学位論文要旨



No 127846
著者(漢字) 大塚,蔵嵩
著者(英字)
著者(カナ) オオツカ,クラタカ
標題(和) シロイヌナズナ温度感受性変異体を用いた側根形成初期における細胞分裂域制御機構の研究
標題(洋) Studies on mechanisms controlling cell division in the initial stage of lateral root formation with temperature-sensitive mutants of Arabidopsis
報告番号 127846
報告番号 甲27846
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5849号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 杉山,宗隆
 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 塚谷,裕一
 東京大学 准教授 上田,貴志
 東京大学 准教授 野口,航
内容要旨 要旨を表示する

序論

私たちが普段目にする植物の複雑で多様な形態は、胚発生が完了した後に次々と器官が作り足されることで構築されている。この植物の器官新形成の代表例に、主根からの側根形成がある。側根は主根内鞘の限られた領域の細胞(原生木部に接した内鞘細胞列の縦2 個、横3 個の細胞)が大小2 種類の非対称な娘細胞を生じる垂層分裂(formative cell division)を開始し、次に並層分裂を行って側根原基の元となる細胞集団を形成する。この最初期の段階での細胞分裂制御は側根の大きさと形態を決める上で特に重要であるが、どのように制御されているかはよく分かっていない。

この問題を追究するために3 つのシロイヌナズナの温度感受性変異体root redifferentiation defective 1(rrd1)、rrd2、root initiation defective 4 (rid4)に着目した。これらの変異体は細胞増殖全般に不完全な温度感受性を示す一方、制限温度(28℃)下でしばしば幅の広い帯状の異常側根(帯化根)を生じる(図1)という特異な性質を共有している。そこで本研究では、側根形成初期の細胞増殖制御機構に関する新たな知見を得ることを目的として、この帯化根形成の分子遺伝学的解析を行った。

結果と考察

1: 温度依存的に帯化根を形成する変異体rrd1、rrd2、rid4 の表現型解析

本研究では帯化根形成の詳細な解析を行うために、半同調的側根形成誘導系(半同調系)を用いた。この系では、側根原基のほとんどできていない、ごく若い芽生えの主根断片をオーキシンで処理することにより新たな側根を誘導するため、側根形成初発段階の解析をすることができる。

半同調系での温度シフト実験や側根原基の細胞構成の定量的解析から、どの変異体でも側根原基形成のごく早い段階で分裂域が拡大し、この分裂域を保持したまま原基が発達していく結果、帯化根が形成されることが示された。さらに側根原基最初期の分子マーカーとしてPUCHI::GFP:PUCHI を用いた観察を行い、側根原基の分裂域拡大は内鞘細胞の非対称垂層分裂の過剰に起因することを突き止めた(図2)。これにより、各変異体の責任遺伝子RRD1、RRD2、RID4 は、内鞘細胞の垂層分裂を終結させる制御に関与することが明らかになった。

帯化根の発達過程では、初期に拡大した原基の中で組織の放射パターンが構築されることになる。そのため、帯化根の組織構成は、形態形成の場が拡がったときにどのようにパターンが応答するか、という問題に関し、貴重な情報を与えると考えられた。そこで、組織特異的に発現するレポーター遺伝子を用いた解析などにより組織構成を調べたところ、表皮、皮層、内皮は帯化根でも1 層に保たれていたが、それより内側の中心柱では帯化に伴って細胞列が増えているということが分かった(図3)。これらの結果から、中心に近い細胞層に比べ、外側の細胞層の方が場の大きさの変化に影響されにくい、つまりより堅牢な性質を持っていることが窺われた。これは、根の放射パターンを生成するシステムについて、一つの基本特性を捉えたものと言える。

2: RRD1、RRD2、RID4 の遺伝学的・分子生物学的解析

ポジショナルクローニングからRRD1 はpoly(A)-specific ribonuclease(PARN)様タンパク質をコードし、RRD2 とRID4 はどちらもE/E+サブクラスに属するpentatricopeptide repeat(PPR)タンパク質をコードしていることが判明した(RID4 の同定は先行研究による)。RRD1::RRD1:GFP をレポーターとしてRRD1 の発現を調べたところ、地下部では根端分裂組織と側根原基で発現が見られ、RRD1 タンパク質がミトコンドリアに局在していることも判明した。RID4 についても同様の結果が得られた(図4)。さらに各変異体の責任遺伝子の間にどのような関係があるかを調べるため、二重変異体の作出を試みた。どの組み合わせの二重変異体も(許容温度の22℃でも)胚発生に異常を示し、合成致死となった。これより3 つの遺伝子は機能的に密接に関連していることが示唆された。

植物は非常に多くのPPR タンパク質を持っているが、その一部については解析が進んでおり、RNAの配列を認識して結合し、他の因子をリクルートする機能をもつことが示唆されている。また、PARNはmRNA の poly(A)鎖の分解に働くと一般に考えられている。これらのことから、PPR タンパク質のRRD2 とRID4 が細胞分裂に関わる遺伝子のmRNA を認識し、PARN 様タンパク質のRRD1 を呼び込みRNA 分解を促すことで、分裂域を制御しているのではないかと考えた。この作業仮説によれば、各変異体では標的のmRNA が増大していると想定されるので、マイクロアレイ解析から標的RNA の探索を行うことにした。側根原基形成初期のRNA プロファイルを野生型とrrd1 変異体とで比較したところ、顕著に増大していたのは全てミトコンドリアゲノムにコードされる呼吸鎖関連の遺伝子の転写物で、これらはrrd2 とrid4 でも(程度に差はあるものの)同様に発現が増大していた。

このマイクロアレイ実験ではpoly(A)鎖のある転写産物の量を解析したが、植物のミトコンドリア転写産物には通常poly(A)鎖が無く、poly(A)化されると分解を受けると考えられている。マイクロアレイ解析で増大が認められた転写物について詳しく調べたところ、変異体ではpoly(A)化された転写産物が分解されずに蓄積していることが示唆された(図5)。

これまでの結果から各変異がRNA 代謝を通してミトコンドリアの呼吸鎖に影響し、このことが側根の帯化の原因になっている可能性が考えられた。これを調べるために、野生型の外植片に呼吸鎖複合体の阻害剤(rotenone、antimycin A、oligomycin)を与えて側根を誘導したところ、細胞分裂域の拡大による側根の帯化が見られた(図6)。ここで用いた呼吸鎖阻害剤3 種がそれぞれ異なる作用点をもつこと、また呼吸鎖に含まれないミトコンドリア酵素alternative oxidase の阻害剤(salicylhydroxamic acid)を与えた場合やDNA 合成阻害剤(aphidicolin)で細胞増殖を部分的に抑えた場合には帯化根が観察されなかったことから、呼吸鎖の活性こそが内鞘細胞の垂層分裂の終結制御に重要であると結論した。

まとめと展望

本研究により、RRD1、RRD2、RID4 の3 つの遺伝子が協調してミトコンドリアの新規RNA 代謝経路に関与し、呼吸鎖の活性を介して側根形成初期の細胞分裂域の限定化に働いていることが示唆された(図7)。ミトコンドリアの呼吸鎖は細胞の活動に必須であるが、その活性の変動が形態形成の基盤となる細胞分裂の制御において、特定の役割を担っている事例はほとんど知られておらず、本研究で得られた知見はミトコンドリアと形態形成の関係を知る重要な手がかりを提供すると期待される。今後の研究では、呼吸鎖の活性がどのようにして細胞分裂を調節しているかが大きな課題である。また、ミトコンドリア転写産物の分解がどのような分子メカニズムで起きているのかを明らかにすることも、重要であると考えている。

図1. 制限温度下で形成される帯化根

図2. 内鞘細胞の垂層分裂に対する各変異の影響

内鞘細胞の最初の不等分裂から発現するPUCHI::GFP:PUCHI を分子マーカーに用いて、制限温度下で培養した各変異体外植片における垂層分裂の様子を観察した。変異体では蛍光シグナルを示す核の数が増えており、垂層分裂が過剰に起きていることが分かった。

図3. 帯化根と正常根の組織構成の比較

(A)野生型で形成された普通の側根(Normal)とrid4 で形成された帯化根(Fasciated)の縦断および横断切片の顕微鏡写真。Bar は50 μm。

(B)野生型の側根と各変異体で形成された帯化根における組織特異的レポーター遺伝子の発現パターン。中心柱で発現するSHR::GFP の発現領域が帯化根で拡大しているのに対し、内皮~内皮/皮層始原細胞~静止中心で発現するSCR::GFP の発現域は帯化根でも正常根と変わらず一層に限定されていた。また、SCR::GFP 発現領域の外側にある細胞層の数も、帯化根と正常根で同じであった。Bar は50 μm。

図4. RID4::RID4:GFP の発現部位とRID4:GFP の局在パターン

RID4::RID4:GFP は根端分裂組織(A)と側根原基(B)で発現しており、原基では形成最初期から発現が見られた。RID4::RID4:GFP を発現しているプロトプラストでRID4:GFP の蛍光シグナル(C)を観察すると、大部分はミトコンドリア標識剤Mitotracker(D)のシグナルと重なった(E)。Bar は(A)が50 μm、(B)が20 μm、(C)から(E)が5 μm。

図5. 各変異体でのpoly(A)化されたミトコンドリア転写産物の増加

(A)制限温度下で側根を誘導した変異体と野生型から調製したRNA を用いてpoly(A) test assay を行い、ミトコンドリアコードの4 つの遺伝子(cox1、cox2、nad6、cob)について、poly(A)化された転写産物の蓄積量が変異体で増えていることを確認した。

(B)Oligo(dT)プライマーで逆転写し、poly(A)化された転写産物の量を定量的RT-PCR で確認した。

図6. 側根形成に対する呼吸鎖阻害剤の影響

ミトコンドリア呼吸鎖複合体の阻害剤( rotenone 、antimycin A、oligomycin)の存在下で側根を誘導すると、帯化根が形成された。

図7. RRD1、RRD2、RID4 の分子機能に関する作業仮説

審査要旨 要旨を表示する

本論文の主要部分は2章からなり、第1章にはシロイヌナズナの温度感受性突然変異体rrd1、rrd2、rid4を利用した側根原基形成時の細胞分裂と放射パターン構築に関する解析が、第2章には各変異体責任遺伝子の分子機能と側根原基形成時の細胞分裂制御に関する解析が、それぞれ述べられている。また、主要部2章に先立つ序章では、研究の背景として植物の器官形成、とくに側根形成過程における細胞増殖制御についての過去の知見がまとめられており、これと関連づけて研究の意義と目的が記されている。研究全体の統括と展望は、2章とは別に終章として改めて記述されている。

本研究では、高温条件下で帯化した側根を形成するシロイヌナズナの温度感受性突然変異体rrd1、rrd2、rid4(温度依存的帯化temperature-dependent fasciationに因みTDF変異体と総称)を起点に、側根原基の形態形成の制御機構に関し、分子遺伝学的解析を実行している。まずTDF変異が側根原基の発達に及ぼす影響を調べ、側根原基形成初期の細胞分裂の異常が帯化の原因であることを示した。側根原基形成は内鞘細胞の非対称垂層分裂によって始まるが、さらに詳細な解析により、TDF変異体ではこの非対称垂層分裂が正しく終結せず過剰に起きることを明らかにした。また、帯化した側根の放射パターンを精査し、中心柱の細胞列が著しく増えているのに対し、内皮より外側の細胞層は一定しており正常な側根と変わらないことを示した。そしてこの結果から、根の放射パターン形成の基本的枠組みは、場の拡大に対して外側領域の方がより頑健であるような性質を備えていると考察した。

TDF変異体の責任遺伝子のうち、RID4については先行研究ですでに同定されており、ペンタトリコペプチドリピート(PPR)タンパク質の一種をコードすることが分かっていたが、本研究では残るRRD1とRRD2を同定し、前者がポリA特異的リボヌクレアーゼ(PARN)様タンパク質、後者がPPRタンパク質をコードする遺伝子であることを突き止めた。これらの関係について遺伝学的な解析を行い、二重変異体が合成致死となることなどから、各遺伝子の機能が密接に関連していることを示唆した。RRD1とRID4については、緑色蛍光タンパク質(GFP)融合レポーターを構築して発現・局在解析を行い、根系では根端分裂組織や側根原基で発現していること、細胞内では主にミトコンドリアに局在することを示した。また、マイクロアレイ解析等により、TDF変異体ではミトコンドリアゲノムにコードされる呼吸鎖構成因子のmRNAがポリアデニル化された状態で蓄積していることを明らかにした。さらに適度な濃度の呼吸鎖の阻害剤で処理することにより側根原基が拡大し、側根の帯化が引き起こされることを見出した。最後に以上の結果を総合して、側根原基形成の開始に際しては、RRD1、RRD2、RID4が協同してミトコンドリア呼吸鎖構成因子のmRNAのポリA依存的代謝に働き、この代謝が内鞘細胞の非対称垂層分裂の終結に必要な高い呼吸活性を実現することで、細胞増殖域を限局化し側根原基の大きさを規定する、というモデルを提示した。

研究全体を通して得られた結果は多大であり、側根形成時の細胞増殖制御およびミトコンドリアのmRNA代謝に関し、画期的な新情報を提供している。本論文は、これらの研究成果をわかりやすい図表と正確かつ明快な英文で記述している。実験結果の考察では、様々な可能性について丁寧な検討がなされ、合理的な結論が導かれている。また、当該分野の文献は、過不足なく適切に引用されている。

なお、本論文に記載された研究は、主査である杉山宗隆(東京大学大学院理学系研究科准教授)のほか、小西美稲子(日本学術振興会特別研究員)、木下温子(理化学研究所植物科学研究センター基礎科学特別研究員)、蜂谷卓士(東京大学大学院理学系研究科特任研究員)、野口航(東京大学大学院理学系研究科准教授)、上田貴志(東京大学大学院理学系研究科准教授)、平山隆志(岡山大学資源植物科学研究所教授)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および論証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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