学位論文要旨



No 127800
著者(漢字) 佐藤,陽祐
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ヨウスケ
標題(和) カリフォルニア沖を対象とした暖かい雲の微物理特性に関する数値実験
標題(洋) A numerical study on the microphysical properties of warm clouds off the west coast of California
報告番号 127800
報告番号 甲27800
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5803号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 小池,真
 東京大学 教授 新野,宏
 東京大学 教授 佐藤,正樹
 東京大学 教授 中島,映至
 気象庁気象研究所 室長 村上,正隆
内容要旨 要旨を表示する

本研究ではカリフォルニア沖で発生する暖かい雲の微物理特性について調べるために、3次元・領域スケールのビン型雲モデルを改良し数値実験を行った。

はじめにビン法型モデルを用いて暖かい雲を再現するために、エアロゾルの再放出過程を既存のビン型モデル(JMA-NHM+HUCM)に導入した。また暖かい雲を数値モデルで再現するためには、高解像度での実験が求められ、計算コストが膨大になる。そこで計算コスト削減のために、モンテカルロ法に基づいた計算スキームを雲粒成長過程における衝突併合成長過程の計算スキームに組み込んだ。これらの改良を加えた数値モデルを用いて実験を行った。

解析は主に暖かい雲の雲粒有効半径(REreff)と光学的厚さ(COTτc)の相関関係(RE・COT相関パターン)を利用して行った。先行研究からこのRE-COT相関パターンが衛星観測や航空機観測によるリモートセンシングによって発見され、この相関パターンによって衛星や航空機のリモートセンシングから雲の成長過程が観測できるとされてきた。

しかしながらRE-COT相関パターンは雲の鉛直構造の情報を持っておらず、雲の成長過程を議論するには必ずしも妥当ではない事が指摘されていた。近年、衛星搭載雲レーダーが利用できるようになって、Contoured Frequency Optical Depth Diagram(CFODD)と呼ばれるダイアグラムが提唱され、このダイアグラムを用いて雲の鉛直構造まで考慮して、雲の成長過程を議論できると先行研究で指摘されている。そこで本研究ではこのRE-COT相関パターンとCFODDを組み合わせた解析を行い、雲の鉛直構造まで踏み込んで雲の成長過程について考察を行った。

第1に3次元領域スケールのビン型雲モデル(以下、モデル)を用いて、理想化実験を行い、初めてCFODDを再現した。再現されたCFODDは衛星観測から得られたCFODDの特徴を非常によく再現していた(図1)。

第2に空間解像度が暖かい雲の微物理特性に与える影響を,理想化実験によって考察した。先行研究より、暖かい雲を再現するには数m~数十m程度の高い空間解像度が求められているが、そのような実験は計算機資源の制約から困難である。

本研究で行った理想化実験の結果より、雲の微物理特性はモデルの空間解像度に影響を受けるが、エアロゾルや境界層(PBL)の高度といった外的な要因に対する応答は空間解像度によっては、大きな違いが生じないことが示された。この結果より、水平解像度500m程度の実験結果を用いた場合、RE-COT相関パターンや、CFODDに関して、その絶対的な特徴(形や位置〉は議論する事は困難なもの、外的要因(エアロゾルや力学場)によって、相対的にその特徴がどう変化するかに関しては、考察することが可能である事が示された。

この結果を元に、3次元の現実場を仮定した数値実験を500mの空間解像度にて行った。数値実験の対象とした事例は、First ISCCP Regional Experiment(FIRE)と呼ばれる観測キャンペーン期間にカリフォルニア沖で発生した暖かい雲である。数値実験の結果から、モデルはAdvanced Very High Resolution Radiometer(AVHRR)衛星から観測された可視光の放射輝度(radiance)を良く再現しており、モデルが暖かい雲の微物理特性を再現できている事が示された。

次にこのモデルの結果を用いてRE-COT相関パターンとCFODDを融合させた解析を行い、雲の成長過程について考察した。

解析の結果、衛星から観測されるRE-COT相関パターンは雲の成長過程を必ずしも表現していない事が示され、この結果は一つの雲のみをモデルで再現して考察した先行研究の結果を必ずしも支持していなかった。この点は計算領域の中に複数の雲を発生させた本研究で初めて明らかになった.しかしながら、計算量城内の複数ある雲のうち、一つ一つの雲に着目した場合、雲は成長に伴ってRE-COT平面上を正の相関と負の相関を取りながら成長していくこと示された(図2)。

すなわち、個々の雲に関しては、先行研究が指摘したように、RE-COT相関パターンでの正負の相関は雲の成長過程を表している。しかしながら、衛星観測や本研究の実験のような、領域内に複数の雲があり、それらを重ね合わせて作られるRE-COT相関パターンの正負の相関は、必ずしも雲の成長過程を表していないことが示された。

最後にRE-COT相関パターンの特徴(位置や大きさ)を決める物理量に関して考察を行った。解析の結果から、RE-COT相関パターンの右、および下の縁はそれぞれ境界層の高度とエアロゾルの量によって主に決まっていることが示唆された。またRE-COT相関パターンの幾何学的中心の位置はDrizzling rateが主に決めている事が示された(図3)。

上記の結果はHimawari-8,9やEarchCARE衛星等の次世代衛星群による雲の観測に対して、有益な情報を提供する可能性のある結果であり、今後の発展が期待される。

図1:理想化実験によって再現されたContoured Frequency Optical Depth Diagram(CFODD)。Shadeは頻度を表し、有効半径によって(a)5μm-10μm、(b)10Fm-15μm、(c)15Fm~20μm、(d)20即~25μm、(e)25Fm~30μmに分類されている

図2:理想化実験によって再現された、雲粒有効半径(REreff)と光学的厚さ(COTτc)相関パターン上での雲の軌跡の例。数字は計算開始からの時間(hour)を表す

図3:雲粒有効半径(REreffと光学的厚さ(COTη)相関パターン(RE-COT相関パターン)を決める物理量に関する概念図。(左)RE-COT相関パターンの右と下の端はそれぞれ境界層高度とエアロゾルの量(Na)が主に決め、中心の位置はDrizzling rateが決めていつことを示す(右)一つ一つの雲はRE-COT相関パターン上で三角形を描きながら成長し、三角形の形状は雲によって異なることが示されている

審査要旨 要旨を表示する

本論文はエアロゾルと暖かい雲(氷晶を含まない雲)の雲物理量を詳細に表現する3次元の領域スケールのビン型雲モデルを開発・改良し、そのモデルを用いてカリフォルニア沖で発生する暖かい雲を対象とした数値計算を実施することにより、エアロゾルや大気境界層の各種パラメータが雲物理におよぼす影響を評価するとともに、人工衛星で観測されている雲のパラメータの変動を雲の発達の観点から解釈したものである。

本論文ではまず、雲の粒径分布に対して従来広く行われているような特定の形の関数を仮定することなく、任意の形を表現できるビン法型雲物理モデルの開発と改良について述べられている。改良点としては、雲粒の蒸発に伴うエアロゾルの再放出過程を既存のビン型モデル(JMA - NHM + HUCM)に導入したこと。また詳細な雲物理を表現するモデル計算の計算コスト削減のために、モンテカルロ法に基づいた計算スキームを雲粒成長過程における衝突併合成長過程の計算スキームに組み込んだことがあげられる。

本論文では次に、このモデルを使った数値計算に基づき、暖かい雲の雲粒有効半径(RE)と光学的厚さ(COT)の関係を雲の発達段階の観点から研究を行った。衛星観測などのリモートセンシングによる先行研究においてRE-COT相関パターンが時空間変化を持つことが発見され、そのパターンが雲の成長過程に対応すると示唆されていた。さらに近年、鉛直積分量であるREとCOTに加え、雲の鉛直方向の情報(光学的厚み)を加えたContoured Frequency Optical Depth Diagram(CFODD)と呼ばれるダイアグラムにより雲の鉛直構造まで考慮した雲の成長過程の研究がなされている。本論文では理想化実験および現実大気を想定した数値モデル計算結果に基づき、衛星観測と同様なRE-COT相関パターンとCFODDを組み合わせた解析を行い、雲の鉛直構造まで踏み込んで雲の成長過程について考察を行った。

理想化実験においては第1に、3次元領域スケールのビン型雲モデルを用いて、初めてCFODDの特徴を再現することに成功した。

第2にモデルの空間解像度が暖かい雲の微物理特性に与える影響を調べ、雲の微物理特性はモデルの空間解像度に影響を受けるが、エアロゾルや境界層の高度といった外的な要因に対する応答は空間解像度によっては、大きな違いが生じないことが示された。この結果より、水平解像度500m程度の実験結果を用いた場合、RE-COT相関パターンや、CFODDに関して、その絶対値については議論する事は困難なもの、外的要因(エアロゾルや力学場)によって、相対的にその特徴がどう変化するかに関しては、考察することが可能である事が初めて示された。

この結果を元に、カリフォルニア沖で発生した現実場の暖かい雲(FIRE観測キャンペーン)を対象とした数値実験を500mの空間解像度にて行った。この数値計算結果は、AVHRR衛星から観測された可視光の放射輝度を良く再現しており、モデルが暖かい雲の微物理特性を再現できている事が示された。このモデルの結果を解析した結果、第一に、衛星から観測されるRE-COT相関パターンは先行研究で言われていたような雲の成長過程を必ずしも表現していない事が示された。第二に、しかしこれは計算領域中に異なった発達段階の雲が共存している結果であり、計算量域内の個々の雲に着目した場合には、雲は成長に伴ってRE-COT平面上を正の相関と負の相関を取りながら成長していくという先行研究と整合的な結果が得られた。

最後にRE-COT相関パターンの特徴(位置や大きさ)を決める物理量に関して考察を行った。解析の結果から、RE-COT相関パターンのCOTの上限値やREの下限値はそれぞれ境界層の高度とエアロゾルの量によって主に決まっていることが示唆された。またRE-COT相関パターンの幾何学的中心の位置はドリズル量と対応していることが示された。

以上のように本論文は、最先端の衛星観測による雲物理パラメータを初めて再現するとともに、その特徴を雲の発達段階の観点から解釈を与えた研究として高く評価できる。これらの結果はHimawari-8, 9やEarchCARE衛星等の次世代衛星群による雲の観測に対しても有益であり、今後これらの観測と組み合わせたさらなる研究の発展が期待される。

なお、本論文の内容は共同研究に基づいたものであり、学術論文誌Journal of Geophysical ResearchおよびJournal of the Atmospheric Scienceに発表済み、あるいは発表予定であるが、いずれの論文も論文提出者が第一著者であり、主体となって解析・解釈を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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