学位論文要旨



No 127832
著者(漢字) 永沼,政広
著者(英字)
著者(カナ) ナガヌマ,マサヒロ
標題(和) アラニルtRNA合成酵素によるG:U塩基対依存的tRNA選択機構の構造基盤
標題(洋) Structural basis for the G:U base pair dependent tRNA selection mechanism of alanyl-tRNA synthetase
報告番号 127832
報告番号 甲27832
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5835号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 濡木,理
 東京大学 教授 菅,裕明
 お茶の水女子大学 教授 今野,美智子
 東京大学 准教授 程,久美子
 東京大学 教授 横山,茂之
内容要旨 要旨を表示する

DNA上にはさまざまなタンパク質のアミノ酸配列が暗号化されており, 3つ組の塩基配列(コドン)が1アミノ酸残基に一致する. 20種の標準型アミノ酸にはそれぞれ対応するtRNAが存在し, コドンとアミノ酸残基を対応付ける仲介役となっている. 20種のアミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)が対応しあうアミノ酸とtRNAを正確に認識し, アミノアシルtRNAを生成する(アミノアシル化). このように, aaRSはコドン-アミノ酸残基の対応付けにおいて重要な触媒反応を担っている. そのために, 厳密なアミノ酸やtRNA認識の保障機構を備えている. tRNAはL字型の三次構造を持つ分子であり, その塩基配列には構造的特徴を持つアイデンティティ塩基配列がある. アイデンティティ塩基配列は多くの場合アクセプターアームやアンチコドン配列などに複数点在し, それらが協調してaaRSに選択されるための目印となっている.

アラニンのtRNA (tRNAAla)のアイデンティティ決定因子はアクセプターステムの中心にあるG3:U70塩基対であり, アラニルtRNA合成酵素(AlaRS)によって認識される. AlaRSはU70塩基をC70塩基に置換したtRNAAlaをアミノアシル化できず、G3:U70を導入した非対応型のtRNAをアミノアシル化できるようになる. これはtRNAAlaのアイデンティティは1つの塩基対によって強く支配されることを表している.

AlaRSはN-末端側からアミノアシル化, "tRNA認識", "校正反応", 二量体化ドメインの4つの機能ドメインから構成される. 現在までにアミノアシル化-tRNA認識ドメインと基質になるアミノ酸を含む断片の結晶構造が報告され, アミノアシル化活性部位によるアミノ酸認識様式は解明された. しかしながら, AlaRSがどのようにtRNAAlaと相互作用し, G3:U70塩基対を認識しているのかは不明なままである.

本研究では, まずAlaRSをアミノアシル化, "tRNA認識", "校正反応"ドメインから構成される断片(AlaRS-ΔC)と二量体化ドメインの断片(AlaRS-C)へ2断片化し, それぞれの結晶構造を決定した. AlaRS-ΔCの構造から校正反応ドメインはアミノアシル化ドメインに対して, 既知のaaRS構造におけるものとは異なる位置に配置されていることが明らかになった. また, AlaRS-C はヘリックス-ループ-ヘリックス(HLH)のC末端側に球状のサブドメインを持つ構造だった. さらにHLHはロイシンジッパー様構造を形成して二量体化していた. AlaRS-ΔC及びAlaRS-Cの構造から二量体全長AlaRSの構造モデルを提唱した. 次に, AlaRS・tRNAAla複合体を結晶化し, 得られたX線回折データを基にAlaRS-ΔC及びAlaRS-Cの構造を用いた分子置換法で位相を求め, AlaRS・tRNAAla複合体の結晶構造を解明した(図1).

AlaRS・tRNAAla複合体の構造解析により, AlaRSによるtRNAAlaとの相互作用を特定し, G3:U70塩基対認識に依存するtRNAAla選択機構を明らかにした. AlaRSはC末端ドメイン間の相互作用によって二量体化していた. tRNAAlaはAlaRS二量体に対して一つ結合し, 他のaaRS・tRNA複合体には見られない独特な結合様式でAlaRSによって取り囲まれていた. tRNAAlaのアクセプターステムは, tRNA認識ドメインによって主溝, 副溝の両側からしっかりと挟みまれ, L字型の肩をC末端ドメインに押さえられていた. この時, tRNA認識ドメインは構造変化を伴っていた(図1B & 2).

G3とU70は非対称的な塩基対を形成しており, 主溝側にU70の4-カルボニル基, 副溝側にG3の2-アミノ基が水素結合を作らずに突き出していて, tRNA認識ドメインに保存されたアミノ酸残基Asn359とAsp450がそれぞれ相互作用していた(図3).

次に, 野生型のAlaRSとG3:U70塩基対をA3:U70塩基対に置換したtRNAAla (tRNAAla/AU) との複合体構造を分解能4 Aで決定した. この複合体は不活性型の構造をとっていることが期待される. この不活性型複合体構造において, 野生型複合体構造と比較するとアクセプターステム全体の配置がわずかにずれていた(図4).

さらに, Asn359やAsp450の役割を確かめるために変異体の活性測定を行った. Asn359やAsp450をアラニン置換(N359A, D450A) したが, アミノアシル化活性にはあまり影響しなかった(図5A). しかし, D450AはG3:U70をワトソン-クリック型塩基対に置換したtRNAを野生型AlaRSに比べて効率的にアミノアシル化した(図5B).

以上の結果から, AlaRSは非対称的なG3:U70塩基対を正しく配置することでその近くにある3'-末端をアミノアシル化でき, 一方で対称的なワトソン-クリック型塩基対を持つアクセプターステムに対してはその結合の配置をずらすことによって3'-末端のアミノアシル化を回避することが示唆された. また, Asp450はC71リボースの2'-水酸基とも相互作用しており, D450A変異体ではアクセプターステムの結合の自由度が増したためにtRNAAla/AUをアミノアシル化すると考えられる. AlaRSはアクセプターステムを主溝, 副溝の両側からしっかりと挟み込み, 非対称的なG3:U70塩基対を正しい位置に厳密に配置することで排他的にtRNAAlaを選択していた.

図1.A.fulgidus AiaRS・tRNAla複合体の全体構造

(A)A.fulgidus AiaRSのドメイン構成.

(B)A.fulgidus AiaRS・tRNAla複合体構造のリボンモデル.

略語:Aminoacylation domain,AD;β-barrel subdomain,BB;Editing core subdomain,EC;C-terminal helical subdomain,CH;C-terminal globular subdomain,CG.

図2.アクセプターステムの認識

(A)tRNA認識ドメインによって狭み込まれたアクセプターステム.

(B)tRNA認識ドメインの構造変化.

図3.G3:U70塩基対の認識

図4.G3:U70塩基対とA3:U70塩基対の比較

野生型tRNAAlaのG3とU70をマゼンタ,A73をオレンジ,その他をピンクで示した.tRNAAla/AUのA3とU70を濃青,A73を青,その他を水色で示した.

図5.異変体解析

(A,B)変異体AlaRSのG3:U70,A3:U70塩基対を持つtRNAAlaに対する活性測定.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなる。

第1章は、序論であり、本論文で行った研究の背景と目的を記載している。最初に、遺伝暗号の翻訳においてアミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)がアミノ酸やtRNAを正確に認識することの重要性を述べ、その背景を解説している。次に、本論文の研究において主な対象となっているアラニルtRNA合成酵素(AlaRS)やアラニンのtRNA(tRNAAla)、及びG:U塩基対についてそのより詳細な背景を述べている。それらを踏まえ、AlaRSのG3:U70塩基対認識によるtRNAAla選択についての背景を解説し、この選択機構の理解のために,AlaRSとtRNAAla複合体のX線結晶構造解析が必要であると提起している。

第2章は、2断片化したAlaRSのX線結晶構造解析について述べている。論文提出者は,全長AlaRSをN末端フラグメント(AlaRS-△C)とC末端フラグメント(AlaRS-C)の2つの断片に分けてそれぞれ結晶化することで、AlaRSの全てのドメイン構造を明らかにしている。また、AlaRS-△Cの構造からアミノアシル化ドメインと校正反応ドメインの相対配置が、従来予想されていた配置と、全く異なることを見出した。この結果から、まったく新しいtRNAAIa結合モデルを提案し、その独特な結合位置について議論している。AlaRS-Cの構造からAlaRSの二量体化相互作用様式を明らかにして、全長AlaRSの二量体モデルを作成し、議論を行なっている。

第3章は、AlaRSによるG3:U70塩基対依存的tRNAAIa選択機構について述べている。論文提出者は、第2章で明らかにしたAlaRS-△CとAlaRS-Cの構造情報をもとにAlaRS・tRNAAla複合体の結晶構造を決定した。この構造からAlaRSはtRNAAlaの周りを取り囲みさらにアクセプターステムを主溝、副溝の両側から挟み込むという、AlaRS特有のtRNA結合様式を採用することで、G3:U70塩基対と密接な相互作用を形成することを見出した。次に、論文提出者は、G3:U70塩基対をA3:U70塩基対に置換した不活性状態の複合体結晶構造を決定した。2つの複合体構造においてtRNAAIaの構造を比較し、G3:U70塩基対とA3:U70塩基対の構造の違いが、アクセプターアーム全体に影響して、それらの結合様式に違いを与えていることを見出した。このアクセプターアームの結合様式の違いが、活性状態と不活性状態の構造の違いを表していると議論している。実際に、野生型複合体において観察できたアミノアシル化される3'床端の電子密度は、不活性型複合体において消失している。さらに、論文提出者は、G3:U70塩基対と相互作用しているアミノ酸残基の変異体AlaRSや、G3:U70塩基対をワトソン-クリック型塩基対に置換した変異体tRNAAIaを用いてアミノアシル化活性測定を行なっている。その結果、G3=U70塩基対と相互作用しているアミノ酸側鎖はワトソンークリック型塩基対を排除する役割をもっことを明らかにしている。以上の結果から、AlaRSは密接な相互作用によってアクセプターステム及び3:70番の塩基対を正確に位置決めし、3:70番にワトソン-クリック型塩基対を持つtRNAを活性のない様式で結合する事で排除し、G3:U70塩基対に依存したtRNAAla選択を達成していると議論している。

第4章は、第3章の結果を踏まえた総合討論を行い、tRNAAla選択機構、tRNAAlaの結合や解離などの動態について、G:U塩基対の位置について議論している。

本論文に記載された研究は、遺伝暗号の翻訳における重要な分子基盤や、一つの塩基対に依存したRNA選択機構という独特なRNA選択機構を明らかにしたものであり,当該分野において重要な生物学、生化学的意義を持つと評価する。また、論文提出者は,当該分野における包括的知識と議論の能力を十分に有していると判断する。論文は全体にわたり、平易で明快な文章により記述されている。

なお、本論文の第2章、及び第3章は、東京大学の横山茂之教授、関根俊一准教授、福永流也博士(現・University of Massachusetts研究員)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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