学位論文要旨



No 127837
著者(漢字) 渡邉,可奈子
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,カナコ
標題(和) 細胞分化の準備期に機能するLatent process遺伝子群の同定と、神経突起伸長レベルのデコーダーとしての機能解析
標題(洋) Latent process genes for cell differentiation are common decoders of neurite extension length
報告番号 127837
報告番号 甲27837
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5840号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,隆司
 東京大学 教授 黒田,真也
 東京大学 准教授 程,久美子
 東京大学 准教授 舘林,和夫
 東京大学 准教授 大杉,美穂
内容要旨 要旨を表示する

細胞は細胞外因子に曝され、分化や増殖等の細胞運命を決定する。シグナル伝達や遺伝子発現を含む期間は、運命決定の情報を読み出し(デコード)、形態変化の準備をするLatent期と考えられる。本研究室では、PC12細胞におけるNGF依存的神経突起伸長にはERK活性と遺伝子発現を必要とするLatent期が存在し、Latent期の誘導にはNGFの連続的な(STEP)刺激と1時間程度の一過的(PULSE)刺激の両方が有効であることを明らかにした。しかし、神経突起伸長には刺激開始後長時間を要すことや、その"潜在"的な働きからLatent期の分子機構は未解明なことが多い。本研究では、マイクロアレイと定量的RT-PCRによるスクリーニングから得られた、Latent期に発現が必要とされる遺伝子候補に関して、RNA干渉実験により神経突起伸長への機能を解析した。その結果、Latent期に発現し、その後の神経突起伸長に必要な3つの遺伝子、Metrnl、Dclk1、及びSerpinb1aをLP遺伝子(Latent process遺伝子)として同定した。LP遺伝子のmRNAは、各々異なる時間変化―Metrnlは刺激後3時間にピークを持つ一過的な発現、Dclk1は刺激後3時間にピークを持つ一過的発現とその後の持続的な発現、Serpinb1aは刺激後24時間までの持続的な発現―を示した。それらの発現はNGFのSTEPとPULSE刺激の両方により誘導された。また、それらの発現はどれもがERK活性に依存しており、必要とされるERK活性の持続性は、発現の持続性が長いものほど長かった。HA-タグを付加したLP遺伝子を発現させることにより細胞内局在を観察したところ、細胞質、核や神経突起領域での発現に関して、各LP遺伝子によって異なる局在パターンを示した。さらに、3つのLP遺伝子を同時に過剰発現させたところ、NGF依存的突起伸長が促進された。つまり、これらLP遺伝子は、時間的に異なる発現パターンと空間的に異なる局在パターンを持ちながら、神経突起伸長に協調的に働いていると考えられた。さらに、我々は、Latent期を誘導する1次刺激とその後の突起伸長を誘導する2次刺激からなる刺激パターンを用いることで、神経突起伸長に対するLatent期の作用についてLP遺伝子の発現に着目した定量的解析を行った。その結果、NGFと同じくLatent期を誘導するPACAP、forskolinによっても各LP遺伝子は発現し、突起伸長に機能していた。一方、Latent期を誘導しないEGFやinsulinではLP遺伝子は発現しなかった。さらに、Latent期を誘導するNGF、PACAP及びforskolinに関して、それら刺激の濃度をふり、それぞれSTEP、あるいはPULSE刺激による1次刺激を行い、Latent期(0-12時間)におけるLP遺伝子の発現と、2次刺激以降(12-24時間)の神経突起伸長を解析した。その結果、1次刺激の種類を通して、Latent期における各LP遺伝子の発現レベル(時間変化の積分値、あるいはピークでの発現量)は、その上流のERK活性レベルとは異なり、突起伸長レベルと正の相関をもっていた。即ち、神経突起伸長に機能するLP遺伝子のmRNA発現が神経突起伸長に先立つことを考えると、LP遺伝子の発現は、刺激に含まれる神経突起伸長レベルの情報のデコーダーであると考えられた。

概念図

<神経突起伸長レベルのデコーダーとしてのLP遺伝子の働き>

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、PC12細胞の神経分化機構のLatentプロセスに関わる遺伝子群の同定とその機能解析について述べられている。イントロダクションでは、細胞運命決定機構における準備期としてのLatentプロセスとPC12細胞の神経分化機構について触れ、先行研究において明らかにされたNGF刺激のタイミング依存的な働きと神経分化プロセスの関係について説明している。さらに、Latentプロセスにおいて必要とされる遺伝子群の同定という研究目標とその意義について十分な説明がなされている。また、続く手法の説明については、行った実験手法、解析が詳細に説明されている。

結果の記述では、先行研究で得られた候補遺伝子群を元に、NGF刺激によるmRNA発現の時間変化の解析やRNA干渉法を用いたスクリーニングによって、3つの遺伝子、Metrnl、Dclk1及びSerpinb1aが神経分化のLatentプロセスに必要な遺伝子、即ちLP遺伝子(Latentプロセス遺伝子)であることを明らかにしている。続いて、LP遺伝子の発現を制御している上流のシグナル因子を探索し、これら遺伝子の発現が、主にERKのリン酸化によって制御されているということを示している。LP遺伝子を過剰発現させたことによる神経突起伸長への影響を解析した実験では、生理的な働きの異なると考えられるこれら3つ遺伝子が協調的に神経突起伸長に作用していることを明らかにしている。また、分化を誘導させる刺激を、Latentプロセスを誘導する1次刺激と神経突起の伸長を誘導する2次刺激に分け、複数の細胞外刺激を1次刺激として用いるという枠組みを用いて、神経突起伸長におけるLatentプロセスの活性を定量的に解析している。この解析手法によって、LatentプロセスにおけるLP遺伝子の発現量と将来の神経突起伸長レベルの間には正の相関があるが、同じく神経分化に必要であるERKのリン酸化レベルと神経突起伸長レベルの間には相関がないことを見出している。

結果を元にした議論においては、LP遺伝子の発現量は将来の神経突起伸長レベルのデコーダーと解釈できるとの考え方やこれら遺伝子の生体内における役割の考察など、研究全般の意義について書かれている。また、今回の解析における問題点や、データに基づいた、妥当な推測を元に今後の研究の展開に関して述べられている。

なお、本論文の主たる部分は、秋元勇輝氏、柚木克之氏、宇田新介氏、鄭 載勲氏、中牟田信一氏、貝淵弘三氏及び黒田真也氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験・解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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