学位論文要旨



No 127835
著者(漢字) 福田,森彦
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,モリヒコ
標題(和) 機能性を有するキラルな超分子構造の構築
標題(洋) Construction of functional chiral supramolecular structures
報告番号 127835
報告番号 甲27835
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5838号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 濡木,理
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 教授 黒田,玲子
 東京大学 教授 塩谷,光彦
内容要旨 要旨を表示する

共有結合よりもはるかに弱い水素結合や配位結合が分子間で多数形成されることによって自発的に安定な化合物を形成する超分子化学は、近年目覚ましい発展を遂げてきており、通常の有機合成では入手困難な様々な構造が創製されてきた。DNAの2重らせん構造は特異な水素結合による超分子ともいえるし、タンパクの高次構造も多数の弱い結合によって構築されている。とりわけ、生体内物質との関連からキラルな超分子構造に関する注目度は高い。そこで本研究では、本質的にキラルな構造であるらせん構造に着目し「金属錯体」と「ペプチド」の2つの異なった分子群について、機能性をもった超分子らせん構造を構築し、またその構造を制御することを目標とした。

金属錯体の研究では、構造と機能性の両面から重要な合成ターゲットである、らせん型金属錯体メタロヘリケートの創製を目指した。メタロヘリケートは本質的にキラルな構造をとるため、生体内のキラル環境を模するなどの展開が考えられ、魅力的な合成対象となっている。しかし、多くの報告例がある二重鎖・三重鎖メタロヘリケートとは異なり、四重鎖ヘリケートは合成が困難であるために報告例が少ない。それ自体ねじれた構造をとる二座架橋配位子L1-L4と平面四配位型金属イオンPd2+とを自己集合させることで四重鎖メタロヘリケートの合成をめざした。立体反発によりねじれた構造をとるベンゾフェノンをベースに、L1はアミド結合、L2 はエステル結合、L3 およびL4 はエーテル結合を持たせるようにした。1H NMRさらにL3については単結晶X線構造解析から、配位子がC2対称性を持ち、かつ、P-体、M-体が素早く反転していることが示唆された。これらの配位子を金属イオンと自己集合させることで、単一の超分子、四重鎖メタロヘリケート、 [Pd2(Ln)4(NO3)4] = Cn が得られた。1H NMRスペクトルのメチレン基由来のプロトンがシングレットであったことから、四重鎖C1-C4を形成していてもP-体とM-体との素早い反転によりラセミ体になっていることが示唆された。

これらの四重鎖錯体は正に帯電したPd2+を2個持つために、アニオンに対するレセプターであり、アニオンによって超分子構造を安定化するアニオンテンプレート効果を示すと予想された。C1 はBF4-を取り込むが、2個がキャビティ内、2個は外側、Pd2+の近傍に位置する。さらに驚くべきことに、1H NMR、ESI MSおよび単結晶X線構造解析からC2 - C4の場合には、加熱条件下で2つの4重鎖ヘリケートがインターロックした、四重鎖錯体によっては前例のないインターロック型二量体2量体, D = [M2L4]2,を自発的に形成するという画期的な結果をえた。さらに、この自己集合はアニオンの種類に大きく依存し、NO3-ではインターロック型ヘリケートを形成するがPF6-, SbF6-, OTf-, OTs-を用いた場合は単量体C3のままであり、BF4-の場合はC3とD3との平衡状態にあった。Pd2+への結合の強さとキャビティー内に占めるアニオンの体積が鍵と考えられた。また、アニオンを添加することによりホストの構造を変換できることも示すことができた。キラルなアミノ酸を架橋配位子に導入することで二座架橋配位子のキラリティーを一方に傾けることに成功しており、これがメタロヘリケート全体のキラリティー制御に転写できる可能性が示唆された。

一方、らせんペプチドの研究では、人工オリゴペプチドの動的らせん(反転により右巻・左巻間を行き来する)の制御を試みた。たんぱく質を構成しているL-型アミノ酸から成るペプチドらせんは、α-らせん構造、一部は310-らせん構造をとるが、そのキラリティーは常に右巻である。一方、非天然かつアキラルなアミノ酸の中にはAib (Aib = 2-アミノ酪酸)のようにらせん形成を促進するものが知られている。アキラルな非天然アミノ酸から成るらせんペプチドは、溶液中で左右の巻き方向を等しくとり、光学不活性で、通常、このような鏡像関係にあるらせんペプチドは素早い反転を起こしている。本研究では、このような光学不活性ならせんペプチドをターゲットとして、反転速度をらせんペプチドを多重に分子内架橋することで制御することを目指した。側鎖に配位部位としてピリジン環を4つ導入した310-らせん構造のオリゴペプチド(P1)を金属イオンと自己集合させることで二重架橋されたらせんペプチド(P2)を合成した。温度変化NMRスペクトルより、予想通り、らせんの反転速度が遅くなっていることを確認できた。アキラルなアミノ酸からなるらせんペプチドについて、多重架橋による反転制御の例はこれまでに報告されていない。

さらに、主鎖と側鎖で志向されるキラリティーが競合する場合に、ペプチド全体としてのキラリティーがどのように決定されるかを研究した。主鎖にD-アラニンを1個、それ以外はアキラルな非天然アミノ酸からなる8量体ペプチド(P3)をまず合成した。ペプチドのCD(円二色性)スペクトル測定の常套手段である、N-端をpBrBZ基に置換したP3 ペプチド誘導体(pBrBZ-P3)を合成し、そのCDスペクトルを測定すると、左巻に特徴的なパターンを示した。次に、P3とは逆のキラリティーを誘導するL-システインを2個、側鎖に導入したペプチド(P4) を合成した。P4は主査と側鎖のキラリティーが競合する。このペプチドも同様にN端をpBrBZ基に置換してCDスペクトルを測定すると、強度は弱いがpBrBZ-P3と同じ左巻のパターンを示した。主鎖のキラリティーが優先されたが、主鎖のキラリティーは側鎖と比べ、構造の自由度が小さいためと考えられる。しかし、P4 の側鎖間をジスルフィド結合により架橋したP5 ペプチドでは、状況は大きく変わり、完全に反転したCDスペクトルを示し、右巻きのらせんとなることが示された。さらに、NMRのジアステレオマーによるピークから、P3, P4においては動的らせんであるが、ジスルフィド架橋されたP5は静的らせんであることもあきらかにできた。ジスルフィド架橋がたんぱく質構造に与える影響を、これらの短いペプチドで確認することができた。

このように、金属錯体とペプチドという二つのらせん構造におけるらせんの巻型制御、動的挙動の制御に成功した。どちらにも共通して、金属イオンや水素結合などの弱い相互作用による自己集合がキラル構造の形成やキラリティー制御にかかわっていた。今後、人工的ならせん構造によるアニオン識別、アミノ酸などのキラルなゲスト認識などの機能性分子の構築へ、さらに、天然のタンパク質等と比較することにより、生体物質の構造への理解へと展開してみたいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は六章からなる。第一章は序論であり、これまでに明らかとなっているらせん構造の構築と制御についての知見を述べ、金属錯体とペプチドを用いた新たならせん構造の構築と制御を目指した計画の中で、学位申請者の行った研究の位置づけを明らかにしている。第二章、第三章では金属錯体の研究について、第四章、第五章ではペプチドの研究について、緒言、結果及び考察、実験項と順に従って述べられている。第六章には本研究の総括と今後の展望について述べられている。

自然界に頻出する構造モチーフであるらせん構造は、構造自体がキラルであり、超分子化学やペプチド化学の分野において重要な合成ターゲットとなっている。らせん構造の超分子金属錯体はメタロヘリケートと称される。四重鎖以上のメタロヘリケートについては極めて合成例が少なく、合成ターゲットとしての価値は高い。本研究ではこの四重鎖メタロヘリケート合成のためのスキームを考案し、実際に四重鎖メタロヘリケートの合成に取り組んだ。また、金属錯体の他にオリゴペプチドを用いたらせん構造の制御についての研究にも取り組んだ。このオリゴペプチドは310-らせん構造をとるように設計されているため、どのアミノ酸残基がペプチド全体のどこに位置するか等の予測が容易であり、らせん構造制御のための精密な分子設計を行える。これを利用したらせん構造の制御が本論文後半の主要なテーマとなっている。

第二章では、四重鎖メタロヘリケートの合成スキームとして、平面四配位型金属イオンと捩れた架橋配位子との自己集合を考案するとともに、二座架橋配位子の設計と合成、それに続く四重鎖メタロヘリケートの自己集合について記述している。実際に四重鎖メタロヘリケートの自己集合に成功しており、有効な四重鎖メタロヘリケートの合成スキームを提案している点で本研究には意義があると考えられる。また、スキームに基づいて、異なった架橋配位子を用いた複数の四重鎖メタロヘリケートの合成に研究を推し進めている点で、今後の発展も期待できる。

第三章では、四重鎖メタロヘリケートの機能性に焦点が当てられている。本章では、第二章で示された特定の四重鎖メタロヘリケートについて、系中に硝酸イオンが存在するときインターロック様に二量化することを明らかにしている。様々なアニオン、架橋配位子を用いた比較実験等により、このインターロック様二量化にアニオンテンプレート効果が駆動力として働いていることを見出している。結晶構造等により確認されたこの四重鎖メタロヘリケート同士のインターロック型二量体は、合成化学史上他に類を見ない構造であり、合成自体に価値があるとともに、その構造形成に働く駆動力を見出した点で、本章で示された結果は非常に価値の高い研究であるといえる。

第四章では、ペプチドを用いたらせん構造制御の研究に論を進めている。本章では、右巻き・左巻きらせん間を高速で反転している光学不活性ならせんペプチドを合成し、この側鎖間に二重架橋を施すことで、らせんの反転速度を著しく低下させることに成功している。先行研究で達成されていた類似の系は一重の架橋であったが、本研究では二重架橋に発展させている点で価値があると判断できる。精密な分子設計により、将来的にはさらなる多重架橋でさえも達成できるようになると期待される。

第五章では、主鎖に1残基のD-Alaを、側鎖に2残基のL-Cysを導入し、主鎖と側鎖のそれぞれが逆方向の巻型を誘導するChiral Conflictなペプチドを合成し、この巻き方向について検討している。本研究では、主鎖のキラル情報が側鎖のキラル情報に優先すること、また主鎖と側鎖のChiral Conflictではらせんの安定性が低下しないことを見出している。さらに本研究で用いたペプチドは、側鎖のL-Cys同士をキラル架橋することにより、らせんの巻き方向が反転したということを報告している。本研究では、ペプチドという生体関連物質を用い、達成困難なテーマであるらせんの巻き方向反転に成功している点で、非常に面白い結果を得ていると判断できる。

以上、本研究ではキラルならせん構造の構築と制御を目指し、金属錯体を用いた系では稀少な四重鎖メタロヘリケートとそのインターロック型二量体の構築を、ペプチドを用いた系ではらせん構造の巻き方向反転の制御を行っていた。なお、本論文は、関谷亮、逢坂直樹、黒田玲子の指導を受けながら研究を進めているが、論文提出者が主体となって合成・分析及び考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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