No | 127829 | |
著者(漢字) | 髙橋,明格 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タカハシ,アキノリ | |
標題(和) | 脂肪細胞分化における新規制御因子 Tob2 の機能解析 | |
標題(洋) | Functional analysis of Tob2 in the regulation of adipocyte differentiation | |
報告番号 | 127829 | |
報告番号 | 甲27829 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5832号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 肥満は体内に脂肪組織が過剰に蓄積した状態と定義され、糖尿病・高血圧・血管疾患・うつ・癌など多くの生活習慣病に繋がる危険因子である。近年は、日本においても、食の欧米化に起因する肥満が急激に増加しており、新規抗肥満薬の創製は急務とされる。白色脂肪組織は体内の余剰な脂肪をトリグリセリドの形で蓄積する組織である。また、白色脂肪組織は、内分泌組織としても機能し、アディポカインと呼ばれるホルモンを分泌する。アディポカインは主に脳、肝臓、膵臓、脂肪細胞で作用し、エネルギー代謝を制御する。肥満は脂肪組織の生理学的機能が破綻した状態であり、グルコースや脂肪の血中濃度を制御する機構が無秩序になった状態である。脂肪細胞分化は、脂肪組織形成を促進する過程の1つであり、peroxisome proliferator-activated receptor γ (PPARγ) と CCAAT/enhancer-binding protein (C/EBP) ファミリーをはじめとする転写因子のカスケード反応により緻密に制御されている。概略としては、脂肪細胞分化誘導刺激直後、はじめに、転写因子 C/EBPβ と C/EBPδ の発現が上昇する。この2つの転写因子の発現上昇は、転写因子 C/EBPα や PPARγ の発現を誘導する。C/EBPα や PPARγ は成熟脂肪細胞の性質獲得に必須である脂肪合成因子やアディポカインの遺伝子発現を誘起する。骨形態形成因子(BMPs)と Smad 蛋白質は、骨形成を促進する機能が広く知られている。さらに、近年の研究では、BMP シグナル経路の活性化が脂肪細胞分化を亢進すること、肥満もしくはメタボリックシンドロームを呈した人の白色脂肪組織においては、BMP受容体の発現量が上昇していることが明らかになってきた。これらの知見は、BMP/Smad シグナル経路が脂肪組織形成・脂肪細胞分化を制御することを示唆しているが、その正確な分子機構は分かっていない。Tob/BTG ファミリーは、Tob、Tob2、BTG1、BTG2、ANA/BTG3、BTG4 の6つの構成因子からなり、主に、癌化・骨形成を制御することが知られている。また、Tob/BTG ファミリーは、BMP/Smad シグナル経路の調節因子として知られている。Tob と ANA/BTG3 は Smad 蛋白質との結合を介して、BMP/Smad シグナル経路を抑制する。そのため、Tob やANA/BTG3は骨芽細胞の分化・増殖を阻害し、骨形成を負に制御する。反対に、BTG2 はBMP シグナル経路を活性化し、脊椎パターン形成を制御する。しかしながら、Tob/BTG ファミリーの脂肪組織形成ならびに脂肪細胞分化への関与は明らかでない。本研究では、Tob/BTG ファミリーの構成因子である Tob2 が BMP/Smad シグナル経路の阻害を介して、脂肪細胞分化を抑制することを示した。 私は、高脂肪食および通常食を負荷したマウスの白色脂肪組織における遺伝子発現プロファイルを解析している中で、Tob/BTG ファミリーの構成因子のうち3つの遺伝子 (tob、tob2、ana/btg3) の発現量が、高脂肪食負荷マウスにおいて、1.5~2倍減少していることを見いだした。このデータを検証するため、通常食および高脂肪食を負荷したマウスの白色脂肪組織における Tob/BTG ファミリーの発現量を定量的リアルタイムPCR法とウェスタンブロッティング法により調べた。この結果、高脂肪食を負荷したマウスの白色脂肪組織において、Tob2 と ANA/BTG3 の発現量が顕著に減少していることを確認した。さらに、食欲抑制遺伝子であるレプチンを欠損した肥満モデルマウスob/ob マウスの白色脂肪組織においても、tob2 の発現量の減少がみられた。これらの結果は、Tob2 の機能と肥満との関連性を示唆する。そこで、tob2 欠損マウスを用いて、エネルギー恒常性・肥満における Tob2 の役割を調べた。その結果、通常食負荷条件下では、tob2 欠損マウスの体重・組織重量・血中グルコース濃度等の代謝パラメーターには異常がないことが分かった。高脂肪食負荷条件下においても、体重・インスリン感受性・グルコース耐性・血中グルコース濃度は tob2 欠損マウスと野生型マウスで差がなかったが、興味深いことに、tob2 欠損では脂肪肝の改善ならびに白色脂肪組織の肥大化がみられた。また、この tob2 欠損マウスの肥大化した脂肪組織では、脂肪細胞の面積の増加がみられ、Pparg1とPparg2 の発現の上昇がみられた。さらに、PPARγ の標的遺伝子であり、成熟脂肪細胞の機能に必須である遺伝子群 Fabp4, Lpl, Fasn, Adiponectin, Resistin, Leptin の発現の増加がみられた。これらの結果より、tob2 欠損マウスの白色脂肪組織において、脂肪細胞分化が亢進していることが強く示唆された。そこで、Tob2 の脂肪細胞分化への関与を調べた。野生型および tob2 欠損マウスより単離した初代培養白色脂肪前駆細胞を BMP2 を含む脂肪細胞分化誘導培地で刺激し、分化誘導を行った。この結果、tob2 欠損細胞において脂肪蓄積の亢進がみられ、PPARγ2の発現が転写レベルで増加していた。さらに、レトロウィルス感染システムを用いて、3T3-L1 脂肪前駆細胞から tob2 遺伝子をノックダウンした細胞株ならびに tob2を過剰発現させた細胞株を樹立し、それらの成熟脂肪細胞への分化誘導能を、コントロール細胞株と比較した。その結果、tob2 ノックダウン細胞株では、脂肪蓄積が亢進し、またPPARγ2の発現が上昇していることが分かった。反対に、tob2 過剰発現細胞株では、脂肪蓄積の低下がみられ、PPARγ2の発現が転写レベルで減少していた。以上より、Tob2 はPPARγ2の発現を転写レベルで抑制することにより脂肪細胞分化を負に制御することが示された。Tob/BTG ファミリーは Smad 蛋白質と結合を介し、BMP シグナル経路を調節する。また、BMP シグナル経路の活性化は脂肪組織形成・脂肪細胞分化を促進する。これらの知見より、私は、Tob2 が BMP シグナル経路を負に調節し、脂肪細胞分化を抑制するという仮説をたてた。実際に、Tob2 は Smad1, 4, 5, 6, 7, 8 と結合し、また、脂肪細胞分化誘導後、tob2 ノックダウン 3T3-L1細胞株では、BMP2 刺激により誘導される Smad1/5 のリン酸化が亢進していた。さらに、高脂肪食負荷条件下、tob2 欠損マウスでは、BMP 受容体遺伝子 Bmpr1a の発現量の増加が見られた。Smad6 は BMP シグナル経路の抑制因子であり、脂肪細胞分化を抑制することが知られている。また、Tob2 は Smad 蛋白質の中でも Smad6 と強く結合することから、私は、Tob2 が Smad6 と協調的に BMP シグナル経路を阻害しているのではないかと考えた。そして、PPARγ2 のプロモーター活性に Tob2 と Smad6 が与える影響をルシフェラーゼアッセイにより調べた結果、Tob2 と Smad6 は相乗的に PPARγ2 の転写活性を阻害していることを明らかにした。以上より、脂肪細胞分化過程において、Tob2 は BMP/Smad シグナル経路を Smad6 と協調的に阻害していることが示された。BMP 刺激の下流において、C/EBPα は PPARγ2 プロモーター上で Smad1/4と複合体を形成し、協調的に PPARγ2 の発現を誘導する。Tob2 が Smad1/4と結合することから、私は、Tob2 は C/EBPα とも結合することで PPARγ2 の発現を調節するのではないかと考えて解析を進め、Tob2 が C/EBPα と結合し、核内で共局在していることを明らかにした。さらに、クロマチン免疫沈降法を用いて、成熟脂肪細胞における PPARγ2 プロモーター上のC/EBPαの占有率にTob2 が与える影響を調べた。この結果、tob2 欠損細胞において、C/EBPαの PPARγ2 プロモーターへの結合の増加がみられ、反対に、tob2過剰発現3T3-L1細胞株では、C/EBPαの PPARγ2 プロモーターへの結合の減少がみられた。つまり、Tob2 は C/EBPαの PPARγ2 プロモーター上への結合を阻害することが示された。以上より、Tob2 は、BMP/Smad シグナル経路とC/EBPαによる PPARγ2 の転写活性化の阻害を介して、PPARγ2 の発現を抑制することにより、脂肪細胞分化を負に調節する新規制御因子であることが示された。 本研究は、Tob2 の脂肪組織形成における新規機能を明らかにしたものである。Tob2 は富栄養条件で自身の発現量を減らすことから、栄養条件に応答して白色脂肪組織形成を制御していると考えられた。Tob2 は通常食条件に代表される体内のエネルギーの消費と取り込みのバランスが均等に近い条件を感知し、脂肪細胞分化を阻害することで、脂肪組織の大きさを規定し、ホメオスタシスの維持に関与しているのかもしれない。さらに、Tob2 が BMP シグナル経路を阻害し、脂肪組織形成過程を抑制することは、これまでの BMP シグナル経路の活性化による脂肪組織の肥大化を示した知見を強く裏付けるものである。脂肪組織特異的に Tob2 を標的としたアプローチは、新規抗肥満薬の創製に繋がるものと考えられる。 | |
審査要旨 | 本論文は Tob/BTG 増殖抑制蛋白質ファミリーに属する Tob2 が脂肪細胞分化を阻害し、白色脂肪組織形成を抑制制御することを新たに明らかにしたものである。 論文提出者は、高脂肪食および通常食を負荷したマウスの白色脂肪組織における遺伝子発現プロファイルを解析している中で、Tob/BTG ファミリーの構成因子のうち3つの遺伝子 (tob、tob2、ana/btg3) の発現量が、高脂肪食負荷マウスにおいて、25 ~ 50% 減少していることを見いだした。このデータを検証するため、通常食および高脂肪食を負荷したマウスの白色脂肪組織における Tob/BTG ファミリーの発現量を定量的リアルタイムPCR法とウェスタンブロッティング法により調べた。この結果、高脂肪食を負荷したマウスの白色脂肪組織において、Tob2の発現量が顕著に減少していた。これらの結果は、Tob2 の機能と肥満との関連性を示唆する。そこで、tob2 欠損マウスを用いて、白色脂肪組織形成・肥満・エネルギー恒常性における Tob2 の役割を調べた。その結果、興味深いことに、高脂肪食負荷条件下において、体重・インスリン感受性・グルコース耐性・血中グルコース濃度は tob2 欠損マウスと野生型マウスで差がなかったが、tob2 欠損マウスでは脂肪肝の誘導抑制ならびに白色脂肪組織の肥大化がみられた。また、このtob2 欠損マウスの肥大化した白色脂肪組織では、脂肪細胞の面積の増加がみられ、脂肪細胞分化制御に重要な転写因子 Pparg1 と Pparg2 の発現の上昇がみられた。さらに、PPARγ の標的遺伝子であり、成熟脂肪細胞の機能に必須である遺伝子群 Fabp4, Lpl, Fasn, Adipoq, Retn, Lep の発現の増加がみられた。これらの結果より、tob2 欠損マウスの白色脂肪組織において、脂肪細胞分化が亢進していることが強く示唆された。 そこで、脂肪前駆細胞を用いた成熟脂肪細胞への分化誘導モデルを用いて、Tob2 の脂肪細胞分化への関与を調べた。野生型マウスおよび tob2 欠損マウスより単離した初代培養白色脂肪前駆細胞を BMP2 を含む脂肪細胞分化誘導培地で刺激し、分化誘導を行った。この結果、tob2 欠損細胞において脂肪蓄積の亢進がみられ、PPARγ2の発現が転写レベルで増加していた。反対に、Tob2 過剰発現 3T3-L1 脂肪前駆細胞株では、脂肪蓄積の低下がみられ、PPARγ2の発現が転写レベルで減少していた。以上より、Tob2 はPPARγ2の発現を転写レベルで抑制することにより脂肪細胞分化を負に制御することが示された。 続いて、論文提出者は Tob2 による PPARγ2 の転写抑制の分子機構の解明に着手している。Tob2 は Smad1, 4, 5, 6, 7, 8 と結合し、脂肪細胞分化誘導後、tob2 ノックダウン 3T3-L1細胞株では、BMP2 刺激により誘導される Smad1/5 のリン酸化が亢進していた。また、高脂肪食負荷条件下、tob2 欠損マウスの白色脂肪組織では、BMP 受容体遺伝子 Bmpr1a の発現量の増加が見られた。さらに、Tob2 は抑制型 Smad6 と相乗的に PPARγ2 の転写活性を阻害していることをルシフェラーゼアッセイにより明らかにした。以上より、脂肪細胞分化過程において、Tob2 は BMP/Smad シグナル経路を Smad6 と協調的に阻害していることが示された。さらに、Tob2 は C/EBPα と結合し、核内で共局在しており、クロマチン免疫沈降法を用いた解析の結果、tob2 欠損細胞において、C/EBPαの PPARγ2 プロモーターへの結合の増加がみられ、反対に、tob2過剰発現3T3-L1細胞株では、C/EBPαの PPARγ2 プロモーターへの結合の減少していた。つまり、Tob2 は C/EBPαの PPARγ2 プロモーター上への結合も阻害することが明らかになった。以上より、Tob2 は、BMP/Smad シグナル経路とC/EBPαによる PPARγ2 の転写活性化の阻害を介して、PPARγ2 の発現を抑制することにより、脂肪細胞分化を負に調節する制御因子であることが示された。 本研究は Tob2 が栄養状態を感知して白色脂肪組織形成・脂肪細胞分化を抑制し、ホメオスタシスの維持に関与することを示唆するものであり、肥満症の治療薬への応用に繋がると考えられ、大変意義深い。 なお、本論文は、森田斉弘博士、横山一剛博士、鈴木亨博士、山本雅博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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