学位論文要旨



No 127845
著者(漢字) 池内,桃子
著者(英字)
著者(カナ) イケウチ,モモコ
標題(和) 先端基部軸情報に沿った側生器官の形態形成に関する発生学的解析
標題(洋) Analyses of the morphogenetic events along apical-basal axis during lateral organ formation
報告番号 127845
報告番号 甲27845
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5848号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塚谷,裕一
 東京大学 教授 平野,博之
 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 准教授 舘野,正樹
 東京大学 准教授 杉山,宗隆
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

地球上の植物は多種多様な形態をもつが、19 世紀にゲーテが提唱したようにそれらはすべて基本的な体制の変型と捉えることができる。地上部の基本的な体制は、茎の先端にあるシュート頂分裂組織(SAM)の辺縁に、葉や花器官といった側生器官が繰り返し形成されるというものである。側生器官は、初期発生において先端基部軸、向背軸、中央辺縁軸という3 つの軸を獲得する。軸の確立後は、その位置情報に従って形態形成や組織分化を行い、器官としての機能を発現するに至る。たとえば、葉の向背軸に沿った組織分化は、効率的な光合成を行ううえで重要な役割を果たし、また先端基部軸に沿った単葉における葉身・葉柄の分化や複葉における小葉分化は、葉の形態多様性を生み出している。これまで、初期発生における軸確立の過程については、比較的多くの知見が得られているものの、軸情報に沿った形態形成については限定的な理解に留まっている。そこで本研究においては、側生器官の先端基部軸に沿った形態形成に着目して、2 つの現象に関して解析を進めた。第一にモデル植物においてシグナル分子と推定される因子の機能解析を行い、第二に実際に複雑な形態を有する種を用いて多様性の創出に関する発生学的な知見を得た。

[第一章]

側生器官の形態形成において、いわば素過程と考えられる細胞増殖・細胞伸長の制御系を明らかにするためには、葉の構造が単純で扱いやすく研究インフラの整ったシロイヌナズナを用いた分子遺伝学的解析が適している。特に、軸情報に沿った制御機構を明らかにするうえでは、葉を構成する細胞の数や大きさが特定の軸方向特異的に変化する突然変異体の解析が有効であると考えられる。私は、修士課程では葉の細胞数が先端基部軸方向特異的に減少するrotundifolia4-1D の解析を行ってきた。その中で、原因遺伝子ROT4 を葉原基全体で過剰に発現させた場合には葉全体が短くなるのに対し、Cre-Lox システムを用いて葉原基内の一部の細胞集団で過剰に発現させた場合には、その細胞集団からなる部分だけが短くなり葉身・葉柄境界がずれるという観察結果を得た。これは過去に報告されているような、細胞増殖を負に制御する因子の場合とは異なっており、本観察によってROT4 が軸情報に沿った形態形成を担っている可能性が示唆された。

一方、ROT4 の過剰発現体においては、一見花柄が屈曲するという質的に異なる現象が報告されており、修士課程においてもその表現型を確認した。ROT4 の発生における役割を明らかにするために、博士課程ではこの表現型の再解析を進めた。まず、器官境界で特徴的な組織を作る突然変異体(puchi-1)、および器官境界で発現するレポーター遺伝子(pLOB:GUS)をもつ植物体との掛け合わせを行い、ROT4過剰発現体の花柄における境界部の位置を調べたところ、見かけ上の屈曲部が実は花柄と主茎の境界に相当するということが確認された。次に、花柄は上向きに成長するのに対して屈曲部が下向きに成長するという観察結果に着目し、ROT4 が茎の成長方向を制御する役割を担っているのか、それとも突出の二次的な影響として下向き成長が起こっているのかということの区別を試みた。修士課程においては、花柄の発生を経時的に観察した結果、形成初期には下を向いていないことを見出している。そこで、博士課程では茎の成長を制御することが広く知られている植物ホルモンのオーキシンの流れについて推定するために、オーキシンの輸送方向を制御する輸送体のレポーター遺伝子(pPIN1:PIN1-GFP)を導入し、組織切片を作成して共焦点レーザー顕微鏡による観察を行った。その結果、主茎から突出部へ向かうオーキシンの流れがあることが推定された。主茎におけるオーキシンの流れは下向きであることが分かっているため、おそらくROT4 過剰発現体では最初に主茎の突出が生じ、突出部は二次的にオーキシンの極性輸送の影響によって下向きに成長しているものと推察できる。これまで、オーキシンが茎の成長を促進する役割をもつことは屈性の研究などから明らかになっているが、本研究によって成長の軸に沿ったオーキシンの極性輸送の方向が茎の成長方向を制御するという新たな可能性が示唆された。また、ROT4 は先端基部軸方向の位置情報の決定、あるいはその下流における器官の成長制御に関わっていることが示唆された。

[第二章]

複雑な形態の葉が形成される過程では、葉原基の先端基部軸に沿って辺縁領域に小葉の原基となる細胞集団が形成される。小葉原基の形成は、SAM における葉原基の形成と類似性の高い発生現象であるということが明らかになりつつあるのに対し、両者の相違点については知見が乏しい。最も重大な相違点の一つが、原基形成の方向性である。葉原基は種によらず一般的に茎の先端に新たな原基が形成されるため、原基形成の方向は基部から先端に向かう「求頂的」な方向であると言える。一方、小葉原基が葉の辺縁に形成される方向は種ごとに異なっており、求頂的な場合だけでなく、先端から基部に向かう「求基的」なものや、中央から先端・基部の両方に向かうものがある。このような小葉原基の形成方向の多様性は、原基形成の制御機構という観点から発生学的に興味深い課題であるのに加え、成熟葉の形態多様性を生み出す大きな要因の一つであるため、器官形態の多様性創出という観点からも非常に重要な課題であると言える。近年、いくつかの複葉種で研究インフラが整備されつつあり、複葉発生に関する基本的な知見が得られているが、そうした種では方向の違いを明らかにするための比較解析の系が存在しないため、この課題については解析が立ち後れている。そこで本研究では、求頂的な小葉形成を行う種と求基的な小葉形成を行う種が同じ科に属するケシ科に着目し、ハナビシソウ(求頂的)とクサノオウ(求基的)を材料として選定して比較発生学的解析を行った。

SAM における葉原基の形成は、場の拡大に伴って起こる。この現象との類似性からは、葉が活発に成長するところに新たな小葉原基ができることが推定される(Gleissberg 1998)。そこで、葉の成長を経時的に観察する実験系を構築し、先端基部軸に沿った成長速度の勾配を調べた。その結果、ハナビシソウでは葉の先端領域が基部領域よりも活発に成長していることが見出された。さらに、UV レーザー照射によって小葉形成領域を局所的に損傷させ、その後新たに形成された小葉の位置を調べた結果からも、小葉の形成が一定間隔で場の拡大に伴って起こることが示唆された。一方、クサノオウでは、小葉が求基的に形成されていても葉の成長速度勾配は一貫していなかったことから、別の機構により制御されていることが示唆された。

そこで次に、組織の分化状態を調べることとした。複葉の葉原基では、小葉形成を行うと同時に、組織分化が方向性をもって進行する。小葉を形成する能力は、特定の分化段階にある組織のみが持っていると考えられているため、組織分化が進行する方向性や、小葉形成との相対的なタイミングは、小葉形成を方向付ける要因となり得る。そこで、分化状態の指標となる形態的特徴と、遺伝子発現について調べた。まず、クサノオウの小葉形成期において表皮組織の特殊化した細胞種であるトライコームの形成を電子顕微鏡観察によって調べたところ、背軸面の辺縁に沿ったトライコームが求基的に形成されることが分かった。したがってこの時期の葉原基では、少なくともこの指標においては組織分化が求基的に進行している可能性が示唆された。さらに、組織分化の進行に伴って発現量が上昇し、分化を進行させる機能を有すると推定されているCINCINNATA (CIN) について、縮重プライマーを用いてハナビシソウおよびクサノオウからCIN の推定上オーソログ遺伝子を単離した。小葉形成期の葉原基を先端側と基部側に分け、それぞれの組織片から調製したcDNA を用いて定量RT-PCR で発現解析を行った結果、ハナビシソウでは先端と基部で発現量に差が見られなかったのに対し、クサノオウでは先端側の発現量が顕著に高いことが分かった。以上の結果を合わせて考えると、ハナビシソウでは小葉形成期には先端基部軸に沿った組織分化の勾配が顕著ではないのに対し、クサノオウでは葉の先端側はより分化して小葉形成能を失っているという可能性が考えられる。

以上の解析から、複葉においては、SAM における葉の形成と共通したパターン形成機構が、葉特有の発生現象である組織分化の進行と組み合わさることによって多様なパターンが生み出されているという仮説を得た。

[結句]

博士課程において私は、側生器官の先端基部軸に沿った2 つの形態形成イベントに着目し、発生学的な解析を行った。第一に、シロイヌナズナのROT4 過剰発現が茎の形態に与える影響を同定した。本解析により、先端基部軸に沿ったオーキシン極性輸送の方向が茎の成長方向の決定に関わるという新たな可能性を提示し、またROT4 過剰発現による本質的な影響は側生器官の先端基部軸情報の決定あるいは軸情報下流における器官の成長制御であるという考えをさらに支持することができた。第二に、複葉における小葉形成のパターニング機構に関して、方向性の異なるケシ科2 種を用いた比較解析を行い、葉の先端基部軸に沿った成長速度の勾配と、組織分化の進行という二つの要因がパターンの決定に関与する可能性を見出すことに成功した。本研究によって、モデル植物で一つの因子の発生学的な役割の同定を進めたことと、複雑な形態を持ちながら研究インフラが整備されていない植物においてその形態形成を制御する素過程としての発生要因を同定できたことは、将来的にモデル植物の知見を活かして複雑な形態形成を理解するという発生生物学研究のひとつのゴールにつながることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は序論、全体の結論及び2章の本論からなる。論文提出者は本論文で、植物のシュートの側生器官における先端基部軸情報に沿った形態形成のメカニズムに新たな視座を与えようと試みている。

本論の第1章では、シロイヌナズナにおける葉の先端基部軸に沿った細胞増殖の負のペプチド性因子、ROT4について解析を行なっている。修士課程において論文提出者は、ROT4の構成的過剰発現が葉、葉の上のトライコーム、側枝、花柄のそれぞれの先端基部軸に沿った形態形成異常を引き起こすことを指摘していた。博士論文の本論文においては、このうち花柄に見られる先端基部軸に沿った位置価の乱れを実証するために、花柄の基部及び花柄と花茎との境界領域の形態的あるいは分子マーカーを用いて解析を行なっている。その結果、ROT4の構成的過剰発現によって、たしかに花柄と花茎の境界部位が異常に突出した形態形成を起こしていることを示すことに成功した。またこのとき、オーキシンの極性輸送に重要なPIN1タンパク質の細胞内局在パターンを解析し、野生型では見られない異常な極性輸送が起きていることも示した。これは、シロイヌナズナにおいて、器官の先端基部軸に沿った位置価の決定因子として、オーキシン以外にもROT4というペプチドが重要な役目を果たしていること、またその攪乱によって先端基部軸に沿った形態形成がどのような異常を示すかを、分子マーカー及び形態マーカーによって詳細に明らかにした初の知見である。本章に相当する部分は、国際誌Plant, & Cell Physiology誌に論文提出者が筆頭著者の原著論文(Ikeuchi et al. 2011)として掲載されている。

続く第2章では、より複雑な側生器官である複葉を対象に、先端基部軸に沿った形態形成の独自性の背景に迫っている。植物のシュートでも根でも、その側生器官として生じる葉や側根は、求頂的に形成されることを原則としており、求基的な形成は見られない。ところがシュートにおける葉の原基の形成の仕組みと基本的には共通の分子メカニズムによっているとされる複葉原基における小葉原基の形成は、シュートの場合と異なり、求基的なパターンを示す種と求頂的なパターンを示す種とがあることが知られている。なぜこのような多様性が産まれるのかを理解するには、そもそもどのような制御系が、この先端基部軸に沿った形態形成の方向性を決めているかを知る必要がある。

論文提出者は、この多様性をもたらすメカニズムについて、従来提案されていた仮説の検証を進めるべく、ケシ科から対照的な先端基部軸方向の小葉形態形成を行う2種を選び、それぞれの葉原基の成長解析、複数種の形態形成関連遺伝子のホモログのクローニングとRT-PCRおよびin situ hybridization法により、その発現解析を行なっている。その結果、従来の仮説だけでは統一的な説明はできないことが明らかとなり、代わりに、葉原基の成長勾配に加え、先端基部軸に沿った成熟段階の進行方向の種特異性という因子が組み合わさって、種ごとの先端基部軸上の形態形成の方向性の違いが生まれているのではないか、という仮説が新たに立てられるに至った。

第1章、第2章の上記知見は、これまでオーキシンの極性輸送という側面のみによって説明されてきた植物の先端基部軸の位置価決定機構に対し、それとは異なる新たな因子の発見と、新たな制御機構とを提示したもので、植物の形態形成のメカニズムとその進化を解明する上で、重要な貢献となったと評価される。なお本論文第1,2章は、岡田清孝博士、立松圭博士、五十嵐久美子博士、山口貴大博士、堀口吾朗博士、塚谷裕一博士、風間俊哉博士、伊藤佑氏との共同研究であるが、いずれの章における研究解析も、論文提出者が主体となって解析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認めるものである。

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