学位論文要旨



No 127826
著者(漢字) 新井,邦生
著者(英字)
著者(カナ) アライ,クニオ
標題(和) 分裂酵母の分裂期における核輸送とスピンドル形成の解析
標題(洋) Analysis of regulation for nuclear transport and spindle formation in fission yeast mitosis and meiosis
報告番号 127826
報告番号 甲27826
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5829号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,邦史
 東京大学 教授 中野,明彦
 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 准教授 末次,志郎
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

細胞周期は細胞分裂を行う分裂期とそれ以外の間期とに分けられる。細胞内のさまざまな構造は、分裂期に移行する際にその形態を大きく変化させる。動物細胞の核膜は、間期には核と細胞質を隔てているが分裂期には崩壊する。一方、分裂酵母では分裂期においても核膜は崩壊せず、核と細胞質は分画されていると考えられてきた。しかし、分裂酵母の減数分裂期においては、核タンパク質が一過的に細胞全体に拡散することを見出した。この時核膜自体は崩壊しておらず、核膜の透過性のみが高まったと考えられる。この現象は、胞子形成に必要な2つの因子、シグナル伝達経路SINと小胞輸送に依存して引き起こされていた。このことは、分裂酵母において核膜の透過性を高めることが胞子形成に必要である事を示唆しており、その機構が動物細胞にみられる核膜崩壊へと進化した可能性も考えられる。

一方、動物細胞と分裂酵母のいずれにおいても、微小管はさまざまな役割を果たす。間期には細胞質に存在して細胞の極性維持などに関わる。分裂期には核内の紡錘体(スピンドル)構造へと姿を変えて染色体分配に関わる。どのようにして分裂期にスピンドル構造へと切り替わるのかは大きな謎であった。分裂酵母のスピンドル形成に関わる因子として、分裂期に核に蓄積する微小管結合タンパク質Alp7-Alp14複合体やスピンドルの重合中心SPBに局在するタンパク質Pcp1などが知られている。私は、これらの因子が連携してスピンドルを形成する可能性があると考え、Alp14とPcp1を融合させて間期の核に蓄積させたところ、微小管構造が細胞質から消失して核内に形成された。この核内の微小管形成には、Alp7が必須であった。このことは、Alp7-Alp14複合体とPcp1が核内で結合することが、微小管構造を細胞質微小管からスピンドルに切り替えるために十分であることを示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

学位申請者新井邦生は本論文において下等真核生物分裂酵母の示す細胞分裂に関連した二つの現象の解析を行った。第一章では分裂期における核膜の透過性変化を取り上げ、第二章では分裂期に細胞質から核へと局在変化する微小管の制御を分析した。

第一章では以下の成果が得られた。細胞が分裂期に移行する際、細胞内のさまざまな構造はその形態を大きく変化させる。動物細胞では間期に核と細胞質を隔てている核膜が分裂期には崩壊する。このような核膜崩壊をともなう分裂を"open mitosis"とよぶ。いっぽう分裂酵母では核膜は崩壊せず、核と細胞質は分画されたままであり、核膜を維持する分裂を"closed mitosis"とよぶ。しかし、所属研究室では、分裂酵母においても、二回の核分裂が連続しておこる減数分裂の二回目の核分裂(減数第二分裂)期に核タンパク質が一過的に細胞全体に拡散することを見出していた。学位申請者は詳細な解析から、この現象が、染色体が分配される減数第二分裂の後期に起こることを特定した。この時期に核膜は大きく崩壊しておらず、タンパク質が拡散により核-細胞質間を移動する速度が高まっていることが明らかとなった。さらに、この現象の誘導には、減数分裂に引き続いて起こる胞子形成に関わる2つの因子、すなわち分裂後期に活性化するシグナル伝達経路SINと、胞子を包む膜前駆体への小胞輸送とが必要であることが解明できた。これらの結果から、減数第二分裂後期には核膜による核と細胞質の分画が無効化され、実質的に"open mitosis"状態に近くなり、この現象が胞子の形成と深く関わり合っていると結論された。

分裂酵母は "closed mitosis"を行うために、細胞周期に応じて細胞質と核の間で局在を変化させる構造が、どのように働く場所を制御されているのかは興味深い問題である。第二章では、核と細胞質の双方で機能する微小管の形成メカニズムを解析した。間期に細胞質に形成されていた微小管は、分裂期には核内のスピンドル(紡錘体)構造へと姿を変える。スピンドルは染色体分配に関わり、この微小管構造の再編成は正常な分裂に不可欠である。核内でスピンドルを形成するのに、分裂期に積極的に核に輸送される微小管結合タンパク質複合体Alp7-Alp14の重要性が知られている。また、スピンドルの重合中心となるSPBは、間期には細胞質領域にあり、分裂期への移行とともに核膜に埋め込まれることが知られている。埋め込みに伴って、微小管の起点となるγチューブリン複合体を結合するPcp1が核内に露出する。所属研究室の先行研究で、Alp14とPcp1の融合タンパク質を核に蓄積させると、核膜の一部が突出する形態変化が起きることを見いだしていた。学位申請者はこの実験系において微小管を可視化し、融合タンパク質により間期においても核内で微小管の形成が誘導されることを明らかにした。また野生型細胞の分裂期にはAlp7とPcp1が結合していることも明らかにした。これらの観察は、Alp7-Alp14複合体とPcp1が核内で結合することにより、核内のスピンドル形成が誘導されることを示唆している。いっぽう間期には細胞質で微小管の束が3~5 本形成され、細胞の極性維持などに機能している。間期には細胞質微小管にAlp7-Alp14複合体の局在が認められ、また細胞質においてγチューブリン複合体と結合するMto1-Mto2複合体が同定されている。これらの因子の変異体では細胞質の微小管の束の数が減少する。学位申請者はMto1がAlp7と結合する能力をもち、この結合領域を欠いたmto1変異体では微小管の束の数が減少することを示した。いっぽうまた、異所的な微小管形成を誘導した場合でも、核内微小管と細胞質微小管はその存在が拮抗することから、分裂期にはスピンドル形成に移行する形で細胞質微小管が消失することが示唆された。これらをまとめて、Alp7-Alp14複合体が分裂期にはPcp1と、間期にはMto1-Mto2複合体と結合することにより、細胞周期に応じて核または細胞質で微小管が形成され、特定の微小管構造が構築されると結論づけた。

以上、新井邦生は本研究により、分裂酵母における細胞周期・細胞分化に応じた細胞内の構造変化について新知見を得、その分子基盤を明らかにした。これらの研究成果は、細胞分裂の分子メカニズムとその進化的由来の理解に重要な寄与をなすものであり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は佐藤政充、田仲加代子、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、新井邦生に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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