学位論文要旨



No 127804
著者(漢字) 豊田,丈典
著者(英字)
著者(カナ) トヨタ,タケノリ
標題(和) 微細粒子層の熱慣性 : 火星表層地質に関する示唆
標題(洋) Thermal Inertia of Fine Particle Layer : Implications to the Physical Structure of Martian Surface
報告番号 127804
報告番号 甲27804
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5807号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,學
 東京大学 教授 杉浦,直治
 東京大学 教授 栗田,敬
 東京大学 准教授 山野,誠
 東京大学 准教授 岡田,達明
内容要旨 要旨を表示する

Thermal inertia of planetary surface is a physical property that controls the diurnal and seasonal cycles in surface temperature, and can be used in geologic interpretation and for understanding the processes responsible for developing the planetary surface. Especially on Mars, thermal inertia is commonly used to infer a typical or effective particle size of the soil. The present standing problems for thermal inertia of Martian surface are 1) lack of experimental evidence supporting extremely low thermal inertia of fine particles, 2) uncertainty of volumetric heat capacity of particle bed, and consequently 3) being two different ideas to account for the extremely low thermal inertia.

We measured thermal diffusivity and volumetric heat capacity of the fine particles (ave. grain size: 5 - 50 μm in diameter, porosity: 0.40 - 0.95) and calculated the thermal inertia of them. Then, based on the results, we estimated the possible lower limit of the thermal inertia of homogeneous regolith on Mars. We concluded that even if the Martian surface is covered with much finer particles than we used in this study, homogeneous particle layer don 't yield the observed very low value of thermal inertia (5 - 60 tiu) of Martian surface.

This study gives the first experimental evidence consistent with the idea that we should consider not only homogeneous fine particle layer but also surface heterogeneity to account for the very low value of thermal inertia (< 60 tiu) of the Martian surface.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる。第1章は研究背景と動機を述べた序章である。惑星表層のリモートセンシングにおける熱的観測の特徴が記述され、熱慣性が持つ惑星科学における有用性がまとめられている。特に火星表層環境における粒子層について、熱伝導率と体積熱容量・熱拡散率・熱慣性に関する先行研究がまとめられている。ここでは、熱慣性と表層地質を対応づけるにあたって、1)微細粒子(直径約50 μm 以下)の熱物性の系統的測定結果が存在せず、2)体積熱容量を連続体と同じ定式化で扱っていて推定方法が妥当とは言い難い、という問題点があげてある。これら2つの問題点を解消しない限り、火星表面で実際に観測されている小さな熱慣性が意味する地質を正確に理解する事が出来ないと指摘されている。本論文では、微細粒子層について熱拡散率・体積熱容量を測定し微細粒子層の熱慣性を直接決定して観測されている値を再現できるか確かめる、ということが本研究の目的であると示されている。

第2章では、本論文の主題である粒子層の熱物性測定手法の原理が述べられ、実験装置の構成と実験手順・誤差の算出方法等が詳細に記述されている。粒子層の熱拡散率・体積熱容量の測定には、Dual Probe Heat Pulse Method (DPHP法)が用いられた。本研究では、DPHP法の測定結果の妥当性を確かめるために 従来広く用いられているLine-heat Source Method (熱線法)が使用され、その原理と実験装置・解析手法も記述されている。本研究では微細粒子として火山堆積物や人工的に加工された粒子を使用しており、その粒子の粒径や空隙率についてもまとめられている。

第3章には測定の結果が示されている。全17種類の粒子について、100 Pa、1000 Pa、1013 hPaの大気圧下で測定された熱拡散率・体積熱容量の値が示されている。また、この2つの熱物性から算出された熱伝導率・熱慣性の値も示されている。ガラスビーズについては、先行研究との比較結果が示され、測定方法の妥当性が示されている。

本論文の主要な部分である第4章では、測定結果に基づいて火星表層環境下での粒子層の熱慣性の値の下限値について考察されている。まず、DPHP法と熱線法の測定結果の比較や、先行研究における類似粒子の測定結果との比較から、本研究の測定結果の信頼性が議論されている。続いて、実験室と火星の環境違いが測定結果に与える影響について、必要と思われる先行研究を引用した上で考察されている。これらをふまえた上で、本研究の測定結果を火星表面での値に換算した結果が示されている。その結果、火星表層で観測されている小さな(60 tiu 以下)熱慣性が、均質な微細粒子層では実現できない事が示されている。さらに、そのような小さな熱慣性を実現するには表層熱慣性の垂直不均質構造が必要である事が指摘され、これを確かめるための基礎的な実験内容とその結果が論じられている。また、熱慣性の垂直不均質構造を生じる地質学的要因についても考察されている。

第5章には、本論文の結論が述べられている。本論文では、火星表層で観測されている小さな(60 tiu 以下)熱慣性が、均質な微細粒子層では実現できない事が示された。これまで惑星科学の分野で常識的に理解されてきた「小さい熱慣性は小さい粒径を表す」という理解に修正を迫る結果である。また本論文は、熱慣性が異なる物質の層構造について、各層を構成する物質そのものの熱慣性よりも、見かけ上熱慣性が小さくなるという事を実験によって証明した。これは先行研究の数値計算によって提唱された仮説を初めて実験的に裏付けた事になる。

これまで粒子層の熱慣性を利用した研究は多くあったが、その前提となる粒子層の熱慣性そのものについては、実験的検証が十分とは言えなかった。論文提出者はこの点に注目し、測定手順や測定環境を工夫する事で火星環境下の熱慣性を正確に決定した。ここにこの研究の独創性があり、火星や他の固体惑星の熱物性研究に新しい道を開いたと言える。

なお、本論文の研究過程は東京大学地震研究所の栗田敬教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行ったものであり、その寄与は充分である。

以上より、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク