学位論文要旨



No 127799
著者(漢字) 佐藤,友彦
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,トモヒコ
標題(和) 南中国澄江地域における最下部カンブリア系層序 : Small shelly fossils多様化事件と環境変動
標題(洋) The lowermost Cambrian stratigraphy in the Chengjiang area,South China_: The small shelly fossils diversification and relevant environmental changes
報告番号 127799
報告番号 甲27799
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5802号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川幡,穂高
 東京大学 教授 棚部,一成
 東京大学 教授 磯崎,行雄
 東京大学 准教授 小宮,剛
 東京大学 教授 遠藤,一佳
内容要旨 要旨を表示する

カンブリア紀の爆発的な生物進化の先駆けとして,カンブリア紀初期Nemakit-Daldynian中期(~534-530Ma)に小型硬骨格生物化石smaII shelly fossils(SSF)の急激な多様化事件が起きた.この事件と同時期に,大規模なリン酸塩岩堆積イベントや,炭素同位体比(δ13C)の変動が起きたことが報告されており,地球規模の大きな環境の変化があったことが示唆される.しかし,SSFの多様化が具体的にどのような環境変動の中で起きたのかは未解明である.本研究では,カンブリア紀初期に起きた上述の特異な事件の前後関係および因果関係の解明を目的として,SSFを多産する南中国雲南省澄江(Chengjiang)地域の上部エディアカラ系-下部カンブリア系の連続層について詳細な岩相層序,SSF生層序,同位体(δ13C,87Sr/86Sr)層序を検討した.

本研究では澄江地域内の3セクション(洪家沖,帽天山,および小濫田)で野外調査を行い,とくに主な調査対象とした洪家沖(Hongjiachong)セクションにおいて新鮮な岩石試料を掘削により採取した.澄江地域における上部エディアカラ系-下部カンブリア系は,下位から順に,朱家青層{待補部層(50m厚,ドロマイト,石灰質泥岩),中誼村部層(40m厚,リン酸塩岩),および大海部層(1m厚,ドロマイト)}および石岩頭層(>20m厚,黒色頁岩)からなる.

洪家沖セクションにおける岩相層序を検討するため,露頭の観察,岩石試料の研磨スラブおよび薄片の鏡下観察を行った.リン酸塩岩層についてとくに詳細に岩相を観察し,中誼村部層を以下の5ユニットに区分した.すなわち下位から,UnitA:層状リン酸塩岩層(18m厚),UnitB:リン酸塩岩一ドロマイト互層(5m厚),UnitC:リン酸塩岩一ドロマイト互層(5m厚),UnitD:層状リン酸塩岩層(8m厚),およびUnitE:リンに富む層状リン酸塩岩層(5m厚)である.いずれのユニットのリン酸塩岩も,主に円磨度の低いリン酸塩の砕屑粒子から構成され,ドロマイト基質を持つ.また,粗粒の砕屑粒子を含む高エネルギー環境で堆積した層ほどリン酸塩含有量が多い傾向が認められる.これらの観察事実は,リン酸塩岩が初生的により浅い場で堆積したこと,それらの一部が削剥され,砕屑粒子として相対的に深い炭酸塩岩の堆積場に運搬されたこと,そして層状リン酸塩岩層あるいはリン酸塩岩一ドロマイト互層として再堆積したことを示唆する.また,それらに含まれるSSFも同様な産状を呈することから,彼らの出現・生息領域も堆積盆地縁辺の極めて浅い海であったことが推定される.UnitCの基底に産する厚さ20cmの砂質ドロマイト層は,UnitB-Cの中で唯一,粗粒の陸源石英砕屑粒子を多く含む.この砂質ドロマイト層の底面が直下のUnitBの層理を明瞭に斜交して覆っていることから,本層は重力流としてより深い場に流入し,既存のUnitBの最上部を浸食して,その上に堆積したと推定される.この砂質ドロマイト層が澄江地域の他の2セクションにおいても観察されることから,本層が少なくとも澄江地域の下部カンブリア系層序対比において極めて有効な鍵層であることを初めて指摘した.さらに,この鍵層が,UnitA-Bが記録する上方細粒化シークエンスとUnitC-Eが記録する上方粗粒化シークエンスの境界をなすことを明らかにした.

洪家沖セクションにおけるSSF層序を確立するため,リン酸塩岩およびドロマイト(計30層準)を酢酸処理し,SSFの抽出を行った.その結果,中誼村部層の10層準からSSFを抽出し,15属を同定した.これら産出するSSFの分類群に基づき,次の2つの群集を識別した.すなわち,UnitAの最下部(2層準)からはAnabarites sp.やProtohertzina sp.を含むSSF第1群集が,またUnitC底部の砂質ドロマイト層(1層準)およびUnitE(7層準)からはParacarinachites sp.やOcruranus-Eohalobia groupが卓越するSSF第2群集が産することを明らかにした.これらの群集は,SSFの構成から,Steiner eta1.(2007)のAnabarites trisulcatus-Protohertzina anabarica群集およびParagloborllussubglobosus-Purella squamulosa群集にそれぞれ相当し,共にカンブリア紀最初期Nemakit-Daldynianの年代を示す.第1群集から第2群集への変化は,SSF進化史の中で最大の多様化事件にあたる.従来,SSF第2群集(Paragloborilus subglobosus-Purellasquamulosa群集)の出現は,澄江地域の中誼村部層上部リン酸塩岩(本セクションのUnitD)からとされていたが,本研究は,その初出層準が約5m下位にあたるUnitC底部の砂質ドロマイト層であることを発見し,SSF多様化がより早期に起きたことを示した.

SSF多様化事件当時の浅海での生物生産の変化を探るため,洪家沖セクションで採取した新鮮なボーリングコア試料を用いて待補部層上部および中誼村部層のドロマイトおよび石灰質泥岩(計55層準)の炭酸塩のδ13C値を測定した.その結果,δ13C値はすべて負の値を持っこと,またエディアカラ紀末からカンブリア紀初頭に-1%。から-6‰の範囲で変動したことを明らかにした.変動曲線に2っの負シフトおよび1つの正シフトを認識した,すなわち,待補部層上部における-1%。から-5%。への負シフトN1,中誼村部層中部における一3‰から-6%。への負シフトN2,および中誼村部層上部における-6‰から-2%。への正シフトP2である.洪家沖セクションにおいて,SSF第2群集の初出層準はδ1℃負シフトN2の区間内に位置する.雲南省東部の他セクションとの岩相層序対比に基づくと,このSSF多様化とδ13C負シフトは共に,カンブリア紀初期の南中国南西部の浅海域において普遍的におきたと考えられる.N1およびP2は,Zhu et al.(2006)によるBACEおよびZHUCE直前のシフトに各々相当する.従来,SSF多様化はZHUCE直前のδ13C正シフトP2と対応すると考えられてきた(eg.Brasier et aL.,1990;ZhuetaL,2006).しかし本研究は,それに先行するδ13C負シフトN2の期問に起きたことを初めて明らかにした.δ13C負シフトN2はSSF多様化事件と並行して起きており,重要な環境変動のシグナルと考えられるので,これをFuxian excursion(撫仙変動)と命名する.撫仙変動の詳細な原因およびメカニズムは未解明であるが,おそらく局所的な堆積盆地内での炭素循環に大きな変化が起きた結果と推定される.

SSFが多様化した当時の海洋における生物活動とは独立な環境変動を探るために,洪家沖セクションにおけるボーリングコア試料のドロマイトおよび石灰質泥岩(計10層準)の炭酸塩のストロンチウム同位体比(87Sr/86Sr値)を測定した.その結果,ほとんどの試料が約0.709の87Sr/86Sr値をもっこと,また待補部層。中誼村部層境界付近において極大値0.711をとることを明らかにした.この同位体層序は,当時の南中国陸棚の中でも比較的深い堆積場にあった三峡地域の記録(Sawaki et al.,2008)とよく対比される.また,両地域の地層が当時の他地域のものに比べ高い87Sr/86Sr値を持つことは,南中国で局所的に大陸地殻起源のフラックスが増大した特異な堆積環境が出現したことを意味する可能性がある.

本研究で得られた上述の新知見に基づくと,カンブリア紀最初期におけるリン酸塩岩の堆積やSSFの多様化は,次のような過程で起きたと推定される.カンブリア紀最初期の南中国の陸棚には,外洋から分離された局所的な海盆が発達し,とくに海水準の低下時には浅海域が完全に独立した.このような局所的な堆積盆地の極めて浅い部分において,大陸地殻由来のリンに富む特殊な海水からリン酸塩が初生的に堆積したと考えられる.またSSFの多様化も,同様の極めて浅い堆積場の特異な環境で起きたと判断される.南中国においてδ13Cおよび87Sr/86Sr同位体層序が示す変動も,このような外洋から分離された堆積場の特異性を支持する.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,カンブリア紀初期のSSF (small shelly fossils) 多様化事件と,その背景となった環境変動との関係の解明を目的として行われた層序学的研究である.全6 章から構成される.

第1 章はイントロダクションであり,カンブリア紀初期における生物進化と表層環境の背景について述べられている.「カンブリア紀の生命大爆発」の第一段階として同紀最初期にSSF の急激な多様化が起きたこと,また一方で,大規模なリン酸塩岩堆積イベントおよび同位体比(δ13C 値,87Sr/86Sr 比)の変動が同時期に起きたことが研究されてきた.しかし,SSF の多様化がどのような堆積場で,またどのような環境変動の中で起きたのかは,これまでに解明されていない.カンブリア紀初期に起きたこれらの特異な事件の前後関係および因果関係を明らかにするために,南中国雲南省澄江地域の上部エディアカラ系-下部カンブリア系の連続層について詳細な岩相層序,SSF 生層序,同位体(δ13C 値,87Sr/86Sr 比)層序を検討することが本論文の主旨である.

第2 章では,研究地域の地質学的な背景について述べられている.南中国地塊の中でも雲南省澄江地域は,SSF を多産する最下部カンブリア系リン酸塩岩層が分布し,SSF生層序および同位体層序の検討に最も適した地域である.澄江地域内の3 セクション(洪家冲,帽天山,小濫田)において地質調査が行われた.

第3 章では,洪家冲セクションにおける岩相層序の検討結果について述べられている.露頭,岩石研磨面,および岩石薄片の観察が行われ,リン酸塩岩層が岩相の違いにより5 つのユニットに細分できることが示された.また,リン酸塩岩層中に,澄江地域内の層序対比に鍵層として有効な砕屑物層が発見された.

第4 章では,洪家冲セクションにおけるSSF 層序の検討結果について述べられている.リン酸塩岩およびドロマイトを酢酸処理した結果,15 属のSSF を同定し,カンブリア紀前期の2つのSSF 化石群集帯を識別した.SSF 進化史の中で最大の多様化事件にあたる第2 群集の初出層準を,従来よりも約5m 下位で確認した.

第5 章では,洪家冲セクションについて生物生産性を示す指標である炭素同位体比(δ13C 値)および生物活動とは無関係なテクトニック活動の指標であるストロンチウム同位対比(87Sr/86Sr 比)の化学層序の分析結果について述べている.δ13C 値は-1‰から-6‰の範囲で変動し,セクション中に2 つの負シフトおよび1 つの正シフトを認めた.また,87Sr/86Sr 比はセクションを通してほぼ0.709 の値をとり,リン酸塩岩層底部において,極大値0.711 をとることを明らかにした.

第6 章では,第3~5 章で得られた洪家冲セクションの層序検討結果をもとに,堆積場,SSF 群集,および同位体比の変化についての考察が記述されている.その要点は以下の5 点に集約される.(1)リン酸塩岩の堆積場の変遷を解明した.(2)雲南堆積盆地での砕屑物流入イベントを示す,重要な鍵層を発見した.(3)SSF 多様化層準を,リン酸塩岩層中部のリン酸塩岩-ドロマイト互層の中に特定した.(4)従来,SSF 多様化事件はδ13C 値の正シフトと対応すると考えられてきたが,本研究は,下位に存在するδ13C 値の負シフト(-3‰から-6‰)の途中で起きたことを明らかにし,この負シフトを「撫仙変動」と名付けた.(5)87Sr/86Sr 比は特に高い値(約0.711)を持ち,大陸地殻由来のフラックスが大きい堆積環境にあったことを示した.これらの結論に基づき,外洋から分離された海盆の浅海域において,海水準の低下時にリンなどに富む特殊な海水が出現し,リン酸塩岩の堆積,SSF 多様化事件,および同位体比の変動が起きたことを提案している.

本研究は,カンブリア紀最初期におけるリン酸塩岩の堆積やSSF の多様化は,次のような過程で起きたことを明らかにした.すなわち,カンブリア紀最初期の南中国の陸棚には,外洋から分離された局所的な海盆が発達し,とくに海水準の低下時には浅海域が完全に独立した.このような局所的な堆積盆地の極めて浅い部分において,大陸地殻由来のリンに富む特殊な海水からリン酸塩が初生的に堆積したと考えられる.またSSF の多様化も,同様の極めて浅い堆積場の特異な環境で起きたと判断される.南中国においてδ13C 値および87Sr/86Sr 比同位体層序が示す変動も,このような外洋から分離された堆積場の特異性を支持していた.これらの研究成果は,将来の古環境と硬殻をもつ生物の進化に関して新見解を切り開いたと言える.

なお,共同研究に関しては.磯〓行雄教授(東京大学大学院総合文化研究科),舒徳干教授(中国西北大学初期生命研究所)との共同研究の成果である.しかし,論文提出者が主にフィールド調査,分析,解析及び解釈を行なったもので,論文提出者の論文への貢献は本質的な部分で特に高く,寄与は十分であると審査委員全員が判断した.

以上の理由より,審査委員会は本論文を提出した佐藤友彦氏に博士(理学)の学位を授与できると認めた.

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