No | 127830 | |
著者(漢字) | 田中,良樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タナカ,ヨシキ | |
標題(和) | 膜輸送体タンパク質の構造機能解析 | |
標題(洋) | Structural and biochemical analyses of membrane transporters | |
報告番号 | 127830 | |
報告番号 | 甲27830 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5833号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 疎水性の脂質二重膜によって外界から隔離された細胞は生命活動を維持するために金属イオン, アミノ酸, 糖や各種代謝産物といった物質について, 周囲の環境からの取込みおよび排出を行なう必要がある.膜輸送体は脂質膜で隔てられた細胞内外に物質を輸送する役割を持つ膜蛋白質である.このような輸送体による輸送メカニズムの理解には, 立体構造解析が必須である.輸送体膜タンパク質の構造解析例は徐々に増えつつあるものの,分解能の問題から詳細な議論がなされているものは限られている.本研究では,主にX 線結晶構造解析を用いて膜輸送体タンパク質の構造と機能を解明することを目指した. ・多剤排出輸送体MATE 多剤排出輸送体は構造・作用の異なる薬剤を広範に認識し排出する輸送体であり,原核生物から高等真核生物に渡り広く存在している.細胞において毒性のある物質を能動的に排出することは細胞の薬剤耐性に関与するものであり,化学療法において重要な問題となっている.本研究では,多剤排出輸送体に分類されるファミリーの一つであるMultidrug And Toxic compound Extrusion(MATE) を解析対象とした.好熱性古細菌Pyrococcus furiosus 由来MATE 全長の結晶構造を,脂質中での結晶化法により2.4 A 分解能にて決定した.MATE の構造は12 本の膜貫通 (Transmembrane: TM) ヘリックスで構成され,TM 間には細胞外側に開いた大きな溝が形成されていた.溝の内部は主に疎水的なアミノ酸側鎖によって構成されているが,内部空間のTM1-6 側の細胞外側に酸性残基の集中した部位が存在し,その周辺がプロトンおよび薬剤基質の認識部位になっている可能性が示唆された.結晶化条件の異なる結晶構造を明らかにした結果,TM1 のヘリックスが保存されたプロリン残基を基点にして折れ曲がり,中央の溝側へと入り込む構造が明らかとなった(図1).この動きによりTM1-6側内部空間は失われるため,基質排出においてTM1 が機能している可能性が考えられる.さらに,東大・化学科・菅研究室との共同研究にて合成したMATE 特異的な環状ペプチド3 種との複合体の構造決定を行った結果,環状ペプチドは上述の溝に結合することが判明した.これらの環状ペプチドはいずれもMATE の持つ大きな溝に挟まるように結合することによって,ヘリックスのコンフォメーションの変化を抑制するものと考えられた.今回合成された環状ペプチドには,結晶化の促進作用を持つものと,輸送阻害活性の強いものが存在した.前者は,結合面積は少ないものの溝に結合して構造変化を阻害する一方で,自身も安定な構造を取り結晶化の妨げにならない様になっていたと考えられた(図2左).後者は,溝の奥深くにまで入り込んでMATE へ強く結合して構造変化を阻害するものと考えられたが,構造的に不安定な部分が多く,結晶化においては不利に働いたと思われる(図2右).以上の結果は,多剤排出輸送体に対する阻害剤設計および結晶化促進作用を持つ環状ペプチドの設計に資すると期待される. ・マグネシウムイオン輸送体MgtE 細胞質ドメイン Mg2+は細胞内において最も豊富に存在する二価陽イオンの一つであり,非常に多様な生理的役割を担っている.その生理的機能の理解が進んでいる反面,生体内での輸送,恒常性の分子基盤は近年ようやく明らかになりつつある段階である.これまでにいくつかのMg2+輸送体が同定されており,その一つに真核生物・真正細菌に広く保存されているMg2+Transporter-E (MgtE) が存在する.MgtE はMg2+取込みを担う輸送体で,二つのサブドメインからなる大きなN 末端細胞質ドメインと5 回の膜貫通ヘリックスを有する膜タンパク質である.本研究では,MgtE のMg2+輸送における細胞質ドメインを介した制御機構の解明を目的とし,好熱性細菌Thermus thermophilus由来MgtE 細胞質ドメインの結晶構造解析を行なった.細胞質ドメインのみを大腸菌組換えタンパク質として大量発現させ,Mg2+の存在下・非存在下双方で結晶化を行い,各結晶構造を2.3 A, 3.9 A にて決定した.細胞質ドメインはN 末端のスーパーヘリカル構造を持つドメイン(N ドメイン)と典型的なCBS ドメイン,膜貫通ドメインへ繋がる部分の長いヘリックスから構成されていた(図3).このヘリックスは膜貫通孔との位置関係から,"plug helix"と名付けられた.また,Mg2+存在下の構造には複数のMg2+と見られる電子密度が観測され,酸性残基に富む細胞質ドメインでのサブドメイン間が接触する際の構造安定化に寄与しているものと考えられた(図4a).一方,Mg2+非存在下ではN ドメインはCBS ドメインに対して大きく離れていた(図4b).それによってMg2+存在下の細胞質ドメイン構造においてみられたような,N ドメインとCBS ドメイン間の密な相互作用はみられなくなっていた.また,CBS の二量体化にも影響が出ており,plug helix の配向がMg2+存在下の平行な状態から,約20°開いた形へと変化していた.二つの構造の比較から,細胞質ドメインは膜貫通ドメインの状態を『Mg2+高濃度で閉構造・低濃度で開構造』というように変化させていると推測される.以上よりMgtE の細胞質ドメインはMg2+センサーとして機能し,細胞内Mg2+濃度恒常性に関わることが示唆された. ・二価金属イオン輸送体bACDP 細胞質ドメイン Ancient Conserved Domain Protein (ACDP) は元々Urofacial (Ochoa) 症候群と呼ばれる排尿機能障害の遺伝性疾患の関連遺伝子としてクローニングされた遺伝子ファミリーである.パッチクランプ実験によってこの遺伝子が電位依存的に広い範囲の二価金属イオンを輸送することが分かっている.配列保存性が高く,様々な真核生物に広く保存されているだけではなく,古細菌や真正細菌にも存在している.本研究において,humanACDP2 と配列相同性を有する輸送体膜タンパク質をBacteria ホモログbACDP として扱っていくこととした.bACDP はN 末端2-4 回TM ドメインとC 末端側細胞質ドメインを有する膜タンパク質である.膜貫通ドメインは金属イオン輸送体膜タンパク質に保存されている機能未知ドメインDUF21 に分類される.細胞質ドメインにはCBS ドメインとHlyC/CorCドメインの二つのドメインを有する.そのためCBS ドメインによる輸送制御機構の存在が予想されるが,具体的な機能は明らかになっていない.サブドメイン単独での構造は決定されているが,細胞質ドメインでの立体構造は明らかになっていない.そこで好熱性細菌Geobacillus kaustophilus 由来bACDP 細胞質ドメイン及び全長それぞれに対して, X 線結晶構造解析の手法によって, ACDP ファミリーにおける輸送制御メカニズムの解明を試みることとした.細胞質ドメインのみを大腸菌組換えタンパク質として大量発現させ,結晶構造を2.6 A 分解能で決定した(図5).細胞質ドメインは典型的なCBS ドメインと6 本のβ シートと2本のα ヘリックスからなる球状をしたCorC ドメインから構成されていた.TM ドメインに続くループ領域は安定な構造をとらないものと見られ,ループ領域を含むコンストラクションは性質が悪く,構造決定にも成功しなかった.CBS サブドメイン間にはATP 結合サイトが存在し,変異体解析によりTyr247 が認識に重要であることが明らかとなった.また,bACDP 細胞質ドメインはhead-to-tail 型の二量体構造をとっており,片面に酸性残基の集中した平板な構造であった.そこから細胞質ドメインは電荷の中性側を膜方向に向けて接触し,N 末端の4 本のTM ヘリックスが二量体化して膜透過孔を作るというモデルを提唱した(図6).一方,全長の大量発現・精製にも成功し,等温滴定カロリメトリー(ITC)を用いてATP への強い結合能を確認したが,結晶構造を明らかにするまでには至っていない. 図1 PfMATE 構造2 条件の比較 図2 PfMATE と環状ペプチドの複合体構造 図3 Mg2+存在下TtMgtE 細胞質ドメイン構造 図4 Mg2+依存的TtMgtE 細胞質ドメイン構造変化 図5 Gk-bACDP 細胞質ドメイン二量体構造 図6 bACDP 全体構造予想 | |
審査要旨 | 本論文は5章からなる.序章はイントロダクションにあたり,本論文中で扱う膜タンパク質輸送体についての概略および論文の概要,研究目的等が記述されている.第1章は多剤排出輸送体MATE の結晶構造解析について述べられている.大腸菌組換えタンパク質として発現させたサンプルについて結晶化を試みていた.その結果,好熱性古細菌Pyrococcus furiosus 由来のMATE において,モノオレインLCP 法という結晶化方法を用いることで,構造決定に耐え得る結晶が得られ,セレノメチオニン置換体を用いた単波長異常分散(SAD)法による位相決定を行ない,最終的に最高で分解能2.4 A で全長構造の決定していた.また,阻害剤ペプチドの合成を共同研究で行い,結合が確認された複数の候補の中から3 種類の環状ペプチドについて複合体構造を明らかにしていた.全体構造は細胞外側に開いたoutward-facing 構造をとっており,3 つの環状ペプチドはそれぞれについても複合体結晶構造を明らかにしていた.この結果は,ペプチド創薬における知見として意義あるものと評価できる.第2章は高度好熱性細菌Thermus thermophilus 由来のマグネシウムイオン輸送体MgtE 細胞質ドメインの結晶構造解析,および全長構造との組み合わせによって得られた知見について述べられている.MgtE 細胞質ドメインの構造を,マグネシウムイオン存在下とマグネシウムイオン非存在下のそれぞれについて,分解能2.3 A,3.9 A で決定し,その構造変化を明らかにしていた.また,その変化が全長構造に与える影響について考察していた.第3章は二価金属イオン輸送体バクテリアホモログbACDP について述べられている.全長での大量発現が確認されていた生物種(好熱性細菌Geobacillus kaustophilus)のbACDP に関して細胞質ドメイン可溶性領域を予測し,複数の長さの発現系を作製し,結晶化を試みた.その結果,セレノメチオニン置換体bACDP の213 から433 アミノ酸残基の発現系において,良質な結晶の作製に成功した.MAD 法による位相決定を行い,ATP 複合体構造を分解能2.6 A で決定していた.また,構造からATP の認識に重要と予測されたアミノ酸に点変異を導入した系についても結晶化を行ない,分解能2.85 A で変異体のATP非結合状態における構造を決定した.構造を比較したところ,ATP の結合状態に関わらず同じ細胞質ドメインの構造をとっていることが示された.また,等温滴定カロリメトリー(isothermal titration calorimetry, ITC)を用いて,全長タンパク質がATP と強く結合することを明らかにしていた.終章には論文全体の総括が記述されている. なお,本論文第2章は,服部素之との共同研究であるが,論文提出者が主体となって,MgtE 細胞質ドメインの分析を行なったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する. したがって,博士(理学)の学位を授与できるものと認める. | |
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