学位論文要旨



No 127842
著者(漢字) 関,元秀
著者(英字)
著者(カナ) セキ,モトヒデ
標題(和) ヒトにおいて親が子供家族へ及ぼす影響の研究
標題(洋) Studies on Parental Influences on Children's Family in Humans
報告番号 127842
報告番号 甲27842
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5845号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 井原,泰雄
 東京大学 教授 青木,健一
 東京大学 准教授 近藤,修
 東京大学 教授 河内,眞紀子
 北海道大学 教授 高田,壮則
内容要旨 要旨を表示する

ヒトにおいて、主に育児を通して両親が子の生存力に及ぼす影響は、一夫一妻から緩やかな一夫多妻という配偶システムの進化に関連する要素としてよく研究されてきた。しかし、親が子に及ぼす影響はそればかりではない。本論文では、確立された一夫一妻システムの下で、親が子の繁殖成功に影響を及ぼすと考えられる2事例を取り上げる。前半では、親が子の配偶者選択に影響を及ぼしている可能性について、現代日本人集団の身長に関する好みを題材として行った実証研究を記述する。後半では、主に育児を通して親が子の子の生存(つまり子の繁殖成功、あるいは親自身の包括適応度)に及ぼす影響に関する理論研究を記述する。具体的には、先行研究で報告された「祖母が近在することによって、特定の種類の孫(娘方の孫、または息子方の孫娘)の生存率が特に上昇する」現象を説明するために提出された仮説について、数理モデルを用いて分析する。

現代日本人集団での身長同類婚、及び配偶者身長に関する好みへの性的刷り込み様効果

夫婦身長間に正の相関が見られる場合、相対的に似たもの同士が結婚していることになる。こういった身長同類婚傾向、それに加えて身長同類婚を好む傾向が、西洋人集団で頻繁に報告されるが、その発達要因や究極要因については諸説混在の状態である。さらに、昭和期の日本人集団を含む非西洋人集団のほとんどで、夫婦身長相関は有意でない。本研究では、現代日本で身長同類婚傾向が見られるかどうか調査し、さらに身長同類婚の原因について考察した。

2004年から2006年にかけて都内2つの大学で、授業時間内に受講者に対して質問紙調査を行い、両親の身長と年齢、本人身長、および理想的な結婚相手の身長の、計6項目を収集した。有効回答総数は616である(女子学生5標本集団・小計396、男子学生3標本集団・小計220)。

両親身長については、全有効回答をプールした集団で相関係数が有意である(r=.123,P=.002)など、弱い身長同類婚傾向が見られた。さらに、身長と出生年について包括的な経路分析を行い、「強い年齢同類婚傾向が、出生年と身長の間の相関を経由して、夫婦身長相関を強化するが、その効果を調整した後も身長同類婚傾向が残る」という結果を得た(付図1参照)。

また、学生本人の身長と、理想的な結婚相手の身長の間に、上記の親世代夫婦身長相関に比べてやや強い相関が観察された(標本集団全体の推定値はr=.354)。よって、個々人の好みが実現すれば、身長同類婚が起きることになる。

最後に、理想的な結婚相手の身長を従属変数とした重回帰分析を行った。男子学生の好みを説明する最適モデルは、母親身長と本人身長の2つを独立変数としたもので、回帰係数の値は前者の方が大きい。女子学生の好みについては、変数増加法では本人身長による単回帰モデルが、変数除去法では本人身長と父親身長による2変数回帰モデルが、それぞれ最適とされた。つまり、女子学生の好みには主に本人身長が影響するが、父親身長も副次的に影響する可能性がある。ヒトで異性親の表現型が配偶者選択に影響する現象は、ヒト以外の動物の性的刷込みとの類似から「性的刷込み様効果」と呼ばれ、目の色に関する好み等で報告される。上記結果(特に男子集団)は、身長に関する好みについてもこの効果が存在することを示唆している。

まとめると、現代日本人集団で弱い身長同類婚傾向が見つかった。要因のひとつは強い年齢同類婚傾向だが、別の要因として異性身長に関する個々人の好みがあるかもしれない。そして学生世代は、集団に身長同類婚傾向をもたらす好みを持っていた。さらにその好みについては、性的刷り込みの文脈で理解可能かもしれない。

同一個体内での常染色体上およびX染色体上の利他行動遺伝子同士の対立に関する研究

一対象性特異的なおばあさん効果の進化的展望一

ヒト女性等の閉経後一定生存期間について、おばあさん仮説は血縁選択の観点から「メスは孫等を育児することで自らの包括適応度を高めている」と説明する。実際に各種人口資料において、祖母が近在することは幼児生存率に正の効果を与えていた。ここでさらに子と孫を性別分類すると、いくつかの資料集団では祖母近在による生存上昇効果はi)息子方の女孫、ii)娘方の孫、iii)息子方の男孫の順に大きかった。これを「血縁度が高い相手への利他行動ほど進化しやすい」というHamilton則と関連付けると「孫育児を誘発する遺伝子はX染色体上にある」と考えるのが一見尤もらしい(付表1参照)。ただしHamilton貝1」は簡潔なモデルから導出されたもので、重要な未考慮要素が複数ある。本研究では、その中の「居住形態の排他性」に注目し、排他性があってもX染色体上の孫育児遺伝子が進化しやすいかどうか、数理モデルを用いて検討した。

簡単のため一倍体有性生殖生物を仮想し、常染色体とX染色体を模した2つの染色体上の遺伝子座(A座/X座)各々に、無機能アレル(Ao/Xo)と孫育児アレル(A1/X1)があるとする。孫育児アレルをもつメスは自らの妊性を減らす代わり、後繁殖期に孫の生存上昇に寄与できる。さらに、メスが全ての孫に接触可能な場合(Model-1)、後繁殖メスが成熟した子の中から1匹を選んで同居する場合(Model-2)、繁殖世代の雌雄が母親と同居するか分散するか選ぶ場合(Model-3)の3通りを考える。後者2つのモデルでは、後繁殖メスは同居していない孫には全く接触できないとする。よって後繁殖メスは、母方居住でなければA1アレルの進化にとって都合の良い娘方孫育児をすることができず、父方居住でなければX1アレルの進化にとって都合の良い息子方孫娘育児をすることができない。以上を踏まえ、居住形態を決定する個体がAlアレルを有していればAoアレルを有している場合と比べて母方居住形態を選択しやすい傾向、およびXlアレルを有していればXoアレルを有している場合と比べて父方居住形態を選択しやすい傾向をパラメーターとして組み込んだ。

Model-1ではAIXoメスは娘方孫を、AoX1メスは息子方孫娘を、AIXIメスはその両方を育児するとした。このモデルでは2座の進化は互いに独立で、各孫育児アレルについてHamilton則が導かれることがわかった。一方Model-2と3では染色体間の利害不一致が進化動態に影響し、Model-1ならばX1が進化するパラメーター領域の一部で、先にAlが進化してしまうとXlが進化できなくなる現象や、各座の遺伝子頻度が恒久的に振動する動態が発見された。Model-1ならばA1が進化するパラメーター領域の一部でも同様のことが起こるが、総じてXlが進化できるパラメーター領域がより減少するという結果が得られた。

このように居住形態の排他性を導入しただけでも、Xlが進化するための条件はHamilton則から予測されるものよりも厳しくなる。孫育児遺伝子がヒトX染色体上にあると予想すべきかどうかはより慎重に検討されねばならない。また、孫タイプ別生存上昇の差を説明する他のメカニズムについての研究も必要である。

【付図1】最適経路モデル

【付表1】祖母~孫の血縁度期待値

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなる。ヒトの親が子の繁殖に与える影響について、各章で述べられた二つの事例を通じて議論するものである。第1章では、現代日本における身長同類婚および身長に関する性的刷り込み様効果について述べられている。ヨーロッパの社会において、夫婦間に身長の正の相関がみられることが報告されてきた。これに対して、日本を含む東アジアの社会においては、このような身長同類婚がみられないというのが従来の研究の結果であった。論文提出者は、都内の大学生を対象に調査を行い、大学生の親で夫婦間に身長および年齢の有意な正の相関がみられること、また、年齢の効果を統制した場合でも夫婦の身長は有意に相関していることを見出した。これは、現代日本において、年齢同類婚とは独立に、身長同類婚が起こっている可能性を示唆する初めての成果であり、意義があると認められる。また、論文提出者は、身長同類婚を引き起こす至近要因として、異性の身長に関する好みに注目した。重回帰分析の結果、大学生が申告した理想の結婚相手の身長は、学生本人の身長、およびそれとは独立に、学生の異性親(男子学生の母親、女子学生の父親)の身長に有意な影響を受けることが示された。特に異性親の身長の効果は、親の表現型が子の配偶者選択に影響する「性的刷り込み様効果」(sexual imprinting-like effect)があることを意味している。従来の研究で、ヒトでは目や髪の色、および顔貌に関して性的刷り込み様効果が存在するという報告がなされていたが、身長に関する性的刷り込み様効果は本研究で初めて報告されたものであり、この点でも有意義であるといえる。

第2章では、同一個体内での常染色体およびX染色体上の利他行動遺伝子どうしの対立に関する理論的な研究について述べられている。ヒトは、女性が閉経後に一定の生存期間をもつ点で、他の多くの哺乳類と異なっている。「おばあさん仮説」(grandmother hypothesis)は、このヒトに特徴的な生活史が、自然淘汰による適応であることを主張しており、閉経後の女性が自らの繁殖を終了するかわりに、孫の育児に貢献することによって包括適応度を増大させてきたとする。実際に人口統計の分析に基づいて、祖母が同居あるいは近隣に居住する乳児は、そうでない乳児よりも死亡率が低いことが報告されている。仮に孫育児に関連する遺伝子が常染色体上に位置するなら、包括適応度理論から、祖母は娘方の孫娘と孫息子に対して等しく育児を行い、婚外受精の可能性のある息子方の孫娘と孫息子に対する育児はそれより程度が低いことが予測される。ところが、最近の研究により、祖母との同居が孫の生存に与える効果は、息子方の孫娘、娘方の孫娘および孫息子、息子方の孫息子の順に大きいことが報告された。これは、孫育児に関連する遺伝子が、むしろX染色体上に位置する場合に予測されるパターンと一致している。論文提出者は、孫育児と関連する遺伝子が常染色体上だけでなくX染色体上にも存在する可能性に注目し、その場合の進化動態を明らかにするために、新たな数理モデルの開発を行った。常染色体上の遺伝子とX染色体上の遺伝子との間で、育児をする孫の選好性に関して対立が生じることが予想されるが、本研究はこの点に着目した初めての研究である。本研究で用いたのは、齢構造のある1倍体2遺伝子座モデルで、孫の生存率が祖母の遺伝子型に依存すること、祖母は同居している孫だけを育児できることを仮定している。一見して解析困難と思える複雑なモデルであるが、数学的な工夫を凝らし、十分な解析に成功した点も評価できる。解析の結果、常染色体上の遺伝子とX染色体上の遺伝子が異なる婚後居住(妻方居住、夫方居住)をうながす場合に、複雑な進化動態がみられることが明らかになった。また、本研究で得られた孫育児の進化条件は、古典的なハミルトン則(Hamilton's Rule)の拡張として解釈することができ、進化生物学における中心理論に新たな知見を追加したという意味でも意義が認められる。

なお、本論文第1章は、井原泰雄・青木健一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上より、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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