学位論文要旨



No 127822
著者(漢字) 石坂,彩
著者(英字)
著者(カナ) イシザカ,アヤ
標題(和) SWI/SNF複合体依存的なRelA/p50の転写活性化におけるDPF3aおよびDPF3bのcoactivatorとしての機能解析
標題(洋) Function of DPF3a and 3b as transcriptional coactivators in the SWI/SNF complex-dependent activation of the NF-κB RelA/p50 heterodimer.
報告番号 127822
報告番号 甲27822
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5825号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,邦史
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 深田,吉孝
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 准教授 舘林,和夫
内容要旨 要旨を表示する

転写因子NF-κBは、RelA(p65)、RelB、c-Rel、NF-κB1(p105/p50)、NF-κB2(p100/p52)の5種類のRelファミリータンパク質がそれぞれホモダイマーあるいはヘテロダイマーを形成することによって構成され、免疫・炎症・発生・細胞増殖・アポトーシスはもとより、多くのウイルスゲノムの遺伝子の発現も誘導する。こうした多彩な生命現象を正しく維持するためには、NF-κBが選択性をもって標的遺伝子群のプロモーターを活性化させる必要があるが、その機構の詳細については未解明な点が多い.

NF-κBを活性化させるシグナル伝達経路は大きく分けてふたつあって、最も一般的な経路は古典的経路と呼ばれ、その最下流ではRelA/p50ヘテロダイマ一の活性化が誘導される。定常状態ではRelA/p50にはinhibitor of kappaB(IκB)が結合していて、このダイマーは細胞質へ留められて転写には関与できない.しかし、tumor necrosis factor(TNF)-αやlipopolysaccharide(LPS)などによる刺激が入るとIκBはプロテオソームによって分解され、遊離したRelA/p50は核内へ移行し、標的遺伝子のプロモーターへ動員されて転写を誘導する。もう一方の経路は非古典的経路と呼ばれ、この経路によって誘導されるダイマーは主にRelB/p52であることが知られている。定常状態のRe1B/p52は不活性型のRelB/p100として細胞質内に留められているが、Lrmphotoxinなどの刺激により非古典的経路が活性化するとp100がプロセシングを受けてp52となり、核内へ移行する。このように異なるダイマーが刺激特異的に活性化されることはNF-κBにプロモーターの選択性を与えるが、同一の刺激の下でも標的遺伝子の活性化は細胞種ごとに異なっていて一律に起こるわけではない。このため、シグナル伝達の最下流で各NF-κBダイマーにプロモーター選択性を与える分子機構の解明も重要である。

NF-κBの標的遺伝子の発現制御には、近傍のクロマチン環境も大きく影響を及ぼしている場合が多いと考えられる.近年我々の研究室では、クロマチン構造変換因子であるSWI/SNF複合体とRelB/P52ヘテロダイマーを仲介する新規のcofactorとしてDPF2(Requiem/REQ)を同定した。そしてDPF2にはSWI/SNF複合体の複数の構成サブユニットばかりでなくp52に対する結合性があり、RelB/p52依存的にSWI/SNF複合体を標的遺伝子のプロモーターへ誘導することを示している。

DPF2の属するd4ファミリーには他にDPF1、DPF3a、DPF3bというメンバーが存在する。DPF3aとDPF3bはDPF3遺伝子から選択的スプライシングによって産生される。本研究では、d4ファミリーメンバー及びこれらの因子とそのC端部分の構造で類似するPHF10が、生理的に代表的なNF-κBヘテロダイマーであるRelA/p50、RelB/p52あるいはc-Rel/p50に対するcoactivatorとして機能する可能性があるか否かを検討した。まず、HIV-1LTR由来のNF-κB応答配列(2つのNF-κB結合部位が4塩基対の距離をおいてタンデムに並んでいる)のみを保持する最小プロモーター(MinP)によってルシフェラーゼを発現させるコンストラクトを作製し、293FT細胞に導入した安定発現株クローン(NF-κB-MinP-LucA3株)を用いたレポーターアッセイを行った。各候補因子は単独で強制発現させても転写活性化に影響をほとんど及ぼさなかったが、NF-κBのヘテロダイマーと過剰発現させると、全ての因子が3種類のNF-κBの転写活性化能をどれも著しく増強させた。以前の報告では主にRelB/P52に特異的なアダプターとして機能すると考えていたDPF2も、RelA/p50とも協調的に働く可能性が十分にあることが分かった。この結果を踏まえ、我々は、炎症や免疫反応に特に重要な働きを担う点からRelA/p50に着目し、このNF-κBダイマーにおける協調的な転写活性化についてDPF1,DPF2,DPF3a,DPF3bおよびPHF10がより生理的な環境に近い条件で機能しているか評価を進めた。293FT細胞が5種類の候補全てを内在的に発現することから、shRNAを用いて内在性DPF1,DPF2,DPF3a,DPF3bおよびPHF10の発現をそれぞれ抑制させた後に、細胞をTNF-αで刺激することにより内在性RelA/p50を活性化させた。その結果、どの因子を抑制したときにもRelA/p50による転写活性化が弱まったが、それが特に顕著であったのはDPF3a,DPF3bを抑制したときであった。これらの両方あるいは片方の発現を抑制すると、TNF-αによって誘導されるレポ一ター活性は約20%に減弱した(図1)。

次に、DPF3a,DPF3bとRelA/50やSWI/SNF複合体の構成サブユニットの間に相互作用があるか否かを解析するために、グルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)pull-downアッセイを行った.大腸菌発現系を用いてGST-DPF3a,GST-DPF3bを精製し、in vitro翻訳系でアイソトープラベルしたRelA、p50をpull-downしたところ、GST-DPF3a,GST-DPFL3bのどちらもRelA,p50と相互作用していることが分かった。同様のpull-downアッセイをSWI/SNF複合体の構成サブユニットのBrm,BRG1,BAF60a,Ini1,B-actinをin vitro翻訳系で合成して行ったところ、β-actin以外の4つのサブユニットはGST-DPF3a,GST-DPF3bによりpull-downされていた。これらの結果より、DPF3aおよびDPF3bはRelA,p50ともSWI/SNF複合体の各構成サブユニットとも直接的に相互作用することが明らかになった。

続いて、シグナル伝達のどの過程でDPF3a,DPF3bがSWI/SNF複合体やRelA/p50と細胞内では相互作用しているのかについて解析を行った。FLAGタグを融合させたDPF3aとDPF3bをレトロウイルスベクターで293FT細胞内に導入し、抗FLAG抗体を用いた免疫沈降を行ったところ、DEP3aやDPF3bとのRelA/p50の結合は、TNF-α刺激によってRelA/p50が核内へ移行したときにみられることが明らかになった(図2)。その結合はDPF3bの方がDPF3aよりも強かったが、転写活性化能の解析で両者に差が見られなかったことから、DPF3aの結合力もcoactivatorとしての機能を果たすのには十分であると考えられる。一方、SWI/SNF複合体とは、DPF3a,3bともにTNF-α刺激の有無にかかわらず常に核内で結合していた。また、同様の免疫沈降をwhole cel llysateに対して行いRelAとDPF3a,DPF3bの結合効率を調べたが、TNF-α刺激に依存した結合の強さの変化はほとんど見られなかった。RelAにはTNF-α刺激に応答してリン酸化やアセチル化などの複数の修飾が入ることが知られているが、これらの修飾はDPF3a,DPF3bとの結合自体には必須でないと言える。以上の相互作用の解析結果より、DPF3a,DPF3bは、核内でSWI/SNF複合体と常に相互作用しており、Re1A/p50との結合はTNF-α刺激後に核内でおきると結論づけられる.

次に、DPF3aやDPF3bがSWI/SNF複合体依存的にRe1A/p50による転写活性化を増強させる様子を標的遺伝子のプロモーター近傍の染色体領域における各因子の動態から解析した。NF-κB標的プロモーターとして、ルシフェラーゼアッセイに用いたNF-κB-MinPと、野生型LTRをもつHIV-1ウイルスベクターにルシフェラーゼ遺伝子を導入したレポーターを用いた。各プロモーターを染色体中に保持した293FT細胞をTNF-αで刺激し、内在性のDPF3,Re1A/p50およびSWI/SNF複合体の動員状況をクロマチン免疫沈降法で解析した。まず、各プロモーターへ動員されているNF-κBを解析すると、どちらのプロモーターでもTNF-α刺激に応答してp50ホモダイマー一からRelA/p50ヘテロダイマーへ置換されている様子が検出された。一方、DPF3とBrmおよびBRG1型SWI/SNF複合体はTNF-α刺激前からプロモーターへ動員されている。また、HIV-1 LTRの場合、刺激後にSWI/SNF複合体とDPF3が部分的にプロモーターから離脱する場合もあることが分かった。HIV-1野生型LTRへのRe1Aの動員のkineticsと初期転写産物の産生のkineticsを比較すると、両者はよく一致しており、転写開始にあたって直接的な引き金となるのはRe1A/p50の動員であると考えられる。一方でDPF3とSWI/SNF複合体は標的プロモーター領域へあらかじめ動員されているが、その機構を説明するひとつとして、DPF3がp50ホモダイマーを認識してSWI/SNF複合体を誘導している可能性が考えられる(図3)。

本研究により、DPF3aおよびDPF3bがRelA/p50ヘテロダイマーとSWI/SNF複合体の問を仲介する因子として同定された。N-κBの標的遺伝子のプロモーターには、NF-κBに応答する際に近傍のクロマチン構造変換を必要とするものとしないものがあると考えられているが、HIV-1 LTRのようなクロマチン構造変換を要求する標的遺伝子のプロモーターの転写元進にはSWI/SNF複合体とNF-κBを仲介するDPF3aおよびDPF3bが重要な機能を担っていることが明らかになった。

DPF3bは、C末端のPHDフィンガーを介してピストンH3やH4の特定のメチル化修飾やアセチル化修飾を認識することが以前に報告されている。従って、HIV-1 LTR上へ動員されているDPF3bはSWI/SNF複合体やNF-κBだけでなく、プロモーター近傍のヒストンとも相互作用しているのかもしれない。本研究で取り上げたその他の候補因子であるDPF1、DPF2、PHF10もC末端にPHDフィンガーを保持しており、それぞれDPF3bとは異なる修飾ピストンを認識する可能性がある。各候補因子が組織により異なるプロファイルで発現していることと、本研究でDPF1、DPF2、PHF10にもNF-κBのcoactivatorとしての機能する可能性が示唆されていることを併せて考えると、組織ごとにSWI/SNF複合体とNF-κBを仲介する因子が異なることがNF-κBによるプロモーターの制御に多様性を与える機構のひとつであると考えられる。

図1.DPF3aとDPF3bはTNF-α刺激で活性化されたRelA/p50による転写活性化に必要である

図2.DPF3aとDPF3bはSWI/SNF複合体およびRelA/50と核内で結合する

図3.DPF3a/b,SWI/SNF複合体およびRelA/p50による標的プロモーターの制御のモデル。転写活性化の後に、SWI/SNF複合体の一部がプロモーターから離脱する場合もある。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章からなる。第1章および2章には、それぞれ要旨と略語が記されている。第3章はイントロダクションであり、クロマチン構造変換因子SWI/SNF複合体の機能と転写因子NF-κBの活性化機構である古典経路や非古典経路およびd4ファミリータンパク質の構造などの研究背景が記されている。さらに、NF-κB RelB/p52ヘテロダイマーとSWI/SNF複合体を仲介するアダプターとしてd4ファミリーに属するDPF2を同定した論文提出者の属する研究室から発表された先行研究を紹介し、本研究の目的をd 4ファミリータンパク質を候補としてSWI/SNF複合体とRelA/50の新規coactivatorを同定することであると述べている。

第4章の実験結果は6部構成となっており、第1部および第2部ではNF-κB特にRelA/p50ヘテロダイマーのSWI/SNF複合体依存的な転写活性化におけるd4ファミリータンパク質のcoactivatorとしての活性をレポーターアッセイにより解析を行っている。Coactivator候補の各因子の過剰発現およびshRNAによる発現抑制の両方の側面から解析を行った結果、全てのd4ファミリータンパク質にRelA/p50のSWI/SNF複合体依存的な標的プロモーターの活性化を強めるcoactivatorとしての活性を認めたが、その活性が最も強い候補因子としてDPF3a, DPF3bを見出している。第3部および第4部はDPF3a, DPF3bとSWI/SNF複合体やRelA/p50の結合解析を行い、その結果を述べている。第3部ではDPF3aおよびDPF3bがSWI/SNF複合体の構成サブユニットやRelA/p50と直接的な結合性を持つことをin vitroの結合解析から示している。第4部ではDPF3a, DPF3bは核内でSWI/SNF複合体と定常状態から結合しており、RelA/p50とはTNF-α刺激によってRelA/p50が核移行した際に相互作用することを免疫沈降法により示している。第5部および第6部ではクロマチン免疫沈降法により標的プロモーター上へのTNF-α刺激をおこなった際のRelA/p50、SWI/SNF複合体およびDPF3a/bの動員についての解析を行っている。HIV-1野生型LTRへのRelAの動員のkineticsと初期転写産物の産生のkineticsの比較を行った結果、両者はよく一致しており、転写開始にあたって直接的な引き金となるのはRelA/p50の動員であると考えられる。一方でDPF3とSWI/SNF複合体は標的プロモーター領域へあらかじめ動員されているが、その機構を説明するひとつとして、DPF3がp50ホモダイマーを認識してSWI/SNF複合体を誘導している可能性が考えられる。

第5章では、第4章に記された結果に対する総合的な考察がなされている。第6章、7章および8章には、それぞれ本論文で用いた実験手法、謝辞および引用文献の目録が記されている。

以上の解析を通じて、論文申請者はDPF3aおよびDPF3bがSWI/SNF複合体とRelA/p50を仲介するcoactivatorであることを見出した。NF-κBの標的遺伝子のプロモーターには、NF-κBに応答する際に近傍のクロマチン構造変換を必要とするものとしないものがあると考えられているが、HIV-1 LTRのようなクロマチン構造変換を要求する標的遺伝子のプロモーターの転写亢進にはSWI/SNF複合体とNF-κBを仲介するDPF3aおよびDPF3bが重要な機能を担っていることが明らかになった。

既存の研究で、DPF3が神経や筋肉の発生に関与していることが報告されているが、この先行研究ではDPF3の単独の機能としてこうした生命現象への関与を報告している。それに対して本研究ではDPF3がNF-κBと相互作用することを見出しており、SWI/SNF複合体をNF-κBの応答配列をもつプロモーターへ動員する因子として着目している。d4ファミリータンパク質をcoactivatorとして使い分けることでNF-κBによる標的遺伝子の発現制御に選択性が生まれるのではないかという着想は、本研究の独自の概念である。

なお、本論文の主要部分は伊庭英夫、水谷壮利、藤原俊伸、小林和善、丹藤利夫、櫻井浩平との共同研究であるが、論文提供者が主体となって解析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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