学位論文要旨



No 127848
著者(漢字) 岡西,政典
著者(英字)
著者(カナ) オカニシ,マサノリ
標題(和) 西太平洋産ツルクモヒトデ目(棘皮動物門、クモヒトデ綱)の系統分類学的研究
標題(洋) Systematic Study of the Order Euryalida (Echinodermata, Ophiuroidea) from the Western Pacific
報告番号 127848
報告番号 甲27848
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5851号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 藤田,敏彦
 東京大学 准教授 細矢,剛
 東京大学 教授 加瀬,友喜
 東京大学 准教授 上島,励
 東京大学 教授 野中,勝
内容要旨 要旨を表示する

クモヒトデ綱ツルクモヒトデ目は世界で4科48属185種が知られる動物群であり、その多くが主に100-2000mの深海で、岩や、サンゴなどの他の動物に絡み付いて生活している。それゆえ移動性が低いと考えられているにもかかわらず,世界中の海域に分布しているという生態を持っ。また、腕が分岐するという特徴的な形態を持っ。しかしながら、海山の頂上などの海底地形の荒い場所に生息しているために標本を得るのが難しいことや、原記載に不十分な点が多いという経緯があることから、分類学的な研究が極めて立ち後れている。本目の科階級群の分類についての先行研究は形態のみに基づいており、分子系統解析によってこれが確かめられた事はない。そこで本研究では、こうした分類学的問題を解決し系統進化を明らかにするため、なるべく多くの種を用いた分子系統解析を行うことで、本目の科階級群の再編を行った。ならびに、本目の種の多様性が最も高い西太平洋海域をフィールドとして、タイプ標本の観察と、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた内部の骨片の観察も考慮した、種や属の詳細な分類学的再検討を行うとともに、本目の腕が分岐するという特徴的な形質に注目してその進化的な意義の考察を行った。

1.核とミトコンドリア遺伝子に基づく分子系統解析

西太平洋海域を中心として、地中海、カリブ海、南極近海、マダガスカル近海などの世界中の様々な海域から収集した、4科30属83種のツルクモヒトデ目を内群とした分子系統解析を行い、新たな。遺伝マーカーとしては棘皮動物の科や属間の系統関係の推定に有効であることが示唆されている核の18SrRNA,ミトコンドリアの16SrRNAおよびCOI遺伝子領域の合計2917bpを用いて、ベイズ法および最尤法による解析を行った。その結果、(1)キヌガサモヅル科+テヅルモヅル科、およびタコクモヒトデ科+ユウレイモヅル科の2つのクレードが認められる、(2)タコクモヒトデ科は側系統群となり、それ以外の科は単系統群である、(3)タコクモヒトデ科+ユウレイモヅル科はこれまでの分類体系とは異なる3つのサブクレードに分かれる、(4)テヅルモヅル科は3つのサブクレードに分かれる、ということが明らかとなった。

分子系統解析の結果認められた各クレードを形態的に識別するため形態の精査を行った。かつてタコクモヒトデ科+ユウレイモヅル科はTrjchasteridaeという1つの科にまとめられていたという経緯があるものの、テヅルモヅル科+キヌガサモヅル科に関しては、歯板の形態の類似性が示唆されているのみで1つのタクソンとしてまとめられたことはない。本研究ではこれに加え、新たに歯の形状の違いを用いることで、この2つのクレードが分けられることを認めた。ユウレイモヅル科とタコクモヒトデ科は、腕骨の口側にOral bridgeの有無によって分けられていたが、分子系統解析の結果、Oral bridgeを持つことからタコクモヒトデ科に分類されていたAstrobrachion属が、Oral bridgeを持たないことが特徴とされていたユウレイモヅル科とサブクレードをなし、単系統となった。形態を精査の結果、Astrobrachion属とユウレイモヅル科は、(1)側腕板が腕の口側で離れる、(2)各触手孔に生じる腕針の数が基部近くで2本となる、という明瞭な特徴を共有することが認められたため、このサブクレードを新たなユウレイモヅル科として再定義した。また、Astrobrachion属以外のタコクモヒトデ科はこれまで認識されたことのない2つのサブクレードに分けられたが、これらは(1)輻楯の層構造、(2)体表面の皮下骨片の形態、といったこれまで注目されてこなかった形質で識別できることが明らかとなった。テヅルモヅル科内に認められた3つのサブクレードのうち、1つは歯の配置、生殖裂孔の形状と配置の違いなどからかつて提唱されたテヅルモヅル亜科に一致するが、残りの2つのサブクレードは本研究で初めて認められた。本研究により、これらのサブクレードは、多孔体の配置という形質によって明瞭に識別できることが明らかとなった。

このように分子系統解析による結果と形態分類学的知見の両者をとりまとめることにより、ツルクモヒトデ目内に2上科(テヅルモヅル上科[新上科]、ユウレイモヅル上科)、5科(テヅルモヅル科、キヌガサモヅル科、ユウレイモヅル科[新定義]、タコクモヒトデ科[新定義]、ヒメモヅル科[新科])を設け、このうちテヅルモヅル科内に3亜科(テヅルモヅル亜科、フシモヅル亜科[新定義]、コブモヅル亜科[新亜科])より成る新しい分類体系を提唱した。

2.形態に基づく西太平洋産ツルクモヒトデ目の分類学的研究

国立科学博物館の所蔵標本、新規に採集した標本および各国博物館に所蔵してあった標本を併せて約2400個体を詳細に観察するとともに、6力国8研究機関に所蔵されている、43属ll7種(現生種の約62%)のタイプ標本との比較を行った。SEMにより骨片の詳細な観察を行ったところ、例えばタコクモヒトデ科では皮下骨片の形状や腕骨の表面にある微細な突起などといった成長に左右されない安定した分類形質を認め、西太平洋産の種の中に11種の同種異名と1属の同属異名を確認した。さらに観察した標本の中に新属を含む6新種を認め、33属118種が知られていた本海域におけるツルクモヒトデ目は全体で33属112種に整理された。これらの種のうち、標本を観察できた種については、体の各部位の詳細な写真を与えた。外部形態に乏しく特に分類が混乱していたタコクモヒトデ科とヒメモヅル科(新科)については、従来示されてこなかった体表面の微小な骨片の大きさの計測値を可能な限り加えた。また、これまで研究者によって呼び方が異なり統一されていなかった形態学的な用語の整理も行った。この結果、分類の混乱のもととなっていた外部形態に拠る記載を一新し、今後の本目の分類記載の規範を示した。

本研究によって整理された系統分類体系に基づき、本目において特徴的にみられる腕の分岐の進化を考察した。分子系統樹から、腕の分岐する種は多系統で、派生的なグループであることが明らかとなった。外群に用いたクモヒトデ目の種は腕が分岐せず単一であることから、本目の祖先は腕が単一な種であり、腕の分岐は、目内の各系統群において複数回にわたって独立に獲得されたことが強く示唆された。また、西太平洋海域に生息するツルクモヒトデ目に関して、既知の文献情報と国内外の標本の採集地点情報の併せて約950件をとりまとめたところ、腕が分岐する種は約2000mからOmまでのほぼすべての深度に分布しているのに対して、腕の分岐しない種は約400伽までの分布があるものの、約4Gm以浅には分布していない傾向がみられた。ここから、腕が単一で深海起源の本目の中から、派生的に腕の分岐を獲得した種が浅海へと進出できたと考察された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,イントロダクション,第一章ツルクモヒトデ目の分子系統,第二章の西太平洋産ツルクモヒトデ目の分類学,ディスカッションの四部から構成されている.

最初のイントロダクションでは,材料としているツルクモヒトデ目(棘皮動物門,クモヒトデ綱)の生物学的特性とこれまでの研究の現状を的確にまとめており,本研究で目指すところについて述べられている.ツルクモヒトデ類は19世紀初めにラマルクによって記載された分類群である.棘皮動物の中ではウミユリ類と並び腕が分岐するという特徴的な形態を有し,またクモヒトデ類の中では祖先的とされクモヒトデ類とヒトデ類との類縁性を解く上で重要な系統であり,進化学的に非常に興味深い研究対象である.しかし,多くの種は深海底の海底地形が複雑な場所に生息しているため,標本を採集することが難しく,これまで動物学的な研究がほとんど行われてこなかった.本研究は,ツルクモヒトデ類の系統分類を初めて分子的な方法も合わせて明らかにしたものであり,非常にオリジナリティーが高い研究内容となっている.

第一章では,核ならびにミトコンドリア遺伝子を用いての分子系統解析を行っている.ツルクモヒトデ類の系統解析で分子を用いた解析を行った研究は初めてである.DNA塩基配列に基づく分子系統解析は様々な分類群で系統分類や進化の研究に用いられているが,本論文では,遺伝子による差異を検討した上で3種の遺伝子の配列を用いて十分な情報量を確保しており,正確な系統解析を行っている.さらに,棘皮動物の分子系統学的研究の中では,他の追従を許さない濃密なタクソンサンプリングが行われており,30属83種のツルクモヒトデ類の分子データを解析し,属レベルではツルクモヒトデ目全体の62%をカバーする緻密な研究となっている.また,分子のみに頼ることなく,これまで見過ごされてきた内部骨格の形態などを,系統解析において特に重要な形態の相同性を考慮し新たな視点で分析することにより,形態学的な裏付けを得て系統解析を進めている.本研究によって,ツルクモヒトデ目の分類体系は大幅に見直されることとなったが,上記のような点から,完成度が非常に高い分類体系を構築できたと考えられ,この新しい系統分類体系は今後長らくツルクモヒトデ目の分類体系の基準として使われていくであろうと考えられる.

第二章では,第一章で構築した分類体系に則り,形態学的な記載を中心として西太平洋産ツルクモヒトデ目の分類学的研究を行っている.ここでも新たに採集した標本を含め数多くの博物館に保管されている多数の標本を用いて研究を行っている.それによって多くの種を含むことができたが,このような多種の記載を含む分類学的研究は,ツルクモヒトデ類ではこれまで行われたことがなかった.また,分類学的研究には非常に重要なタイプ標本の観察も多くの種で行っており,これまで古い不十分な記載に基づき分類が行われてきたため混乱を極めていた種レベルの分類が大きく進展することとなった.また,それによって属レベルでも系統分類を見直すべき部分が発見されている.本論文における記載は,走査型電子顕微鏡などを用いて行った緻密な観察に基づいており,詳細な部分写真も与えられている.このような記載の方法は,今後のツルクモヒトデ目研究における種の記載の規範となるに違いない.

最後のディスカッションにおいては,以上の研究成果をふまえ,ツルクモヒトデ目の進化の全体像に迫ろうとしている.特に,腕の分岐に着目して行ったツルクモヒトデ類の水深分布の解析はこれまでにない新しい切り口での考察である.第一章および第二章で得られた正確な分類と系統のデータを基にして分析を進めているが,この考察が示すように,本論文で得られた結果は,ツルクモヒトデ類の進化を明らかにするために必要不可欠なデータをもたらし今後の進化研究の進展に大きな可能性を与えており,本論文の内容には非常に高い評価を与えることができる.

なお,本論文の第一章の一部および第二章の一部は藤田敏彦・Timothy O'Hara・堀井善弘・立川浩之・山口邦久との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

以上のことから,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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