No | 127827 | |
著者(漢字) | 江原,晴彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | エハラ,ハルヒコ | |
標題(和) | 真核生物型RNA ポリメラーゼのX 線結晶構造解析 | |
標題(洋) | Crystallographic studies on the eukaryotic RNA polymerases | |
報告番号 | 127827 | |
報告番号 | 甲27827 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5830号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | DNA からRNA への遺伝子配列の転写はRNA ポリメラーゼ(RNAP)によって行われている.RNAPには,大きく分けて単一のサブユニットから構成されるものと,複数のサブユニットから構成されるものが存在する. 前者はファージやミトコンドリア等,限られた所での転写を司っている.一方,後者のマルチサブユニット型RNAP は,真正細菌,古細菌,真核生物を含む生物界全体に広く分布し,転写の大半を担っている.マルチサブユニット型RNAP は,いずれも配列的,構造的な相同性を持ち,共通の祖先から進化してきたものと考えられている.真正細菌および古細菌においては1 種類のRNAP がすべての転写を行っている.それに対し,真核生物の核内には少なくとも3 種類のRNAP が存在し,それぞれRNA ポリメラーゼI, II, III(Pol I, II, III)と呼ばれている.これらのうち,Pol I は35S rRNA 前駆体の転写を専門に行う.また,Pol II はmRNA 前駆体や多くのsnRNA の転写を,Pol III は5S rRNA,tRNA 及び様々なsmall RNA の転写を担うことが知られている. 構造的な観点からは,500 kDa 程度の大きなタンパク質複合体であり,Pol I は14,Pol II は12,Pol III は17 のサブユニットから構成されている.これら3 種類のRNAP は高い進化的関連性を持つが,特にコアを形成する10 個のサブユニットは共通性が高く,主にRNA 伸長といったRNAP の根幹的な触媒反応に関わっている.一方,他の周辺部に位置するサブユニットは独自性が高く,転写の開始や終結に関わるほか,固有の転写因子との相互作用の場を提供すること等が知られている. RNAP はセントラルドグマの中核を担う極めて重要な酵素であり,これまでにも数々の生化学,構造生物学的研究が行われてきた.真正細菌や古細菌のRNAP に加え,真核生物のPol II やそれらと核酸との複合体等の結晶構造が解明されており,RNA 伸長の基本的な触媒メカニズムは徐々に明らかにされつつある.しかし,特に真核生物のRNAP についてはその調製や結晶化に関して難易度が高いこともあり,限られた生物種,限られた結晶系での解析が主であった.それ故に,複雑で可動性に富んだ分子であることが予想されながら,RNAP 内で生じ得る大きな構造変化についての知見は現在でも十分ではない.よって本研究では,真核生物の転写の分子メカニズムを明らかにすることを目的とし,真核生物のRNAPやその部分複合体の調製方法の確立と,それらのX線結晶構造解析を行った. ピキア酵母由来RNAP の調製法の確立 導入した遺伝子を大量発現させる場合と比べて,内在性のタンパク質複合体を精製するためには,多量の菌体とより高い精製度が要求される.本研究においては,増殖速度が速く,高密度培養が可能なことで知られるピキア酵母を用いることで前者の問題を解決した.また,ゲノム上に存在するRNAP のサブユニットをコードする遺伝子に改変を加え,3xFLAGタグとHis タグを導入することにより,精製の効率化を行った.これらのタグを利用したアフィニティー精製を含む,多段階のカラムクロマトグラフィーを組み合わせることによりPol I,Pol II, Pol IIIそれぞれの精製を行った.特にPol I, Pol II に関しては結晶構造解析を行うのに十分な量と純度を実現した(Fig.A-1). ピキア酵母由来Pol II のX 線結晶構造解析 精製したPol II の結晶化スクリーニングを行い,微小な結晶を与える条件を多数発見した.これらの条件をもとに,塩や沈殿剤等の検討を行い,ある程度の大きさを持った単結晶を与える条件を複数得ることができた.得られた結晶に関して予備的なX 線回折実験を行ったところ,結晶の外見により,異なった結晶格子を持つことが判明した.それらのうち三方晶系の格子を持つ結晶に関して更なる結晶化条件の最適化を行い,回折実験に適した大きさの結晶を得ることができた(Fig. A-2).得られた結晶を用いてX 線回折データの収集を行った. 以前に報告されていた出芽酵母の Pol II の構造を用い,分子置換法による位相決定を行った.その結果,結晶中には12 個すべてのサブユニットから成る完全なPol II が含まれていることが判明した.多くの箇所で初期モデルと電子密度との大きなずれが観測されたため,これらに関して構造モデルの修正を行った.最終的な構造をFig.A-3 に示す.ピキア酵母のPol II は全体としてカニのはさみのような形をしており,中央部には核酸の通り道となる大きな溝が存在する(primary channel).また,primary channel に対して上からフタをするような形で,clamp と呼ばれる領域が存在する.さらに,裏側には転写因子との結合部位や,NTP の通り道となりうる小さな穴が存在する(secondary channel).さらに,中央部から外側に突き出すような形で,Rpb4/7 という二つのサブユニットから成る細長いストーク構造が存在する. 詳細な構造比較を行ったところ,これまでに報告されてきたPol II の構造とは大きく異なる点が明らかとなった(Fig.A-4).特にRpb4/7 に関しては出芽酵母のPol II 等と比べて傾いた角度で結合しており,先端付近においては15Åを超える大きなずれが観察された.Rpb4/7 がこのような大きな動きをし得るというのは新しい発見である.さらに,clamp 領域に関しても大きな動きが観測された.この部分は以前より可動性を持つことが知られていたが,今回の構造では,これまでで最も内側に閉じた形をとっていた.Pol II の高い保存性を考えると、今回観察された構造変化は種間の違いに由来するものではなく,Pol II の取りうる別の構造状態であると考えられ,転写の分子メカニズムにおいて新たな知見を与えるものである. 本研究ではさらに, Pol II と,基本転写因子の一つであるTFIIB との複合体のX 線結晶構造解析を行い,Pol II のdock ドメイン付近にTFIIB のzinc ribbon ドメインが結合している様子を明らかにした(Fig.A-5). Pol III 部分複合体の調製とX 線結晶構造解析 Pol III は真核生物中で最も複雑なRNAP であり,17 のサブユニットから成る.本研究では,Pol III に特異的なサブユニットに着目し,複数の生物種由来の配列を用いてC82/34/31,C53/37,C17/25 という3 種類の部分複合体の再構成を行った.それらのうち,分裂酵母由来のC17/25 複合体に関してX 線結晶構造解析に成功した.その結果,以前に解かれていた出芽酵母のC17/25 の構造と比較してC17 HRDC ドメインの位置が大きく異なっていることが判明した(Fig.A-6).配列解析の結果,種によってドメイン間の動きやすさに違いがあること,また本研究の分裂酵母C17/25 に見られるHRDC ドメインの配置が転写に重要であることが示唆された. 本研究では,Pol II 全体及びPol III の部分構造において,予期せぬ大きな動きが起き得ることを発見した.これらの結果はRNAP による転写の分子メカニズムに重要な知見を与えると共に,異なる結晶系で構造解析を行うことの重要性を指し示すものと考えられる. Fig.A-1 精製したRNAP のSDS-PAGE 左より,分子量マーカー,Pol I,Pol II,Pol III Fig.A-2 Pol II の結晶 Fig.A-3 ピキア酵母Pol II の全体構造 Fig.A-4 Pol II の構造比較 Fig.A-5 Pol II とTFIIB の複合体 Fig.A-6 C17/25 部分複合体の構造比較 (a)分裂酵母C17/25 (b)出芽酵母C17/25(PDB 2CKZ) | |
審査要旨 | 本論文は 6 章から構成される.第1章は序論であり,RNA ポリメラーゼの生体内における役割やその分類について簡潔な説明がなされている。さらに、真核生物型RNA ポリメラーゼの立体構造に関するこれまでの研究と未解決の課題についてその要約が記されている。 第 2 章においては、ピキア酵母に内在するRNA ポリメラーゼI, II 及びIII の精製方法が述べられている。内在性複合体の大量調製は一般に容易ではないが、ピキア酵母の利用や精製条件の検討を行うこと等により、結晶化に適した純度のRNA ポリメラーゼを得るための現実的なプロトコルが確立されている。 第 3 章では、ピキア酵母RNA ポリメラーゼII のX 線結晶構造解析に関して、その手法と結果が説明されている。RNAポリメラーゼII 単体に関しては3 つの異なる結晶系について、結晶化と構造解析の結果が記されている。それに加えて、基本転写因子の一つであるTFIIB と、RNA ポリメラーゼII との複合体に関しても、X 線結晶構造解析の方法が述べられている。本研究においては、広範な結晶化条件の探索が行われていることに加え、必ずしも一般的でない結晶化試薬等が試されており、論文提出者の創意工夫を見ることができる。さらに、構造解析についても比較的新しい手法が取り入れられており、技術面での先進性をうかがうことができる。 第 4 章においては、第3 章で解明したピキア酵母RNA ポリメラーゼII やその複合体の立体構造に関して、その特徴が述べられている。単体構造に関して、既に結晶構造が解明されている出芽酵母RNA ポリメラーゼII との構造比較が行われており、両者が大きく異なるコンフォメーションを持つことが説明されている。また、同じピキア酵母RNA ポリメラーゼII の間においても結晶系によってコンフォメーションが異なることを示した上で、その背後に存在し得るRNA ポリメラーゼII の可動性や、その可動性がRNA ポリメラーゼによる転写の分子メカニズムに寄与を及ぼす可能性に関して議論を行っている。さらに、TFIIB との複合体構造に関しては、TFIIB 部分が既知構造と異なる新たなコンフォメーションを取り得ることを示した上で、その役割に関して新たな提案を行っている。本研究で明らかにされた様々に異なるコンフォメーションは,いずれも予期することが困難であったものであり,高い学術的価値を持つ物と判断できる. 第 5 章では、RNA ポリメラーゼIII に関して、その部分複合体の大腸菌を用いた再構成方法が述べられている。さらに、その一つである分裂酵母由来C17/25 複合体に関して、X 線結晶構造解析が報告されている。以前に行われた出芽酵母由来の結晶構造を根拠として、RNA ポリメラーゼIIIのC17/25 複合体はRNA ポリメラーゼII 等の該当部位とは大きく異なるコンフォメーションを持つと考えられていた。しかし本論文においては、結晶構造に加えて、その保存性や表面の性質の解析、さらには種間の配列比較等を組み合わせることにより、以前の説とは異なる結果を導いている。さらに,その過程で用いられた解析手法はいずれも高度なものであり、論文提出者の結晶構造や配列解析に対する理解を見ることができる。 第 6 章においては、全体のまとめ、及び今後の展望が述べられている。本論文は,巨大なタンパク質複合体の構造変化という困難な課題に取り組み,新たな発見と更なる課題を導き出したものであり,その挑戦は高く評価することができる. なお,本論文の第2 章から第4 章については横山茂之,関根俊一,梅原崇史,須賀則之,肥後聡明との,第5 章に関しては横山茂之,関根俊一との共同研究であるが,論文提出者が主体的に分析及び検証を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断できる. したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める. | |
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