学位論文要旨



No 127823
著者(漢字) 岡本,真也
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,シンヤ
標題(和) 分裂酵母SCF複合体の減数分裂期における役割の解析
標題(洋) Analysis of the fission yeast SCF complex in meiosis
報告番号 127823
報告番号 甲27823
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5826号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,雄一
 東京大学 教授 伊藤,隆司
 東京大学 准教授 榎森,康文
 東京大学 講師 山下,朗
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

SCF複合体はSkp1, Cullin-1, Rbx1, Fボックスタンパク質によって構成されるユビキチンリガーゼであり、真核生物に広く存在する。SCF複合体は標的タンパク質をユビキチン化しタンパク質分解へと誘導することで細胞周期などの様々な生命現象を制御することが知られている。しかし、SCF複合体が減数分裂にどのように関わっているのかについてはよく分かっていない。本研究ではSCF複合体の減数分裂における機能を明らかにするために、分裂酵母をモデル生物としてSCF変異体が減数分裂過程で示す表現型の解析を行った。

分裂酵母は栄養の豊富な環境下では体細胞分裂を繰り返し増殖するが、窒素源が枯渇すると増殖を停止し減数分裂過程へと移行する。一倍体の分裂酵母細胞はまず細胞周期をG1期で停止し、次に接合型の異なる2つの細胞が接合する。そして2つの核が融合し減数分裂前期へと入る。減数分裂前期ではDNA複製および減数分裂組換えが行われる。その後、減数第一分裂、減数第二分裂と2回の連続した染色体分配を行い、4つの一倍体胞子を形成する。この減数分裂過程にSCF複合体が必要かどうかを調べるためSCF変異体の減数分裂期における表現型を調べた。SCF複合体の構成因子であるskp1の温度感受性変異体を半制限温度下で減数分裂過程に誘導した結果、形成された胞子の数に異常を示すことが分かった。この結果から、SCF複合体が正しく減数分裂を行うために必要である可能性が示唆された。

次に、skp1変異体が示した異常が減数分裂過程のどの時期に生じているのかを調べるためにタイムラプス観察を行った結果、skp1変異体では減数第一分裂においてスピンドル微小管が大きく曲がり折れる細胞が観察された。同様の表現型は体細胞分裂において報告されているが、なぜスピンドル微小管が曲がるのかは明らかになっていない。そこで、染色体分配に異常があるかどうかを調べるために、ヒストンを標識して観察を行った。その結果、skp1変異体ではスピンドル微小管が折れ曲がる間も染色体の一部がつながったままになっていることが分かった。次に、このつながったままになっている部分が染色体のどの位置にあたるのかを調べるためにキネトコアとテロメアを標識したところ、skp1変異体ではキネトコアはスピンドル極へと分配させていたのに対し、テロメアは一部がスピンドル極の間に留まっていることが分かった。さらに、減数分裂期特異的コヒーシンであるRec8を破壊することでスピンドル微小管が折れ曲がる表現型は抑圧され、テロメアもスピンドル極へと分配された。これらの結果から、skp1変異体では減数第一分裂において染色体腕部の一部が分離できておらず、その結果、スピンドル微小管が折れ曲がるのだと考えられる。

次に、染色体腕部の不分離に減数分裂組換えが関わっている可能性を調べるために、減数分裂組換えの開始に必要な遺伝子であるrec12を破壊した。その結果、rec12Δ skp1二重変異体はスピンドル微小管が折れ曲がる表現型を示さなかった。このことから、skp1変異体の減数第一分裂でスピンドルが折れ曲がる表現型は減数分裂組換えを介して生じていると考えられる。さらに、skp1変異体において減数第一分裂で減数分裂組換えが活性化しているかどうかを調べるために、レコンビナーゼRhp51/Rad51の局在を観察した。野生株では減数分裂前期にはRhp51の点状局在が見られたが減数第一分裂に入ると点状局在は見られなくなった。一方、skp1変異体では減数分裂前期に見られた点状局在が減数第一分裂まで持続していた。この結果から、skp1変異体では減数分裂組換えの中間体が正しくプロセシングされていない可能性が示唆された。

SCF複合体のうちSkp1, Cullin-1, Rbx1は不変の構成因子だが、Fボックスタンパク質は可変であり分裂酵母には18種類存在すると考えられている。Fボックスタンパク質はSCF複合体の中で基質認識を行うサブユニットであり、Fボックスタンパク質の種類によって基質特異性が決まる。本研究で示したskp1変異体の異常はいずれかのFボックスタンパク質が十分に働けなくなっているために生じている可能性が高い。そこで、Fボックスタンパク質の変異体のうちskp1変異体と同様の表現型を示すものを探索した。その結果、fbh1というFボックスタンパク質の破壊株が減数第一分裂においてスピンドル微小管が折れ曲がる表現型を示すことが分かった。Fbh1はFボックスの他にヘリカーゼドメインを持ち、相同組換えに関わることが知られている。fbh1破壊株が染色体腕部の分離に異常を示し、減数第一分裂において減数分裂組換えが活性化していたことからも、skp1変異体と同様の表現型を示すことが確認された。

次に、skp1変異体の表現型がFbh1の機能低下によって説明できるのかどうかを調べるために、skp1とfbh1の遺伝学的関係を調べた。skp1変異体にFbh1を過剰発現したところskp1変異体の制限温度での増殖異常が部分的に抑圧された。また、skp1変異体の温度感受性はDNA損傷チェックポイントに必要な因子であるRad3/ATRを破壊することで部分的に抑圧されることが知られているが、fbh1破壊株における増殖異常もrad3の破壊によって抑圧された。これらの結果からSkp1とFbh1が共に働いている可能性が示唆された。

Fbh1のヘリカーゼ活性とスピンドル微小管が折れ曲がる表現型の関係を調べるために、ヘリカーゼ変異体(fbh1-D485N)を作製し観察を行った。その結果、fbh1-D485変異体は減数第一分裂においてスピンドル微小管が折れ曲がる表現型を示し、減数分裂組換えの中間体のプロセシングにFbh1のヘリカーゼ活性が重要であることが示唆された。次に、Fボックスの重要性を調べるためにFボックス変異体を作製した。Fボックス変異体としては強いCPT(遺伝毒性物質)感受性を示すfbh1-P15A L26A変異体と弱いCPT感受性を示すfbh1-L14A P15A変異体を作製した。観察の結果、fbh1-P15A L26A変異体は減数第一分裂においてスピンドル微小管が折れ曲がる表現型を示したがfbh1-L14A P15A変異体は示さなかった、このことから、減数分裂組換えの中間体を正しくプロセシングするためにはFbh1のヘリカーゼ活性に加えてFbh1とSkp1の結合が必要である可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

SCF複合体はSkp1, Cullin-1, Rbx1, Fボックスタンパク質によって構成されるユビキチンリガーゼであり、真核生物に広く存在する。SCF複合体は標的タンパク質をユビキチン化しタンパク質分解へと誘導することで様々な生命現象を制御する。しかし、SCF複合体が減数分裂にどのように関わっているのかについてはよく分かっていない。学位申請者岡本真也は、SCF複合体の減数分裂における機能を明らかにするために、分裂酵母をモデル生物としてSCF変異体が減数分裂過程で示す表現型の解析を行った。

まず減数分裂過程にSCF複合体が必要かどうかを調べた。SCF複合体の構成因子であるskp1の温度感受性変異体を半制限温度下で減数分裂過程に誘導すると、胞子の数に異常を示す胞子嚢が高頻度で観察され、SCF複合体が正しく減数分裂を行うために必要であることが示唆された。次に、skp1変異体が示した異常が減数分裂過程のどの時期に生じているのかを調べるためにタイムラプス観察を行った。その結果、skp1変異体では減数第一分裂においてスピンドル微小管が大きく曲がり折れる細胞が観察された。さらに、染色体結合タンパク質ヒストンを標識し、染色体分配に異常があるかどうかを調べた。観察の結果、skp1変異体では減数第一分裂でスピンドル微小管が折れ曲がる間も染色体の一部がつながったままであることが分かった。つながった部分が染色体のどの位置にあたるのかを調べるため、キネトコアとテロメアを標識したところ、キネトコアはスピンドル極へと分配されていたが、テロメアは一部がスピンドル極の間に留まっていた。すなわち、skp1変異体では減数第一分裂において染色体腕部の一部が分離できず、その結果、スピンドル微小管が折れ曲がると考えられた。

続いて、染色体腕部の不分離に減数分裂組換えが関わっている可能性を調べるために、減数分裂組換え開始に必要なrec12遺伝子を破壊した。その結果、rec12Δ skp1二重変異体はスピンドル微小管が折れ曲がる表現型を示さず、当該表現型は減数分裂組換えを介して生じていると考えられた。さらに、skp1変異体において減数第一分裂で減数分裂組換えが活性化していることの確認のために、レコンビナーゼRhp51/Rad51の局在を観察した。野生型株では減数分裂前期にはRhp51の点状局在が見られたが減数第一分裂に入ると点状局在は見られなくなった。一方、skp1変異体では点状局在が減数第一分裂まで持続していた。この結果から、skp1変異体では減数分裂組換えの中間体が正しくプロセシングされていない可能性が示唆された。

SCF複合体のうちSkp1, Cullin-1, Rbx1は不変の構成因子であるが、Fボックスタンパク質は可変で、分裂酵母には18種類存在すると考えられている。Fボックスタンパク質は基質認識を行うサブユニットであり、SCF複合体の基質特異性を決めている。本研究で明らかにしたskp1変異体の異常はいずれかのFボックスタンパク質が十分に働けなくなっているために生じている可能性が高い。そこで学位申請者は、skp1変異体と同様の表現型を示すFボックスタンパク質の変異体を探索した。その結果、fbh1の破壊株が減数第一分裂においてスピンドル微小管が折れ曲がる表現型を示すことが分かった。Fbh1はSkp1との相互作用部位であるFボックスに加えてヘリカーゼドメインを持ち、相同組換えに関わることが知られている。fbh1破壊株は染色体腕部の分離に異常を示し、減数分裂組換えが活性化していたことからも、skp1変異体と同様の表現型を示すことが確認された。Fbh1のヘリカーゼ活性とFボックスが減数分裂に必要かどうかを調べるために、ヘリカーゼ変異体(fbh1-D485N)とFボックス変異体(fbh1-P15A L26A)を作製し観察を行った。その結果、fbh1-D485変異体とfbh1-P15A L26A変異体はいずれも減数第一分裂においてスピンドル微小管が折れ曲がる表現型を示した。このことから、減数分裂組換えの中間体を正しくプロセシングするためにはFbh1のヘリカーゼ活性とFボックスの両方が必要であることが示唆された。

以上、岡本真也は本研究により、分裂酵母においてSCF複合体、特にFボックスタンパク質Fbh1を構成因子としてもつものが、減数分裂の第一分裂の時期に減数分裂組換えの中間体を正しくプロセシングするために機能しており、その機能不全によってスピンドル微小管が折れ曲がるという特異な表現型が現れることを明らかにした。これらの研究成果は、減数分裂の進行時にタンパク質分解系が果たしている役割の理解に重要な寄与をなすものであり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は佐藤政充、登田隆、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、岡本真也に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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