学位論文要旨



No 127841
著者(漢字) 柿嶋,聡
著者(英字)
著者(カナ) カキシマ,サトシ
標題(和) キツネノマゴ科イセハナビ属における周期的一斉開花一回繁殖型灌木と多回繁殖型草本における非対称な交雑
標題(洋) Asymmetrical hybridization between a periodical mass-flowering monocarpic shrub and a polycarpic herb in Strobilanthes (Acanthaceae)
報告番号 127841
報告番号 甲27841
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5844号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 邑田,仁
 東京大学 准教授 野﨑,久義
 東京大学 准教授 杉山,宗隆
 東京大学 准教授 上島,励
 静岡大学 教授 吉村,仁
内容要旨 要旨を表示する

序論

一般に、同所的に生育する生物種は、種間に生殖隔離が存在することで、交雑することなく、それぞれが独立している。植物の場合、自ら動くことができず交配相手を選ぶことができないため、複数の生殖隔離機構の組み合わせにより生殖隔離が成立していることが多い。植物の生殖隔離機構の一つに開花期の違いがあり、近縁の植物でも開花期が異なることで交雑が生じない例は多い(Coyne and Orr, 2004)。一方で、1 年を越える周期で一斉開花する種類と毎年開花する種類では、一斉開花の年にのみ交雑が生じる機会があり、それ以外の年は交雑が生じない。そのため、一斉開花が生殖隔離機構の一つとして機能している可能性が考えられるが、今まで詳しく調べた研究はない。本研究では、特に一定の周期で集団が一斉に開花し枯死する、周期的一斉開花一回繁殖型に着目した。この繁殖様式はイネ科タケ類(15-120年周期)やキツネノマゴ科イセハナビ属Strobilanthes(3-16年周期)などで知られており(Janzen, 1976)、イセハナビ属は周期が比較的短いため、解析に適している。

生殖隔離機構を検証するには、交雑現象の解析が有効であることが知られている(Arnold, 1997)。イセハナビ属では、先行研究により、沖縄本島で6 年に1 度一斉開花するコダチスズムシソウS.flexicaulis(以下コダチ、図1A,D)と多回繁殖型であるとされるオキナワスズムシソウS. tashiroi(以下オキナワ、図1B,E)の推定雑種が、中間的な花粉形態により認識されている(Soek, 2004; 図1C,F)。そこで、コダチとオキナワの交雑現象を対象に、繁殖様式の違いが生殖隔離機構としてどのように働いているかを明らかにすることを目的に研究を行なった。

第一章 野外調査による生活史の解明

コダチの一斉開花の同調性を調べるため、開花個体数調査を行なった。一斉開花が予測されていた2010年に全集団で最も多くの個体が開花し、特に八重岳集団や嘉津宇岳集団で同調性が高いことが明らかとなった(表1)。繁殖様式を明らかにするため、開花個体にラベルし、翌年の状況を観察した。コダチは開花個体のほとんどが枯死し、残りの4個体も開花した枝は枯れたことから、基本的に一回繁殖型であることが明らかとなった(図2)。一方、オキナワと推定雑種は翌年も開花した個体が多く見られたことから、多回繁殖型であることが示された。

第二章 遺伝的解析による交雑プロセスの推定

沖縄本島の14集団401個体のサンプリングを行ない(図3)、花を採集できた380個体について、花粉のSEM観察により同定し、花や葉などの外部形態18形質を測定した。コダチとオキナワで完全に分化したCAPS マーカーを11遺伝子座作成し、解析を行なった。推定雑種の交雑の程度を明らかにするため、CAPS解析の結果をもとにソフトウェアHINDEX(Buerkle, 2005)を用いて遺伝的な交雑指数を算出するとともに、形態測定データをもとに判別分析を行ない、形態的な交雑指数を算出した。単独集団ではコダチとオキナワは遺伝的、形態的によく分化しており(図4A)、推定雑種の見られないコダチ・オキナワ混生集団では遺伝的、形態的に中間となる個体は存在しなかった(図4B)。一方で、推定交雑集団では、推定雑種は遺伝的、形態的にコダチとオキナワのほぼ中間か、ややコダチに近い個体が多かった(図4C)。CAPS解析をもとにソフトウェアNewHybrids(Anderson and Thompson 2002)を用いて、雑種クラスをベイズ推定した。その結果、解析した2集団ともに、雑種はF1、F2、コダチとの戻し交雑、雑種後代のいずれかとなり、オキナワとの戻し交雑個体は存在しないことが推定された(図5)。交雑の雌雄の組み合わせを明らかにするため、葉緑体DNAのtrnS-trnG遺伝子間領域の塩基配列を決定した。単独集団のコダチとオキナワは異なる葉緑体DNAハプロタイプを持っており、NewHybrids解析でF1やF2であると推定された個体は全てオキナワタイプを持ち、コダチとの戻し交雑個体であると推定された個体の多くはオキナワタイプを持っていることが明らかとなった(表2)。

コダチとオキナワの生殖隔離機構を調べるため、人工交配実験とポリネーター観察を行なった。コダチとオキナワのいずれを花粉親、胚珠親として交配してもF1が生じ、生育した。推定雑種に多くの種子ができることとあわせ、コダチとオキナワの間では交配後隔離は重要ではないと考えられた。同時に葉緑体DNAは母性遺伝することを確認した。ポリネーター観察の結果、一斉開花年には多くのポリネーターが観察されたが、それ以外の年はきわめて少なかった。オキナワクロホウジャクはコダチとオキナワの両種に訪花することが観察されたことから、ポリネーター相の違いが生殖隔離機構として機能している可能性は低いことが示唆された。

コダチとオキナワのF1はコダチを花粉親、オキナワを胚珠親とする一方向の交雑により生じたものであり(図6(1))、F1の自家受粉によりF2が生じ(図6(2))、F1は主に胚珠親としてコダチとのみ戻し交雑することが示唆された(図6(3))。交配実験の結果から交配後隔離はあまり重要ではないと考えられるため、非対称性な交雑の要因は交配前隔離にあると考えられる。そこで、以下のような仮説を考えた。一斉開花年は、個体数が多く、個体あたりの花数も多いコダチが大量に花を咲かせるため、ポリネーターに付く花粉のほとんどはコダチの花粉である。そのため、オキナワの花に運ばれる花粉のほとんどはコダチのものとなり、コダチの花粉とオキナワの胚珠の組み合わせで交雑が生じる。さらに、一斉開花年以外の年はポリネーターがほとんど存在しないめに、外交配が生じない。そのため、一斉開花年に多く開花するコダチとのみ戻し交雑する。この仮説を検証するため、交雑シミュレーション解析を行なった。

第三章 シミュレーション解析による非対称な交雑の要因の検証

コダチとオキナワの非対称な交雑に繁殖様式の違いが与える影響を明らかにするため、交雑シミュレーション解析を行なった。「核DNA上の周期を決める遺伝子(周期遺伝子)」、「核DNA上の周期に関わらない遺伝子(核遺伝子)」、「葉緑体DNA上の遺伝子(葉緑体遺伝子)」を想定し、純種が一定割合で流入する交雑帯モデルとした。「周期遺伝子」がコダチタイプをホモに持つ個体は6年に1度、毎年開花型の6倍開花して枯死し、オキナワタイプをホモやヘテロに持つ個体は毎年開花し1/6が枯死することとした。自家受粉率は単独集団の場合に等しくなるようにし、集団内の花粉量が増えると他家受粉が増えるように設定した。「周期遺伝子」、「核遺伝子」の両方でコダチタイプをホモに持つ個体をコダチ、オキナワタイプをホモに持つ個体をオキナワ、それ以外を雑種とした。コダチに周期がある場合とない場合を比較すると、雑種の「核遺伝子」の遺伝子型頻度は、周期がある場合はコダチのホモの割合が多くなり(図7A)、野外集団の結果と合う一方で、周期がない場合はオキナワのホモが多かった(図7B)。「葉緑体遺伝子」のハプロタイプ頻度は、周期がある場合はほとんどがオキナワとなり(図7D)、野外集団の結果と合っている一方で、周期がない場合はコダチが多かった(図7E)。野外集団のCAPS解析で得られた実測値と比較すると、核DNA、葉緑体DNAのいずれにおいても、定常状態(交雑開始から1500年後)よりも交雑初期(18年後)の結果とよく合っていた(図7C,F)。シミュレーション解析から、コダチとオキナワの非対称な交雑は、周期的一斉開花により生じていることが示された。なお、野外集団の実測値がシミュレーションの交雑初期とよく合致していたことから、(1)野外集団の交雑が比較的最近始まったばかりである、(2)雑種は野外では常に淘汰されている、という可能性が考えられる。

まとめ

本研究の結果、沖縄本島で周期的に一斉開花するコダチと毎年開花するオキナワには、コダチとオキナワの交雑の雌雄の組み合わせと戻し交雑の方向性という二つの点で非対称な交雑が生じていることが明らかとなった。シミュレーション解析から、非対称な交雑の主な要因はコダチの周期的な一斉開花であることが示唆された。これは、周期的一斉開花一回繁殖型と多回繁殖型という繁殖様式の違いが、コダチとオキナワの生殖隔離機構の一つとして重要であるということを示している。

図1.花と花粉の形態。A,D:コダチ、B,E:オキナワ、C,F:推定雑種。

図2.ラベルした開花個体の翌年の状態。

図3.サンプリングした集団。

図4.遺伝的な交雑指数と形態的な交雑指数。オキナワは0、コダチは1になるように設定した。(A)単独集団、(B)コダチ・オキナワ混生集団、(C)推定交雑集団。

図5.NewHybrids解析の結果。八重岳-1集団、八重岳-2集団で雑種であると推定ざれた全個体の事後確率。全てのカテゴリーの事後確率が80%以下の個体は雑種後代であると推定した。

図6.コダチとオキナワの交雑過程。コダチを青、オキナワを赤で示し、緑の矢印は花粉親、黄色の矢印は胚珠親を示している。

図7.交雑シミュレーションの結果。(A),(B)雑種の核遺伝子の遺伝子型頻度、(A)周期がある場合、(B)周期がない場合、(C)、(F)遺伝的解析による実測値と周期ありのシミュレーションの交雑開始から18年後と1500年後の結果、(C)雑種の核DNAの遺伝子型頻度、(F)雑種の葉緑体DNAのハプロタイプ頻度、(D),(E)葉緑体遺伝子のハプロタイプ頻度、(D)周期がある場合、(E)周期がない場合。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はイントロダクションと具体的な研究内容を記述した3章、および総合考察からなる。イントロダクションでは、周期的一斉開花一回繁殖型植物と、近縁な多回繁殖型植物の間に見られる交雑現象に注目して、周期的一斉開花一回繁殖型という生活史の、隔離機構としての意義を調べるという着眼点が述べられている。第1章では、沖縄島に分布するコダチスズムシソウ(以下コダチという)とオキナワスズムシソウ(以下オキナワという)がそれぞれ周期的一斉開花一回繁殖型植物と多回繁殖型植物であることを、コダチの一斉開花が予測されていた2010年を含めた継続的な現地調査によって確かめた。

第2章では、沖縄本島の14集団401個体のサンプリングを行ない、花を採集できた380個体について、花粉のSEM観察により同定し、花や葉などの外部形態18形質を測定した。コダチとオキナワで完全に分化したCAPS マーカーを11遺伝子座作成し、解析を行なった。推定雑種の交雑の程度を明らかにするため、CAPS解析の結果をもとにソフトウェアHINDEXを用いて遺伝的な交雑指数を算出するとともに、形態測定データをもとに判別分析を行ない、形態的な交雑指数を算出した。その結果、推定雑種は遺伝的にも形態的にもコダチとオキナワの中間か、コダチにやや近い個体が多いことが明らかとなった。また、ベイズ推定の結果、雑種はF1、F2、F1がコダチと戻し交雑した個体、雑種後代のいずれかであり、F1がオキナワと戻し交雑した個体は存在しないことが推定された。さらに、葉緑体DNA多型解析の結果、F1やF2であると推定された個体は全てオキナワタイプを持ち、コダチとの戻し交雑であると推定された個体の多くはオキナワタイプを持っていることが明らかとなった。これらの結果から、コダチとオキナワのF1は、コダチを花粉親、オキナワを胚珠親とする一方向の交雑により生じたものであり、F1の自家受粉によりF2が生じ、F1は主に胚珠親としてコダチとのみ戻し交雑することが示唆された。また、開花期調査、ポリネーター観察、人工交配実験から、開花期およびポリネーター相の違いや交配後隔離は、コダチとオキナワの種間の生殖隔離機構として、あまり重要ではないと考えられた。一方で、花粉生産量の違いがコダチとオキナワの一方向性の交雑に影響を与えている可能性が示唆された。

第3章ではコダチとオキナワの非対称な交雑が生じる要因を明らかにするため、以下のような交雑シミュレーション解析を行なった。「核DNA上の周期を決める遺伝子(周期遺伝子)」、「核DNA上の周期に関わらない遺伝子(核遺伝子)」、「葉緑体DNA上の遺伝子(葉緑体遺伝子)」を想定し、純種が一定割合で流入する交雑帯モデルとした。「周期遺伝子」がコダチタイプをホモに持つ個体は6年に1度、毎年開花型の6倍開花して枯死し、オキナワタイプをホモやヘテロに持つ個体は毎年開花し1/6が枯死することとした。自家受粉率は単独集団の場合に等しくなるようにし、集団内の花粉量が増えると他家受粉が増えるように設定した。「周期遺伝子」、「核遺伝子」の両方でコダチタイプをホモに持つ個体をコダチ、オキナワタイプをホモに持つ個体をオキナワ、それ以外を雑種とした。コダチに周期がある場合とない場合を比較すると、雑種の「核遺伝子」の遺伝子型頻度は、周期がある場合はコダチのホモの割合が多くなり、野外集団の結果と合う一方で、周期がない場合はオキナワのホモが多かった。「葉緑体遺伝子」のハプロタイプ頻度は、周期がある場合はほとんどがオキナワとなり、野外集団の結果と合っている一方で、周期がない場合はコダチが多かった。また、雑種の頻度は、周期がない場合は周期がある場合の3倍になっていた。これらの結果に基づき、周期的一斉開花により、コダチとオキナワの非対称な交雑は生じており、交雑の頻度は減少していると考察した。総合考察では以上の結果に基づき、周期的一斉開花一回繁殖型という特異な繁殖様式が、多回繁殖型植物との間で生殖隔離機構の一つとして働くと考察している。

本論文は、周期的一斉開花一回繁殖型という特殊な生活型の意味を、進化生物学的観点から、野外集団から得られたデータと、シミュレーションの双方から解析した、植物については世界でほとんど例のない研究であり、生物学的な貢献の大きな研究であると認められる。なお、本論文第1章の内容は、吉村仁、邑田仁、邑田裕子との共同研究であるが、論文提出者が主体となって調査、観察、分析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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