No | 127850 | |
著者(漢字) | 久保,智広 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クボ,トモヒロ | |
標題(和) | 軸糸チューブリン・ポリグルタミン酸化修飾による鞭毛運動調節の研究 | |
標題(洋) | Studies on the regulation of flagellar motility by axonemal tubulin polyglutamylation | |
報告番号 | 127850 | |
報告番号 | 甲27850 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5853号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 微小管細胞骨格を構成するα、βチューブリンは各種翻訳後修飾を受け、細胞内機能に応じた多様性を獲得する。本研究で着目するチューブリン・ポリグルタミン酸化は、チューブリンC末端付近のグルタミン酸残基にさまざまな長さのグルタミン酸側鎖が付加する修飾で、中心子、紡錘体、鞭毛軸糸等の微小管に多く分布することが知られる。2005年に、ポリグルタミン酸化活性を持つ修飾酵素が同定され、それがTubulin tyrosine ligase-like (TTLL) protein familyに属する複数の蛋白質であることが明らかになった。一方、ポリグルタミン酸化修飾は鞭毛軸糸の運動において周辺微小管と軸糸ダイニン間の相互作用に重要であることが示唆されてきたが、この修飾によって鞭毛運動全体がどのように影響を受けているのかを詳しく検討した研究はなかった。 本研究では、以前、我々の研究室で単離された軸糸チューブリン・ポリグルタミン酸化修飾に異常を持つクラミドモナス変異株tpg1とtpg2を解析した。これまでの遺伝解析の結果からtpg1はポリグルタミン酸化酵素の一種TTLL9と相同な蛋白質FAP267をコードする遺伝子に変異を持つことが分かっていた。tpg2の原因遺伝子は分かっていなかったが、本研究では機能未知の鞭毛蛋白質FAP234をコードする遺伝子に変異を持つことを明らかにした。tpg1、tpg2ともに軸糸のポリグルタミン酸化チューブリンが減少し、そのことが原因で類似の鞭毛運動異常を示す。本研究ではさらに、tpg1と各種軸糸ダイニン欠損株の二重変異株の運動性を解析することによって、チューブリン・ポリグルタミン酸化修飾が特定の内腕ダイニン一種の機能調節に特に重要であることを明らかにした。また、生化学的解析から、tpg2の原因遺伝子産物FAP234がTTLL9と相互作用し、TTLL9を鞭毛内へ局在させるために重要であることを明らかにした。tpg1を用いた実験結果を第一部と第二部で、tpg2 を用いた実験結果を第三部で述べる。 第一部 以前の研究から、tpg1は哺乳類ポリグルタミン酸化酵素の一種TTLL9と相同な鞭毛蛋白質FAP267をコードする遺伝子に変異を持つことが明らかにされていた。生化学的解析、及び電子顕微鏡による解析の結果、tpg1軸糸では周辺微小管B小管に特異的なポリグルタミン酸化修飾が減少しており、そのため軽微な鞭毛運動異常を持つことが明らかになった。興味深いことに、tpg1と外腕ダイニン完全欠損株oda2の二重変異株は運動性を完全に失う。このことは、ポリグルタミン酸化修飾が特に内腕ダイニンの機能に重要であることを示している。 さらに、解体軸糸中における軸糸微小管滑り速度を比較したところ、驚くべきことにoda2tpg1 軸糸の方がoda2軸糸よりも2~3倍程度速いことが明らかになった。この結果から、ポリグルタミン酸化修飾は、微小管と内腕ダイニン間の静電相互作用を増大して、軸糸滑り運動の滑り速度を抑制する効果を持つことが示唆された。 第二部 第二部では、ポリグルタミン酸化修飾がどの内腕ダイニンの機能に重要であるかを明らかにするため、各種内腕ダイニン欠損株とtpg1の二重変異株を作成し、ポリグルタミン酸化修飾の鞭毛運動性への影響を比較した。クラミドモナスは主要な内腕ダイニン分子種を7種持つ。それらのさまざまな分子種を欠損した変異株とtpg1をかけ合わせた二重変異株の運動性を解析した結果、多くの変異株の運動性はtpg1変異が共存すると大きく低下したが、内腕ダイニンeを欠損した変異株ida5、ida6、pf3だけはtpg1変異の影響をあまり受けないことが判明した。このことは、ポリグルタミン酸化修飾が、ダイニンeの活性に特に重要であることを示している。いろいろなダイニンのストークヘッド(微小管結合部位)のアミノ酸配列の等電点を比較したところ、興味深いことにダイニンeのストークヘッドは他の軸糸ダイニン中、最も塩基性であった。したがって、ポリグルタミン酸化された微小管とダイニンeの間の静電相互作用が鞭毛運動全体に大きな影響を与えていることが示唆された。 一方、ダイニンeはダイニン内腕の活性を制御すると考えられている複合体Dynein Regulatory Complex (DRC)と直接相互作用することが示唆されている。ダイニンeとDRCの機能的関係はまだよくわかっていないが、ポリグルタミン酸化修飾によって、DRCの機能がダイニンeを介して影響を受ける可能性が考えられる。 第三部 第三部では、新規に同定したtpg2というチューブリン・ポリグルタミン酸化修飾変異株の解析を行った。tpg2は、tpg1と類似の鞭毛運動異常を持つが、変異遺伝子座は異なる。遺伝子解析の結果、tpg2はFAP234という機能未知の鞭毛蛋白質をコードする遺伝子に変異を持つことが明らかになった。生化学的な解析によって、tpg2軸糸はFAP234に加えてTTLL9を欠失していることが明らかになった。同様に、tpg1軸糸はTTLL9に加えてFAP234を欠失していた。したがって、TTLL9とFAP234は相互依存的に軸糸に局在することが示唆される。また、免疫沈降法とショ糖密度勾配遠心法の解析結果から、TTLL9とFAP234は軸糸中で1:1の複合体を形成することが明らかになった。 考察 本研究では、鞭毛運動においてポリグルタミン酸化修飾が静電相互作用によって特定の内腕ダイニン一種に大きな影響を与えるという予想外の結果を得た。鞭毛・繊毛の屈曲運動が生じるのは、周辺微小管同士の滑りの量が長さ方向に不均一であり、かつ中心対微小管の両側における滑りの方向が周期的に交互に切り替わることによる。この切り替えには軸糸の力学的状態が関わっていると考えられている。本研究の実験結果から想定される可能性として、ダイニンeとポリグルタミン酸化された軸糸微小管間の強い静電相互作用は、鞭毛打サイクルの中で、(1) 隣接した二本の微小管同士の距離を縮めることによって他のダイニンと微小管を相互作用しやすくさせたり、(2) 隣接した微小管間の滑りの抑制を行うことによって屈曲を生じさせたり、あるいはさらに、(3) 屈曲の発生によって滑りの切り替えを誘導したり、などの重要な役割を持つことが考えられる。 一方、ダイニンeを欠失している変異株と、それ以外の内腕ダイニンを欠失した変異株の運動性の比較から、ダイニンeが修飾異常を持つ軸糸に対して積極的に運動性低下をもたらすという興味深い結果が得られた。そのような結果になる原因として、ポリグルタミン酸側鎖が減少すると、強い塩基性のダイニンeストークヘッドが微小管の本来とは異なる領域と相互作用してしまうことが考えられる。このようなダイニンeの「非特異的な」結合が、微小管の滑り運動の調節に異常をもたらしている可能性がある。 これらの仮説の検証は、今後の課題である。in vivo 、in vitroにおけるダイニンeの運動性がチューブリン・ポリグルタミン酸化によってどのように影響され、それが他のダイニンの場合とどのように異なるかを検定する実験が必要であろう。 本研究ではさらに、ポリグルタミン酸化修飾酵素TTLL9と1:1の複合体を形成する新規の軸糸蛋白質FAP234を同定した。鞭毛・繊毛に局在するTTLL酵素の相互作用相手が見つかったのはこれが初めてである。本研究では、しかし、FAP234の機能を解明するには至らなかった。その機能の解明は今後の大きな課題である。FAP234の機能として、(1) 鞭毛内輸送系の蛋白質と相互作用してTTLL9の輸送においてアダプター蛋白質として機能する、(2) TTLL9が微小管上に局在する際の足場蛋白質として機能する、(3) TTLL9の立体構造を変化させて酵素活性を調節する、などの可能性が考えられる。今後は、FAP234とTTLL9の電子顕微鏡レベルの局在観察、鞭毛内に輸送される機構、および、FAP234がTTLL9の酵素活性に及ぼす影響を調べることが重要である。これらの研究のためには、新しい実験系を開発することが必要であるが、全ての蛋白質の遺伝子と、それらを欠失している変異株が得られているので、近い将来、さらに実験が行われ、ポリグルタミン酸化修飾の機構とその生理的意義について重要な新知見が得られることが期待される。 | |
審査要旨 | チューブリンのポリグルタミン酸化修飾は真核生物に広く見られる現象であるが、その機能的意味はまだ十分明らかではない。本論文で述べられている研究は、新たに発見されたクラミドモナス突然変異株を用いて、その修飾が軸糸ダイニンの運動活性に大きな影響を与えることを示したものである。 本論文は3部からなる。第1部では鞭毛軸糸チューブリンのポリグルタミン酸化修飾が減弱したクラミドモナスの突然変異株tpg1を解析した結果が述べられている。第2部ではチューブリンポリグルタミン酸化が内腕ダイニンの1種に大きな影響を与えるという発見が述べられている。第3部ではtpg1株と類似の表現形を示す新規変異株tpg2の解析結果が述べられている。 第1部で使われた突然変異株tpg1は、過去に研究室内で得られチューブリンポリグルタミル化酵素の1つTTLL9の異常が疑われていたものである。申請者は遺伝子の解析によりtpg1がTTLL9に変異を持つことを確定し、さらにポリグルタミン酸化チューブリンに対する特異的な抗体を用いて、この株の軸糸ではポリグルタミル酸化が著しく減弱していることを示した。また、免疫電子顕微鏡法により、ポリグルタミン酸化が周辺微小管のB小管に特異的に起こることを示した。tpg1株の運動性は野生株に比して約70%に低下しているにすぎなかったが、ダイニン外腕を欠失する変異との2重変異株では運動性が完全に失われることが判明した。さらに興味深いことに、この2重変異株の軸糸をプロテアーゼとATPの存在下で解体させると、微小管は外腕を欠失しているだけの軸糸よりも高速で滑り運動を行った。ポリグルタミン酸化が無い軸糸微小管は表面の負電荷が少ないため、ダイニンとの摩擦が少ないと考えられ、そのことが高速滑り運動の原因である可能性が考えられる。いずれにしても、以上のことから、チューブリンポリグルタミル酸化の欠損は内腕ダイニンの機能に大きな影響を与えることが示唆された。 軸糸内腕ダイニンには主要なものだけでも7種(分子種a-g)が存在する。第1部で示された内腕ダイニンに対する影響は、そのうちどのダイニンに対するものであろうか。第2部では、この問に答えるために行われた実験結果が述べられている。さまざまな内腕欠損突然変異株とtpg1の2重変異株を作製して運動性を調べたところ、内腕ダイニン分子種eを欠失した変異株においてだけ、tpg1変異の有無による影響がほとんど観察されなかった。このことは、チューブリンポリグルタミン酸化がダイニンeに対して特異的に大きな影響を与えていることを示唆する。ダイニンeの微小管結合サイトはすべての軸糸ダイニン中で最も塩基性の等電点を持つので、微小管との静電相互作用が最も大きい。ポリグルタミン酸化修飾がこのダイニンに特に大きな影響を与えるのは、そのような静電相互作用の重要性の反映であるという考察が述べられている。 第3部で述べられている研究では、tpg1に類似した新規突然変異株tpg2の解析により、その変異株がFAP234という機能未知の軸糸タンパク質に異常があることが見いだされた。興味深いことに、このタンパク質はポリグルタミン酸化酵素TTLL9と複合体を作ることが明らかになった。その機能は今後の課題であるが、修飾酵素の輸送や局在に関連している可能性が考えられる。今後チューブリンポリグルタミン酸化修飾の機構を研究する上で重要な発見であろう。 以上のように、本学位論文で報告されている研究は、これまで機能がほとんど明らかになっていなかったチューブリンポリグルタミン酸化修飾について、それが内腕ダイニン、特にダイニンeという一種に大きな影響を与えることを示した。この結果は意外なもので、鞭毛運動機構に関する今後の研究にとっても大きな意味を持つものである。またグルタミン酸化酵素と複合体を形成するタンパク質の発見は、この修飾の生化学的機構を探るうえで重要な手がかりとなるであろう。 なお、本論文の主要部分は柳沢春明、八木俊樹、廣野雅文、神谷律との共同研究であるが、論文提出者が主体となっておこなったものであると判断する。したがって、申請者に博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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