを行うことで、標準偏差3 倍、相関係数0.84 で、鉛直方向に連続した散逸率の見積もりが可能な手法を開発した(図4)。この手法は、千島列島海域のように乱流が強く密度逆転の多い海域で、散逸率の鉛直プロファイルを見積もる場合に有効である。

2001 年ブッソル海峡横断面でのCTD1日観測結果に、第二部の手法を適用することで、ブッソル海峡全体での乱流鉛直混合の定量化を行った。その結果、海峡中央の海山の周りの中深層、海底から400-500m 離れた深度に、強い乱流混合が存在することが明らかとなった(図5)。

数値モデルによるブッソル海峡の乱流強度の見積もりでは、海底直上に10-7W/kg に達する強い乱流混合の存在が指摘されていた[Tanaka et al.,2010]が、本研究により観測された中深層に極大を持つ強い乱流混合は、海底直上の乱流と同程度であり、無視できない。

また、この海山付近の中深層での強い乱流混合は、第一部の2006・2007 年の結果と同様に、鉛直構造を持った日周潮汐流と鉛直勾配のある平均流が重なる場所と対応していた。

本研究により、ブッソル海峡中深層で極大を持つ強い乱流混合の存在が明らかになり、比較的単純な鉛直構造を持つ日周潮汐流と平均流の重ね合わせで説明しうることが明らかになった。海山両脇に鉛直構造を持った日周潮汐流が存在することから、中深層で極大を持つ強い乱流混合の発生原因として、図6のような描像が推測される。これらの結果は、低次鉛直モードの流速場によって乱流が記述できる可能性を示唆しており、今後数値モデルの改善により大きく理解が進むことが期待できる。また、本研究で作成した乱流強度の間接見積もり手法は、今後、乱流強度の定量化や乱流発生過程の解明に貢献する。

図 1: 千島列島海域及びブッソル海峡周辺図。赤点は西側観測点、青点はその他の観測点を表す。

図2: ブッソル海峡西側観測点での1日観測結果。上から順に流速V[m/s]、流速シアS2[s-2]、散逸率ε[W/kg]、鉛直拡散係数Kρ[cm2/s]。

図 3: ブッソル海峡西側観測点での平均流[左]と潮汐流の振幅[右:赤,青線]。右図緑線は地形性捕捉波モデルにより得られた西側観測点の地形性捕捉波第1モード。

図 4: 乱流エネルギー散逸率の鉛直プロファイル例。黒線:直接観測値。青線:改変した手法による間接見積もり値。

図 5: 2001 年に観測されたブッソル海峡横断面の散逸率log10(ε) [W/kg]の空間分布。黒線:密度。

図 6: ブッソル海峡中深層の強い乱流混合発生メカニズム。海山周りの地形性捕捉波と鉛直勾配を持つ平均流が重なることで、中深層の大きな流速シアと乱流混合を引き起こす。

審査要旨 要旨を表示する

千島列島海域には、強い日周潮汐流と複雑な海底地形の相互作用に起因した強い乱流鉛直混合の存在が示唆されている。この強い乱流鉛直混合とその変動は、水塊を変質し、気候にも影響を与える可能性が示されている。しかし、ロシア実効支配下で観測が制限されるため、これまで乱流鉛直混合の観測は殆ど行われてこなかった。本研究では、千島列島海峡の中で最も深く、海峡を通した交換流量も最も大きいために、水塊変質や気候変動にも大きな影響を持つことが予想されてきたブッソル海峡において、初めて直接乱流観測を行い、深層に及ぶ大きな乱流鉛直混合の存在を実証した。また、密度データから乱流鉛直混合の鉛直構造を間接的に求める手法を開発し、ブッソル海峡全体での平均乱流鉛直構造を初めて観測データに基づいて示し、水塊変質に対する影響を議論した。

論文は全5章からなる。第1章は序章であり、千島列島海域・ブッソル海峡での乱流鉛直混合の重要性と、研究の背景と目的が述べられると共に、関係する既往研究が総括されている。

第2章では、ブッソル海峡西水道における中深層(600-1300 m深付近)に及ぶ強い乱流鉛直混合が、直接乱流観測により実証されている。2006・2007年夏季にブッソル海峡西水道において、強い潮汐流を分解できる一日間繰り返し乱流直接観測を乱流計・CTD・LADCPを用いて世界で初めて実施し、その結果を示した。これにより、中深層の強い乱流鉛直混合の存在が明らかにされ、その乱流混合が平均流と日周潮汐流の重ね合わせにより1日1回生じる中深層の大きな流速鉛直シアと対応することが示された。大きなシアを作る日周潮汐流の鉛直構造は、低次鉛直モードの地形性捕捉波で説明可能であった。

第3章では、水温塩分の観測データのみから乱流鉛直混合の鉛直構造を求める手法が開発されている。ブッソル海峡のみならず、千島列島海域では、乱流強度直接観測データは非常に少ないため、他のデータを用いた乱流強度の間接見積もりが必要である。ここでは、比較的豊富にある海水密度データを用いて、観測された密度逆転を元に乱流エネルギー散逸率の間接的見積もりを行い、直接観測値と比較することでその見積もり値を較正した。一方、従来の手法による乱流強度の見積もりには鉛直方向の欠損が多く、千島列島海域の乱流強度の鉛直構造を解明することは困難であった。そこで、従来の手法を改変し、密度データのノイズ除去、密度逆転の判別基準の変更、内挿・平滑化などを行うことで、標準偏差2.8倍、相関係数0.84で、鉛直方向に連続した散逸率の見積もりが可能な手法を開発した。この手法は、千島列島海域のように乱流が強く密度逆転の多い海域で、散逸率の鉛直分布を見積もるのに有効である。

第4章では、第3章で開発された手法を適用することによって、ブッソル海峡全体の乱流鉛直混合強度の平均鉛直構造が示され、水塊変質への影響が議論されている。2001年に実施されたブッソル海峡横断面でのCTD一日観測結果に基づいて、ブッソル海峡全体での乱流鉛直混合の定量化を行った結果、海峡中央の海山の周りの中深層の、海底から400-500 m離れた深度において、強い乱流混合の存在が示された。海底直上での境界層よりも上方の中深層に極大を持つ強い乱流混合の一部は、鉛直構造を持った日周潮汐流と鉛直勾配のある平均流が重なることによって生じていた。こうして得られた乱流混合の平均鉛直構造から等密度面を横切る輸送速度が見積られ、オホーツク海と太平洋の間での水塊の厚みの差の原因となる可能性が示された。

第5章では、総合考察と結論、今後の課題が述べられている。

以上のように、本論文は、ブッソル海峡における中深層で極大を持つ強い乱流混合の鉛直構造とその影響を明らかにし、乱流の鉛直構造の一部が比較的単純な鉛直構造を持つ日周潮汐流と平均流の重ね合わせで説明できることを示す等、海洋物理学に貢献する成果を挙げた。また、本論文で開発した乱流強度の間接的見積もり手法は、今後、乱流強度の定量化や乱流発生過程の解明に貢献するものである。したがって本学の学位論文として十分な水準に達していると判断できる。なお、本論文の 第2~4章は指導教員である安田一郎教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったものであり、その寄与は十分であると判断できる。したがって,審査員一同は、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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